ハリー・ポッターと金銀の少女   作:Riena

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3.手紙

 

 広い中庭の真ん中で、私は魔法の特訓をしていた。もう何時間も練習しすぎて、さすがに疲れてきている。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 もう、何度唱えたか分からない呪文を唱える。しかし、杖からパトローナスが出るどころか、光すら出なかった。

 

「エクスペクト・パトローナム、エクスペクト・パトローナム! なんで、出来ないの!」

 

 勢いで杖を投げ捨てそうになって、私はギリギリ押しとどめた。そのまま体力も魔力も底をついた私は砂がつく事も気にせずに、地べたに座り込んだ。

 

「他の魔法ならぴゅぴゅいってできるのになー」

 

 その言葉通り、私は一年の間に一人で毎日特訓を行い、相当な力を身につけていた。それもこの、物事の吸収力が非常に高い身体のおかげか、それとも膨大な魔力のおかげか。 どちらにせよ、少しでも強くなりたい私にとってとても好都合なことだった。

 

 それからしばらく練習をしていると、銀色の羽毛をした小さいフクロウが空から降りてきた。つい先日、誕生日プレゼントに買ってもらったフクロウだ。響きが可愛いのでルーという名前を付けておいた。

 ルーはホウとひと鳴きすると、私の杖先にきれいに着地した。よく見ると、手紙が足にくくり付けてある。

 

「手紙を持ってきてくれたのね。ご苦労様。どれどれ……」

 

 くくりつけてある手紙を外すと、ルーはまたホウと鳴いた。頭を優しく撫でてやりながら、手紙を開く。差出人の名を見た時、私は思わず叫んでしまった。

 

 『アルバス・ダンブルドア』

 

「り、リーサ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、落ち着きましたか?」

「ええ、何とか」

 

 リーサが準備してくれた紅茶を飲み干して、カップが空になった時には、幾分か落ち着いていた。

 もう大丈夫だ。いや、全然大丈夫ではない。

 元凶である手紙を恐る恐る開く。今度はその内容に目眩が起きそうだった。

 

「お嬢様、手紙には何と?」

「……ダンブルドアという方が、私に会いたいそうなのです。重要な話がある、と」

 

 どうして私のような普通の子供にこんな手紙を送り付けてくるのだろうか。重要な話だなんて、たった7歳の私が聞く話なのか?

 いや。

 その時私は気づいた。私は()()()()()()()()()のである。私には何かしらの罪を犯したとかいう父と兄がいたのだった。この一年、強くなることばかりを考えて、すっかり忘れていた。それにしても、実の父親と兄の存在をすっかり忘れていただなんて、酷い話だ。まったく。

 それはそうと、魔法省に追われていたとなれば、相当の罪を犯したか、もしくは――隠蔽か。どちらにせよ、この目の前にいるリーサが何も知らないとは思いにくい。

 現に今も、リーサは何も言うまいと口を押さえている。なんて分かりやすいんだ。

 

「あの、リーサ」

「……」

「リーサ?」

「……」

「話してください、お願いします」

 

 私は真っ直ぐとリーサを見つめた。彼女の大きな目にみるみるうちに滴ができていく。私は念を押すようにもう一度言った。

 

「お願いです、リーサ。私は真実を知りたい」

 

 ぽろりと瞳から滴がこぼれ落ちた。それに釣られ、新しい滴もぽろぽろと落ちていく。それでも私は彼女のが話し出すのを待った。

 

「お嬢様は、後悔なさりませんか?」

「ええ、もちろん」

 

 私は即答した。

 リーサはそれを聞いて、涙を身に纏った古いシーツで拭いてから、口を開いた。

 

「ワタクシはずっとダンブルドア校長先生様の元で働いていたのでございます。ホグワーツ魔法魔術学校の厨房。お嬢様がいつか行かれる学校でございます。これは、ご主人様のご命令でございました」

「お父さまが?」

「そうでございます。ご主人様には、お嬢様を守るようにと言い付けられておりました。その時が来たら、ダンブルドア校長先生様を頼るようにと。ワタクシは言われた通りのことをしました。それで、お嬢様は今まで過ごせたのでございます」

