ハリー・ポッターと金銀の少女   作:Riena

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35.アルフィー

『フッ、すまない気が変わったよ。君は今殺す。さらばだ、スタージェント。アバダ・ケ・ダブラ(死ね)!』

 

 少女の身体を借りた何かが彼女に向けた杖を大きく振る。許されざる呪文を唱えるその顔は、まるでそれが当たり前かのように見えた。

 

「――ッ」

 

 僕は少女に杖を向ける。しかしそれは、少女の杖先から出た閃光が彼女を貫くのと同じだった。閃光の眩しさに僕は思わず目を閉じた。

 次に目を開いた時には――そこには何もなかった。

 

「シエル? うそ、だろ……そんな……だって、君は……はっ、そうだ! 校長に報告を!!」

 

 なんとか思い起こした僕は立ち上がり、校長室に急いだ。

 

「ダンブルドア校長! シエルが!!」

 

 校長室に着いた僕は断りもいれずドアを開いた。すると、中にはダンブルドア以外にもう一人の女子生徒がいた。

 

「し、える……?」

 

 驚いたことに僕の目の前には先ほどの死の呪文を受けたはずのシエルが僕に笑いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 緑色をした死の閃光が私を貫こうと向かってくる。ジニーの顔をしたヴォルデモートがにやりと勝利の笑みを浮かべている。閃光が当たるまであと一秒もない。

 今逃げればまだ軽症程度ですむかもしれない。しかし逆を言えば、今逃げたところで助からないかもしれない。

 私は目を閉じた。そして手にある感触を確かめ、その言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 自分の勝利を確信した僕は何もできず立ち尽くす彼女の哀れさに笑いがこぼれた。

 

 何て無様。何て哀れ!!

 

 しかし、シエルの顔を緑の閃光が照らすと同時に顔をひきつらせた。

 

 彼女は――笑っていた。にやりと、冷たく、歪んだ笑みを顔に張り付かせていた。

 僕は思わず身震いした。どこにそんな余裕があるにだろうか。自分はもう死んでしまうと言うのに。いいや、と僕は首を振った。彼女は自分の勝利を確信しているのだ。

 死の呪文が貫く寸前、微かな音が鳴った。

 

「まさか。そんなばかな……」

 

 そこに彼女は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転移、校長室」

 

 閃光が貫くのと私が転移したのはほぼ同じタイミングだった。

 目を開くと、校長室の扉の前に立っていた。ノックをしようと右腕に力を入れる。すると身体に激痛が走った。

 

「……殺られたか」

 

 みると右肩が少し抉れているようで、焦げた制服には赤い鮮血が染みて手のひらの方まで流れてきていた。もし、転移があと0.1秒でも遅れていたら心臓に呪文が当たっていただろう。命拾いをした。

 今度は反対の腕を上げてノックすると、ダンブルドアがドアを開いた。

 

「シエルよ、なにか儂に用……」

 

 私の顔から肩に視線を向けた瞬間、ダンブルドアの顔が強張った。

 

「一体、なにがあったのじゃ! すぐにポピーの元へ……」

「その前に話があります」

 

 私はダンブルドアの言葉を遮った。

 

「じゃが、その傷ではどうにもならんじゃろう……」

「いえ、私が眠っている内に()()記憶を操作されると困りますので」

 

 私がにこやかに断ると、ダンブルドアは苦そうな顔をした。

 

「気づいてしまったのか……」

 

 校長室に入ると、私は先ほどのことを余すことなく話した。最後まで話し終わると、ダンブルドアは一つ頷くと黙り込んでしまった。

 

「……」

「……」

 

 しばらく沈黙が続いた。痺れを切らした私が口を開こうとすると、ちょうど扉が開いた。

 

「ダンブルドア校長! シエルが!!」

 

 現れたのはアルフィーだった。ここまで走ってきたのか彼は汗だくで息も荒い。ダンブルドアを見て、その次に私を見る。彼は大きく目を見開くと、私の名を呼んだ。

 

「し、える……?」

 

 まるで死者を見るような目で私の存在に驚いている。完全に取り乱してしまっているようだ。

 

「とりあえず、()()。先ほど申し上げたとおり、裏で手を引いているのはヴォルデモートのホークラックスです。まあ、貴方は全てをお知りでしょうが」

 

 ダンブルドアは顔を顰めた。

 

「……」

 

 何も答えないダンブルドアに私は苛立ちを感じた。

 

「どうして……何も言ってくれなかったのです。なぜ、苦しい記憶と同時に償うべき罪までを消したのです? 私はそうとは知らずに、こんな――」

 

 私は自分の手のひらを開いて見た。ベッタリと血の着いたその手は、自分の血のはずなのに、誰かの血に見えた。

 私の知らない記憶(消された罪)

 

「私はもうとっくに、普通の女の子ではなかったのですね」

 

 まるで独り言のように、私はそう吐いた。もう、ダンブルドアの顔は見なかった。

 

「アルフィー、医務室に行きます。着いてきてくれますか?」

「あ、う、うん……」

 

 まだぼーっと立ったままのアルフィーを連れて、私は歩き出した。

 後ろで聞こえる制止の声に私は耳を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 医務室に着くと、キーキーと叱られながらも治療を受けた。酷い怪我だが、明日には退院出来るそうだ。

 

 夜。面会が可能になると、すぐにアルフィーが駆けつけてくれた。

 

「それで……一体何があったんですか?」

 

 怪我の様子を聞くよりも前に、アルフィーが聞いた。私は先程の継承者からの奇襲の全てを話した。

 

