サイコパスは時に正しい道を   作:夜ノとばり

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いじめは善か、それとも悪か?


いじめは予期した方向へ

 世の中には二元論がはびこっている。

 行いは基本的に善か悪かのみで判断され、罪の重さによってそれ相応の刑罰が科される。

 ……いや、この言い方は良くない。判断するのは偏見入り混じる人間だ。いくら良心のみに基づいていても、間違った判決を下すことはある。

 そもそも法を定めたのも同じく偏見にまみれた人間である。可能な限り私情を抜きにしたのは間違いないだろうけれど。

 国内でもっとも公平公正に近い判断が成される場所、それが裁判所だ。

 しかしそこですら間違った判決が出ることはあり、実際、これまでに何件かの冤罪が発生している。

 それでは学校はどうだろう。

 生徒をの裁くことは生徒指導の教師に一任されている。必要に応じて職員会議は開かれるが、基本的に校則破りの叱責は生徒指導の教師により行われる。

 校則は親同士の会議で決められたものだ。司法の専門家なんてついていない。

 何が言いたいかといえば。

 偏った刑罰は俺や君が想像するよりはるかに身近で、日常的に起こっているということだ。ある時は「お仕置き」またある時は「制裁」さらにまたある時は「報い」へと言葉を変えて。

 制裁はどこにでもある。夕暮れ時、俺一人、斜陽でオレンジ色に染まった、いじめの痕跡がありありと残る教室に入ってきた今この瞬間にも。

 君を普段裁くのは親か?教師か?友人か?少なくとも自らの良心のみにもとづいた裁判官でないのは確かだろう。

 人は一般的に己の自尊心を根拠として他人を見ている。有体に言うのなら、フィルターや色のついたレンズを通して。

 そして彼らは未熟な自分を棚に上げ、他者を裁く。

 彼らは自分が気に入るもの、都合の良いものは善、気に入らないもの、自己に不利益をもたらすものはどんな理由をつけてでも悪と言い張り、決めつけ、それを罪とする。

 別におかしくはない。

 そうでもしないと二元論は成り立たないから。天使と悪魔、良心と邪心もまたしかり。

 彼らは明らかに善としか見えない行動でさえも悪とするスキルを持っている。

 善は善でも「偽善」だ、と。

 どうやらニセモノは悪ということらしい。

 彼らの中では自己中心的な目論見を背景とした善は偽善となるのである。心根が悪なら行動は悪だ、とそういう思考回路なのだろう。

 愚かな考えである。

 人間なんてものは一人残らず自己中心だ。自己中心を悪とするなら人類はみな平等に悪魔の化身だろうな。人助けが未来の自分助けならば人助けは自分のためにやっていることになる。他人のために動くことで満足感を得られるのなら結局自分のため。自分の利益なのである。

 損得勘定はまあいいとして。

 彼らは目的だとか目論見だとかにとても敏感に反応し、それらを忌み嫌い、心根で善と偽善と悪を分ける。

 そもそも人の心根を知ることはできないというのに。超能力者じゃないんだから。少なくとも俺にそんな能力はない。

 試しに今俺が何の数字を考えているか、当ててみてくれ。

 シンキングタイム。

 時間切れ。

 正解発表。

 答えは11254。誰が正解できるというのか。

 よって心根は不可知、善か悪かなんて判別できないということになるのだが…………人間、わからないことなら何とでも言える。言ったもん勝ちである。邪推(じゃすい)の精神をいかんなく発揮して彼らは自分と味方以外のすべてを悪とする。

 それはそれで構わんのだが。

 俺に害がなければいい。俺は自己中心だから。

 しかし本来人間に善悪などはない。ここは強調しておきたい。

 だから俺は人をイイモノとワルモノに分ける彼らを信じない。自分は絶対にイイモノだと信じて疑わない彼らを。他人を信じようとしない彼らを。

 例えば俺が「彼らから見てワルイこと」をしたとしよう。

 彼らから見て俺はワルモノである。

 そうなったらいくら違うんだと言い訳をしても無駄である。彼らの常識の中で俺は「悪」と大決定してそこから一歩も動かない。

 彼らに認められたければ、それこそ彼らの常識を変えでもしないといけない。

 彼らは自分の常識は世間一般の常識にのっとっているつもりなのだ。

 例えば、空き缶を投げる奴はどうあがいたってワルモノにされる。たとえそれが誰にも当たることなくごみ箱に入ったとしても。ホールインワンだと騒いでも。それが悪いコトと知らなかったとしても。

