やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
先週はコナンの映画を見に行ったり古戦場に行ったりして
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申し訳ありません
「ただいま」
「おかえりなさいセンパイ!」
「お兄ちゃん遅いよ!」
材木座と別れ家に帰宅すると、そこには予想通りというかなんというか小町と一色の姿があった。
さも当然のように玄関先で出迎える一色達の姿に、最早ツッコむ気力もわかず俺は「はぁっ」と息を吐きながら乱暴に靴を脱いでいく。
あれ? なんか玄関に知らない靴が沢山あるな……客でも来てるのか?
小町の友達? にしては男物もあるような……。
その瞬間、俺の中にキュピピーンというフレクサトーンのような嫌な予感がよぎった。
「お兄ちゃん? 小町今日は『早く帰ってきて』ってお願いしたよね?」
「そうですよ、今何時だと思ってるんですか?」
「いや、そこまで遅れてないだろ。昼飯食った後はまっすぐ帰ってきたつもりだ……」
動揺のあまり材木座の存在を記憶から消してしまったが……まさか……これはアレか?
去年同様サプライズ……?
いや、でもそれは流石に考えすぎか……。
祝ってもらう前提で動くっていうのもなんだかおかしな話だよな……。
でも誰かが家に来ているのは確かなはずだ……とはいえ一体誰が……?
まさか、小町の……彼氏……?!
お兄ちゃん絶対許しませんからね!! ……いや、本当。許しませんよ?
俺は左手を小町に、右手を一色に抑えられながら、そんな恐怖心を抱えチラリとリビングを覗き込む。
だが、ソコに人の気配はなく、ただ甘い匂いが漂ってくるだけ。
ん? 甘い匂い?
さっきもこんな感じの匂いを嗅いだような気が……。
「あ、やっぱり食べてきたんですね」
「ん? なんか問題あった?」
「いえ、なんとなくそんな予感はしていたので大丈夫です。こっちも準備に時間かかりそうだったので……。でもまだ食べれますよね?」
無邪気にそう問いかけてくる一色に、俺は「物による」と小さく返した。
つまり、これから何か食べ物が出てくるイベントが発生するというフラグなのだろう。
もしかしたらオムライスを大盛りにしたのは失敗だったのかもしれない。
一色家の女性陣は“男は無限に食えると思ってる説”あるからな……。
去年、家庭教師初日にもみじさんに出された超巨大ハンバーグは今でも少しトラウマ物だったりする、まあ、美味かったけど……。
「ほらほらセンパイ、早くカバン置いてきてください」
「え? あ、おう?」
一色にポンと背中を押され、俺が半ば無理やり二階への階段の一段目へと足を踏み出すと、二人は俺から一歩引いて、退路を塞ぐように階下でニコニコと意味深な笑顔を向けて来た。
どうやらココから先は一人で行け。ということらしい。怪しい……。明らかに何かを企んでいる顔だ。
リビングに他の客の影が見えなかったことから察するに、俺から小町を奪おうとする不埒な輩は二階に居るということなのか?
よろしい、ならば戦争だ。
俺は意を決して二階への階段を一段一段踏みしめるように登っていくと、小町と一色は後をついてくるでもなく、相変わらず階段下で笑顔を振りまいてきている。不気味だ……。
この先一体何が待ち受けているのだろう?
そう警戒しながら、足音を消すように慎重に階段を登りきり、自分の部屋の扉を視界に入れた瞬間、予想通りというかなんというか、俺の部屋から人の気配がする事に気が付いた。
しかも一人や二人ではなさそうだ……。
「はぁ……はぁ……ここ、ここも良い! 最高だよ!」
「ああ、すげぇ……マジ手触りも良い……この重さもガツンと来る……!」
「おいおい二人共、あまり弄りすぎるなよ?」
中から聞こえてくる怪しい声に、俺は思わず息を潜め、自宅であるにも関わらずまるで泥棒のようにそうっと摺り足で廊下を進んでいく。
その道中で聞こえてくる声には覚えがあった。
何故“アイツラ”が俺の部屋に居るんだ?
