待っててくれた人、ありがとう。
すっかり忘れてた人、君は正常だ。
終わり、始まり
『おい…見たかよこの動画:
『炎上不可避』『マジでありえない』『生々しくて吐いてしまいました』『シンジラーレナーイ』『被害者の…遠藤さんだっけ。かわいそうすぎでしょ』『これがこの国の現状(キリッ』『圧倒的クズ共』『ひどすぎるww』『通報しました』『■■高校の制服。校章の色から全員一年生と断定』『明日の一面に確定』『動画内で死ね死ね言ってる、お前らが死ねwww』『男の子が女の子の胸を触ってましたよね・・・(-"-)』『氏ね氏ね氏ねーー』『犯人を殺してやりたい』『特別に許す』『卑劣な集団やな』『なんですかこの動画!問題なんてレベルじゃないでしょ!』『重罪』『あの男子ちょっとだけうらやま絶対に許さない』『初見の感想:コッコノ、クソゴミドモガッ・・・!』『ほんとそれ』『気づいたら涙出てた』『いじめをする奴は全員ksってはっきりわかんだね』『見ればわかるただのクズやん(笑)』『人でストレス発散するなんて(# ゚Д゚)』『こういう奴らが社会をダメにするんだ』『丸刈り野郎絶頂で草』『放っておいた教師にも責任はあると思います』『国レベルで取り組むべき大問題』『いじめ禁止法の制定求ム』『な、7対1だと……??』『しかも相手は女子まさしくカスの所業ですね』『どうしてこんなことするんだろう?正当な理屈があるなら聞いてやるぞ言ってみろオイ』『理由はいいから逮捕はよ』『男子も女子もキモ過ぎた』『いじめられるようなことしたんだろ。自業自得』『シ・ネ・ヨ』『タヒね』『特定班よろしく』『末恐ろしい人達もいたもんだ』『ああいう子たちが将来モンスターになっていくんですよ。あっ今でもそうかニッコリ』『スッ(中指を立てる)』『一体教師は何をしていたのか』……。
例の告発動画へのネット民たちの反応だ。
ただしこれらのコメントは全て、動画を流してから二十四時間のうちに書き込まれたもの。
現在、俺が流した動画は一つ残らずネット上から削除されている。アカウントも含めて全て、だ。
終業の鐘が鳴る。教壇上のバカトウはチョークを動かす手を止めた。
「それじゃ、今日の授業はここまで。次回はこの続きから始めます。日直、号令~」
先週初めの事件など何事もなかったように、バカトウは爽やかに言う。
やけに元気なのには理由がありそうだな。
立ち直った? 違う。きっと学校ぐるみの
そうだろう? 自分が担任してるクラスの机の落書きになぜだか全く気付かなかったバカトウさんよ。
「起立。気を付け。さようならー」
「「さようならー!」」
バカトウと同じく元気に挨拶をして今日のすべての授業が終了、放課後に突入しクラスは一気に騒がしくなった。
部活動の集合時刻までしばし談笑する者、さっそく部活バッグを肩に担いで教室を飛び出す者、部活動に所属せずまっすぐ帰宅する俺や中川ファミリーなど……。
中立派を通したクラスの大多数の顔(俺や中川ファミリーを除く)に、先週の騒動の面影は残っていない。
騒動前も騒動後もバカトウはほとんど通常運転だったからな。
騒動後のホームルームの第一声は「忘れなさい」だった。やはり教師の生徒に及ぼす影響は大きいといったところか。
さて。さてと。
これでひとまず一連のいじめは終わったとみていいだろう。中川達が今回の騒動で相当冷や汗をかいたであろうことは間違いないからな。
静かな日常が、いじめのない日常が戻ってくる。
バカトウ先生も用済みだ。目立たない教職員というあるべき、過去そのようにあった姿を取り戻してくれるといい。
遠藤は今日も南と二人で帰る模様。仲が良いのはいいことだ。
二人を横目に、俺は一人、達成感に酔いしれながら帰途に就いた。
斜陽が俺の背中や家々を柔らかいオレンジに染めている。西の空にきれいな夕焼けが見えた。
道に斜めに伸びた影がリズムよく上下するのに合わせて脳内で流行りの音楽を流している。
俺は日頃と変わらぬポーカーフェイス(地顔)を保ちつつ、全くもっていつも通りにいつも通りの道を歩いている。