 ()()()()()()()()()()()は。

 自分のやったことならどんな理由をつけてでも善にするんだろうな。いろいろと棚に上げて。都合のいいことだ。

―――それではここで問題です。

 彼はクラスメイトの机に落書きをしています。

 彼はイイモノですか、ワルモノですか?

 ワルモノですね。これだけなら。

 

 中川、南、一ノ瀬、大谷……。彼はいじめの首謀者と追従者の机に次々と「犯人」の文字を書いていきます。一つずつ筆圧の強さと字の大きさを変えています。これはいじめをよく思わないものが複数いるというアピールですね。

 定規を使って線を引いているので、筆跡で犯人が特定されることはありません。定規とペンは教室にある担任の加藤の備品を使用。一応ペンは水性なので消しゴムでこすれば消すことはできます。

 彼はちらりと遠藤の机に視線をやります。

 中川達のやり方は驚くほどに、最初にしては悪質なものでした。

 机の板上には寄せ書き。ウザイ臭いきもいんだよ死ねシネヤ死んじまえクラス一同より。まったくもって言葉足らずですが、傷つくことは請け合いですね。

 机の周りに散らばっているのは天使の羽ではなく、破られた教科書の残骸。白い部分ばかりなのはせめてもの優しさでしょうか。

 彼の頭に今日の昼休みの出来事がよみがえります。

「一ノ瀬」「大谷」「南も」一人ひとり名前を呼んで中川は自身の席に仲間を集め、いじめについて会議を始めました。議題は「遠藤の机に放課後何書いてやろうか」です。

 彼の席は中川の二つ前ですから、ワクワクだかイライラだかを抑えきれずに大声で会話する彼女らの声がガンガン耳に入ってきました。落書きに参加する人間も、誰が見張りをするのかも、すっかり筒抜けでした。

 知ったからには動かないわけにはいきません。彼は帰りの挨拶と同時にカバンをもって教室を抜け出し、トイレに駆け込んでそのまま身を潜めました。

 いつもより数分遅く中川達の声が外を通り過ぎた後で、彼はそろそろとトイレを抜け出して教室へ。カギはかけ忘れたのか、かかっていませんでした。

 行ってみれば、遠藤の机にひどい落書きが残されていました。机の中にあったふちがびりびりの教科書をめくるとそこにも落書きが。

 こんなことをすれば見回りの教師がすぐ気付きそうなものですが、悲しきかな、この学校には教師の見回り制度がありません。職員室からすべての教室の窓が見えるのが原因でしょうか。誰が残り何をしようが、教師に気取られることはおもしろいくらいに無いのです。

 しばらく絶句していた彼でしたが、おもむろに教卓からペンと定規を取り出し―――今に至ります。

 ……よし。

 たった今、落書き犯の机への落書きが終了しました。ハンカチでペンと定規を清めて(指紋をふいて)、教卓の中にそっと入れておきましょう。

 遠藤の机をキレイに拭いて、下に散らばった紙くずをごみ箱にポイして、出来上がりです。

 彼はイイモノでしょうか、ワルモノでしょうか?

 

 

