ハリー・ポッターと金銀の少女 作:Riena
1.記憶
見知らぬ土地。目の前には見るからに大きな屋敷が目の前にそびえ立っていた。
「ここは……」
「ご主人様の別荘になります。さあ、中に入りましょう」
中に入るとついこないだまで人が住んでいたかのように、綺麗だった。高級そうなソファに座り、リーサがお茶を出してくれた。
一口飲むと、少し落ち着いたような気がした。
「お嬢様。落ち着きましたら少し、ワタクシからお話しなくてはならない事がございます」
「話して。お願い」
リーサは私の隣にそっと座った。そして、ぽつりぽつりと語り始めた。
「ご主人様とお坊ちゃまはある罪を犯したのであります。それが何かはワタクシにも分かりません。お二人は、何かあったときお嬢様をお守りするように言われておりました。その時が来たのです」
「お二人はお嬢様に関する記憶を消されました。消すようにワタクシに命じたのです。ご主人様はお嬢様が次の時が来るまで過ごせるようにと、色々と準備をしてくださっておりました」
「このお家も?」
「そうでございます」
「そう、なのね」
ふと、手の甲に冷たいものを感じた。見ると、雫が落ちていた。ぽろぽろとそれに続いて落ちていく。どうやら、泣いているらしかった。
「お嬢様」
リーサはシエルの手を取り、背をさすった。けれど、一向に涙が止まることはない。
『愛している、シエル』
「うん、うん、分かってるわ。お父さま、愛しています、私も」
シエルが泣き疲れて、そのまま眠りにつくまで、リーサは背中を撫で続けていた。
それから4ヶ月が経った。
リーサは毎日、どこかに行って色々と後始末をしているらしく、基本広い家で一人過ごすことが多かった。
あの日から、シエルは涙を流してはいない。それは、シエルにとってけじめであり、リーサにこれ以上迷惑を掛けたくないという意思でもあった。逆にそれが、シエルに無理をさせていると、リーサの心配の種になるのだが。
「お嬢様、そろそろ行きましょうか?」
支度をし終えてソファで本を読んでいると、リーサから声をかけられた。今日はシエルの誕生日。少しでも気晴らしになればと、リーサが外に連れて行ってくれるらしかった。
「ええ、行きましょうか」
本を置き、立ち上がると、リーサの手をつかんだ。
「そう言えば、リーサ。今からどこへ行くの?」
「ダイアゴン横丁です」
聞き覚えのある、名前だった。
「リーサ、もしかして私そこに行ったことはある?」
「いや、ご主人様はお嬢様を魔法界に連れ出したことはなかったと思いますか?」
「そう、ならいいの」
きっと、何か似た名前の横丁に行ったことがあるのだろう。行きましょうと再度リーサに言うと、パチンと指を鳴らした。
目を開くと、あっという間に着いたのは、ダイアゴン横丁だった。
見渡す限りのお店と人、人、人。とにかく人が多い。今日は平日だと言うのに、こんなにも人がいるのかと、シエルは驚いていた。リーサは慣れているのか、気にせず、私の手を握って歩き始めた。
お菓子におもちゃ、服や本……どれも人間界――マグル界というらしい――のお店には売っていないものばかりでシエルは全てに興味津々だった。だか所々、見たことがあるようなお店があったような気がした。まあ、気のせいだ。
それからぶらぶらとお店を回って、服やら本やらをたくさん買ってくれた。ちなみに全て買ったものはリーサのカバンの中にすっぽりと入ってしまった。あの小さなカバンにそんなに物が入るのかと、もう驚きはしなかったが。
次にリーサが連れて行ってくれたのは、ホグズミート村という場所だった。リーサは毎日ここら辺の厨房に通っているらしい。ホグズミードはダイアゴン横丁とは打って変わって、人通りが少なく、辺はしんとしていた。
その静けさの中に、小さくお腹がなる音が響いた。
「何か、食べるところはあるかしら……」
「すぐそこに美味しいお店があると聞いています。行きましょうか」
お店に行く途中、いくつかのお店を見ると、また妙な胸騒ぎがした。「気のせい、気のせい」と心の中でつぶやきながら、歩いた。
リーサが連れて行ってくれたのは、『三本の箒』というお店だった。
――まただ。また、変な感覚。
「お嬢様? どうかされましたか?」
「う、ううん。何でもないわ」
「本当ですか? 久しぶりの外出とはいえ、無理は禁物でございますよ……そうです、お嬢様ここのお店はバタービールがおすすめとお聞き致しましたが」
「バター……? い、いや、なんでもないわ。リーサが頼んでくれるかしら?」
「かしこまりました」
そう言うと、少し考えた後、リーサは店主に注文をした。
『三本の箒』に『バタービール』やっぱりどこかで、聞いたことのあるような………
そんな事を考えている内に、頼んだ物が来た。
「バタービールと、フィッシュ&チップスです」
机に置かれるおいしそうな料理に、私の堪えていた空腹が、耐え切れなくなったように、また鳴った。リーサと顔を見合わせて笑う。なんだか久しぶりに笑ったような気がした。
と、その時、店の入り口が開き、長くひげを生やし、マントを羽織った老人と、とても大きな体をした男性が入ってきた。
「
二人は話しながらそのまま、シエルの横を通って奥の席へ入っていった。突然、シエルは頭痛を覚えた。
ダンブルドア先生? どこかで……いや、どこで?
