ハリー・ポッターと金銀の少女 作:Riena
「「シエル!!」」
後ろから名を呼ばれた。
――私は一体何をしようとしていた?
周りを見渡すと、ルシウスが地面に這いつくばっていた。
――この状態を作ったのは、私なの?
考えれば考える程、恐怖を感じていった。自分自身に対して。
その時、聞き慣れた指ならしの音が聞こえ、目の前が暗転した。
「お坊ちゃま。ドビーめは、この方たちを連れてまいりました」
姿現しをしてきた屋敷しもべ。その横には担架が三つ浮かんでいた。
「すぐに手当をしてくれ」
「はいでございます」
ドビーが手当をしている間に、僕は母上を呼びに部屋を出た。
リビングに着くと、母上が落ち着かない様子で立ったり、座ったりを繰り返していた。
「母上。大丈夫ですか?」
僕が声をかけると、母上が驚かれた様子で問いかけた。
「ど、ドラコ! 部屋から出てはいけないとお父様に言われたのではないですか?」
「はい。ですが、非常事態なのです。すぐに父上の元へ行ってください」
「……何故です?」
「見れば分かります。すぐに病院へ」
「病院? 一体何があったというのですか!」
「ですから母上。急いでください」
少しして、母上が父上と共に、病院へ向かわれた。
父上は先程の三人と同じくらいひどい怪我をされていて、僕は見ていられなくなった。
だが、落ち込んでいられる時間などない。
今のうちだ。二人が帰ってくる前に、済ませなければ。
来た道をたどるように、僕は客室へと戻った。
「ん、うん……」
目が覚めた私は、自分がどこにいるのか分からなかった。
「目が覚めましたでしょうか?」
見覚えのある屋敷しもべが私に声をかけた。
「貴方は…?」
「ドビーでございます。ドビーめは
「そう……マルフォイ家? はっ!」
私は思い出したように起き上がった。が、手当ての済んだばかりの体が軋むように痛む。
「うっ」
「動いたらダメでございます! ドビーめは、お坊っちゃまのご命令で、手当てをするよう頼まれたのでございます。ですから、動いてはなりません!!」
「ドラコがそんな事を? 何故ですか?」
「ドビーめは、お坊っちゃまにお願いをされました。ご主人様の計画を阻止して欲しい、と。ですが、ドビーめは失敗したのでございます。そこでお坊っちゃまは、ドビーめにチャンスを与えてくださったのです。ドビーめは、急いで地下牢へ行って全員の意識を失わせた後、ここへお連れしたのです」
「……じゃあ、ドラコを呼んで来てくれるかしら?」
「かしこまりました」
ドビーは部屋を出て行った後、少しして誰かを連れて戻ってきた。
「「シエル、大丈夫か?」」
普通に歩けている彼らを見て、安心した私は彼らに抱きつこうとした。
「フレッド、ジョージ!!」
「動いてはいけません!!」
ドビーに止められてしまったので、気を取り直して無事を確認し合った。
「お二人とも、怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、ドビーがしっかり治してくれたからな」
「ありがとよ、ドビー」
「ありがとう……なんて優しい……」
感激しているドビー。私は最後の一人に話しかけた。
「ドラコ。久しぶりですね。どうやら私は貴方に貸しを作ってしまったみたい」
「……貸し借りはどうでもいい」
「あら、優しいのですね」
「それより、大事な話がある」
ドラコが一瞬照れたような気がしたが、すぐに顔を顰めた。
「ルシウスのことでしょう?」
「そうだ」
「それなら安心してください。
「「「え?」」」
三人分の声が重なった。
「まず、その体じゃ…」
「杖さえあれば、
「父上の方は……」
「私が治すので大丈夫です」
「シエルって……」
「兄弟よ、それ以上は言わないでくれ」
フレッドが何か言おうとしたが、ジョージに止められた。
