書きあがりましたので投稿します。
「お母さん……」
涙声で一言絞り出すように
今日は土曜日。
俺はネットカフェに行く準備を整え、問題の映像を見返していた。
そうだよな。あのバカトウを見た後じゃ、教師にはもう頼れないよな。
母親には打ち明けたんだろうか。
学年主任か校長あたりに相談はしたんだろうか。
まあ何にしろ、学校側にそれらしい動きはなかった。
そうか。
見捨てられたのか。
少しだけ、イライラしていた。
いじめの映像をここまでまじまじと見たのは初めてだったというのもある。
正直言って、俺はこれまでいじめを
知らなかったし。
最初の方は面白いと思っていた。
まるで自分には関係のない話のようで。それこそ、アニメでも見ている感覚で。
だんだんといじめっ子達の目が焦点を失っていき、それにつれていじめの仕打ちもひどくなっていくのを、何の感慨もなく見つめていた。
元に戻るのはいつになるのだろう、と考えながら。
あいつらの目が焦点を取り戻す時、それは多分、自分のしたことの重大さを自覚した時だろう。
その目に浮かび上がる色は、おそらくは絶望。
苦悩の日々が始まるのだ。
それを味わわせてやりたければ、周りの誰かがちょーっとだけ気づかせてやればいい。
あとはそいつがあれもこれもと罪悪感にむしばまれていくのを観察するだけだ。
―――罪は重いぞ?
……と、以前は得意気に考えていたものである。
控えめに言って、黒歴史。
その頃の俺は「自覚してくれないやつがいる」ことを全く計算に入れていなかった。
端的に言って、馬鹿だった。
心がマヒしちゃってるやつ。慣れちゃってるやつ。そういう人間――社会には必ず一定数いる――には正攻法が通用しない。別の方法をとる必要がある。
調教である。
無理矢理にでも制裁を加える。常人と同じ扱いをしてちゃ永遠に自覚してくれないからな。
何しろ、本人は全然、悪いことだと思っていないんだから。
当たり前のように他人に暴言を吐き、気に入らなければ
中川達には
だんだんと、見ているのが嫌になってきた。
悩み苦しみ、
「バレたらまずいけど、先生に怒られたくないけど、悪いことだと分かってるんだけど、やらずにはいられない」そういった矛盾を抱えながらやるから、ワクワクする。面白い。
だが、今の状況はなんだ。
バカトウを筆頭にいじめの事実ををひた隠しにする、授業後の見回りさえ無い学校内で、いじめが趣味の奴らが普段通りに振る舞っている。
そんなの見て何が楽しい?
全然、全っ然、面白くない。
ゴミを見ている気分にしかならないな。
でも、結局のところ、彼らは心が麻痺しているだけなのだろう。
最終的には「あんなことしなければよかった」と後悔するような薄っぺらい奴らだ。
誰が後悔させる?
俺だ。
影ながら、中川ファミリーを痛めつけてやる。
ふっ。
お前らはあと数時間の命だよ、中川……。
変わり映えのしない私服に身を包み、ポケットに財布、スマートフォン、付属のケーブルが入っていることを確認し、好きな歌を口ずさみながら家を出た。
ネットカフェまでの道のりは自転車で約二十分。調べてみたら案外近場にあった。
とはいえそれはあくまで俺の主観であり、そのネットカフェは俺の家からも学校からも程よく離れた位置にある。
これくらい離れていれば、住所から俺が特定されることもないだろう。安心だ。
どうしてネットカフェを選ぶのかといえば。
ネットカフェのパソコンは、シャットダウンや再起動をするごとに履歴やそれに準じるデータが残らず削除される仕組みになっている。だからパソコン自体に犯行の痕跡が残らない。位置情報から発信源を特定されたとしても、ここは単なるネットカフェである。
完璧だ。ぬかりなし。
そういえば、俺が今からしようとしている行為は、世間一般的には「ひどい」と認識されるものなのだろうか。
なんだかそんな気がする。
別に中川達のプライベートを晒すわけではない。学校でこんな出来事があったとSNSで発信するのと大差ないと思うのだが。事実いじめは学校であった出来事なわけで。匿名ってのがいけないのか?いや、自分の身を守って何が悪い。
……何をセルフ言い訳してるんだ俺は。
そんなこんなしているうちに目的地に到着し、俺は自転車を止め、自動ドアをくぐって入店した。
「いらっしゃいませ~。あちらの角の席にどうぞ」
「……」
店員が柔らかい口調で席まで誘導してくれた。
「ええと、キャラメルラテで」
適当な飲み物を注文し、パソコンを立ち上げて適当なサイトを
しばらくすると、店員が仕切り戸を開けて飲み物を置いていく。
「飲み物をお持ちしました。それではごゆっくり~」
「あざす」
店員が立ち去ったのを確かめて、俺はポケットからあらかじめ忍ばせておいたスマホとケーブルを取り出した。
動画のせいで重くなったスマホがゆっくりと時間をかけて起動する間に、甘ーいキャラメルラテを一口すする。
うまい。また来よう。
……。
さてと。
始めていこうか。
スマホとケーブル、ついでケーブルをPCに接続する。
PCの画面にちょいんとタブが出現した。
マウスを動かしてエクスプローラーを開き、タブからピクチャに動画を貼り付けて保存、を繰り返す。
十分前後の動画が合計で五本。
一つ一つ再生して画質や抜け落ちがないかを確認する。
よし。
データを移す作業は完了。次の作業に移る。何言ってんの俺。
エクスプローラーはそのまま放置して、今度はブラウザを開く。
ホームからログインページに飛び、「アカウントの新規作成」ボタンを押す。
架空アカウントを作るのである。「架空」という言葉を聞くだけで妄想が爆発してしまう君は重症だ。今すぐ作家になりなさい。
手順は極めて簡単。
1.適当な氏名を打ち込む。……そうだな、「
2.ユーザー名も適当に。「MikosibaKagura」、と。
3.パスワードを二度入れれば完成。別の所に入力したでたらめなパスワードを切り取って二度、貼り付ける。一度しか使わないので覚えやすさは無視だ。ハッキングされないように何の脈絡もない長いものにする。
4.利用規約に同意。
はい出来た。簡単だったでしょ?