「それじゃあ、ダンブルドアは全て知っているのですね?」

「そうでございます」

 

 なるほど、と今になって全てが繋がったような気がした。

 考えてみれば、私はこの一年あまりにも普通に過ごしていた。犯罪者の娘なのに。それこそ、外に出て買い物をするだなんて、そんなリスクの高いことはできないはずだった。けれど、それを可能にしていたのもダンブルドアが手引きしていたと考えれば辻褄が合う。

 しかし、それにしても、何故ダンブルドアなのだろうか。父がダンブルドアの旧友とか? それか、兄が生徒だったのかな? 何にせよ、自分は保護してもらっていたみたいだし、この手紙の返事は最初から一択のようだった。

 

「リーサ」

「はい、お嬢様」

「私、ダンブルドアに会うわ。会って、話を聞く。どんな話かは分からないけれど、私ちゃんと知りたい」

 

 今度は、強くなるだけじゃなくて、(シエル)を知らないと。

 

 静かに時は動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シエル、よう来てくれたのう。儂はアルバス・ダンブルドアじゃ。最も、君と会うのはこれが初めてではないがね。そこのソファーにでも、掛けておくれ」

 

 ここは、ホグワーツの校長室。そして目の前にいる老人は、他でもないアルバス・ダンブルドアだ。

 私は柄にもなく緊張していた。久しぶりの外出先はあの、ホグワーツで、久しぶりに話す人間があの、ダンブルドアだなんて。

 長く伸ばした髭。半月型の眼鏡。全てを見透かすような瞳――ダンブルドアは私に開心術をかけているようだった。

 まだ7歳の子供に何をしているんだい。

 私は小さく息を吐いて、笑顔でそれに応じた。

 ふと思った。7歳の子供に、普通は開心術を掛けたりしないだろう。普通ならば。もしかすると、ダンブルドアは()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 私は背中に冷や汗が伝うのを感じた。

 覚えたての魔法だ。成功したかどうかなんて、試したことは無い。けれど、私が私であることがばれるのは避けたい。特にダンブルドアには。

 心の中に入り込まれる気持ちの悪い感覚を追い出そうと、私は自分の記憶に蓋をした。しかし、隙間を縫うようにして何かが入り込んでくる。

 額に汗が浮かび、作った笑顔が引きつりそうになる直前で、ダンブルドアは開心術を解いた。

 

「どうやら、7歳で閉心術を使える者がいるとは、驚きじゃのう」

「私も子供相手に開心術を使う方がいらっしゃるとは、思っても見ませんでした」

 

 にこりと笑みを作って、私は勧められたソファに腰を下ろした。

 

「何か、隠しているのかね?」

「……」

 

 私は何も答えずに、また微笑んだ。ドキドキと心臓の音が大きく聞こえるが、聞こえないふりをする。

 きっと、ダンブルドアにはもう、何かしらは気づかれてしまっているようだ。

 

「うむ。まあいいじゃろう。無礼を許しておくれ。ただの好奇心じゃ」

 

 好奇心という言葉が嫌に聞こえて、私は寒気を感じた。早く、話題を反らさなくては。

 

「構いません。それより、お話を」

「おっとそうじゃな。君の屋敷しもべから、あらかた話は聞いているかね?」

「いえ、それが。リーサは私の口からは何も言わない、と」

 

 リーサは話は全てダンブルドアから聞いて欲しいと、それ以上のことを言ってくれなかった。

 ご主人様との約束、と何度も口にしていたから、きっとお父さまに話さないようにと言われているのだろう。

 

「そうか……それでは、儂から全てを話そうかのう」

「お願いします」

 

 佇まいをなおして、私はダンブルドアの次の言葉を待った。

 

「……」

「……」

「冤罪じゃよ」

 

 沈黙の後、ダンブルドアの口から出たのはそんな言葉だった。

 

「冤罪? まさか、父と兄が?」

 

 ダンブルドアは首を縦に振った。

 