「何か、おかしいですか?」
「「おかしいところだらけだよ?」」
「?」
首を傾げるシエルに、三人分のため息が重なった。
自分の傷の手当をし、フレッドとジョージをホグワーツへ送り届けた後、シエルは聖マンゴ病院へ足を運んでいた。他でもない、ルシウスと話をするために。
コンコン――
「どうぞ」
女性の声がした。ゆっくりと扉を開き中を見渡すと、ルシウスがベッドで横になり、マルフォイ夫人が見舞い用の椅子に座っていた。
2人とも驚きを隠せない表情である。
「先程ぶりですね」
「なぜ、きさ」
「貴様?」
シエルはルシウスの言葉を待たず言った。杖を握る手をわざとらしく動かしてみせると、2人のから向けられる敵意がひしひしと感じられる。
「今の立場を考えた方がいいですよ、ルシウス」
「くっ……」
苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見るルシウス。シエルはにこりと微笑んで、杖を持つ手を緩めた。
「というのは冗談ですよ。私は貴方と戦う意思はありません。私はただ、話があってきたのです」
「話?」
「正確に言えば
「――ドラコに何をした?」
病室の空気が一瞬にして凍てつく。父親の瞳で殺意を隠さないルシウス。
やっぱり
「ふふっ」
「何をしたか聞いているんだ!」
ベッドから身を乗り出してそう言うので、隣にいたマルフォイ夫人が必死に止めた。シエルは微笑みを止めない。
「何もしてはいませんよ。これからも私が何かをすることは一切ありません。誓いましょう」
「誰が信じると?」
「そうですね――血の誓いでもしてみますか?」
今度は本気の顔だった。先程の笑みが嘘だったかのように、静かな声でシエルは言った。
二人が息をのむ音が聞こえた。沈黙が続く。
「……内容は」
切り出したのはルシウスだった。シエルはまた気味の悪い笑顔を向ける。
「それでは、私と手を組みましょう」
「は?」
「スタージェント家の配下にならないかと聞いたのです」
「いやいや、何を言っている。先程まで私たちは杖を交えていたのですぞ?」
「ええ。ですが、決して、悪いお話ではないでしょう? 私は貴方たちと戦いたくない。貴方たちは私を敵に回したくない。悪いどころか、とっても良い話だと思うのですが」
少女の意図が読めない。ルシウスは訝しげにシエルを見た。
「何が狙いだというのです? 金? 地位か? 」
「何も」
「何も! 何も目的がないのに、ただ戦いたくないと言うだけの理由で、仲間になると?」
「ええ、そうです。それに今回、彼には助けられましたし」
「彼?」
「ドラコですよ。私をあそこから逃がしたのも彼です」
「なぜ……?」
「さあ。理由は彼にしか分かりませんわ。ですがこれでドラコに命を救われたことになります。私は命の恩人に杖を向けようとは思えません」
「信じられん」
「それは困りましたね」
「大体先程から、配下にならなければ、息子を殺すと言われているようなものでは? どうもこうもないと思われますが」
「それでは言い方を変えましょう」
「――ドラコを私にくれませんか?」
嘘をついている顔には到底見えない、真剣な表情だった。
「……は?」
「ですから、ドラコを私の許嫁にしたい、と言ったのですよ」
「一体、どういう考えでそうなる……」
ルシウスはさらに頭を抱えた。
「配下になるのが嫌なのでしょう? そしたら、ドラコを許嫁にすればいいわ。そしたら、互いに敵対は出来ない」
「いやだから、それのどこにこちらの利益が」
「ドラコを守ります」
「はい?」
ルシウスも隣にいるマルフォイ夫人だって、今の状況に困惑しきっていた。
「私とドラコに関係がある間、私はドラコを守り続けると誓いましょう。勿論、マルフォイ家も」
「何から守るというのです」