あらかじめ作っておければ楽だったんだが、今の時代、スマホは位置情報を常に発信し続けているから、
ともかく。
これで下準備は完了。
あとはこの「神子柴神楽」のメールアドレスをもとにTwitter、Facebook、Instagramのアカウントを作り、例の動画を#拡散希望でばらまくって寸法だ。
Facebookは本名しか登録できないと定められているが、登録の際の証明はいらない。
今しがた世に生まれた彼女「神子柴神楽」に友人はいないし、顔写真もないから身元がばれ、アカウントを消される危険性はゼロ。
しかも、五言と喋らないうちにアカウントの主は姿をくらます。
その内容が問題になるんだけどね。
それでも運営が動くことは無いだろう。
なぜかって?
そりゃ、間違ってこのアカウントを凍結でもしてみろ、即座に「陰謀論」が
俺はマウスを動かし、キーボードを叩き続けた。
人の心って本当にわからない。
今も画面の中で暴力を受けている遠藤が何を考えているのか。「やめて」「痛い」という言葉が本心から出た言葉なのか、はたまた高度な演技によって作られたものであるのか。中川の浮かべている笑みが楽しさによるものであるのか、単に残酷な光景を目にして唇がひきつっているだけであるのか。俺はこの状況を悲しく感じているのか、楽しんでいるのか。俺は何のために中川達の死角となる屋上の屋根の上からスマホのカメラを中川達に向けていたのか。
時々わからなくなる。自分のしていることも、他人の考えも。
しかし、願いはある。
遠藤にあまり痛い思いをさせたくはないし、中川達にも自主的にやめる意思があるのならそうしていただきたいところだ。
遠藤を称賛するわけではないが、プライベートも知らないような他人(親友も恋人も)を、何もわからずとも「信じていたい」というその心は、愚かながらも素晴らしいことであると思う。
きっとそういった姿は俺が将来たどり着くべきものでもあるだろうし、遠藤が少なくとも以前は持っていたものだ。今も持ち続けているんだろう。
それは同時に今の俺が最も排除すべき考え方でもある。
信じていては進まないこともあるのだ。疑って疑って疑って初めて、問題事は解決に導かれる。それは私情を一切必要としない。
俺は俺によって悪事と判断される事柄を、匿名で白日の下にさらす。
卑怯とも思われるかもしれないが、そうでなくては俺や俺の家族に危険が及ぶ可能性がある。俺は英雄面ができないのだからそこはトントンということで。
主要アカウントを作り終え、動画に添える中川グループの名前のリストもすっかり打ち込んでしまい、俺はもう一度、いじめ映像を見直していた。もちろんヘッドホンを装着している。
あとは動画のURLを貼り付けて送信ボタンを押すだけとなっている。
ふぅと息を吐き、伸びをして、キャラメルラテを一口。
動画は金曜日の遠藤が××に揉まれているシーンにさしかかり、俺は目を細める。
なんだこの気持ちは?
俺が童貞であるがゆえの嫉妬だろうか。
違う。
圧倒的な、嫌悪感だ。
確か、××って彼女いたよな……。教室で無駄にでかい声で話しているのを聞いたぞ。
なるほどね。
だからか。
明らかに慣れた手つきだ。
そうだな。
少し、書き足しておこう。
動画に添える文句はこうだ。
『うちの高校ではいじめが起こっています。どうか遠藤さんを助けてください。メンバーは、首謀者の中川さん、一ノ瀬さん、荒川さん、元親友の南さん、レイプ未遂の××くん、大谷くん、倉田くんの七人です。#拡散希望 #いじめ #■■高校』
どうだ、中々に、情に訴えかける文章だろう?
追加したのは××の前の「レイプ未遂の」という部分。
「これはどう見たってレイプだろ!」と炎上させるための一ひねりだ。
厳密には、揉むだけだと定義上、レイプとはいえない。
だからどうした。
「レイプ」という言葉に威力があるのだ。
せいぜい派手に炎上して、レイプ魔扱いされるがいいさ。
いやあ。
平和じゃないね。
治まらないね。性欲も、心の傷も、炎上も。
とうとうあいつが㊙映像を晒します。