「あの時、魔法省は神経質になっておった。君の家族は、死喰い人(デスイーター)に騙され、罪を被されてしまったのじゃ」

「では、父と兄は?」

「……」

 

 ダンブルドアはまた黙ってしまった。私は何となく、分かった。私がここに呼ばれた理由。父と兄は――

 

「死んだのですね?」

 

 ダンブルドアは何も言わず、頷いた。

 

「しかし、罰でではない。呪いじゃった。一族全員に掛けられたものじゃ。アズカバンに収監されてから、一ヶ月後に遺体となって発見された」

「呪い、ですか? 吸魂鬼にやられた訳ではなく、呪われたと」

「ずっと狙われていたのじゃ。君の家、スタージェント家は。君のお父上とお兄さんが捕まったことで、護りに穴ができた。それからは一瞬じゃ。あらゆる呪いや奇襲を受け、一月あまりで君の親族は全員殺されてしまった。君一人を覗いてな」

「それで、あの家で保護を?」

「そうじゃ。あそこの守護魔法は強固なものじゃ。場所を知る者しか立ち入れぬ。君のお父上はこうなることを予想して、準備を整えていた」

「ですが、何故そんなに私の家が狙われるのですか?」

 

 私の問いに対して、ダンブルドアは少し驚いたような顔をした。

 

「知らぬのか?」

「何も。お父さまは私の前で魔法を使うことすら嫌がりました。家柄がどうだとかは全く」

「そうか……では、少し話そうかのう」

「お願いします」

「まず、魔法族には純血、混血、マグル出の3つが存在する。スタージェント家は代々純血の家じゃ。聖28家よりも、はるかに古い血筋とされる。そのために、スタージェント家は資産も莫大であり、権力も相当なものであった。しかし、スタージェント家は純血主義の家ではなかったのじゃ。偶然、それほど長く続いていただけ。それが過激な純血主義の家の反感を買い、ことあるごとに揉め事を起こしておった。これもその延長線上じゃ」

「それでは、スタージェント家は無くなり、万事解決なのでは? ご当主様も亡くなられてしまったのでしょう?」

「それがのう。君が護られてしまっていたのじゃよ」

「私?」

「そうじゃ。これを」

 

 ダンブルドアは、懐から羊皮紙を取り出すと、私に差し出した。受け取った私は、開いて見てみる。

 

「次期当主候補であったシエル・スタージェントを次期当主として命ず、る……?」

 

 達筆で書かれた文字と、右端に家紋のような押印。自分の名前をもう一度確認して、私は静かにダンブルドアへ突き返した。

 

「私はまだ7歳です」

「先程から随分と落ち着いた印象じゃがのう」

「魔法を使えませんし」

「先程、閉心術を使っていたではないか」

「それにスタージェント家について何も知りません」

「教えた通りじゃよ?」

「私以外の他の候補がいたでしょう!」

「君しかおらぬのじゃよ」

 

 ダンブルドアは、私の瞳を覗いた。今度は心を読むのではなく、何かを伝える瞳だった。

 

「私が当主になって、一体何ができるというのです」

「スタージェント家が存在するだけで良いのじゃ。古い家が一つでも消え去れば、イギリス魔法界は混乱を引き起こす。ただでさえ、手数が減ってしまったのじゃ。これ以上の負担はなるべく避けたい、というのが魔法省の考えだ」

「お父さまはなんと? 私が当主になるようにと言っていたのですか?」

「……」

「そうなのですね?」

 

 私ははぁっとため息をついた。(シエル)の父親は一体全体、自分の娘に何をさせようとしているのだろう。守るといいつつ、これでは逆に危険に晒すようなものでは無いか。

 

「もし断ったら?」

「儂は君のお父上に頼まれただけじゃ。何もせぬよ。何も」

 

 いつの間にか準備されていた紅茶をダンブルドアは音を立てて啜った。

 何もしない。それは、何も手は出さないという意味なのか、これからもう手助けはしない、という意味なのか。明言はしなくとも、後者であることは容易に想像できた。

 初めから選択肢はない。手紙が届いた時点で決められていたようなものだった。

 

「分かりました。お願いします」

 

 私は頭を下げた。顔を上げた時、ダンブルドアが顔を顰めているような気がした。

 

「これから忙しくなると思うが、できる限りの事はするつもりじゃ。何かあればすぐに言っておくれ」

「ありがとうございます」

「さてと、前置きはここまでじゃ」

 

 腑抜けた声が出そうになった。

 今の話が前置きだって?

