やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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※前話(第九話)の小町の行動について修正が入っております。前話を投稿直後に読まれた方はお手数ですが一度ご確認いただけると幸いです。


第10話 広がる"かもしれない"交友関係

 また一週間が過ぎ、総武高での初のテストが終わった。

 さすがに高校、しかも進学校というだけあってレベルが高い。一応全問埋めたが……数学、大丈夫かしら? 元々数学はそれほど得意ではないからなぁ……受験の時は必死こいて勉強したが、もし今もう一度総武を受験しろと言われたら正直受かる自信はない。

 そういう意味では一色の家庭教師にも不安はある。というか不安しかないのだが。まあその時はその時だ、なんとかなるだろう、きっと、多分。

 

 そんな事をぼーっと考えながら再びやってきた土曜日を家のソファでダラダラと過ごしていると、俺の周りをドタドタと忙しなく走り回る人物がいた。小町だ。

 俺のテスト期間が終わると入れ替わるようにテスト期間に入ったらしく、今日は友人と勉強会を開くのだそうだ。

 

 先週、妙なフラグを立てた様に感じた小町だったが。特に何か変わったわけでもなく、会話もいつも通りだった、少なくとも表面上は。

 表面上は、というのは今現在も謎が残されているからだ。

 あの日、小町が風呂に行った後。俺は親父に「俺も焼肉が食いたい」と催促に行ったのだが、親父とお袋はリビングでコンビニ弁当を食べていた……。

 どうやら小町と一緒に焼肉を食いに行っていたわけではなく、帰ってきたのも俺より少しだけ前で、何も食っていないらしい。

 そのうえ俺も小町も外食で夕食の準備をしていなかったので仕方なくコンビニで弁当を買ってきたのだそうだ。

 なんだろう、夜中にリビングで両親がコンビニ弁当を食べている図というのは凄く心に来るものがある、物悲しく、罪悪感に駆られるというか、あれが将来の姿かもしれないと考えるとちょっとだけ目頭が熱くなる。

 今度から少し優しくしてあげようと決意し、その日の俺は自室へと戻っていった。

 

 そう、残された謎とは、小町は一体『誰と焼肉を食べに行ったのか?』という問題だ。さすがに一人ということはないだろう。まさか彼氏……? いや、高級焼肉店ということを考えるならば少なくとも年上だろう。まさかパパ活!? ……いかんいかん、小町に限ってそんな事は……ない、と思いたいが……どうなんだろう? 女の子はわからんって言うしなぁ……。

 直接聞いてしまえば済む話なのだが、あの意味深なセリフを残した小町の事を考えると迂闊に聞いてはいけない気がしてしまい、お互いのテスト期間のすれ違いというのもあり、会話のチャンスを掴めないまま時間だけが過ぎてしまっていた。

 

 もしや、今日勉強会に来るというのがその相手なのだろうか?

 それならどんな手段を使ってでも確認したい……! 今日の家庭教師休みにして貰って勉強会の家庭教師しようかしら? しかし小町にこんな兄がいると悟らせるわけにもいかない。今日は一日ステルスモードでいなければ。

 

 そんな事を考えソファに倒れ込むと、ぬっと大きな影が俺の頭の上に落ちてきた。

 

「お兄ちゃん、これ今日食べていい?」

 

 よく見ると小町が紙袋を俺の頭の上に掲げていた。どうやら影の正体はこの紙袋らしい。

 

「これって……何それ?」

 

 俺は見覚えのない紙袋に頭をぶつけないようにソファから起き上がると、その紙袋を受けとった。なんだこれ? 中には包装された……お菓子の詰め合わせ……?

