やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも感想、評価、お気に入り、メッセージ、誤字報告,etcありがとうございます

今回は結構ギリギリでしたが間に合いました。
一〇〇話超えたからって気を抜かないよう頑張ります!


第101話 キャンプのカレーは美味いっていう話

「へぇ、これが由香のカテキョ……」

「いいなーカテキョ、私もママに頼んでみようかなぁ」

「でもなーんか冴えない感じ、どうせなら私はこっちのお兄さんに見てもらいたいかも」

 

 一体これはどういう状況なのだろうか?

 次に気が付いたときには俺は『こっちのお兄さん』こと葉山と二人、小学生たちに絡まれながら、オリエンテーリング会場である林──というより森──の中へと足を踏み入れていた。

 俺たちの周りを囲んでいるのは三人の女子小学生。 

 名前は確か仁美、森ちゃん、ヨッコとか呼ばれていただろうか?

 誰が誰だかイマイチ判別がついていないが、どうせこの場限りの付き合いだろうしワザワザ覚えようとも思わない。

 それでもそんな女子小学生達に囲まれるというのはなんというか……親戚の子供たちにお年玉をせがまれているような感覚で落ち着かなかった。

 明らかに何かを期待している感がというか、ビジネス接待というか……キャバクラとかクラブとかで客引きにあっているような、そんな気分なのだ。

 お年玉あげたこともないし、キャバクラもクラブも行ったことないけど。

 

「それで、なんでそのカテキョのお兄さんがこんな所まで付いてきてるんですか?」

「そういえばそうだよね、え? もしかして由香のストーカー……?」

「えー! 年上とか由香結構やるじゃん!」

 

 もはや言語が通じなさそうなコイツラに、俺は乾いた笑みを返すことしか出来ずにいた。彼女たちに取って今の俺は『新しい玩具』でしかないのだろう。

 そしてその玩具がどれほどの機能を有しているのか下調べをしている。そんな感じ。

 一方、そんな俺の教え子たる由香は何をしているのかというと。

 

「由香ちゃんっていうんだ? 私一色いろはっていうの、よろしくね」

「私は由比ヶ浜結衣。ねぇねぇヒッキーが先生ってどんな感じ?」

「えー……なんていうかこう……キモい?」

 

 向こうは向こうで俺たちから数歩離れた所で一色と由比ヶ浜に盛大に絡まれていた。

 生意気にも茶髪に染めたロングの髪を揺らし、鬱陶しそうにしながらも流石に年上相手ということもあってか律儀に質問に答えている。

 止めたほうが良いのか、或いは放っておいたほうが良いのか非常に判断に困るところだ。……っていうかキモイってなんだ、キモいって。泣くぞコラ。

 

 それでも一応、余計なことを言うなよ? という意味をこめ意識だけは由香の方へと向けながら歩いていると。向こうもそんな俺の態度に気がついたのか、続く会話で由香が俺の方へと厭味ったらしい笑みを投げかけて来るのが見えた。

 

「っていうか何? さっきから。もしかしてお姉さん達のどっちかって八幡の彼女とかなの?」

「え!? ち、違うよ!? 彼女とかそういうんじゃなくて!!」

「えへへ、やっぱり分かっちゃ……」

「だよねー、八幡に彼女とか想像しただけで笑えるし」

 

 十中八九『お前に彼女なんているわけないもんな』という挑発の笑みである。

 それと同時に二人のJKの顔がビキっと固まったようにも見えた、恐らく虫にでも遭遇したのだろう。虫多すぎだしな。いや本当にここ日本なの? アフリカ南部とかじゃなくて? なんか見たことないレベルででかい蜘蛛とかいるんですけど?

 

 そんな事を考えながら、由香達の方を注視していると、不意に一色がもの凄い良い笑顔で俺の方に向かって口をパクパクさせている事に気が付いた。

 なんだろう? 俺に何かを伝えようとしている?

 ヘラクレスオオカブトでも捕まえたのだろうか?

 えっと何々……?

 

『センパイ、この子殴ってもいいですか?』

 

 やめろやめろ!