……尾行はされていない。
心の中で胸をなでおろすが、それもそのはず。
一般的に見て、俺はただのしがない高校生。たまたま自分のクラスでいじめが起こった、ただの災難な少年。尾行する意味もなければされる筋合いもない。
後ろなんて気にしないのが一番だ。しかし、気になってしまうのだから仕方がない。
家の玄関を入れば誰にも見られる気遣いは無い。
早速右手にスマホを操作し始める。帰ってすぐに見るものといえば、もちろんこれだ。
猫の画像に決まってるだろう。
鼻歌を歌いながら靴をそろえ、この時間の家には誰もいないことを知りつつ小声で「ただいま」を呟き、冷凍庫から取り出したアイス片手に二階の自室へと階段を上る。右手はスマホを操作中である。
しばらく写真フォルダ内の猫の画像を堪能した後、いくつかのSNSを開き、「いじめ ■■高校」で検索をかける。
俺が流した元のつぶやきには全くヒットしない。代わりに、
『なんで消された?』『さすがに不適切だったのでは』『ワイドショーでもやってたのに』『検索かけてもワイドショーの映像すら見つからん』『ということは……アレか(察し)』『アレやろな』
といったつぶやきがちらほら見られるだけだ。
……アレ、か。
やはり、あの噂の通りなのか。
そんなものは根も葉もない勝手な噂。金持ちへの嫉妬が引き起こしたたちの悪い妄想だ。そう思っていた。
先週の中ごろから流れ始めたまことしやかな風説。
初めは耳を貸さなかった。だが、噂が囁かれれば囁かれるほどそれは現実味を増していき、信じざるを得ないほどになったのだ。
―――荒川さんのお父さんがしたらしいよ、
―――先週の日曜日に、学校の周りに見慣れない高級車が止まってるのを見た人がいるって。高そうなスーツ着た人に、校長先生が何度も頭下げてたって。
察しのいい人にはもうお分かりだろう。
いじめ告発騒動の裏でアレが動いたというのである。
金。
そう、金だ。
荒川父、病院経営者で市内でも有数の金持ち、荒川
荒川寿典が学校、雑誌社、インターネット、その他諸々に働きかけて情報の拡散を阻止した、と。
馬鹿な。
ネット上の情報が簡単に消えるわけがない。
問題となった動画を拡散した
一人の人間の一存で重要な情報が根本から削除されるものか。そんなことはあり得ない――
……いや。相手は大人、ましてや金持ちだ。
金を積んでハッカーを雇えば、難解なパスワードの解読くらいわけないだろう。FacebookやTwitterなどという大企業に圧力をかけることももしかしたら可能なのかもしれない。
もう一度動画をネットに上げるだけの話と思われるかもしれないが、動画のデータは最初に投稿した時点で消してしまった。
いつまでも動画データをスマホに入れていたらいつかバレる。
証拠は何も残さないことにしたのだ。データの転送に使用したUSBはその日のうちに処分した。
証拠を残さないためにやったことがこんな風に裏目に出るとは。
いや、そもそも投稿は消されない予定だったんだ。アカウントごと消されるなんて思ってもみなかった。
……お手上げだ。
金持ちには勝てない。
……意外と簡単な作業だった。でも…効果は絶大だ。
あの日私、中川
『……荒川寿典さんですね?』
『あなたの娘さんがSNSで晒されています。大変ですよ』
『……汚れちゃいますね、桃花さんの経歴』
『早く削除した方がいいですよ。できるものならね』
目撃者の証言が瞬く間に犯人の犯行声明に早変わり。犯人は私じゃないけど。きっとどこかの馬鹿な正義漢だ。
私の脅迫じみたアドバイスを、荒川寿典はどのように受け止めただろう。
娘のため。一秒でも早く元ツイートを消さねば、と思ってくれたようだ。
この電話をかけた数時間後には例の元ツイートは跡形もなく消えていたんだから間違いない。
さすがは金持ち。仕事が速い。
もちろん、何も対策をせずに丸腰で電話したわけじゃない。できる限りの工夫を凝らしたんだ。
推理ドラマも良し悪しだね。あれはとても参考になった。
