ハリー・ポッターと金銀の少女 作:Riena
「ねえ、見てよこれ。またあいつらと授業だなんて……」
掲示板の前の人だかりの中から、ふとそんな声が聞こえた。その声にフィナが足を止める。
「ルーシェ、少し見ていってもいい?」
「いや、その必要はないですよ」
そう言って、私は掲示板の前を通り過ぎた。
「きっと、飛行訓練の授業がグリフィンドールとスリザリンの合同授業だ、という掲示に獅子と蛇が睨み合いをしていただけですね」
「えー、またスリザリンと合同授業? 私飛行訓練、楽しみにしてたんだけどな」
「それは残念でしたね。まあ、魔法薬学の様な贔屓はないですが、問題はあの二人、いや三人ですね」
「ポッター&ウィーズリーと、マルフォイでしょ?」
「ポッターとドラコは正解ですね。でも、ウィーズリーではなくロングボトムの方です」
「え? ネビル?」
「まあ、木曜日になれば分かりますよ」
そして、迎えた木曜日。
「何をボーッと突っ立っているんですか! 皆、箒の側に立って!」
マダム・フーチがハキハキとそう言うと、皆一斉に箒の側についた。もちろん私も適当な箒の側についた。隣のフィナが不安げな顔をしている。
「右手を箒に突き出して『上がれ!』と言いなさい」
「「「「上がれ!」」」」
皆が一斉に叫んだ。
私は上がれと言いながら、浮遊呪文を唱えた。箒がバシッと言いながら、私の手に収まる。ずるでは無い。正当なあれである。
周りを見ると、フィナ、ハリー、マルフォイ、ロン、他にも数人が成功していた。ハーマイオニーとネビルは成功していない。しかし、ネビルは自分で持ち上げて、箒を跨いでいるようだった。嫌な予感がする。
「ルーシェ、あなたもできた?」
フィナが私にそう聞いたその時、男子生徒の悲鳴が聞こえた。それと同時にネビルが空に舞い上がる。
「ロングボトム! 戻って来なさい!」
先生が大声で呼ぶが、ネビルはもう意識がないようだった。急上昇したかと思えば、急降下していく。
「アレスト・モメンタム!!」
塔の先端に刺さる直前で、私は呪文を唱えてしまった。
ネビルがぐんぐんと空に飛んでいく……かと思えば、ビューという音と共に落ちて来た。
「あのままじゃ、ネビルが!!」
けれど、私には何もすることは出来ない。
先生は杖を出そうと懐に手をいれているが、あれでは間に合わないだろう。
その時、隣から呪文の叫ぶ声が聞こえた。
「アレスト・モメンタム!!」
見ると、ルーシェがネビルに杖を向けていた。
ネビルに視線を向けると、塔の先端に刺さるか、刺さらないかの位置で停止している。
「やって、しまった……」
ルーシェが小声でそう言ったのが、聞こえた。しかし、周りの歓声でかき消される。
「シエルさん、すごい!」
「ネビルを助けた!」
口々に言われる褒め言葉に、ルーシェは戸惑いを隠せずにいるようだった。
「どきなさい!」
マダム・フーチの声で、ルーシェの周りの生徒が一斉にはけた。先生の腕にはネビルがいる。
「ミス・エバンズ。あなたのおかげで、怪我人が出ることなく収まりました。あなたの咄嗟の判断と行動力に、グリフィンドールに十点あげましょう」
「あ、ありがとうございます」
褒められて居るのに、ルーシェはなぜか嫌そうな顔をしていた。先生は気づいていないのか、ルーシェに背を向けた。
「それでは、私はロングボトムを医務室に連れて行きます。くれぐれも、箒には触らないように。もし何かあれば、クィディッチの『ク』の字を言う前に、退学して貰いますからね!」
先生がそう言い残して校庭からいなくなると、ルーシェの周りにはまた人が集まった。それをスリザリン寮生が憎たらしげに見ている。
ふと、私の足元にガラス玉が落ちていることに気がついた。確かこれは、ネビルの思い出し玉とかいうものだった気がする。きっと、さっき落としてしまったのだろう。後からお見舞いに行くついでに渡そう。そう考えた私は、思い出し玉をポケットにしまった。
先生がいなくなり、やっと1人になれるかと思えば、周りを人で囲まれた。
「シエルさん、あなたって本当はいい人なのね、見直したわ」
「シエルさん、マジかっけぇー」
「聞いたか? 『アレスタ・モメタムー』って、チョースゴイ!」
「あの、ルーシェでいいですよ……」
「じゃあ、ルーシェさん。さっきの魔法ってなに?」
「あれは、動きを止める……」
「ルーシェさんって、とっても綺麗よね!!」
「いえ、そんな……」
「ルーシェさんはグリフィンドールのプリンセスね! かわいいし」
「プリンセス?!」
「女王でもいいんじゃない?」