 いやいや、本当何言ってるの? 駄目に決まってるでしょ?

 この数秒のやり取りの何が気に食わなかったのかは知らないが、今はコンプライアンスとか色々ウルサイのだ。体罰はご法度。そんな事したら即炎上案件だ。

 由香が小生意気でムカつく小娘であることは俺も理解しているが、それでも殴っていいなどと許可を出す訳にはいかないので、俺はブンブンと首を横に振り一色を宥めていく。

 やるならせめて俺の知らない何処かでやってほしい。

 そうすれば俺の責任問題にはならないからな。多分。

 ならないよね……?

 

「ふふ、八幡モテモテだね」

「そういうんじゃねーだろコレは……」

「いやー、マジヒキタニ君パないわぁ、やっぱ時代はカテキョでしょお」

 

 そんな俺の様子を見て楽しそうに笑うのは戸塚だ。

 ふざけているのか、本音なのか良く分からない笑い方で俺を茶化してくると、ニコニコと楽しそうに後をついてくる。非常に可愛い。満点である。

 ちょっと油断すれば『はぐれないように手を繋いでおこう』などとトチ狂った提案をしてしまいそうだ。本当、攫われたりしたら大変だからな。

 ちなみに戸部はどうでもいい。むしろ逸れてしまえ。

 

 しかし、忘れてはいけない。

 今日の俺はあくまでこの林間学校──オリエンテーリングのサポートスタッフ。

 目を配るべきは戸塚ではなく小学生達なのである。

 

 今この場にいるのはJS三人と葉山。そして後ろに戸塚と戸部。

 少し離れた所に由香、一色、由比ヶ浜。

 三浦と海老名は虫が嫌だと、最後尾を歩き。

 その少し前を小町と雪ノ下が歩いているという状況だが……。

 小学生が一人足りない。 

 

 オリエンテーリングが始まる時から気になっていた、このグループの五人目のメンバーで名前もまだ知らない──というか声すら聞いていない──黒髪ロングの女子の姿が見えず、俺は思わず首を振り、少女の姿を探していく。

 

 居た。

 

 少女は俺たちから少し離れた場所、三浦達に近い、ギリギリ視認出来る距離で少し寂しそうに一人地図を見ながら次のチェックポイントを探していた。

 

 無論、この状況で彼女の立ち位置がわからないほど俺も馬鹿ではない。

 彼女はこのグループがらハブられていた。それもわかり易く。

 恐らく、ここにいる全てのメンバーがそれを悟っているだろう。

 だから、下手に声をかけることはしなかった。

 いや、三浦や雪ノ下が「あまり離れすぎないように」と多少の声掛けはしていたが、無理に由香たちと合流させようとはしていなかった。というのが正しいだろうか?

 

「そんなに離れてないで、君もコッチにおいでよ」

 

 しかし、そんな俺の視線を察してか、良い人葉山が其の場に居る誰にも聞こえる声で黒髪の少女へと呼びかける。顔には必殺の王子様スマイル、恐らくこの葉山の必殺技を前にして落ちなかった女は居ないのだろう。

 だが、この場でそれは悪手でしか無かった。

 葉山の言葉で、一瞬周囲に居た少女たちの会話がピタリと止まり、同時に何か言いたげな複数の視線が黒髪の少女の方へと注がれていく。

 その悪意に満ちた視線を受けた黒髪の少女は「あ」と哀しそうに顔を伏せると、一歩足を引き、隠れるように横道へ入ってしまった。

 

「何アレ感じ悪ぅい」

「あんなヤツ放って置いて先行きましょお兄さん」

「え? でもほら、迷子になっちゃうといけないからさ」

「うわー、お兄さんヤサシイー」

「鶴見なら大丈夫ですよ、地図も持ってるし」

 

 そういうと少女たちは、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ「行こ」っと俺たちの手を引いていく。

 もし、この世に無邪気な悪魔というものが居たとしたら、きっとこいつらのような顔をしているのだろう。

 とはいえまずいな、まだ近くにはいるはずだが、このまま本当に迷子になられたら厄介だ。かといって俺も葉山もターゲットにされているので動けない。

 となると、誰かに頼むしかないわけだが……さて、誰に頼むのがベストだろうか?