 

「ワンちゃんの飼い主さんがお礼にって持ってきてくれたお菓子」

「ワンちゃんの飼い主? ってあの事故の時の?」

「そそ」

 

 初耳なんですけど? そういやあのワンコどうなったんだっけか。いや、お礼に来たって事は無事なのか? 無事だよな多分? 無事だといってくれ。

 

「お兄ちゃんが入院してる時に来てくれたんだけど、ほら、縁継お爺ちゃんとの話し合いとか色々バタバタしてたじゃん? すっかり忘れちゃってて、小町ってばうっかりさん♪」

 

 テヘっと舌を出し、コツンと自分の頭を叩く。なんだか一色がやりそうなポーズだな、とか一瞬思ってしまう。女子とはかくもあざといものなのか。

 俺は箱の中身を確認しようと紙袋から箱を取り出し、包装紙を丁寧に開けていく。

 

「ちなみに賞味期限が来週までと書いてあるのであります!」

「そういう事は早く言えよ……」

「切れちゃう前にちゃんとお兄ちゃんに渡さなきゃなって……今の小町的にポイント高い!」

「いや、『渡しに来た』んじゃなくて『食べる許可もらいに』きたんだろ、別に高くないから」

 

 中を確認すると確かにお菓子の詰め合わせだった。クッキーやマドレーヌ、フィナンシェといった焼き菓子が中心のようだ。それぞれがきっちり個別包装され、一人ではとても食べきれない程の量もある。割とお高いものかもしれない。俺はフィナンシェを一つ手に取ると、透明なパッケージの封を切り、そのまま一口かじる。うん、うまい。

 

「ほれ、後は好きにしていいぞ」

「やたー! お兄ちゃんありがとー!」

 

 そう言うと小町は箱を頭の上に掲げ、再びドタドタとキッチンへと戻って行く。まあ賞味期限も近いようだし、客がいるならさっさと消費してもらったほうがいいだろう。俺は嬉しそうにお菓子を皿に盛り付けている小町の背中を見ながら「もう一個ぐらい確保しておけばよかったな」とちょっとだけ後悔し、手に残ったフィナンシェを口に放り込んだ。

 

*

 

 夕方に差し掛かる頃には小町の部屋はずいぶんと賑やかになっていた。

 いやいや、君たち勉強に来たんじゃないの? なんかずっと笑い声聞こえるけどちゃんと勉強してる? お兄ちゃんちょっと見てあげようか? と何度かアタックを仕掛けようかと思ったほどだ。まあ行かなかったけど。

 とりあえず、今日招いた客の中に男はいないようなので一安心。

 これで俺も心置きなくバイトに行けるというものだ。もし家に見知らぬ男と小町が一緒にいると考えたら家庭教師どころではないからな。

 俺は相変わらず笑い声の聞こえる小町の部屋をそっと通り過ぎ、家庭教師へ向かうべく家を出る。今日は土産は無しだ。毎回持っていくようなものでもないだろう。

 

 電車に揺られながら、一色の家へのルートを脳内で確認する、流石に今日は迎えにはこないだろうが、流石に迷うつもりもない。部屋番号だけはちょっと不安だ。一○……何番だっけ?

 まあマンションについたらポスト確認するかLIKEを送ろう。と考えながらスマホをいじっているとスマホがブルブルと震え始めた。

 去年までとは比べると、最近のスマホの稼働率は異常だ。二百パーセント超どころではない。

 毎日のように一色家の誰かから連絡が来るのだ。

 頻度が高いのはおっさんで、次に楓さん、そして先週増えたもみじさん、最後に一色と続く。

 そういえば今朝ももみじさんから【お夕食はなにがいいかしら?】って普通に来てたんだよな。一色からも似たようなメッセージがきたが。今日も夕飯食ってくことになるのしら? 一応【今日は遠慮しておきます】とは返しておいたが……。またもみじさんだろうか?

 

 しかし、予想を裏切って今回のLIKEは一色からだった。

 

【今、駅前のサイゼにいます】

 

 誰かに送るものを間違えたのだろうか? いや、このタイミングにこれが送られてくるということは誰かと一緒にサイゼにいるということだろう。

 授業を遅らせてほしいという事か。どうしよう。

 十分程度の遅れなら一色の家で待っているという選択肢もあるのだが、それより長いなら本屋か何かで時間を潰すか。それともいっそ帰るか。はぁ……面倒くさい。

 

【もう電車乗ってる、今日休みたいなら帰るが?】

【来て下さい】

 