呆れながら、ルシウスはシエルを見た。どうせ嫌な笑みでこちらを――
「何からでしょうね?」
ルシウスは息を呑んだ。困ったような、悲しいような、何とも言えない顔を向けられていたのだ。
マルフォイ夫人がルシウスの手を掴んだ。みると、その視線は少女を向いている。そして、ルシウスの方へ顔を向けて、一つ首をこくりと頷かせた。
ルシウスはシエルを見た。少女は目が合っているというのに、視線はその先にあるように感じた。
「スタージェント嬢」
「はい」
「貴方は何をしようというのです」
「……何も。私が何をしようと、何もしなかろうと、起きるべき時に起こるのですよ」
今度は真っ直ぐと視線が合った。その後、契約を承諾し、少女が病室を去った後も、黒い空気が空間を漂っているようだった。
ホグワーツの校長室に六人が集められていた。細かく言えば、教師と生徒二人ずつと屋敷しもべが一匹。もっと細かく言えば、ダンブルドアさまとセブルスとリーサ、フレッドとジョージだ。そして、私と双子はかれこれ5分以上は腰を直角に折り曲げ、全身全霊のお辞儀をしていた。
「シエルよ、おぬしはもう少し頭を使えると思っていた。実に残念でならんのう……」
「あ、頭は使いました。それに、いいことも……」
私が反論しようとすると、リーサが叫んだ。
「いいことですって?! 何をおっしゃいますか、お嬢様! 貴方様は
私も未成年ですけど。というツッコミは飲み込んだ。
実際それどころじゃないのである。ダンブルドアさまは言わずもがな、リーサは切れると本気で怖いのだ。ちなみにセブルスは、何も言わずにただただ無表情を貫いている。むしろそれが一番恐ろしい気もする。
「申し訳ありませんでした……」
この後こっ酷く説教を受けた私は、もう二度とあんなことはしないと誓ったのだった。
数日後。
「シエル!」
「随分と久しぶりだな!」
「そうですね」
数日しか別れていなかったはずなのに、まるで何カ月も会っていなかったような気がして、私は目を潤ませた。
「ほんとに行っちゃうのか?」
「ええ」
私はあの後、スタージェント家に帰ることが決まった。これ以上
「寂しくなるな」
ジョージが気を遣うように言った言葉。私の心に染み渡った。
「私、私……」
気持ちを言葉にする前に、涙が溢れてきた。そんな私を二人が優しく包み込んでくれる。彼らの体温は暖かくて、暖かすぎて。私の中の冷たいものが、ゆっくりと解けていった。孤独も寂しさも全てが、その全てがどうでもいいと思えた。
「僕ら、ここで待ってるからな」
「絶対に来いよ」
――ずっとこのままでいられたらいいのに。
私の涙が収まるまで、彼らは私をずっとずっと、抱きしめてくれていた。
あるお屋敷の一角にある墓地。一人の男がそこを訪れていた。
「セナ……」
そう言った男は、自分の手に抱えていた蒼い花を静かに置いた。男の長い白髪が風になびく。
「済まない、君の敵を打つ事は出来なかった」
男――
「
小さな墓地に響き渡るルシウスの声。
彼はそうとだけ言うと、背中を向け反対方向へと歩き出した。彼の背中には悲しみが、怒りが、憎しみが、そして何より――
「セナ、私は君を……」
独り言のように霧散に消えたその言葉は、彼女への愛する気持ちだった。それは恋情ではない。友情とも違う。しかし今のルシウスにはもう確かめる事は出来ない。
コツコツとブーツの音を鳴らしながら、遠く離れて行くルシウス。
また吹いた風に今度は備えられていた花が揺れた。
蒼い花、ブルースター。花言葉は『身を切る思い』。普通、墓地におかれる花ではない。しかし、彼女の好きな色をした、彼女の好きな星の名の入るこの花。
ふと、彼の足が止まった。
「今度は君の娘を連れてこよう」
もう一度背を向けると、彼はそのまま止まる事なく歩き出した。
『フィナーラル・セナ・ソード 1987年ここに眠る』