そして、何をしている?
俺は半ばパニック状態になりながら、ようやく辿り着いた扉の前でドアノブへと伸ばした。
だが、そこが限界だった。
伸ばした後、どうしたら良いか分からなくなってしまったのだ。
もし、中にいるのが俺の予想通りの奴らだったとして、一体俺はどんな顔で、なんと声をかければ良いんだ?
『おまたせ』とか?
いや、そもそも待たせたつもりもないし、約束してたわけじゃないし、むしろ不法侵入だよな? 警察でも呼ぶか? ……さすがに警察沙汰はまずいか……。まずいな、本当にどうしたら良いのかわからない。
いっそ、全てが悪い夢であってほしいまである。
夏期講習に言ったところまでが現実で、そこから後のことは全て熱中症でヤラれた脳が見せる夢だったならどんなに良かっただろう?
「っつーかヒキオのやつ遅くない? いつまで待たせるの?」
「そうだな、俺ちょっと下の様子見てくるよ、何か手伝うことがあるかもしれないし」
そんな事を考えながら、扉の前で立ち尽くしていると、不意に中から扉が開かれた。
「あ」
「あ」
扉が開かれ、お互いの目があった瞬間、思わず俺達の声が重なっていく。
そこに居たのは予想通りというかなんというか、葉山隼人とその一味の姿だった。
「やぁ比企谷。帰ってたんだな、お邪魔してるよ」
「お、おう」
葉山が特に悪びれる様子もなくそう言っていつもの葉山スマイルで俺を室内へと招き入れたので、俺もついそれに釣られ軽く頭を下げながら遠慮がちに室内へと足を踏みれ入れてしまう。自分の部屋なはずなのに、なんだろうこの敗北感。
しかし、そこはいつもの自分の部屋とは明らかに様相が違っていた、いつも俺一人で使ってかなり余裕があると思っていた部屋の中が、今は狭いと感じられるほどに葉山一派で埋め尽くされていたのだ。
「ヒキタニ君ギター二本も持ってるとかマジやばくね? しかもこっちのSGスタンダードとか結構年季入ってるっぽいし。いやー、マジ羨ましいわぁ。この光沢といいフォルムといい、やっぱ俺もバイトすっかなぁ」
部屋の中央で俺が弘法さんから貰ったギターを持ち上げ、大げさなほどに腕を回しながらジャワーンとパフォーマンスする戸部。
「ヒキオー、この漫画の四巻見当たらないんだけどー?」
俺の勉強机の椅子に座りながら本棚を物色し、そう文句を言ってくる三浦。
「ここで……ここで“はやはち”が抱き合って熱いベーゼを……! いや、それならこっちからの角度も……? ああ、やっぱりここからの角度もいい! ちょっと戸部っちどいて!!」
何故か部屋のあちこちをスマホ越しに眺め、興奮気味に不穏な言葉を並べながらシャッター音を響かせていく海老名。
なんだこれ?
どういう状況?
もしかして本当の本当にこれは全て夢で本物の俺は病院のベッドで眠っているじゃなかろうか?
今日は本当に暑かったからなぁ。帽子も被ってなかったし?
やっぱ熱中症って怖いよな。
うん、きっとそうだ。いや、むしろそうであってくれ。
「この間の合宿で、今日が比企谷の誕生日だって小町ちゃんから聞いてね」
そうして最早現実逃避をするしかないような状況で、俺がどうしたものかとぽかーんと口を開けていると、やがて隣に立っていた葉山がゆっくり説明を始めた。
「本当は、どこかの店を予約しようと思ったんだけど。『お兄ちゃんを外に連れ出すのは大変ですよ』って、小町ちゃんがいうから直接お邪魔させて貰うことにしたんだ」
なるほど……つまり、いつもの小町の暴走ということか……全く小町の奴め余計なことを……。
これじゃぁまるで俺が葉山達と友達みたいじゃないか……ってあれ?
友……達……?