・電話番号から犯人の居場所を特定。
・話を長引かせて逆探知をかけ、犯人の居場所を特定。
・声を録音して、声紋から犯人を特定。
推理ドラマで、犯人からの電話への警察の対応三か条だ。
基本的に警察はこの三つの方法を駆使して容疑者及び犯人の位置情報を割り出し、容疑者を絞り込み、真犯人を確保する。
だから、この三つを不可能にしてしまえばいい。そうすれば匿名の電話がかけ放題だ。
つまりこうだ。
・位置情報を知られても困らない公衆電話を使えばいい。
・非通知の短い電話をかければいい。
・声を加工して声紋鑑定を出来なくしてしまえばいい。
念には念を入れる。公衆電話は駅やショッピングモールをはじめとする「二台以上がまとまってある場所」のものを使うことにした。
変声器なんてプロの道具は持っていないので、マスクで代用する。
これで電話はいくらでもかけられる。
さて、最大の難関は電話番号をどのように仕入れるかだが……これも想像の百万倍簡単だった。
うちの高校の弱気な校長にこれも匿名の電話をかけて、いじめの事実を雑誌社に話すと言って脅したら、慌てふためいて荒川寿典の書斎の電話番号まで教えてくれた。
そして私は荒川寿典に電話をかけた。数時間後、ネットの混乱のおおもと、あの忌まわしいツイートはきれいに消し去られた。
私が電話なんてかけずとも消える予定だった可能性もあるが、今となっては知る由もなければ知る必要もない。目的は達成できたのだ。
ミッション・コンプリート。
……始めはどうなることかと思ったけど。
やってみれば簡単じゃん。いけるいける。
……例の騒動から二週間が経った。
今日もうちのクラスは平和だ。外のことは知らん。
今は昼休みを挟んだ五限目。俺たちは家庭科室に移動して、人が変わったように穏やかな雨宮先生の家庭科の授業に耳を傾けている。
耳と傾けている……といっても昼食後のこの時間帯、眠気をこらえて
中には俺のようにまどろみに身を任せる不届き者もいる。
隣の席の軽部なんぞは正にその類だ。机に突っ伏して堂々と寝るとは。
そうやってあまり教師をなめているとな。
「軽部君!起きなさい!」教壇から軽部に怒声が飛んだ。
こうやって起こされる羽目になる。
「怖えー…」
「前と変わってないじゃん…」
「寝れると思ったのにぃ」
小さな文句があちこちから聞こえる。寝させねえよ、と心の中でつっこんだ。
騒動前後で、クマとパンダくらいの落差で温和に変化した雨宮だが、怒る時の声量はそのままだ。
それでいいのだと思う。
生徒を叱れないような教師は教師失格だ。あれこそ模範的な教師の姿ではないか。
今日も、授業中に人を
あれから中川ファミリーに目立った動きは見られない。
昼休みにこそこそと丸聞こえの会議をすることもないし、放課後に遠藤が優しく屋上に連行されることもない。
いじめをやめる気になってくれたのなら幸いだ。
いじめは何も生み出さないのだから。
……そうでもないか。俺は俺の二つ前の席で眠気と格闘中の遠藤を見やる。
騒動以来、遠藤は入学時よりずっと活発になった。よく笑うようになった。
その笑顔の向こうにいるのは南、かつての加害者側の人間だ。
友情とは壊れかかるたびに強くなるものなのだろうか。今では遠藤が南と話さない休み時間は無いほどにまで、二人の友情は回復している。
いじめから解放され、どん底の精神状態を脱却した遠藤は、ここ二週間、いつにもまして幸せそうだ。
……あまり認めたくはないが、この場合。こういった場合は。
いじめが結果的に人を良い方に導いたのだろう。
俺はいじめが嫌いだ。
いじめる側の人間も嫌いだし、無抵抗にいじめられるだけの100%被害者も同じくらい嫌いだ。
しかし。
世間にはよく「傍観者もいじめる側と同罪」という見方が転がっている。
俺はその思想が一番嫌いだ。憎んでさえいる。
いじめる人間がいなければ何も生まれないのに。
そんなクズをのさばらせたのは誰だ?指導し、愛の鞭を振るうことを怠ったのは誰だ?
