ハリー・ポッターと金銀の少女 作:Riena
イギリスのロンドンの地下深く。
訓練場と書かれたその部屋で、二人の魔女が同時に無言呪文を唱えた。
「
「
赤と白の閃光がぶつかり合い、火花を散らす。
後者が放った呪文が前者の放った呪文を押し返し、後者の方へと飛んだ。
しかし、それを後者が障壁呪文で跳ね返す。
始まってからずっと、これと同じことが繰り返されていた。
互いに呪文を唱え、避け、心を読み、攻防を繰り返す二人。
だが、どちらが勝者でどちらが敗者かは、目に見えて明らかだった。
「
「
少しして、ついに前者の余裕がなくなり、攻撃魔法から防御魔法に切り替わった、その時。
「両者、そこまで!」
その二人を遠目から眺めていた男が声を張り上げた。
「少し休憩しろ」
ムーディがそう言うと、トンクスが力尽きたように崩れ落ちた。だが、シエルは一向に杖を降ろさない。
その状況にため息をついたムーディは、彼女に杖を向けながら声をかけた。
「おい、スタージェント戻って来い」
意識に直接語りかけるような声に、私は自分を取り戻した。
少しして、やっと周りが見えるようになる。自分の状況を把握した。
「はっ! 私、またやってしまいました! ニンフ、大丈夫ですか?! すみません、私、うっかり……」
「ニンフじゃなくて、トンクス!いてて……」
「ごめんなさい、本当に。
私はそう言いながら治癒呪文を唱える。みるみる内にトンクスの傷は無くなり、顔に赤みが戻った。
「ありがとう、シエル」
「済まなかった、ニンフ」
安心したのもつかの間。斜め上から、怒声が降ってきた。
「はぁ……スタージェント! 何がうっかり、だ。これでもう、三回目だぞ。それに、トンクス! お前も何回負けたら気が済むんだ」
「すまない(ごめん)、ムーディ(おじさん)」
二人の声が重なる。ムーディが何度目かのため息をついた。
「まず、スタージェントは、戦闘を始めると我を失う。自覚はあるか?」
「……」
もちろん、自覚はある。しかし、それを口にできるほど、私は大人ではなかった。目を逸らし、明後日の方向を向く。
だが、ムーディは私のその態度を無視した。
「無言はYesととるぞ。それと、開心術を使うのは禁止だ。どうせお前は、そんなものに頼らなくても避けられるだろう? 無駄な魔力を使うな。制御できないなら、そのイヤリングの容量でも増やしてもらえ」
どうやら、これが魔法具だと言うことに気がついていたらしい。さすがはマッド・アイ。
「分かりました少し、見てみます」
返事をしながらイヤリングを外した。すると、体に重たい物が乗っているかのような感覚に襲われる。だが、歯を食いしばり、それに耐えた。しばらくすると、少し落ち着いた。
「シエルは魔法具の改良もできるの?! 本当に規格外だわ……」
その間に回復していたトンクスが呆れたようにそう言った。
「心外ですね。だいたい、私が規格外なら、ニンフは何なんだというのです。論外?」
「酷いわね。そこまで、わたしは落ちてないわよ!」
「お前らは、本当に……」
ため息混じりのムーディの声を気にせず、私はトランクを魔法で呼び寄せ、イヤリングの改良を始めた。
シエルが魔法具の改良を行っている間、わしはトンクスの鍛錬に付き合った。
少ししてお昼になると、そろそろ切り上げることにした。
「トンクス、前半はここまでとする。スタージェント、お前もそろそろ切り上げろ」
「分かったよ、おじさん」
「……」
「あれ?シエル、行くよ」
「……」
わしの呼びかけにも、トンクスの呼びかけにも応答がない。
実はイヤリングを外したことによって、体や心に影響を及ぼしているため、聴力がぐんと下がっているだけなのだが、他の二人はそうとは知らない。
そのため、戦闘モードと同じく、技術モードの場合も周りが見えなくなる、と勘違いしていた。
「スタージェントは、本当に……トンクス、わしは先に行ってるぞ」
「分かったわ、おじさん。なるべく早く行くね」
わしに手を振るトンクス。フンッと鼻を鳴らしながら、わしは訓練場を出た。
「シエル、そろそろお昼だよー」
先ほどから何回も同じようなことを言っているのだが、彼女は一向に気づく気配は無い。
「シエル、お昼だよー」
「ん? もう、こんな時間。もう少しだから待っていてくれますか?」
いきなり反応したので少し驚いてしまった。
しかし、やっと反応してくれたかと思えば、そう言ってまた手を動かし始めるシエル。
仕方なく、わたしはその隣で彼女の横顔を見つめた。
長いまつ毛に翡翠の瞳。高い鼻筋に白い肌。ときおり見せる笑顔は、思わずため息が漏れそうなくらい綺麗だ。
彼女と出会ってまだ二日目。互いに知らないことばかりなのに、何時の間にか仲が良くなった。なにか、共通点でもあるのだろうか? 考えてみるが、思いつくものは何もない。
というか、そもそも彼女のことを、わたしは何も知らない気がする。いや、事実、何も知らない。
好きな食べ物とか、好きなこととか。家族のこととか、友達のこととか。
普通だったら仲良くなる前にそういう話をするのではないだろうか?
