ハリー・ポッターと金銀の少女 作:Riena
「そのために私はここにいるのだから」
0.始まり
1991年 9と3/4番線
乗客がごったがえすプラットホーム。9と3/4番線に停車する、紅色の蒸気機関車。私はそれをまじまじと見つめて、小声でつぶやいた。
「……本物だ」
周りの客はみな、家族に別れを告げたり、友達と再会したりと、楽しそうにしている。私は逃げるようにして列車に乗車した。適当なコンパートメントに座り、窓の外を眺める。
ふと、私の視界に一人の少年が入った。黒縁眼鏡をかけたボサボサ髪の彼だ。彼は生き残った男の子、ハリー・ポッター。そして、この物語の
「本物だ」
今、座っている座席も、覗く窓も、トランクも、そして自分自身も。
分かってはいるけれど、頭のどこかで否定していた。否定したかった。
私は
けれど、もうそんなことは言っていられない。私はこの列車に乗ってしまった。そして、彼を見つけてしまった。
たとえ、この世界の記憶がある私がここにいたとしても、この世界は本物。
進み出した止めることはできない。
物語はもう既に始まっているのだから。
2024年 日本国内
帰宅ラッシュの駅。たくさんの人で賑わう中、一人足早に、帰路に着く少女がいた。
彼女の名前は、
心笑留は父と兄と3人家族。兄妹仲は良いが、父は仕事でほとんどいないため、あまり仲が良くなかった。
兄は私の一つ上の高二で、今日は一人だがいつも一緒に登下校する仲だ。
母は……まあいいか。きっと今頃どこかで一人、静かに暮らしているだろう。自分で望んだのだから、あの人が文句を言う筋合いはない。
何の変化のない日常だ。別に変化を求めているわけではない。
だが心笑留は、この何の変化もない日々に、少しだけ不満に思っていた。
そんな心笑留を、黒い影が電柱から覗いていた。
家に帰った私は、部屋に上がるといつも通りやることを済ませ、自由時間に入った。 何をしようかと、一人で考えていると、ドアをノックされた。この時間に部屋へ来るのはせいぜい、兄ぐらいだろう。そう考えた私は「どうぞ」と声をかけた。
「心笑留、終わったか?」
予想通り。兄がドアから顔を出しながら、私に問いかけた。
「うん。兄さん」
兄とは、ほんの数年前まで、顔を合わせるたびに喧嘩をしていた。だが、私が交通事故で入院をしてから、お互い角がなくなり、今では、こうやって毎晩一緒に過ごす仲だ。
今日は、一緒にテレビを見る約束をしていた。
定位置に座ってテレビを付ける。
いつも通りの夜が更けていった。夜が更けていくごとに私は、今日が最後なんじゃないかと感じていた。そんなはずがない、そう思えば思うほどに、胸騒ぎを感じた。だがいつの間にかそんなことも忘れ、寝てしまった。
そんな妹を見た兄は、心笑留をベッドに寝かし、テレビを消すと静かにドアを閉め、自分の部屋に戻った。
そんな二人を窓から
その晩、心笑留は久しぶりに夢を見ていた。
「兄さん」
見ると兄は寂しそうな顔をしていた。私に背を向ける。
「兄さん?」
「……」
返事はない。もう一度心笑留が、呼ぼうとすると、走って行ってしまった。
心笑留は追いかけようとするが、早くてとても追いつけない。
「兄さん! 兄さん!」
何度も呼ぶが、次第に自分の声かも分からなくなる。
必死に手を伸ばし、もがく。
遠くから、汽笛が聞こえるような気がする。誰かが話している声もする。
『この子は、その…?』
『おそらくは』
『一体何故……?』
『時がくれば、この子から話してくれるはずじゃ』
今の声は……まさか?