 シンキングタイムスタート。

 

 一・一色、由比ヶ浜組に頼む

 二・戸塚、戸部組に頼む

 三・小町、雪ノ下組に頼む

 四・三浦、海老名組に頼む

 五・放っておく

 

 とりあえず五はバッドエンドフラグビンビンなので外すとして。

 ここで俺が選ぶべきなのは──。

 

「小町!」

「ふぇ?!」

 

 どこで拾ったのか丁度よい長さの棒を振り回し、カンカンと木を叩きながら歩いている小町に声をかけると、小町は間の抜けた声を上げながらビクッと身体を震わせた後テテテっと俺の下へと駆け寄って来た。

 こういうところはコイツも結構可愛げがあるんだけどな……。

 

「何? お兄ちゃん」

「ちょっと耳貸せ」

 

 少しだけ不思議そうに俺たちを見上げる小学生の前で、俺は小町に耳打ちをする。

 

「え? ひゃぅ!? うひゃひゃ……くすぐったいよお兄ちゃん」

「お、おい。変な声出すな」

「センパイ……?」

「八幡……やっぱキモ……」

 

 小町が変な声を上げるので、途端に一色と由香が冷たい視線を向けて来たが、今は無視だ。そんな事を気にしている場合ではないのである。

 

「……っつーことで、任せた」

「りょ! それでは小町はこの辺りでドロンさせていただくで御座る! シュタタタタ……!」

 

 俺の耳打ちが終わると、小町が何故か忍者の真似事をしながら来た道を戻っていった。

 何故忍者なのかは分からないが、恐らくこれで最悪の自体は免れるだろう……が、人選ミスったかもしれんな。

 まあ、雪ノ下にも伝えるように言ってあるから多分大丈夫か。

 

「どうしたんですか?」

「ちょっと忘れ物をな……ってかこの辺チェックポイントとかあんじゃないの? 俺たちに構ってないで探してこいよ」

 

 そうして、俺は鶴見のことを小町達に任せ、他の小学生たちにも目を配るべく其の場を離れようとする。

 繰り返すが、俺の今日の目的は林間学校のサポートスタッフであって、こいつらの専属スタッフではないのだ。

 だがその瞬間、横に居たおかっぱの少女・仁美(多分)に手を掴まれた。

 

「えー、よくわかんなーい。お兄さん達手伝ってくださいよぉ」

 

 続けて、仁美(恐らく)はそう言って上目遣いのまま甘えるような仕草で俺を見上げてくる。

 おいおい小学生でこんな技覚えてるとか、今どきの小学生どうなってるの?

 もしかして千葉の小学校って授業で『あざとい仕草』とかやってる?

 一色で耐性が付いてなかったら、危うくコロッと騙されるところなんだが?

 

 全く……仕方ない、ここだけだぞ……?

  

***

 

 そのままでは完全に利用されそうだったので、半分ほどチェックポイントを回った所でなんとか由香達と別行動を取りオリエンテーリングを終えると、今度は夕食作りが始まった。

 まだ日は高いが、小学生大人数での飯盒炊爨だ、時間がかかることを考慮してのこのスケジュールなのだろう。

 実際、割と長距離を歩かされたのもあっていい感じに腹も減ってきているし、場所が場所なだけに日が完全に落ちてしまえば明かりがなくなり何も見えなくなってしまうのは明白だ。

 早めに動いて悪いことはないだろう。

 ちなみに今夜のメニューはキャンプ界の王道メニューカレーである。カレー最高。

 

「男子は火起こし、女子は食材を取りにいきたまえ。それと比企谷、君はコッチだ」

 

 だから、俺としても早いところ調理を終わらせて、腹ごしらえと行きたかったのだが、何故か平塚先生の小学生たちへの指示に混じって、俺個人を名指しした指示が飛んできた。

 突然のことに俺は「はい?」と生返事のまま首を傾げるが、横で見ていた一色は「センパイ……また何かしたんですか?」と何故か抗議顔を向けてくる。

 いや、またとはなんだまたとは、俺そんな問題起こしたことないだろ……。

 