「いや、いっそ王妃とか?」
「王妃ですか……?」
半ば飽きれながらも彼らの言葉に耳を貸していたが、私はあまり嬉しいとは思えなかった。
この後原作ならば、ハリーとドラコが思い出し玉の取り合いを始めるはずだ。しかし、ハリーは私の隣にいて、ドラコはスリザリン生たちの輪にいる。このままでは喧嘩になるどころか、話しすらしないだろう。
このままじゃ、ハリーはクィディッチの選手になれないかもしれない。もし、そうなったら、この先、どうなるんだ? ニンバスは? スニッチは? お父さんのことも知らないままかも……。
「ルーシェ、どうしたの?」
フィナの声に私は引き戻された。
「はっ、すみません。少し、ぼーっとしてしまいました。それで、何か?」
「何かじゃないよ、ルーシェ。顔色悪いし、ルーシェも医務室にいった方が……」
「大丈夫です!」
フィナの言葉を遮るように私はそう言った。フィナは心配そうな顔をしながらも「それならいいけど」と言う。
「そこの二人、いつまで話しているのですか? さっさと箒の側に立ちなさい!」
何時の間にか戻ってきていた先生が、私たちにそう言った。
「すみません、今行きます。ルーシェ、何かあるならいつでも言うんだよ? わかった?」
「分かりました。それでは、行きましょうか」
「うん」
私たちは少し急いで箒の側についた。
その後、二人の喧嘩もなく、飛行訓練の授業を受けた。
「それでは私の合図で地面を蹴ってください。強くですよ。二メートルくらい上がったら少し前のめりになって降りてきてください。では、いきますよ。一、二の」
ピー――
先生の笛の音で皆一斉に飛び上がった。
しかし、
「うわぁ!!」
「きゃー、ハリーが!」
私の隣にいたハリーがネビルとまでは言わないが、それなりに高く飛び上がった。近くにいたハーマイオニーが悲鳴を上げる。途端にその悲鳴は広がり、グリフィンドール寮のほとんど、いや、私以外の女子生徒全員が悲鳴を上げた。
ハリーはそのまま上に飛び上がったかと思うと、急降下してくる。
「ポッター! あなたもですか!?」
先生は半分飽きれながらも杖を出そうとしている。
顔を手で覆い隠している子、放心状態の子、無意味に耳をふさいでいる子。
しかし、皆が想像したようなことにはならなかった。
「やっほう!」
なんと、ハリーは地面のギリギリで箒の角度を変え、そのまま綺麗に着地したのだ。
まさか、ここで?
私がそう思った時、マクゴナガル先生が校庭に飛び出してきた。今にも発狂しそうな顔で。
「ミスター・ポッター!! 今すぐ私について来なさい! マダム・フーチ、この子を少しお借りします」
「ど、どうぞ」
マクゴナガル先生は早口でそう言うと、ハリーを連れて校舎へ戻って行った。ハリーはなんとも言えない顔をしている。マダム・フーチはというと、完全にマクゴナガル先生の圧に押されてしまっていた。生徒たちは呆気に取られている。
なんか、凄いことになってしまった。
「さ、さあ、続きをしましょうか。今飛べていなかった生徒は手を挙げて」
先生の声に私は堂々と手を挙げた。
「ふっ、ふふ。ルーシェしか、飛べない人いないよ?」
「へ?」
他の生徒たちもクスクスと笑っている。私は恥ずかしくなって、手をゆっくりと降ろした。
その姿がまた笑いを誘ったのか、フィナの笑い声が一段と大きくなった。
「ミス・エバンズ。誰にだって得手不得手はありますから、大丈夫ですよ」
先生の言葉に、私は頬を赤らめてこう言った。最後の方は聞き取れない声量だったが。
「実は私……箒に乗れないんです」
この日から私は不名誉ながら『グリフィンドールのちょっと抜けている姫』通称『プリンセス』という称号を得た。
私は箒に乗れない。これは紛れもない事実だった。
スタージェントの当主となってから本家の庭で幾度か練習したのだが、全く乗れない。
使っているのは世界に一本しかないような最高級の箒。しかも、週に一度、全ての箒を磨いている召使いがいるので、箒が悪いなんてことは絶対にないのだ。
結論、私は箒に乗れない。
というか、それ以前に上がれと言って私の手に箒が来たことは一度もない。
それなのに乗るなんて絶対に無理だ。個人的には箒に乗るよりも飛行術を使った方がいいと思う。楽だし。バランス感覚とか運動神経とか必要ないし。
そう言って箒の練習を諦めてしまったことを、今ものすごく悔いていた。
なぜなら、
「「はははっ!」」
「シエル、本当に箒に乗れないの?」
「あのシエルが本当に?」
「ほ、本当です……」
「ふふっ。面白いでしょ?まさか完璧少女にそんな弱点があったなんて」