そこで、俺はもう一度室内をゆっくりと見回していく。
左から時計回りに葉山、戸部、三浦、海老名……。うん、間違いなく四人。
いつもならいるはずの“由比ヶ浜”の姿がどこにも見当たらなかったのだ。
こういう集まりには率先して参加してくるイメージがあるのだが……。
「あれ? 由比ヶ浜は?」
だから、俺は思わず葉山にそう尋ねてしまった。
玄関とリビングにはいなかったよな? トイレにでも行っているのだろうか?
それとも遅れてるのか?
だが、そんな俺の問に葉山は少しだけ困ったように笑うと、申し訳無さそうに口を開いていく。
「ああ、結衣は用事があって今日は来れないらしい、でも『誕生日おめでとう』って伝えてくれってさ」
その言葉に、俺は葉山の目から見ても分かりやすいほどにガッカリと肩を落としてしまったのだろう。
葉山は少し申し訳無さそうに「なんか、タイミング悪かったかな?」と眉をハの字に曲げる葉山に、俺は慌てて「ああ、いや、なんでもない……」と切り返す。
いや、うん。そういう日もあるだろう。
夏休みだからといってイツでも暇なわけじゃないし、俺のように夏期講習やバイトをしている可能性だってある。由比ヶ浜には由比ヶ浜のスケジュールがあるのだ……。うん、仕方がない。
しかし、いくらそう自分を納得させようとしても心の奥底に何か引っかかるようなものがあるのは事実だった。
というのも、合宿が終わったあの日以降、実は由比ヶ浜とは禄に会話が出来ていないのだ。
なんなら葉山達を含んだグループLIKEですら由比ヶ浜の反応が薄く、避けられているような気さえする……。
その事にきっと葉山も気付いているのだろう。
だからこそ、葉山は俺の反応になんとも言えない表情を浮かべつつ、一度周囲の様子を伺ったあとそっと耳打ちをするように小声で囁いてきた。
「……結衣と何かあったのか?」
「……いや……何も……」
突然の問いに俺の肩が一瞬ビクリと震えたが、俺は出来るだけ平常心でそう答えていく。別に嘘は言ってはいない。
実際に何もない。何もないはずだ。
少なくとも
俺の言葉に、葉山は「……そうか、ならいいんだ」と再びニコリと微笑むとソレ以上問い詰めるようなことはせず「きっと外せない用事だったんだよ」とフォローを入れながら俺の肩をぽんと叩く。
「はーい、皆さん! 準備できましたよー、そろそろ下に降りてきてくださーい!」
するとまるで一部始終を見ていたかのような絶好のタイミングで階下からそんな小町の声が聞こえてきた。
声に気付いた葉山達は一瞬俺と目を合わせた後「じゃあ、そろそろ行こうか」と言う葉山の号令の下、ぞろぞろと部屋を後にしていく。
当然、俺もその流れに乗るように夏期講習の荷物だけを部屋に残し再び階段を降りて行った。
五人で向かう先はリビング。
だが、そこもいつもの俺の知るリビングとは少し様子が違っていた。
真っ昼間だというのにカーテンが締め切られ暗く、普段キッチンカウンターにくっつけるようにして置かれている四人がけのテーブルは部屋の中央へと移動させられている。
そして、そのテーブルの上には火の付いたロウソクが刺さったケーキがドンッと置かれていた。
「ほらほら、センパイはこっちですよ!」
一色に手を引かれるままに俺がそのテーブルの正面へと陣取ると、小町がカマクラを抱き上げ、葉山達が俺を取り囲むようにテーブルの周りに広がっていく。
「せーの」
「「「「「お誕生日おめでとうー!!」」」」」
そして、盛大にクラッカーが鳴らされたのと同時に我が家のリビングにキラキラとしたゴミが散乱し、火薬の匂いが周囲に立ち込めた。
恐らく、誕生日というと俺のことなのだとは思うが、このメンバーに自分が祝われるという実感がわかず、その時の俺の頭の中にあったのは『この後の掃除は誰がするんだろう……』とかそんなコト……。
「さぁさぁセンパイ、消しちゃってください」
「お、おう」
それでも、一色がそういってケーキを指差すので、俺は言われるがままに巨大なケーキに息を吹きかけ、ろうそくの炎を消した。
十七本のロウソクは流石に一度では消しきることが出来ず、三度息を吹くことで漸く全て消えると細い煙が天井へと伸び、その煙がちょうど天井に差し掛かるころ室内に盛大な拍手が響き渡る。
「じゃあ、切ってきますので皆さんは好きなの摘んでてくださいねー」
やがて、その拍手がパラパラとまばらになり、シャッと部屋のカーテンが開かれ一気に部屋が明るくなると、一色がそう言ってケーキを持ってキッチンへと入っていった。
最早小町すら付き従わせず、一人でキッチンへ向かうその様子はまさに勝手知ったる何とやら。
その動作があまりにも自然すぎて『何故一色が?』とツッコむものは一人もおらず、皆思い思いにテーブルの上に広げられているピザやポテト、チョコレート菓子やらペットボトルの山へと手を伸ばしていく。
いやおかしいだろ……。なんで一色が全部仕切ってるみたいになってるの?