 とはいえ、呼ばれてしまったものは仕方がない。

 俺は調理担当の一色達を後に残し、調理場からゆっくりと離れていく平塚先生を追いかけていく。

 

「雪ノ下と小町くんは医務室だ、君もきなさい」

「医務室? あいつら怪我でもしたんですか?」

 

 平塚先生の言葉で、そういえば調理場で二人の姿を見かけなかったなと、ぼんやりと記憶をたどる。オリエンテーリングでは最終的に数組に分かれて行動してたから全く気が付かなかった。

 基本的に俺は大人数での行動に慣れていないので、仕方ないと言えば仕方ないとも思うのだが。妹の存在にすら気付いていなかったというのは大失態である。

 兄として反省しなければ。

 

「君の指示だと聞いたが、連絡はきていないのかね?」

 

 そこで俺はようやく思い出した。

 小町に例の鶴見という少女が逸れないよう、目を光らせておいてくれと頼んでいたことを。

 俺は慌てて連絡が来ていなかったのか確認するため、ポケットからスマホを取り出していく。

 

「あ、やべ、電源切ったままだった」

「この場の最終的な責任者は私だが、小町くんに関しては君も立派な保護者だからな、しっかりしてくれよ?」

 

 そういえば朝から一色からの通知が鳴りっぱなしで煩かったからバッテリー節約のために電源切ってたんだった。

 バッテリーの心配をするぐらい通知を気にするって俺も大分スマホに対する認識が変わったよな……と意味のない思考を挟みつつ、スマホの電源を入れ、LIKEを立ち上げていく。

 すると、そこには一通のメッセージが送られてきていた。

 

『お兄ちゃん! 助けてー!』

 

 そのメッセージを読んだ瞬間、俺の心がザワツイたのが分かった。

 ああ、俺はなんというコトをしてしまったのだろう。

 なんだかんだ、小町はまだ中学生だ。少し身体が大きくなってきたからと言って、こんな慣れない森の中であんな事を頼むんじゃなかった。

 もし小町に何かあったら、俺はもう生きていけないかもしれない。

 

「平塚先生!」

「ああ、医務室はその小屋の奥だ」

 

 そう言って指をさす平塚先生の背中を追い抜いて、俺は一人全速力で指定された小屋へと駆け込んでいく。頼む、小町無事で居てくれ──。

 

「小町!!」

「あ、お兄ちゃん。遅いよ! なんで連絡くれないのさ!」

 

 しかし、そうして医務室まで走ると、そこでは退屈そうに足をぶらぶらと揺らしながら呑気に両手でペットボトルを揺らす小町の姿があった。

 その姿を見て、俺は全身から力が抜けるのを感じ、魂を吐き出すようなため息を吐いていく。はぁ……良かった……。どうやら大したことはなさそうだ……。

 

「……悪い、電源切ってたんだよ……」

「全く、肝心な時に頼りにならないお兄ちゃんなんだから!」

「すまん……それで? 何があった? 怪我は?」

 

 俺は改めて小町の身体を確認していく。

 顔は無傷、腕と膝に絆創膏が貼られているが、ソレ以外は大した怪我もなさそうだ。

 怪我をした場所から察するに転んだとか、その程度のことだったのだろう。本当に良かった。怪我の場所によっては、親父に殺されるところだったぞ……。

 

「ああ、うん小町は全然大丈夫なんだけど。雪乃さんが……」

 

 そう言われて俺は初めてその部屋に小町以外の人間が居たことに気が付いた。

 部屋の中央ベッドに腰掛けている雪ノ下と、その隣にもう一人、鶴見と呼ばれていた黒髪の少女だ。 

 

「私も問題ないわ、木の枝で少し引っ掻いただけだから」

「少しじゃないですよ、血がドバドバ出て大変だったんですから!」

「ごめんなさい……私のせいで……」

 

 鶴見に関しては無傷のようだが、雪ノ下の左の掌には包帯が巻かれており、少なくとも絆創膏では間に合わない程の怪我をしたのだろうという事は予測できた。

 