 なんだろう? 単純に「今日は外で勉強したい気分なんですー!」とかならいいんだが、こういうのは嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしない。そう考え俺は今自分に出来る最善手を考え、打ち込んだ。

 

【サイゼの前で待ってる】

 

 これなら誰かと一緒なら単純に待っていればいいし、そうでないにしても状況の確認が出来る。

 そして最悪逃げられる、ここ重要。店に入ってしまえば身動きが取れなくなる可能性もあるからな。

 

【なんでもいいから来て下さい】

 

 一体何なの? 理由のわからない呼び出しほど怖いものはない。呼び出しを受けた先で大体待っている事といえば罰ゲームだしなぁ。ソースは俺。用心しなければ。

 

*

 

 駅についたところで、俺はサイゼを探した。前回は目の前のスーパーに気を取られて見てなかったが、そもそもサイゼなんてあるのか? と思ったのだが普通にスーパーの隣がサイゼだったわ。

 とりあえず近くに行ってみるか、恐らく一色は中にいるのだろうから一人なのか、誰かと一緒なのかを把握しておきたい。俺のステルスを活かしたスニーキングミッションの開始だ。

 まずはばれないように人の流れに逆らわず、一度サイゼの前を通り過ぎ、一色の位置を確認する。中の様子を確認し、その後突入のタイミングをはかる。場合によっては即撤退。

 よし、完璧な計画である。

 

 俺は駅とスーパーをつなぐ横断歩道を渡り、サイゼの死角に入ると、一度立ち止まり、息を吐く。次に隣のスーパーから買い物客が出てきたのを確認すると流れに乗り、サイゼへ向かい歩き始めた。

 さて、一色はどこにいるだろうか、割と目立つ奴だから相当奥の席じゃなければすぐに見つかるとは思うのだが……。

 

 いた、一色だ。

 サイゼの入り口を通り過ぎ、半分ほどきたところで、一色を含めた男女三人が窓際のテーブルに座っているのを確認した。そして一色は思いっきり俺の方を見ていた。

 慌てるな、まだ慌てるような時間じゃない、俺のステルスは完璧だ、ここはまず一旦気づかなかったふりをして通り過ぎるのだ。前だけを見つめ慌てず騒がず、自然にサイゼの前を通り過ぎる。大丈夫、俺の計画に失敗などありえない。

 

 計画通り、角を曲がり、一色達が見えなくなった所で俺は一息ついた。

 さて、この後どうすべきか、一色は誰かと一緒だった。少なくとも一人は男。なんだか面倒臭そうだなぁ……。やっぱ先に家行っておくか?

 楽しそうなの邪魔しちゃ悪いし、とりあえず「先に行ってる」と連絡だけはして去ってしまうのがベストな気がする。

 そう思いスマホを取り出すと。ふいに背中を叩かれた。

 

「センパイ何やってるんですか? 不審者ですよ?」

 

 そこにいたのは。当然一色だ。

 

「不審者“みたい”じゃないのかよ」

「いやいや、お店の中ガン見しながら通り過ぎるとか明らかに不審者ですから」

「一色がどこにいるか探したんだが見つからなかったから、先に行ってようかと思ってな」

「さっき私と目、合いましたよね?」

 

 一色はジト目で俺を見てくる。おかしいな、俺のステルス機能は完璧なはずなのだが、こうもあっさり見破られるとは。一色いろは、意外と侮れない奴なのかもしれない。今後は要注意人物として記憶しておこう。

 

「いいから、とにかく来て下さい」

 

 そう言うと俺が何かをいうより先に一色は俺の手を掴み、サイゼへと引っ張り込んでいった、ものすごい吸引力だ。吸引力の変わらないただ一つのいろはす。

 

「ごめんねー、こちら、さっき話してた家庭教師の比企谷先生」

 

 一色に引っ張られ、サイゼの中へと入ると、先程一色が座っていた窓際の席で、立ったまま二人の前で紹介された。なんだろう、何かの宗教勧誘とかかしら? 怖い。俺金もってないよ?