ここ俺の家なんだけど? 小町は何してんだ……? ってああ、カマクラを宥めてるのか。そりゃぁ、家にこんなに人が集まるのも初めてだしなぁ……。多少興奮もするか……。
はぁ……仕方ない。俺が手伝うとするか……。
流石に客に全部やらせる訳にもいかないし、腹もそこまで空いてないしな。
状況を把握し思考を巡らせた末、俺はキッチンへ向かおうと足を踏み出す。
だがその瞬間、不意に誰かに肩を叩かれた。
「ん?」と振り向けばそこにはいつもの葉山スマイル。
「誕生日おめでとう。これ、俺からのプレゼント」
「へ?」
戸惑う俺に、葉山はそう言って四角い少し洒落た袋に入った小さな何かを手渡して来る。
後から考えるなら、俺が葉山からプレゼントを貰う理由なんてないので拒否するべきだったとは思うのだが……この時は場の勢いと有無を言わさぬ雰囲気の葉山スマイルに気圧され俺は情けなくも「お、おう。サンキュ」とソレを受け取ってしまった。
「最近ハマってるバンドのアルバムなんだ、よかったら聞いてくれ」
どうやら中身はCDらしい。
え? でも待って? CDって聞くものなの? 特典についてくるおまけじゃないの?
今どき音楽なんてデジタルの時代だし、そもそも俺の部屋にCDを聞く媒体もないのだが……。
案外葉山はアナログな男なのかもしれない。
「隼人本当そのバンド好きだよね、カラオケでも絶対歌ってるし」
そう言って割り込んでくる三浦に、葉山が少し照れたように笑うのを眺めながら俺は改めてその袋の中を覗いてみると、ソコには確かに名前も聞いたことのないバンドの、妙に洒落たデザインのCDが入っていた。
とりあえずアイドル系ではなさそうだが……本人も言っていた通り布教目的も兼ねてのプレゼントなのだろう。
まあ、裏にそういう意図が込められているのであればコチラとしても受け取る事にそこまで拒否感もないか……。今回はありがたく受け取っておくとしよう。
最悪パソコンで聞けるしな。
「んじゃ、後でゆっくり聞かせてもらうわ」
「うん、よかったら感想も頼むよ」
感想ねぇ……音楽の良し悪しなんて俺には正直よくわからんが……それで葉山の気が済むというのなら構わないか。変に効果なものを要求されるよりはマシだからな。
「これは私からね。あんた元はそんな悪くないんだから、手入れぐらいしなよ? 今どき男でもそれぐらい常識なんだから」
「お、おう悪いな……」
そうして、葉山から貰ったCDを繁々と眺めていると、今度は三浦から少し大きめの袋を渡された。といっても葉山のプレゼントよりは若干大きいという程度で両手に収まる程度のサイズだ。
中身は見たことないブランドの化粧水やら、謎のジェルやらがおしゃれな透明な袋に包まれ申し訳程度のリボンでラッピングされているメンズコスメセット。
一応化粧水ぐらいなら小町のを拝借して使ってはいるんだけどな……。
その度に怒られるけど……。
「次は俺から、開けてみ? ちょ、マジ開けてみ?」
次にそう言って四角くラッピングされた箱を渡してきたのは戸部だ。
既に葉山、三浦からプレゼントを受け取ってしまった手前断ることも出来ず、俺は三度それを受け取っていく。
葉山のCDより少し横に長く厚みがあるソレは、正直袋の上からではなんなのか全く想像がつかない。
しかし、戸部はそのプレゼントに相当の自信があるのか、興奮気味に「早く開けろ」と詰め寄ってくるので、俺は仕方なくそれを開けていく。
すると、中から出てきたのは店で売ってるのは見たことあるが、絶対自分では買わないだろう類のアナログなカードゲームだった。
正直プレイするのは少し躊躇われるタイプの難易度が高そうなカードゲーム。
所謂人狼ゲームとかの勝敗にプレイヤーのコミュニケーション能力が関わるやつといえば少しは分かってもらえるだろうか?