「えっと、こちら鶴見留美ちゃん」

「小町さんは彼女が転びそうになったところを助けてくれたのよ」

 

 なるほど、それで転んだわけか。

 昔は自分が助けられる側だった小町がねぇ……なんだか嬉しいような、誇らしいような……。

 俺が小町の頭を「よくやった」という意味をこめて撫でると、小町は「ちょ、やだ止めてよお兄ちゃん」と嫌そうにしながらも、笑みを浮かべる。

 とはいえ、それならそれで何故雪ノ下が怪我をしているのかが疑問だった。

 見た感じ、雪ノ下の方が怪我の度合いとしては大きそうだが……。

 

「それで、なんで雪ノ下は怪我してんの?」

「私はその……」

「留美ちゃんを受け止めようとして、手を伸ばしたら木に引っかけちゃったんですよね?」

「小町さん? そのことはオフレコだと話したはずだけれど?」

 

 ものすごくしょうもない理由だった。

 雪ノ下も意外とドジなところあるんだな。

 隠すほどではないとは思うが、それでも雪ノ下としては触れられたくない部分だったらしく、小町を睨みつけている。

 まあ、そこには雪ノ下なりの羞恥心があるのだろうから、コレ以上の追求はやめておくか。

 

「あ、あー……えっと、そ、それで、このサビオをね、留美ちゃんが貼ってくれたんだー! ありがとねルミちゃん!」

 

 それでもなお雪ノ下に睨まれ続けていた小町は、話を逸らすべくあたふたと腕に貼られている妙に可愛らしいデザインの絆創膏を俺に見せつけてきた。

 ふむ、留美ちゃん……鶴見留美……ルミルミだな。

 

「そっか、ありがとな。妹の手当してくれて」

「……別に……私のせいだし……」

 

 最初に転びそうになったということで責任を感じているせいか。

 先程からルミルミの態度は暗い。

 会話も広がらず、ほんの一瞬だけ其の場に沈黙が流れる。

 ここはさすがに年上の俺が気を使うターンなんだろうな……。

 

「あ、そういや自己紹介がまだだったな、えっと俺の名前は……」

「八幡でしょ、小町から聞いた」

「そ、そか……」

 

 気を使った俺の渾身の自己紹介をスルーされ。再び流れる沈黙。

 どうしたものかと、小町も「あははっ」と乾いた笑みを浮かべている。

 すると、いつからそこに居たのか、開いていた医務室の扉からコンコンとノックの音がした。

 

「話しはすんだかね? もうすぐ夕食だ。怪我も大したことがなく治療も終わっているなら全員そろそろ戻りたまえ」

 

 平塚先生がそういうと、ルミルミは心底嫌そうな、それでいて諦めたような顔をしながらも、ピョンとベッドから飛び降りトボトボと一人医務室を出ていく。

 そんな寂しげなルミルミの後ろ姿を眺め、俺たち三人は一度だけ視線を交わし、皆の元へと戻っていった。

 

***

 

 そうして俺たちが戻る頃には、カレーはすでに出来上がっていた。

 いつもより幾分早い夕食ながら、カレーのスパイスの香りが鼻孔をくすぐり、今にも俺の腹が叫び出しそうだ。ぐぅ。 

 

「あ、来た来た。センパイ達! もう、何してたんですか? もうカレーできちゃいましたよ!」

「ほらほら、早く座って! 急がないと暗くなっちゃう!」

 

 一色と由比ヶ浜に見つかった俺達は二人に背中を押されながら、既にカレーが並べられ、皆が席についている備え付けのログテーブルへと案内された。

 小学生グループがすでに食べ始めているのを見るに、どうやら俺たちの事を待っていてくれたらしい。

 その事実が何故か少しだけ俺の胸の辺りを暖かくしていくのを感じるが、この気持ちは一体なんだろう? これがキャンプならではの感覚というやつなのだろうか?