 告発文書作戦は無駄だったどころか大失敗に終わった。加藤に問題意識を起こさせることはできなかった。

 それもあろうことか、加藤は「こんな紙が紛れ込んでいたんだけど、誰か心当たりあるか?」と帰りのホームルームの時間にクラス全員の目の前で公開しやがった。

 教室中が恐怖で静まり返った。これまで知らんぷりという名の中立の立場を貫いてきた生徒達はそれの意味するところに気づき、一斉に目を見開き、息をのみ、凍り付いた。

 開いた窓から湿った嫌な風が吹き込んでいたのを覚えている。

 思わず舌打ちが出そうになった。

 加藤はいじめを食い止めるどころか助長する側に回ったのだ。

 悪気はなかった?知ったことか。結果的に助長したのであればそれは罪だ。故意か過失かはどうでもいい。もはや加藤は敵だ。馬鹿男子と同列である。馬鹿+加藤でバカトウだ。

 ともかくこれで、遠藤が助けを求めることのできる人間はここにはいなくなった。この学校にいるかすら怪しい。

 恐怖と絶望で震えていることしかできなかった遠藤。哀れ。

 一方、中川達だが……。

 結果から言おう。

 中川達は逆上した。

 やはりといったところである。

、それはまだ想定内だ。

 密告があろうとなかろうと、遅かれ早かれ加藤がいじめを話題に出せば、クラスの連中は一人残らず「遠藤が教師に助けを求めた」と思い、必然的にいじめはひどくなっただろう。何もしなくたってひどくなっていくのだから、結果オーライともいえる。

 だから加藤にいじめの事実を密告しようと決めた時から、遠藤がいつか暴力を受けるであろうことは内心で予期していた。

 ところで、中川達が反省していじめをやめるなんてことはこれっぽっちも考えていなかった。それはひとえに俺の性格の悪さによるものであるのだが……。

 実際、奴らにいじめをやめる気などなかったらしい。

 それはいいとしよう。ただ単に中川達がいじめっ子の鏡なだけである。

 問題は中川の態度だ。

 あいつ、()()()()()()()()

 加藤が文書を公開した瞬間に。ふっ、と。「へえ、抵抗するんだぁ」とでも言わんばかりに。

 自分が痛めつけた被害者の必死の抵抗を、中川は嗤笑(ししょう)したのだ。

 そしてホームルーム後、遠藤は中川に肩を組まれて逃げられないように拘束されて、俺がトイレに身を隠して十五分ほどしたところで中川ファミリーにトイレの前をやさし~く連行されていった。

 場所は屋上だ。俺が教室を出る寸前に、あいつらのこそこそ話がばっちり聞こえていた。

 十五分間何をしていたかといえば、教室に残された無残な机や教科書から察するに、遠藤(押さえられて動けなくしてある)の見ている目の前で、遠藤の教科書を破ったり落書きしたりしてたんだろうな。まさに外道。

 なるほどあいつに良心なんてものは無いらしい。人には誰にでも良心は備わっているものと思っていたんだがな。どうやら俺の勘違いだったようだ。

 ……なら、こっちもやり方を変えよう。

 いささか早すぎるかもしれないが、なにせいじめの根絶には迅速な対応が求められるんでな。

 改心する気のない人間の改心なんていらない。

 今までの俺は甘かったようだ。

 罪悪感を与えてやれば、人は改心すると思い込んでいた。人は()()()()()ものだと偏見を抱いていた。端的に言うなら、正攻法で攻めるつもりでいた。

 動かぬ証拠をとって、所構わずばらまいて、徹底的に中川を(つぶ)す方向に修正する。

 何が正攻法だ。

 何が正義だ。

 俺が机に落書きをしていた間にも、遠藤は屋上で中川達に暴力を受けているのだ。

 思えばもう屋上にまで進出しやがった。昨日までは遠藤の机もまっさらだったのに。手の速いことである。感心しちゃうぜ。

 俺の落書きを見たら、やっこさんさらに気が高ぶって、遠藤にもっとひどい暴力を振るっちゃうだろうな。

 それでいい。

 耐えろ遠藤。いじめの解決には、お前がいじめられることが必要だ。

 あと五日間これに耐えれば、遠藤はこれ以上いじめられなくて済むようになる。

 とはいえ、明日は土曜日。中川達がこの犯人アートを目にするのは月曜日だ。

 中川ファミリーにとっては欲求不満、遠藤にとってはひと時の安らぎの二日間がやってくる。

 俺は準備するものがあるので、それの調達だ。

 どんな手を使ってもいじめを止める(中川を潰す)

 上手くいけば、あと一週間でいじめ(中川達)は終わる。




改心してくれたら何もしなくていいんだけど。
もし、してくれないのであればやりすぎもやむを得ないのかもしれない。
罪を犯すのは人間。
裁きを下すのも人間だから……。
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