「こないだの千葉村でやったトランプ思いの外盛り上がったべ? だからこういうの家に一個あったら盛り上がるんじゃね? ヒキタニ君こういうの得意そうだし……ってか今から皆でやるべ?」
まあ……うん。
言いたいことは分かる。
確かにたまにやるシンプルなカードゲームは思いの外楽しかったりする。それは俺も理解できる。
だが、こういった少し捻ったゲームはルール把握までが長く、よほど気が合う相手ではないとプレイは難しいのではないだろうか……。少なくともこのメンバーで楽しめるとは思えない……。
正直言うと俺自身興味はあったが、プレイするためのハードルが高いのだ。
現に葉山は「へぇ、良かったな比企谷」と他人事のように笑い、三浦も既に戸部のプレゼントから興味をなくし、チョコを摘みに行っている。
その二人の態度からも今日ここでやる機会があるかどうかすら微妙だろう。
とはいえ、自信たっぷりという様子の戸部の前でソレを正直に伝える勇気もなく、俺は苦笑いを浮かべながら「お、おう、そうだな……ありがとう」とそのプレゼントを受け取ることしかできなかった。
「腐腐腐っ……私からはコレだよ……」
「ど、ども……」
その微妙な空気を断ち切るように、続いて俺にプレゼントを渡してきたのは海老名だった。
海老名は自慢のメガネをキランと光らせながら、俺に四角いラッピングをされた箱状の何かを渡してくる。重い……大きさも重さもコレまでの中で一番だ。
戸部の時同様、期待の目で俺の反応を待つ海老名の視線を受けながら、俺は一体何が入っているのだろうと、恐る恐るそのラッピングを剥がし中を覗いていく。
すると、そこには見たこともない漫画が三冊ほど入っており、その表紙には学生服を着た美形の男とちょっとダウナー系の男が半裸で絡み合っていた。あー……はい。
「大丈夫! 凄くテンポが良くて読みやすいから! ちょっと、ちょっとだけ! 先っちょだけでいいから読んでみて! 絶対ハマると思うの! そして感想を聞かせて! こっちとか多分凄く共感出来ると思うの! なんてったって……!」
いわゆるBL漫画というやつなのだろう。
早口でそう捲し立て、はぁはぁと鼻息荒く漫画の内容を説明する海老名の説明を聞きながら、俺は一歩二歩と後ずさりながら、ソレ以上海老名を刺激しないように努めた
流石に十八禁のマークとかは付いていないので、一応合法ではあるのだろうが……。
でもなぁ、この表紙のダウナー系の男が若干俺に似ているように見えるのは気のせいだろうか?
よくよく見ればイケメンの方は葉山にも似ているような……。
本当に読んで良いのか……?