 ゆるキャンハピキャン。

 

「おかわりもありますから、いっぱい食べてくださいね」

「私も手伝ったんだよ!」

「いや、結衣先輩ほとんど見てるだけだったじゃないですか」

「ちゃ、ちゃんと火の番とかしてたもん!」

「それを見てるだけというのでは……?」

「そういう話は後で良いから、早くしてくんない? もうあーしお腹ぺこぺこなんだけど」

「そうだね、それじゃとりあえず」

「「「「「いただきまーす!!」」」」」

 

 その言葉を合図にカレーをかきこむ俺たち。

 材料は普段作るカレーとそれほど変わらない市販のもののはずだが、不思議といつもとは違う味がする。強いて大きな違いを上げるとすれば具が極大ということか。

 だがそれでも、不思議と俺のスプーンの速度は上がっていく。

 店のカレーとも、家のカレーとも違う妙な旨みが確かにそこにあったのだ。

 ンまぁああ~い!!

 あれ? なんだか肩の辺りが痒くなってきたような……。

 

「どう? ゆきのん?」

「ええ、美味しいわ」

 

 そういえば、雪ノ下も医務室に居たので、料理には参加してなかったんだよな。

 それでも雪ノ下が柔らかく笑みを浮かべ、そのカレーを口にしているところを見ると、十分合格点ということなのだろう。

 もしかしたら雪ノ下もゆるキャンマジックにやられているのかもしれない。

 それか、この中にカレーの達人が混ざっているのか……。

 頼んだらまた作ってくれないだろうか……。

 

「ん? センパイどうかしましたか?」

「いや、なんでも」

 

 何の気もなく髪にカレーがつかないよう耳に引っ掛けながら、スプーンを運ぶ一色を見ていたら、視線があってしまった。

 何故一色を見ていたのかは自分でもわからないが、なんとなく気恥ずかしくて俺は慌てて目を逸らす。

 

 すると、視線を逸した先で、カレーを食べ終えた小学生が一人席を立ち、洗い物を始めたのが見えた。

 ルミルミだ。

 既に日が落ちかけているのもあって、ルミルミの表情は暗く、今にも消えてしまいそうなほどに儚げ。

 その姿はまるで暗がりでコンビニ飯を食らう実の両親を連想させるほど悲痛なものだった。

 

「あの子、なんだかずっと孤立しているみたいだな……なんとかしてあげたらいいんだけど」

 

 どうやら、自分が思っていた以上にルミルミの事を見つめていたらしい。

 葉山が俺の視線の先にいるルミルミに気づくとそう言って少し悲しげに目尻を下げた。

 同時にその言葉に気付いた三浦達も彼女の方へと振り返り「ああ、あの子か」と場に少しだけ重い空気が漂っていく。

 

 そこからは、完全にお葬式のような空気になってしまった。

 皆何を喋ったら良いのか分からなくなってしまったのだろう。

 一人、また一人とカレーを空にして立ち上がり「これどこ捨てるの?」「あ、私がやりますよ」「水いる人ー?」なんていう会話がチラホラと聞こえ始めた。

 

 この後は、小学生たちが俺たちとは別の宿舎に移動するので、俺たちの本日の業務も終了となる。

 明日になればまた由香たちと顔を合わせることはあるのかもしれないが、基本的には仕事の範疇を超えず、少しずつフェードアウトして鶴見留美のこともいつしか忘れられていくのだろう。

 

「あ、あの皆さんちょっといいですか?」

 

 だが、そんな予想に反して、そう言って声を上げたのは。

 我が妹、比企谷小町だった。

 

*

 

*

 

*

 

「──それで、留美ちゃん学校でもずっと一人なんだそうです。ルミちゃん自身も中学に入ったら新しい人と友達になるからいいって諦めちゃってるみたいで……」

 

 小町の口から語られた鶴見留美の物語はどこにでもあるような話だった。

 何がきっかけだったかは分からないが、元々は誰か別のヤツを無視するというゲームが始まり。

 最初はルミルミもそれを楽しんでいたが、次々に標的が変更、気が付けば自分が無視されるようになってしまったのだそうだ。

 それだけなら『俺たちにはどうすることも出来ないな』で終わる話。

 だが、忘れてはいけない、これは奉仕部の合宿。

 