「では、継承者はウィーズリーの末妹だったということですね! よかった、これでシエルの冤罪が……」

「いや、これは公表しません」

「え?」

「ジネブラ・ウィーズリーは継承者に秘密の部屋へ連れ去られる。助けに来たハリーたちの前に立ちはだかるのは、継承者。そして、ハリーたちは見事に継承者を打ち負かし、英雄になる――素晴らしいシナリオでしょう?」

 

 アルフィーはぎょっとした顔をした。何故かは分かる。私は今酷い顔をしていた。

 

「貴方は何を」

「何も」

 

 私は言葉を重ねた。

 

「私が何もしなくても、全て上手くいくのですよ。だから、何もしない。私はもう、これ以上罪を犯したくはない。これ以上、何もしたくないんです」

 

 ぽろぽろと手の甲に涙が落ちた。

 はっとして、手を返すと、洗い流された筈の赤黒いものがまだそこにはあった。ベッタリと先程と変わらず血が着いていた。

 私は擦った。擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って、擦って――擦っても、擦っても、それは私の手から取れなかった。

 ふと、その上に白い手が重ねられた。

 真っ白な手だ。私とは違う。何も犯していない手。私はそれがあまりにも眩しく見えた。汚い私を責めているようで見ていられなかった。けれど、弾こうとしても、弾けない。アルフィーは強く強く私の手を握っていた。

 

「もう、何も着いていませんよ。先程の血も、貴女のものです。大丈夫……大丈夫です」

「でも、私は人を、この手で――」

「大丈夫」

 

 私はその言葉に顔を上げた。彼は真っ直ぐと私を見ていた。

 

「もう、いいんですよ。貴方が過去に何をしていようと、どれだけの罪を犯そうと、もういいんです」

「でも、私はそれを知らずに今までずっと――」

「それで良かったんです。それが、良かったんです。貴方は知らない。知らないんです。何もしていない。記憶が無いのだから。知らないことまで罪を背負う必要なんてこれっぽっちもないんですよ」

「駄目よ! それじゃあ、私が殺した人は? その家族は? 友達は? きっと、私を恨んで……」

「貴女はどうです?」

 

 アルフィーは問いかけた。シエルはまたはっとした。

 

「貴女は父親を殺され、兄を殺され、殺した人を恨みましたか? 罪を償えと、犯した罪を背負い生きろと、そう言ったことが1度でもあったのですか?」

 

 マッド・アイ・ムーディー。シエルの家族の敵。しかしシエルは彼を恨んだことはない。時代が悪いと、悪いのは彼ではないと、彼を許したのだ。

 

「シエル、貴女が犯した罪を償おうとするのは正しいことでしょう。それ程までに貴女の犯した罪は重い」

「それなら!」

「それでも!」

 

 アルフィーは重ねて叫んだ。シエルの身体がビクリと跳ねた。それほどの剣幕だった。

 

「それでも貴女は自分を責めてはいけない! 自分を責めても、何も償ったことにはならない! 責められるのは貴女の殺した人だけです。貴女は自分を責める権利などないのです!!」

 

 私は何も言えず、ただ、彼の言葉を聞いていた。

 

「だから……もう、やめてください。もう、そんな風に自分で自分を殺さないでください……僕は、見ていられない……」

 

 コツンと、アルフィーは私の肩に頭を当てた。彼の顔は見えなかったけれど、彼がどんな顔をしているか何となく分かった気がした。

 

「シエル」

 

 耳元で声が聞こえた。冷たい身体が私を包み込んだ。私は――抱きしめられていた。

 

「アルフィー、わたし、は――」

「何も言わないで」

 

 アルフィーは優しく諭した。ぎゅっと力を入れられて、胸が苦しくなった。けれど、それが心地よく感じた。

 ふと、同じ感触を思い出した。

 

『愛しているよ、シエル』

 父の最期の言葉。抱きしめた父の身体は温かかったのを覚えている。震えていたかもしれない。私は――泣いていたのかもしれない。

 

「いいんですよ。泣いても」

 

 アルフィーの声が耳をくすぐった。

 

「叫んでもいいんです。逃げたっていいんです。貴方は――とっても綺麗な、普通の女の子なんですから」

 

 私ははっとした。嗚咽と涙でぐちゃぐちゃになった私を、血塗れで汚い私を、罪を犯した私を、何も知らないわたしを、アルフィーは綺麗だと、普通だと――

 

「アルフィー」

「何ですか、シエル」

「アルフィー、アルフィー」

「ええ、僕ですよ」

「アルフィー、アルフィー、アルフィー」

「僕はずっとシエルの傍にいますよ」

 

 アルフィーはぎゅっと、もう一度強く抱きしめた。

 私は彼の背に手を伸ばした。その背中は大きくて、父よりかは小さくて、でも、今の私にはそれがとても大きく感じた。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ」

 

 何度も何度も彼はそう言い、声を出して泣く私の背を撫で続けてくれた。

 私は泣いた。子供のように、あの日泣けなかった私の代わりに、消された記憶を辿るように、私は泣きじゃくった。

 

 月光が2人を照らす。

 いつの間にか眠ったシエルを、アルフィーはゆっくりと横にした。

 彼はシエルの綺麗な真っ白な手を握りながら、シエルの髪を静かに見ていた。

 銀髪が金髪に変わりゆくのを見て、彼の目は紅く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、目を真っ赤に腫らしていたために、もう一日退院が伸びることとなった。

 故に、その報せを聞いたのはアルフィーが病室に見舞いに来た時だった。

 

「継承者が動き出したようです。()()()()()()と共に」

 

 素晴らしいシナリオに亀裂が生まれ始めていた。

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