 紅茶を飲んでいなくてよかったと思った。もし飲んでいたら確実に吹いていたに違いない。

 

「まずは、偽名のことじゃな。シエルとして公表するのは名前だけじゃが、顔が世間に広まれば、間違いなく標的にされる」

「私が子供だからですか?」

「君は護られるべき立場にあるということじゃ」

 

 ダンブルドアは紙を差し出した。

 

「これは、君の情報じゃ。よく読んでおきなさい」

 

 見ると、1番上にはルーシェ・エンヴァンスと書かれていた。私の新しい名前だ。その下にはぎっしりと家族構成やらが書かれている。何だかスパイになったみたいだ。

 

「特にこれで何かをするという訳では無いがのう。表に出る時はなるべくこれに従ってもらう。良いかね?」

「分かりました」

「よろしい。では、最後の話じゃが――」

 

 ダンブルドアが言い終える前に、校長室の扉が開いた。

 

「校長。吾輩をお呼びでしょうか?」

「丁度良いところに来た、セブルスよ」

 

 黒蝙蝠という表現は間違いでないらしかった。真っ黒の服を着た真っ黒の男。間違いなく、セブルス・スネイプだ。

 

「紹介しよう。彼はセブルス・スネイプ。この学校の教授であり、君の後見人じゃ」

「後見人?」

「言ったじゃろう、君は護られるべき立場にある、とな」

「ですが、何故この方が?」

「不服かね、ミス・シエル」

 

 不機嫌そうな顔でセブルスがそう言った。いや、ここに来た時からずっと彼は不機嫌そうであるが。

 

「いえ、そういう訳では」

「これ、セブルス。シエルを困らせるでない。セブルスに関しては元より君の後見人なのじゃよ」

「父とは知り合いで?」

「如何にも。ミス――」

「シエルで構いませんよ」

「それでは――シエル。何かあれば吾輩を頼るように」

「よろしくお願いします、セブルス」

 

 私は微笑んで手を差し出した。勿論、それに応じてはくれない。それから少しだけ会話を交わしたが、その間セブルスは一度も私と目を合わせようとはしなかった。

 

「そろそろ時間かの」

 

 いつの間にか窓の外が暗くなっていた。ダンブルドアの言葉と同時にリーサが現れた。

 

「お嬢様、お迎えにあがりました」

「ありがとう、リーサ。ではダンブルドア先生、私はそろそろ行きます」

「うむ、くれぐれも帰路には気をつけるように」

「ありがとうございました」

 

 私は一礼すると、リーサの腕をとった。

 

「またすぐに会う」

 

 指鳴らしの音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう思う?」

 

 先程までいた客人がいなくなると、この部屋には2人だけになった。ダンブルドアはお茶を淹れなおした。セブルスのものも準備して、彼の前に置いた。

 

「どう、とは?」

「シエルのことじゃよ」

「賢そうな子ですな。父親によく似ている」

「そうじゃないわい」

 

 ダンブルドアは目をぎらりと輝かせると、セブルスを見た。セブルスはため息をつく。

 

「あまりにも大人びている印象でした。7歳とは思えない。受け答えもしっかりしていますし、それに――」

「それに?」

「――何かを隠しているようにも見えました。確実に見せまいと、無意識のうちに閉心術を使っていた」

「やはり、セブルスにもそう見えるか」

 

 ダンブルドアは目を伏せた。

 

「一体、あの小さな少女に何を託そうと言うのです」

「何もじゃよ。何も」

 

 ダンブルドアは胸に残る苦味を押し流すように、また、紅茶を啜った。

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