顔を青くしたシエルに、異変を感じたリーサが心配する。
「お嬢様?! どうされたのですか? 顔色がすぐれません!」
グルグルと頭が回り、リーサの声も次第に聞き取れなくなってくる。
「とりあえず、駅へ行きましょう」
そう言うリーサに腕を引かれ、店を出た。その直前、奥の席に座る老人がシエルを見つめていた……ような気がした。
駅に着くと、シエルは駅のホームのベンチに座ってリーサを待っていた。リーサは少し待っているようにと言って、どこかへ言ってしまった。
先ほどよりは、頭痛もおさまった。また、静かなホームは、シエルの頭を整理するのにもってこいだった。
ダイアゴン横丁、ホグズミート村、三本の箒にバタービール。既視感のある単語を思い浮かべながら、これまでどこで聞いたのか、思い出そうとする。
コツン、コツン――
シエルの集中を切らすかのように、こちらへ来る足音が聞こえてきた。足音が途絶えたかと思うと、誰かがシエルに話しかけた。
「隣は開いているかね?」
「ええ、どうぞ」
そう言いながら、顔を上げると一瞬時間が凍りついた。シエルに話しかけ隣に座ったのは誰でもなく、先ほど店で見かけた老人、ダンブルドアだった。
何故、ここに……?
驚きを隠せず、唖然としているシエルに気づいた素振りを見せず、ダンブルドアは優しく問いかけた。
「いきなりですまんのう。少し、聞きたいことがあってのう……ところで君はいくつかね?」
「ろ、6歳です」
「そうか…名前は?」
「シエルです」
名字を言ってはならない気がして、私は名前だけを言うことにした。ダンブルドアは特に気にかけた様子もなく、そのまま話を続ける。
「シエル。うむ、よい名前じゃ。そうか……おっとすまん。わしとしたことが。君が知り合いに、特に目が似ておってのう。つい、気になってしまった。いかんのう」
「知り合いの目、ですか?」
ふと、父や兄の知り合いなのでは、と思ったが、父も兄も瞳の色は青で、私の緑とは違う。
不思議に思っていると、思わぬ名前がダンブルドアの口から出てきた。
「
「リリー?」
聞き覚えのある、名前だ。けれど、知らない名前だ。この既視感は、一体……?
「おっと、少し話しすぎたかのう。そろそろ時間じゃ」
そう言うと、ダンブルドアは席を立った。
「そうじゃ、レモンキャンディーはどうかね? マグルの食べ物でのう」
シエルの手にレモンキャンディーを置く。すると、満足気な顔を浮かべ、先ほどとは反対側に歩いていった。
「また、ホグワーツでのう」
手に置かれたキャンディーを見つめる。
しばらくそうしていると、リーサが戻ってきた。
「お嬢様、お待たせ致しました。帰りましょうか」
「ええ」
パチンと指を鳴らす。遠くで聞こえる汽笛がやけに大きく聞こえた。
家に戻ってくると、リーサの心配を他所に1人にして欲しいと部屋へ向かった。そのまま、ブラウスにシワがつくことも気にせずに、ベッドに倒れ込む。シエルの頭はぐるぐると回り続けていた。
なぜ、見たことのあるもの、聞いたことのあるものがあるのか。知らないはずなのに、知っている。見てないはずなのに、見たことがある。この、感情、この感覚は一体、何?
「――私は一体、何者なの?」
その時、突然どこかで汽笛がなる音がした。違う、頭の中で鳴っているのだ。
『シエル、終わったか?』
父でも兄でもない、どこか聞き覚えのある声が聞こえる。
『シエル、シエ…、…ル、心笑留!』
何度も私の名前を呼んでいる。聞き覚えのある、知らない誰かが、私を、私ではない私を呼んでいる。
声がする。
『兄さん、兄さん!』
私の声だ。私ではない、私。シエルではない心笑留の声。
――体が、脳が、心が、悲鳴を上げている。
そうか、私は。
「心笑留」
ふっと意識が飛ぶと共に、全ての記憶を取り戻した。