 

「センパイ、こちらサッカー部で私と同じマネージャーの二年、浅田(あさだ)麻子(あさこ)ちゃんと、一年の竹内(たけうち)健史(たけふみ)君です」

 

 俺が固まっていると、今度は席に座る二人を紹介してきた。二年と一年、つまり女子の方は小町と同じ歳か。小町と比べると随分と大人っぽいな、敢えてどこがとは言わないが、すごく……大きいです……。

 んでもうひとりが一年と。やけに童顔だがすでにイケメンに育つんだろうなぁという雰囲気を醸し出している男子。中一ってことはちょっと前まで小学生だったってこと? なんか俺すげぇ老けた気分になるわ……。

 

「どうも」

「よろしくお願いします」

「お、おう、よろしく?」

 

 俺が二人を観察していると二人は軽く頭を下げ、挨拶をしてきた、慌てて疑問形で返してしまったのがちょっと恥ずかしい。

 

「というわけでお迎えも来ちゃったから、私帰らなきゃ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ一色先輩!」

「いや、でもほら先生に迎えに来られちゃったし、これ以上迷惑かけられないっていうか……」

 

 一色がちらりと俺の顔を見てくる、先生という慣れない呼び方にはちょっとだけ背中がむず痒くなる。いや、別に迎えに来たわけじゃないんだが……?

 

「仕方ないよ健史くん、今日の所はお開きにしよ?」

「でも……」

「まだ時間も少しあるんだし、ね?」

「……わかりました」

 

 渋々、という形で健史くんとやらは頷き、それぞれが荷物をまとめ始めた。

 あ、すみません店員さん、俺の分の水は結構です。もうお開きみたいなんで、何も注文せず申し訳ない。

 

「私達も来週テストですしね、またテスト明けにでも」

「うん、私も先生と少し考えてみるから」

「お願いします」

 

 一色のところも来週がテストなのか、この辺りの中学はどこもこの時期なのかもしれないな。となると今日の授業はそこらへんを中心にすればいいか。などとちょっと家庭教師っぽい事を考えていると

 「よろしくお願いします」と頭を下げられた。いやいや、俺は何考えないといけないの? 勝手に話を進めないで欲しい。俺には何が何やらよくわからないのだから、よろしくされても困る。

 しかし、俺を置いてけぼりにしたまま三人は席を立つと、予め決めていたのか割り勘で会計をすませ、手早くサイゼを後にした。

 

 とりあえず俺が金を払うような事態にならなくてよかった。本当によかった。俺の財布には福沢さんも樋口さんも野口さんもいないからな。もしここで軽く、なんて事になったら一色に金借りる所だったわ。危ない危ない。

 

「それじゃ、またね」

「はい、一色先輩、比企谷さん、お時間取らせてすみませんでした」

「テスト終わったらまたお願いします」

 

 一色が手を振ると、二人はそう言いながら頭を下げ、背を向け去っていく。一年男子の方は少し背中が丸まっており落胆しているような印象も受けた。もしかして一色に振られたんだろうか?

 だが、その様子を見てなんとなくだが俺が呼ばれた理由を理解した。

 恐らくだが俺はこの場を切り上げるきっかけ作りのために呼ばれたのだろう。その証拠に一色が横で小さく溜息を吐いていた。

 

「で、結局なんだったの?」

「あー、その……ほら、私サッカー部のマネージャーやってるじゃないですかぁ?」

 

 そうだったっけ? そういえば先週そんな事いってたような気もする。

 あれ? でも引退とか言ってなかったか?

 

「んー……まあ話すと長くなるので、帰ったら話しますね」

 

 いや、帰ったら勉強するんだよ?

 俺がなんのために来てるか覚えてる?

 

「ほら、急がないと時間なくなっちゃいますよセンパイ」

 

 しかし、そんな俺の考えなどお構いなしというように一色は勢いよく振り返ると俺の手を取り点滅を始めた信号に向かって走り始めた。




いろはす誕生日SSから2週間という時間があいてしまいました。すみません。
次話はもうちょっと早く上げられるよう頑張りたいと思います。
言い訳やなんやらは活動報告にて……。

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