「後で聞いてみようかな……」
「何を聞くんです?」
何時の間にか片付けまで終わらせたシエルがわたしに話しかけていた。耳には元通り、イヤリングがついている。
「ううん、何でもない。それより、お腹空いたから、早く行こ。それに、おじさんが待ちくたびれてると思うよ」
「ムーディが?」
「うん。シエル、何回呼んでも、反応がなかったから、おじさんは先に行っちゃったの」
「それは済まなかった」
「いいから、早く行こ」
わたしは、そう言って彼女の手を取り、少し早歩きで歩き出した。
魔法省の中にあるカフェの一角。
オシャレな内装に不似合いな男が、義足をギシギシと鳴らしながら待っていた。
「おじさんがカフェにいると、やばい人に見えるね……」
隣にいるトンクスがそう漏らす。
「いや、あの人はどこにいてもやばい人でしょう」
私は本人に聞こえないように小声でそう答えながら、ムーディに近づいた。
「お待たせしました、ムーディ」
「おまたせ、おじさん!」
トンクスの声にムーディの機嫌が物凄く悪くなった。
「遅い。のろのろしてると背中を襲われるぞ。まったく…」
だが、トンクスは非常に残念なことに、空気が読めない。
「襲うのはおじさんか、シエルくらいだけどね」
その言葉に、次はムーディの顔が物凄いことになった。
流石にそろそろ爆発する。そう思った私は、トンクスに釘を刺しておいた。
「何か言いましたか? 頼めば、私はいつでも喉を掻き切ってあげますよ?」
「シエル、こわーい」
まあ、効果は非常に薄いが。
「まあいい。早く食べろ。午後からもビシバシ訓練するぞ」
「はーい」
トンクスの返事にムーディの眉が引きつる。
その後は、後始末に魔法を使う羽目になった。
午後の鍛錬は、シエルの戦闘モードも改善され、ムーディ曰く、やっとまともな鍛錬ができた。もっとも、トンクスがシエルに勝てないのは言うまでもないが。
順調だったため、3時のおやつを取ることになった。
用事があるムーディを置いて、二人は訓練場を出る。再びカフェへと足を向けた。
カフェに着くと、早速わたしたちはメニューを開いた。
店員を呼び、注文をする。
驚いたことに、シエルはアップルパイとミルクティーを砂糖多めで頼んでいた。てっきり、コーヒーとか飲むかと思っていたのに。
ちなみにわたしはオレンジジュースだ。幼稚だって? オレンジジュースを舐めないで欲しいわね。デザート? 頼んでないわよ。どうせ、シエルが半分くれるわ。
「ニンフ。アップルパイ、半分いかがです?」
ほらね。
わたしは頷きながら、シエルのお皿から半分、パイをもらった。
それから、他愛もない話で盛り上がった。
ムーディの義眼は何で出来ているのかとか、大臣のヘアスタイルは流行りにのっていないだとか、ホグワーツの新しい先生の話とか、防衛術の先生はもともとマグル学の先生だったとか。
時間が過ぎて行くに連れて、わたしたちはお互いのことについても話し始めた。
シエルは甘党で。シエルはマグルの知識が豊富で。シエルは本を読むのが好きで。
シエルはフレッドとジョージのお目付役で。シエルは防衛術の授業をサボっていて――本人は違うと言い張っていたが――シエルはスネイプと仲が良くて。シエルは頭が良くて。
シエルは……シエルは……シエルは……。
色々なことを聞いたけれど、わたしの知りたいことをシエルは一度も話してはくれなかった。
家族のことを。友達のことを。そして、何より自分の意思を。
その時。わたしは気づいてしまった。
――シエルは、わたしを友達と思って居ない?
