サイコパスは時に正しい道を   作:夜ノとばり

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図書館でいじめについての本を読んだ。
色々感じることがあって、家に帰ったらキーボードを叩いていた……。


遠藤春乃
いじめる権利


 ふとした時に、とても残酷な気持ちが心に沸き上がってきたことはあるか?

 この話は、そういう気持ちがデフォルト状態のサイコパスがいじめられている人間を救う、正義の寓話(ぐうわ)だ。

 ……心して、読みたければ読んでくれ。

 

 

 

 俺はどこにでもある県立高校に通う、どこにでもいそうな高校生。

 身長、体重、成績から外見、親の職業に至るまで、どこまでも普通、平凡極まりない国家の手本ともすべき少年だ。

 こんな人間が生産する人生のどこに面白さがあるのか、それは画面の前の皆さんが等しく感じるところだと思う。

 ところがどっこい、俺は一点だけ、他の人間どもと明らかに違う点がある。

 ……誰かどこかに俺の心の中がのぞけるやつがいたら、おそらく一秒とかからずに理解してくれるのではないだろうか。

 正解を発表しよう。

 俺はサイコパスである。

 皆さんはサイコパスについてどのようなお考えをお持ちだろうか。

 「常軌を逸した行動をとる」「頭がいい」「中二病と似てる」「何考えてるかわからない」

 いずれも間違いではない。

 ひとたび表に出れば世間を騒がせること間違いなし、それが俺たちサイコパスである。

 しかし一般に、世間のさらし者になるような奴は本当のサイコパスとは言えない。

 「人を殺してみたかった」なんて大っぴらに言う奴はただの馬鹿だ。

 本当に賢いサイコパスは無闇に軽々しく発言などしない。

 「俺、サイコパスだから」なんて公言してるやつはただの承認欲求に侵されたマヌケである。

 本当に賢いサイコパスは、常人と全く変わらぬ生活を送り、常人と普通に仲良くし、傍目からは何の変哲もない一般人Aとして認識されている。

 なぜかって?

 理由は至極単純。面倒事を起こしたくないからだ。面倒だからな。

 皆さん勘違いされているかもしれないが、サイコパスが必ずしも異常人格というわけではないぞ。

「サイコパス」という語は総じて「『反社会性パーソナリティー障害』という精神病者」を指し(病人とはまた違うんだから厄介な話だ)、主な特徴として「良心が欠如している」「冷淡で共感というものを知らない」「罪悪感が皆無」などがあるとされている。

 しかしそれらの特徴と一人一人の性格は常には一致しない。

「良心が欠如」していても「良心」という概念を知ることはできるし、良心を兼ね備えた人たちと生まれた時から付き合っていれば嫌でも覚える。おかげで今ではどんな状況で何をすれば「良い」のか、直感的に知っている。それを覚えるまでが辛かったのではないかと問われると、まさしくそのとおりであるが。

 それと同様に「冷淡で共感できな」くても「親切」や「共感」がどういうものか、ある程度は理解しているし、「罪悪感が皆無」ゆえの弊害はすでにこれでもかというほど経験済みだ。もうこれ以上めったなヘマをすることも無いだろう。