「大丈夫、痛くないから、苦しいのは最初だけだから! 目覚めたらむしろ気持ちいいから!!」
「あー……あーしそういうの良く分かんないからさ、漫画とか読むなら試しに読んでやってよ」
「お、おう……まあ、読むぐらいなら……」
三浦からの援護射撃と、海老名のそのあまりの剣幕に、俺も思わず気圧されそう頷いてしまったが、正直早まったかもしれない。
海老名は俺の返事に「むふーん」とコレまで見たことのないような笑顔を見せ「言質取ったからね! 絶対だよ!」と俺に人差し指を向けている。本当早まったかもしれない。
とりあえずおすすめの漫画、ということでいいんだよな?
まあ、読むぐらいなら……大丈夫……だよな? 読んでいいんだよね?
取り返しのつかないことになりませんように……。
「はーい、ケーキ切りましたよー!」
そうして、俺が大量のプレゼントに埋もれ、海老名に追い詰められているとタイミングよくケーキを切り終えた一色が戻ってきた。
四人がけテーブルに六人は座りきれないので、一色は俺から順にそれぞれの手元にケーキの乗った小皿を配り歩いて行く。
ちょっとした立食パーティースタイルだ。
「うん、美味しいよ」
「へぇ……意外とやるじゃんアンタ……今度作り方教えてよ……」
「うお、うめー、これ一色ちゃんが作ったとかマ? マジプロじゃね?」
「ありがとうございます♪」
配り終えるのと同時にあちらこちらから賛美の声が上がり、一色が「えへへ」と照れたように笑顔を振りまいていく。
その光景を見て少し誇らしく思ってしまうのは何故だろう?
ふと視線を落とせば俺のケーキにだけ乗っている『HAPPY BIRTHDAY センパイ♡』と書かれたチョコレートプレート。
そうか、これ一色が作ったのか……。
なんだか……食べるのもったいないな……。
「センパイ、はいこれ私からのプレゼントです♪」
「お、おう! 悪いな!」
そんな事を考えていると、今度は一色がそう言って俺に少し大きめの箱を渡してきた。
突然のことに、俺は思わずワタワタとなりながら、ケーキの皿を落とさないよう、これまで受け取ったプレゼントをソファーの上に置き、出来るだけ丁寧にそれを受け取っていく。
しかし、当然受け取るだけで一色が納得するはずもなく、ニコニコと笑顔を崩さず俺の側を離れようとはしなかった。
つまり「早く開けろ」ということなのだろう。
その無言の圧に耐えきれず、俺はケーキを一口口に含んでから、一旦テーブルへ置き、受け取った箱を開けていく。
出来るだけゆっくりと丁寧に可愛らしい黄色い包装紙を剥がし、中から出てきた白い箱のを開けると、そこにはそれぞれハートが描かれた色違いの二つのマグカップが入っていた。
ん? 二つ? なんで二個? マグカップなんてそんな沢山いらんだろう……。予備ということか?
「ペアのマグカップです。ほら、最近私こっちいること多いじゃないですか? これからおこめちゃんの家庭教師もする予定なので、お揃いとかあるといいんじゃないかなって思って♪」
不思議そうに俺がそのマグカップを眺めていると、一色が自信たっぷりにそう告げてくる。
でも……その言葉がうまく頭に入ってこない。
なんでコイツ、うちに自分用のマグカップ置いてく気満々なんだろうか?