それに気づいた時、わたしは出てきた言葉をそのまま口に出していた。
「シエルは……スタージェントさんはなぜ、闇祓いに、当主になったのですか?」
「……え?」
慣れない呼び方に敬語。
なぜこんなことを言ったのだろう? シエル以上に自分が驚いていた。
だがわたしはここで引き下がることをしなかった。もし取り消してしまえば、もう二度とシエルのことを聞くことができない気がしたのだ。
その意思をわたしの表情から読み取ったシエルは、眉間にしわを寄せ、苦しそうな顔をした。何か言おうと口を開いたり閉じたりしているが、言葉を発することはできていない。
そんな状態の彼女をわたしは見たくなかった。
こんな顔にさせたくない。シエルを苦しめたくない。そう思った。
だが聞かなくてはならない、という気持ちの方がわたしの中で勝っていた。
少しして、何かを決めたような顔をした彼女は、わたしの目をしっかりと見つめてこう言った。
「私だって、なりたくてなったわけではないんです。闇祓いにも、当主にも、シエル・スタージェントにも。私は
今度はわたしが何も言えなくなってしまった。だが、それに構わず彼女は続ける。
「
そんなことないと、否定したかった。だが、彼女の言葉は止まらない。
「貴方も、ムーディも、ダンブルドアさまも、リーサも、こうやって困らせて。私のせいで、迷惑をかけて。やっと、やっと気づいた。
いつもとは違う彼女の微笑み。その顔をわたしは一度、見たことがあった。
――思い出させないでください。私は貴方のことを憎んでも、恨んでもいません。悪いのはあの時代です。過去が悪い。貴方に非が無い訳では無いですけれど――
昨日、彼女がそう言った時の顔と今の顔はそっくりだった。
悲しそうな、寂しそうな。それでいて自分の意思を灯した表情。
いつもはさらさらと揺れ、輝きを放っている金色の髪も今はくすんで銀髪に、綺麗な翡翠の瞳は濁り、ただただ虚無を映し出していた。
わたしの中で何かが千切れた音がした。
「……自分の罪? 普通の生活? 挙げ句の果てには、ありがとう? ふざけないでよ! 困らせてるとか、迷惑かけてるとか、子供なんだから、当たり前に決まってるじゃない!! それなのにあんたは、大人みたいに自分の罪がどうとか、苦しみがどうとか。あんたは馬鹿よ! 大馬鹿よ! ちょっとは大人を頼ればいいじゃない! ダンブルドアとか、スネイプとかが難しいなら、せめてわたしにでも言ってくれればいい!! それに、わたしは大人以前にあんたの
わたしはそう言い切ると、半分残っていたオレンジジュースを一気に飲み切った。
そして、彼女の目をしっかりと見つめ直す。彼女の瞳には困惑の色が映し出されていた。
「私は……あなたの、友達?」
「ええそうよ。あんたとわたしは友達」
「友達には悩み事を話す?」
「ええ。他にも一緒に行動したり、話したり、勉強したり、ご飯を食べたり、そういうのが友達よ。だけど、シエルにはわたしのより先にできた友達がいるんじゃない?」
「うーん……フレッドとジョージ?」
「そうね。それと他にもいるでしょ? ほら、さっき言ってた、妖精を連れてる子とか」
「フィナ……」
「そうよ。シエルにもちゃんと友達はいるでしょ? だから、何かあった時は、話せばいいの。分かった?」
「……分かったわ」
「よしよし、子供はそれでいいのよ」
そう言って、わたしはシエルの頭を撫でた。気持ち良さそうに目を細めるシエル。
ふと、時計を見ると、もう4時半を回っていた。ムーディの怒った顔が浮かび上がる。
「そろそろ、もどった方が良さそうね」
「ええ、そうですね」
「また、大人に戻るの?」
「私は子供以前に、当主ですから」
「そう」
そんなことを話しながら、訓練場へと向かう。
その後ろ姿は姉妹のようにも見えた。
そのあとの訓練はあのムーディが珍しく二人を褒めるほど、うまくいった。
そして今は帰り道。転移カードを使ってもよかったのだが、どうせなら友達と、トンクスと二人で帰りたかったのだ。
とは言っても、さすがにホグワーツまで歩いて帰るのは遠すぎるので、トンクスの家まで歩くことにした。
「ねえ、シエル。あなたはこのままでいいの?」
ふと思いついたように、トンクスがそう聞いた。だが、何がどのようにいいのかを聞かれていないため、返事に困った。
「ん? どういうことですか?」
「シエルはシエルのままでいいのかって聞いたのよ。学校に通いながら、闇祓いのお仕事をしたり。まだ子供なのに、大人みたいに扱われたり。実際、どうなの? 嫌にならない?」
いきなりということもあって、私はすぐに答えを導けそうになかった。
このままで、いいのだろうか。自分がなぜここに来たのかも分からないまま、ただただ流れに身を任せて生きる生活。
それに、ここにきてから、今まで普通だと思ってたことが、何か普通じゃなくなった気がする。家族がいることも、学校生活に専念できていたことも、自分の好きなことを好きなだけできていたことも、全部が普通だと思ってた。
――もしかして、わたしをここに連れて来た"ナニカ"はそれを伝えたかった?
「……おーい、シエル?」
何時の間にか、目の前で手をブンブンしながらトンクスがそう言っていた。驚いた私は後ろに飛び上がる。
「うわ!」
どうやら、考え事をしていて周りが見えて居なかったらしい。
「うわ! じゃないよ、シエル。ぼーっとしすぎ!」
「あ、ご、ごめんなさい……」
慌てて頭を下げるが、トンクスはあまりお気に召さなかったらしい。
「もうっ、そうやってすぐ怖い顔するんだから! そんなに思い悩むことじゃないよ。だって、自分のことなんだし。もう少し、気楽でいいのよ」
そう言って、トンクスが私の両頬を上にあげ、むにむにし始めた。
「
「ん? 何て言ったか聞こえないわよ?」
「
そんなこんなでトンクスの家の辺りに着いた時には、もう6時をすぎていた。
「それじゃあ、また来週。その時には友達の話、いっぱい聞かせてね」
「分かりました。じゃあ、また」
「ばいばい」
角を曲がり、トンクスが見えなくなるまで、私たちは手を振り合っていた。
少し歩いて、人気の無いところへ移動する。
カードを手にとった私は目を閉じ、こう言った。
「転移」