大人だろう。
仮に今ここに、学校でタバコを吸っている不良がいるとする。
大人はどうする?
叱るよな。注意するよな。
では仮に今ここに、学校でいじめをする者がいるとする。
……大人はどうする?どうした?何をした?
叱れよ。注意しろよ。バカトウ。雨宮。誰だっていい。
叱らないことが愛だと?ふざけるんじゃねえ。
容赦なく鞭を振るえ。
悪を罰しろ。善であることを良しとしろ。勧善懲悪、あんたらも習ったよな。
生徒の模範となれ。人としての手本を見せろ。
黙認以外にもやれることはあるだろう。
しっかりしろよ。
おい――!
チャイムが授業の終了を告げる。現実に引き戻された。
知らず知らずのうちに自分の世界に入り込んでしまっていたようだ。
今日も残すところあと一時間。さて、もう少し頑張りますか……。
クラスの大半が教室に戻り人もまばらになった家庭科室。俺は席を立ち教科書を抱えて家庭科室を出ようとした、その時。
「嘘…なにこれ……」
不穏な空気を感じ、俺は思わず振り返っていた。呟いたのは中川だ。
元いじめメンバーの一人、一ノ瀬
「どうしたの?何かあった?」
雨宮が穏やかな微笑と共に二人に駆け寄り、机上のノートを見ると「くっ」と声を漏らし、顔がゆがむほどに歯噛みした。
そんな雨宮を
雨宮は可能な限り感情を殺した声で、放心している一ノ瀬に尋ねる。
「……一ノ瀬さん」こぶしを握り締めた腕が震えていた。
俺は静かにため息を吐く。まとめた教科書やノートを最寄りの机に置き、一ノ瀬達と距離を詰める。
「何か心当たりは?」
俺は興味本位の表情を作って。
「……!……ないです」一ノ瀬は明らかにぎくりとした。理由はもちろん、
俺は三人に近寄り、雨宮と中川の間から机上のノートを盗み見る。
雨宮が息を吐く。悩ましい、とでも言いたげに腕を組む。
雨宮の、静かなる
……きっとまた。
「どうしてこう次々と……」雨宮は額を押さえる。
予想通りだ。
広げられた一ノ瀬のノート。綺麗な字で授業内容がまとめられたやや空白の目立つそのページ、その欄外に。
……落書きがあった。
ボールペンで『いなくなれ』と、ノートとは違う筆跡で書かれている。
へえ。まだ続けるんだ。
自分でも気づかず俺は笑っていた。
哀れみでも嘲笑でもなく、俺は驚いて感動して――もしかしたら少しばかりは喜んで――笑った。
平和な日々も、長く続けば退屈な日常でしかなくなってしまう。
そうすると人は新たな刺激を、非日常を求めて
ある人間は、刺激を得たいがために、社会で悪事を働く。
またある人間は、刺激を得るため、他人が犯した悪事を見つけ、裁くのだ。
俺はいじめが好きではない。目にすれば怒りを覚える。
だが、それは退屈を紛らわしてくれるスパイスでもある。
俺は一つのいじめを終わらせたことで偶然にも、見出してしまったのかもしれない。
人を裁く喜びを。正義で人を傷つける快感を。
退屈な日々が、終わる。
そして再び、地獄が始まるのだ。いじめが、学生なりの知恵と威信をかけたゲームが。
また始まる。そして何かが……終わる。