 どこからか話を聞いていた平塚先生により、小町の話した鶴見留美の一件は“依頼”へとランクアップし俺たちはその解決策を考えることになってしまう。

 俺、奉仕部員じゃないんだけどな……。やっぱこの合宿参加したの失敗だったかもしれない。

 

「つーかさ、あの子結構可愛いし、他の可愛い子とつるめば良くない? 試しに話しかけて見るじゃん? 仲良くなるじゃん? 余裕じゃん」

 

 最初にそう提案したのは三浦だった。もちろんそれはあながち間違いではない。

 それが出来る人間にとっては最善手なのだろう。──三浦のような。 

 

「それは優美子だから出来るんだよ」

 

 但し、そうでないものにとっては非常にハードルの高い案だった。

 由比ヶ浜もそのことは理解しているのか、苦笑いを浮かべながら三浦の案を否定する。

 

「一人ずつ話をしてみたらどうかな? 一人ひとりは悪い子達じゃないと思うんだ……」

「同じだよ、その場ではいい顔しても裏でまた始まる。女の子って隼人君が思ってるよりずっと怖いよ」

 

 続く葉山の言葉を否定したのは海老名だ。

 この辺りは流石女子といったところだろうか。その本質をよく理解している。

 同時に現状を打開する策がないことも理解しているのか、海老名は半ば諦めたように笑い、哀しそうに目を伏せた後「趣味に生きればいいんだよ!」と叫び始めた。多分何かの病気なのだろう。可哀想に。ご愁傷さまである。

 

「っていうかさ、由香ちゃんってヒッキーの教え子なんでしょ? 普通に注意してもらうとかは駄目なのかな?」

 

 三つ目の案を挙げたのは由比ヶ浜だ。

 やはりその件に触れられてしまうか、でもなそれは無理な話だった……。

 

「無理だな、残念だが俺はアイツに完全に舐められている、基本的に俺の言う事を聞くようなやつじゃない」

 

 俺がもう少し尊敬される教師であれば、あるいはアイツがもう少し従順な生徒であったなら別の道もあったのかもしれない。

 というより、もう少しアイツが優しい少女であったなら、そもそもルミルミを無視するようなこともなかったのだろう。

 

「センパイ……」

「お兄ちゃん……」

「ヒッキー……」

 

 決め顔の俺の顔に女性陣の哀れみの視線が突き刺さっていく。

 いや、なんだよ、本当のことなんだから仕方ないだろう。

 俺に何が出来るというのだ。

 所詮俺は雇われ教師、コンプライアンスに縛られた労働者なのだ。そこに大した権限もなく、変に頼られても困る。

 

「自信満々に言うセリフじゃないわね……」

「そもそも、由香にだけ話をつけても意味はないだろ」

 

 むしろ注意するぐらいで辞める程度なら、担任にでも相談したほうがマシまである。

 少なくとも合宿中だけじゃなく、毎日目を光らせることが出来るんだからな。

 まあ、その教師の目が曇ってたらなんにもならないんだろうが……。 

 

「じゃあセンパイ……何か良い案ないんですか?」

「俺に聞くなよ、というか、こういう状況は俺よりお前のほうが詳しいんじゃないの?」

「へ? 私?」

 

 それでも尚俺に頼ろうとする一色にそう返すと、一色は一瞬悩んだような仕草をした後、やがて合点がいったかのように顎に手を置いて「なるほど……」と呟いた。

 

 ここにはルミルミのように、孤立した──孤立させられた経験を持つものが複数いる。

 俺、一色。そして恐らく雪ノ下。

 

 今更だが、一色は同性に嫌われるタイプなのだ。

 それは先日の妙な噂を流された件でも証明されている。

 恐らく小学校、中学校でも似たような経験をしていたのだろう。

 それでも、一色は孤立はしていない。何故か?