「三人とも、そんなに言わなくたっていいじゃないですか。私だって出来ないことの一つや二つくらいありますよ」
まさか、飛行訓練の授業にこんなイベントがついてくるなんて思っても見なかった。
それから私は三人に散々いじられた後、最後はお決まりのオパグノで一日が終わった。
次の日の早朝、ハリーがクィディッチの選手に選ばれたという知らせに、私は胸をなでおろした。ハリーはニンバス2000を大事そうに抱え、嬉しそうにしている。
しかし、私は一つ大事なことを忘れてしまっていた。致命的なミスを犯していた。
私がこの事に気づくのはもう少し後の話。正確にはハロウィーンの日だ。
「ネビル、大丈夫? 怪我はなかった?」
飛行訓練の授業が終わり、医務室にお見舞いに来た私は、ネビルの横に来るなりそう言った。見た感じ、怪我はなさそうだし顔色もいいのだが、念のため確認として私は聞いた。
「大丈夫、怪我はないよ。でも、気を失ってたから念のため夜まで入院だって言われちゃった」
「そっか、でも怪我がないならよかった」
「そういえば、フーチ先生から聞いたんだけど、ルーシェが僕を助けてくれたって本当?」
「本当よ。でも、ルーシェは褒められてもあんまり喜んでなかったけどね」
「そうなの? すごくいいことをしたのに……」
「うん……どっちかと言うと、後悔しているような感じだったんだよね」
「ふーん。ルーシェにも何か事情があるんじゃないかな? 秘密の一つや二つあったって不思議じゃないよ?」
「そうかな?」
「うん。それに、彼女が後悔していても、僕を助けてくれた事に変わりはないでしょ?」
「そうだね。あっ、そういえば、ネビルにこれを」
そういって、私はポケットから思い出し玉を出した。そのまま手渡す。
「これって、思い出し玉? 僕、いつ落としたんだろう」
「飛行訓練の時だと思うよ。校庭に落ちてたからね」
「あの時か……ありがとう、フィナ。助かったよ」
「どういたしまして」
私がそう言った時、ネビルの手の中の思い出し玉の中の煙が赤色になった。
「あれ? 僕、何か忘れてるみたいだ。一体なんだろう?」
「宿題とか? 提出する者とかはなかった?」
「うーん……違う気がする」
「じゃあ、寮の合言葉とか?」
「あ、きっとそれだよ! えっと……何だったっけ?」
「『
私がそう答えると、ネビルはぶつぶつと合言葉を唱え始めた。
「豚の鼻、ぶたのはな、ピッグスナウト…うーん多分覚えたと思う」
「忘れたらダメよ? じゃあそろそろ私は行くわね。外でルーシェが待ってるし」
「うん。明日になったらお礼を言いに行くよ」
「ルーシェは嫌がるかもだけどね。ネビル、お大事に」
「ありがとう」
ネビルと別れ、医務室を出ると、ルーシェが壁にもたれかかって待っていた。
「お待たせ、ルーシェ。ネビル、怪我はないって」
「そうですか。それはよかったですね」
「でも夜まで入院みたいだから、また明日お礼を言いに来るって」
「そうですか」
そうとだけ言うと、ルーシェはスタスタと歩き出した。自分が助けたというのになぜこんなに無関心なのだろう。
その疑問は結局口には出せず、前にいる彼女の後を早足で追いかけた。
『救えるものを救うのは罪ではないが、未来を変えることは時に罪となり得る。君がその力を生かすも殺すも自由だが、いつも以上に頭を働かせるのだ』
ベッドに入った私は、脳内に次々と浮かび上がるその言葉に頭痛を覚えた。
『私にも分からない。これまで大勢の子供達を見て来たが、君のような転生者はいた。しかし、君のようにこの世界の未来の記憶を持つものは見たことがない』
『君のその力は誇っていい。君だけが持つ特別な力だ』
何が良くて何が悪いのか、何が光で何が闇なのか、善か、悪か、味方か敵か……。
私の心をコンパスに例えるなら、くるくると回ってばかりできっと正しい方角は教えてくれないだろう。
原作を変えてはならない。
これは絶対条件だったはずだ。しかし、私はもういくつも原作を変えてしまっている。
マルフォイ家、飾り棚、魔法薬学の授業、飛行訓練の授業。他にも私がいた事によって知らないうちに変わってしまった事があるかもしれない。
ホーホー――
ふと、開けていた窓からルーが入って来た。そのまま私の横に止まり、もう一度鳴く。
ホーホー――
鳴き声が心配したような音に聞こえて、私は作り笑いをした。
「大丈夫ですよ。でも……何が大丈夫なのか、自分でもよく分からなくなってしまいました」
ホー――
そうひと鳴きすると、ルーは止まり木の方へ飛んで行ってしまった。
私はそのまま眠りについた。