 俺はその辺のことはよくわきまえているつもりだ。

 うぬぼれと言われれば反論が思いつかないが、こうとしか表現のしようがないので許していただきたい。

 ……とまあこの通り、サイコパスであっても普通に生きることは難しくない。最近の言葉でいうと「全っ然可能!」である。

 俺はその典型といえるだろう。

 今日も俺は友達と一緒に学校に通い、授業中は真面目にノートをとり、休み時間になれば隣の席の人間とだべる。

 こんな生活を小学一年生の時から続けている。

 これまで通った学校もクラスメイトも先生も性格の良い人間ばかりで、俺は日々の生活、いじめのない生活に何の疑問も持たずに生きてきた。

 そして、その生活は高校入学と同時に打ち砕かれることとなる。

 この高校にはいじめが存在した。

 入学当初は誰しもがそわそわし、活気のあったここ俺の教室も、時間のたつにつれて友人関係もまとまり喧騒に包まれるかと思いきや、今では水を打ったように静かである。

 沈黙だ。

 俺は黙々と机に向かって前の時間に出された宿題に取り組んでいるが、教室の隅で時折交わされる、誰かさんへの嘲笑めいた話し声は嫌でも耳に入ってくる。

「それでさ、あいつ……○○なんだよ」

「うわマジキモッ」

 俺より後方の机で女子が聞こえよがしに会話している。実に楽しそうに。

 キモイという言葉に、標的とされている人物がビクッと反応する。

 それを見て、彼女らはしめたとばかりに盛り上がるのだ。

「まってあいつ今動いたし」

「きっしょ」

「吐きそうw」

「学校くんな」

 こんなやり取りを聞かされていては、いかにサイコパスの俺といえども居心地が悪い。

 標的は俺の二つ前の席で小さくなっている女子、その名も遠藤。下の名前は春乃だがまあどうでもいい。要するにいじめの被害を受けているかわいそうな奴だ。

 俺はいじめられている人間ではなくいじめている人間のほうに興味がある。

 教室の後ろの時計を興味なさげに振り返る。

 なんか文句あるの、とでもいうように一人の女子が俺の顔面を直視するが、俺の視線が時計に行っていることに気づき、友達との会話を再開する。またキモイキモイ言い出した。語彙力の無さがうかがえる。

 そう、この女、中川有紗(なかがわありさ)がこのいじめの元凶だ。入学してから二か月間、クラスメイトを観察していた俺には分かる。

 というか、俺は聞いていたのだ。放課後の教室で中川が「……あいつ、なんかウザいからハブらない?」と友人たちに提案するのを。

 廊下で自分のロッカーを漁っていた俺は意味もなくそれを続行しながら教室の中に耳をそばだてた。

 そしてその中の一人の男子が軽いノリで「確かに。気色悪いよなー遠藤って」と同意を示したのを皮切りに、芋づる式にその場にいた全員が賛成、次の日から遠藤は無視されるようになった。

 いじめなんてひも解いてみればこんなものか、とその時の俺は少々がっかりしてしまった。もっと闇が深いものだと思っていたから。それこそ殺意を覚えるようなものかと。

 解決してやりたい、と強く思った。

 もちろん遠藤のためではなく、俺のため。

 先生によく見られたいだとかいじめを収めて英雄(づら)したいわけではない。

 残念ながら、その震える背中を気の毒に思ったわけではない。

 ただ単に、気に食わないのだ。

 吹けば飛ぶような軽い気持ちで人の青春を踏みにじる人間が。

 あんな人間に人を傷つける権利など無い。そう俺は感じるのである。

 遠藤に好意は無い。助けてしまえば遠藤は楽になれ、同時に精神的に成長する手段を奪われることは知っている。

 でも俺はやる。

 中川にも特に恨みはない。きっと無意識にやっているのだろう。

 だからこそ許せない。許してはいけないと俺は思う。

 俺は「因果応報」を信じる人間だ。

 人の心を踏みにじったやつは、いつか同じように、誰かに何かを踏みにじられるものだ。それは世の鉄則であると俺は考える。

 

 ……だから、俺があいつを踏みにじって何が悪い?

 

 己の欲せざるところ人に施すことなかれ。孔子が放ったその一言は、断罪する者にとっては時に無意味になり得る。生徒の将来を思って叱りつける教師のように。殺人者に死刑を宣告する裁判官のように。

 罪の裁きは必ず下される。この場合俺がやることで、それがほんの少し、早くなるだけなのだ。

 親だのカウンセラーだのが手を焼く必要は全く無い。なぜならここに、自主的に解決を目論(もくろ)んでいる奴がいる。

 止めてやるんだ。

 絶対に俺の仕業とバレないようにいじめを止め、なおかつ二度といじめなんか起こそうと思わないほどに元凶である中川に打撃を与える方法を探す。

 さて、何から始めようか。

 まず手っ取り早い解決法は、担任の加藤にいじめの情報をリークすることだろう。ここ数か月のホームルームでの言動を見るあたり、加藤はまだ気づいていないようである。

 職員室に忍び込んで担任の机にこっそり告発文書を忍ばせるか?あまり現実的じゃないな。

 それにこのやり方だと彼女たちが「この野郎チクりやがったな」とますます激しいいじめを遠藤に浴びせる可能性がある。

 ……まあいいか。もしもそうなったらいくらでもやりようはある。

 悪化すればするほど、改心したときに受けるダメージも増えるってものだ。

 被害者が生きているうちならまだましなんだろうな。いじめは殺人にもなりうる。そして死人が出れば鈍感な世間サマだって事の重大さに気づくんだぜ。

 だが、たかがいじめ。人の死が必要だろうか?もちろん否だ。そうだよな。

 中川、俺はお前を絶対改心させてやるよ。

 お前のしたことの重さを、何の関係もない俺が教えてやる。どんな手を使ってもな……。




まずは今の状況を整理しないと。
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