そもそもプレゼントに自分用を混ぜるなよ……。
「いや、自分用なら持って帰れよ……」
「えー! なんでですか? うちにもセンパイの食器あるんだから一個ぐらい置いててもいいじゃないですか!」
そう言われると少し困る。
実際一色の家には俺用の食器が今もあるはずだ、少なくとも前回顔を出したときにはまだ残っていた。
だから、こっちにも置けと言われたら断りにくいというのはある……。
とはいえ、今考えるのはそこじゃないことは分かっていた。
先程の一色のセリフの中にどうしても理解できない言葉があったのだ。
「っていうか家庭教師ってどういうこと?」
「そのままの意味ですよ、ほら、おこめちゃん今年受験じゃないですか? 夏休みの間は私が勉強見てあげることにしたんです。あ、勿論無料ですから安心してください♪」
「……小町は別に頼んでないんだけどね……」
一色の言葉に、小町は諦めたように「ははっ……」と哀しい笑みを浮かべ、カマクラを吸った。
その表情から察するに恐らく半ば強引に押し切られたのだろう。
なんだかんだ、一色はあのおっさんの孫だからなぁ……。
強引なところは祖父譲りなのだ。
「いや、小町の勉強ぐらい俺が見るが……?」
「だめです! 今日だってセンパイ夏期講習行ってたじゃないですか。だから今後は私がちゃぁんとおこめの勉強見てあげますから、センパイは安心して自分の勉強に専念してください。そしてソレ以外の空き時間は私に構ってください♪」
なんだか最後の方で不穏な事を言われた気がするが……。
つまり……えっと……どういうことだってばよ……?
「そうそう、食器といえばママたちもセンパイが来るの楽しみにしてたんですよ? なんなら今日だって私に付いてきそうな勢いだったんですから。まぁ流石に葉山先輩達も居る手前止めておきましたけど……」
混乱する俺に一色は続けてそう告げてくるので、俺は慌てて脳を再起動する。
は? もみじさんがココに来るかも知れなかった?
何その地獄。
いや、別にもみじさんの事が嫌いとか会いたくないとかそういうつもりはないのだが……ここに来られるのはちょっと困るというかなんというか……とりあえず一色の判断は非常に評価できる。
正直グッジョブとしか言いようがない。
思わず「よくやった」と一色の肩を叩いてしまうほどだ。
なんなら両手でワシャワシャとカマクラを撫でるようにしてやりたいまである。
まあ、さすがに女子にソレをやったら殺されるのは分かっているのでやらないけど……。
「えへへ。だから今度センパイから会いにいってあげてくださいね?」
「まあ、時間があったらな……」
放って置いて暴走されるぐらいならこっちから顔を出したほうがマシ。ということなのだろう。
でも流石に『誕生日祝って貰いに来ました』なんて言うわけにもいかんしなぁ……さて、どうしたものか。
まあ、夏休み中にどっかでちらっと顔だすか……。
「……そういや、最近おっさんはどうしてるの?」
そこまで考えた所で、俺はふとしばらく会っていないもう一人の暴走列車のことを思い出した。
よくよく考えてみれば俺が高二になっておっさんと会ったのは、川崎の件が最後。
最近は何をしているのだろう?
「あー、なんか今年もどっか行ってるみたいですよ?」
だが、その問いの答えは非常にシンプルなものだった。
そうか、旅行か。
そういえば去年もこの時期海外に行ってたんだったか。
もしかしたら今年もどこか俺の知らない土地に足を運んでいるのかもしれない。
アグレッシブおっさんである。
「あ、でもそういえば私夏休み前に良いもの買ってもらったんですよ! 今度センパイにだけ特別に見せてあげますから、期待しててくださいね♪」
最後にそう言うと一色は人差し指を口の前に持ってきてウインクを一つ投げ、楽しそうに笑ってみせた。
俺に見せたいもの……一体なんだろうか?
ただ、一色がこういうコト言うときってあまり良い予感はしないんだよなぁ……。
*
*
*
そうして、我が家での突発誕生日会は日が落ちるまで続けられ。
全員が帰宅した後は、少し寂しさの残るリビングを俺と小町の二人で片付けていた。
珍しく──いや、初めての大人数の来客にカマクラもまだ興奮しているのか客が帰ったあともどこか落ち着かない様子で先程から何度もリビングと二階を行ったり来たりしている。
実際、俺もまだ少しフワフワしているというか、地に足がついていないような妙な感覚に襲われている。
というのも、アイツラが帰った後の自分の家というのは、何故かいつもより空虚に感じるのだ。
俺と小町、家にいる人数的としてはいつもと変わらないはずなのに、なんだかやけに音が響く気もするんだよな。
これは俺がこういう経験が初めてだからこそ感じる感覚なのか、それとも誰もが感じるものなのかそれが俺には理解できない……。
「はい、お兄ちゃん、これ小町から」
「ん? おお、サンキュ」
そんな事を考えながらふとリビングを見回していると小町がそう言って俺にビニール袋を渡してきたので今日何度目かになるソレを受け取った。
本当に今日は貰ってばかりだ。
誕生日ってこんなに良い日だったか?