 

 一色は自分の可愛さを理解し、自覚していたのだ。

 だから同性に嫌われるならいっそのことと、あざとく男子に媚びていくようになった。

 もちろんそれは、同性との関係を更に悪化させる諸刃の剣という側面も持ち合わせていたが、一色はそのスタンスを貫き通すことでカーストの高い男子と仲良くなり、女子連中も表立って攻撃しにくくなるという一つの正解例へと辿り着いたのである。

 

「つまり、あの子に一色さんのマネごとをさせろと?」

 

 雪ノ下もその考えに行き着いたのかそう言って俺に確認を取ってくる。

 しかし、雪ノ下も一色も大事なことを忘れている。

 その案はこの話し合いの中で既に否定されているのだ。

 一色のマネをし『男子(可愛い子)に話しかける』というのは結局のところ三浦の案を取るという結論に他ならない。

 つまりその案に対する答えは──由比ヶ浜の言葉を借りるなら──「それは一色だからできるんだよ」となる。

 

「いや、それは無理だ」

「え?」

 

 だから俺はその雪ノ下の言葉を否定した。

 一応言っておくが別に、ルミルミが可愛くないと言っているわけではない。

 もしルミルミ自身がそれを望むならそういう選択肢も有りだろう。

 だが、一色の方法ではルミルミの望みは叶えられないのだ。

 

 小町は言った。

 ルミルミが『中学に入ったら新しい人と友達になる』と現状を諦めているようだったと。

 しかし、その留美の言葉が現実になることはないだろう。

 現状が続けばルミルミと同じ中学に進学した奴らが、よそからきた連中とつるんで留美を無視するはずだ。

 その事にルミルミは気付いていない。

 

 それでも、そう願ってしまうのは。

 彼女がまだ友達を求めているから。

 或いは彼女が関係の再構築を願っているからに他ならない。

 

 そんなことが出来るわけがないと、きっとどこかで理解しつつも、それを期待している。

 だから、俺のように孤立を受け入れるふりをしつつも、一色のように異性或いは他の誰かに寄り添うことも出来ず、未来に希望を託している。

 

 それは彼女に“友達”が居た経験があるからこその願いなのだろう。

 仲が良かった友達が突然眼の前から消えた。

 それは俺とルミルミの決定的な違いでもある。

 “持たざるモノ”と“持つモノ”。

 いや、“失ったモノ”の違いとでも言うべきか。

 

 彼女は一度味わってしまった果実の味を忘れることが出来ず、もう一度それを手にしたくて諦めきれないでいるのだ。

 だから、彼女は無視をされてもなお友達を求める。

 中学で新しく友達を作ればいい等という幻想を抱く。

 もう一度あの楽しかった日々を取り戻せると信じてしまっているのだ。

 

 或いは、それはもしかしたら未来の俺自身の姿でもあるのかもしれない……。

 

「じゃあどうすればいいんですかー……」

「さあな、俺に聞かれても困る」

「えー、なんですかそれー!」

 

 ふと一色を見ながら浮かんできた妙な考えを振り払い、俺は一人立ち上がると水を飲もうと備え付けの水場の蛇口を捻った。

 背後では小町が「やっぱりごみぃチャンだなぁ……」とかなんとか言っているが、元々俺は奉仕部員ではない。

 そもそも、人づてに聞いただけの俺たちに出来ることなんてたかが知れているのだ。

 もし俺たちに出来ることがあるとすれば……。

 

「あいつらの関係をぶち壊す……」

「へ? センパイ何かいいました……?」

「いや、なんでもない」

 

 俺はそこで考えることをやめ、ああでもないこうでもないという会議を背に、濡れた口元を袖で拭ったのだった。




というわけで思いの外シリアスになった101話いかがでしたでしょうか?

今回の選択肢によるルート分岐結果は以下の通りです

 一・一色・由比ヶ浜組に頼む → ルミルミと共に迷子になり川へ出る
 二・戸塚・戸部組に頼む → ルミルミが人間不信になる
 三・小町・雪ノ下組に頼む → 本編
 四・三浦・海老名組に頼む → ルミルミが変な趣味に目覚める
 五・放っておく → BAD END

今後の展開については皆様に納得していただけるか、まだちょっと不安が残っている部分もあるのですが
物語的にはココはまだまだ通過点なので、あまり過度な期待をせずお待ち頂ければ幸いです

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