ピーーーー
汽笛が全ての音をかき消してしまった。
『…-シェ、ルーシェ、ルーシェ!!』
「私は、わたしは!!」
そう叫んだ瞬間、目の前が暗転した。
1995年 イギリス国内
窓から柔らかな日差しが差し込み、少女の銀髪、いや金髪だろうか。キラキラと輝いていた。
ストレートに伸びた髪に、整った顔立ちをした少女、シエル・スタージェントは、いつも通りの朝を迎えていた。
ベッドから降りて身支度を整えると、ちょうどいいタイミングで、ドアがノックされる。
「どうぞ」
ドアを開いたのはリーサだった。
「お嬢様、朝食の準備が整いました」
「ありがとう。すぐに降りるわ」
下へ降りると、ダイニングには父と、珍しく兄がいた。兄は政治家でいつも家を空けてあることが多いのである。兄はコーヒーを片手に昨日の新聞を読んでいるようだった。父は朝食を食べている。
「おはようございます、お父さま、お兄さま」
「おはよう」
「……」
兄の返事はない。いつもの事なので、シエルは特に気にせず、朝食をとりはじめた。しばらくして、デザートのプリンに手を付けていると、チャイムが鳴った。
この時間の来客と言えば、新聞配達ぐらいだ。父が立ち上がろうとしたので、手で静止した。
「新聞なら、私持ってこれますわ」
「そうか、それなら頼もう」
短く返事をして立ち上がると、玄関へ向かった。ドアを開けると、そこには新聞配達員……ではなく、黒いローブを着た紳士が立っていた。紳士は、私を見ると少し驚くような顔を見せたが、すぐに状況を把握したらしく、優しく話しかけた。
「初めましてお嬢さん。私は魔法省で闇祓いをしている者だ。この家に〝ロキス・スタージェント″さんと、〝ハリス・スタージェント″さんはいらっしゃるかね?」
父と兄の名前を出された私は何も言わず、ただコクリとうなずいた。
「じゃあ、二人を呼んでくれるかい?」
そう言われた私は、もう一度うなずくと、すぐさま二人のところへ急いだ。ダイニングに着くと、先ほどと変わらず父も兄も座っていた。
「どうした、シエル。新聞はどうしたのかね?」
「それが、新聞じゃありませんでした。お客さんです。魔法省の……」
シエルが言い終わらない内に、二人の顔が驚愕に変わった。かと思えば、みるみるうちに青くなり、お互いに顔を見合わせる。
「ま、まさか? こんなに早く来るだなんて」
「こうしてはおれん! すぐに仕度をするのだ!」
そう言うと、父と兄はポケットから棒切れを取り出した。前に一度見せてもらったことがある。あれは魔法の杖だ!
それを一振りしてトランクに荷物を詰め始めた。全ての物――椅子や机まで全て――が小さなトランクに入っていく。あまりの驚きにシエルが呆然とその様子を見つめていると、その内に家の中は文字通り空っぽになってしまった。またチャイムが鳴った。
「よし、裏口から出るぞ」
トランクを閉じた父に手を引かれながら家から出ると、いつの間にか車が停められていた。中にリーサが乗っている。それに急いで乗り込み、エンジンをかけて前進……かと思えば、車体が宙に浮いた。
「お、お父さま! 車が! 宙に!!」
あまりの驚きに今度は声を上げてしまった。しかし、父も兄も何か話し込んでいるようで、私には見向きもしなかった。
会話の中で時々自分の名前が聞こえたような気がしたが、質問をする隙も無い。
かと思えば、ぴたりと会話が止んだ。窓から鳥を――すぐ横を飛んでいるのだ!――見ていた私は隣の父を方を見た。父と目が合う。助手席の兄も私を見ているようだった。
「お父さま? お兄さま?」
はあ、と父が息を吐いた。
「……シエル、よく聞きなさい。父さんたちとは、その、今日でお別れになる。これからは、リーサと一緒に暮らすんだ」
そう言った父の声は、今にも消え入りそうで、ほとんど泣き声に近かった。
何故? どうして? と聞けたらどれだけ良かったか。シエルはうなずくことしか出来なかった。
「すまない、シエル」
父は不慣れな手つきで私をぎゅと抱きしめた。温かくて、安心する父の体温を感じて私はやっと状況を把握した。きっとこれが、最後なのだ。
ガシャンッ――
突然大きく車体が揺れ、私たちを引き剥がした。後ろを見ると、先ほどの黒い紳士が箒に乗っているのが、遠くに見えた。
――箒?!
「まさか、もう気付かれたというのか! リーサ、運転を変わろう」
父とリーサが場所を変わる。父は私の頭をぽんと撫でた。
「この子を……シエルを頼んだぞ」
「はい、お嬢様はわたくしが、命を懸けてお守りします」
また車体が揺れる。先ほどよりも幾分大きかった。
「もうそろそろです、父さん」
「ああ。リーサ、行きなさい」
兄と父の声にうなずくと、リーサが私の手を握った。
「愛しているよ、シエル」
パチンッ、パチンッ――
頭に残る、指鳴らしの音が2回。目の前が眩んで……
気づけばそこは、見知らぬ土地だった。