なんだか数年前と違いすぎて少し怖いまである。
そのうちお返しとかしたほうがいいんだよな?
となると、人数分? うげ……金足りるかしら……?
バイト増やすか……?
って、なんか……今の俺、友達が多いやつみたいな悩み方してるな……。
「あと、こっちはお父さん達からね」
「おお、サンキュ」
金の事を考えていたのを見抜かれていたのだろうか?
小町が続けて渡してきたのは、裸のままの一万円札だった。
「感謝してよね、今年もギフト券になりそうだったから、普通に『お金のほうが喜ぶと思うよ』って交渉してあげたんだから」
「ありがとうございます……!」
その件に関しては正直、本当にありがたいと言わざるをえないだろう。
今年もまたギフト券だろうと覚悟してたし、単純に値が上がっているというのも嬉しい。小町様々だ。
「ふふん存分に崇めるがよい」
「ははー!」
両手を腰に当てふんぞり返る小町に、平伏し頭を下げる俺。
完全な茶番だが、これで機嫌が良くなるなら安いものだ。
やっぱ持つべきものは妹なんだよなぁ。
「ふふ。……あ、そうだあと忘れないうちに言っておくけど。サブレちゃん明後日から預かる事になってるから、ちゃんと予定空けといてよね」
「サブレちゃん?」
突然話題を変えられた俺は思わず平伏姿勢のまま、首を傾げてしまった。
なんだっけサブレちゃんって。どっかで聞いた覚えがあるような……。
「もう、何とぼけてるのさ。結衣さんの家のワンちゃん預かるって話してたでしょ!」
「ああ、あの犬の話か……マジで預かることになってるの?」
「うん、昨日電話で確認したから間違いないと思うけど……冗談だと思ってたの?」
「そういうわけじゃないんだけどな……」
冗談だと思っていたわけではないのだが……。
今、俺は由比ヶ浜と少し気まずい感じがしたので、その話も流れたのかと思っていたのだが……どうやら杞憂だったらしい。
そうか、小町とは昨日も普通に連絡を取り合っているのか……。
ということは、もしかしたら由比ヶ浜に避けられていると感じているのは俺だけなのだろうか?
そう考えた俺は、少しだけ心が軽くなったのを感じ。
二日後由比ヶ浜とサブレの到着を待つことにした──のだが──。
***
***
***
あれから二日。
由比ヶ浜がサブレを預けに来るという約束のその日、待ちわびていた玄関のチャイムが鳴り響いたかと思うと同時に、玄関から小町の大きな声が聞こえてきた。
「お兄ちゃーん、サブレちゃん連れてきたよー! 開けてー!」
「は?」
どうやら小町はどこかで由比ヶ浜と待ち合わせをし、サブレを直接引き取ってきたらしい。
インターホンのカメラに映るのは、小町に抱かれしっぽをブンブンと振り、今にもその手元から飛び立とうとするサブレの姿。そこに由比ヶ浜の姿はない……。
くそっ、完全にしてやられた……。
ラフな格好のまま「ちょっと出かけてくる」と言って出かけたから、てっきり近くのコンビニにでも行ったのかと思ってたのに……。
はぁ……迎えに行くなら一言言ってくれよ……。
やはり俺、避けられているのだろうか?
こうなったら、サブレを引き取りに来た時に捕まえるしかないか……。
というわけで107話でした。
これで二年目の誕生日も終わりですね
どんどんリア充化していく八幡いかがでしたでしょうか?
なんだかんだもう世間はGW
リアルの夏も近づいてきていますが
夏が終わる前に文化祭編にいけるよう頑張りますので
引き続き応援の程よろしくお願いいたします