やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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大分遅れましたが令和もよろしくお願いいたします!

前話は過去最高といっていいほどの誤字数でした。(汗)
沢山のご指摘ありがとうございました。



第11話 初めての相談事

「んじゃ授業始めるぞ、教科書開いて」

 

 おお、まさか自分でこのセリフを言う日が来るとは思わなかったわ。まるで先生みたい。

 いや、家庭教師だから一応先生ではあるんだけどね。

 

「何言ってるんですか! さっきまでの流れ考えてくださいよ!」

 

 しかし、当の生徒様の方はご立腹のようである。

 これは早くも学級崩壊の危機かもしれない。困った、親に連絡とか入れたほうがいいのかしら? モンペじゃありませんように。

 

「お前来週テストなんだろ? 早くやらないと勉強時間なくなるし何より俺のバイト代に関わる」

 

 すでに時刻は十七時半を回っていた。俺達は一色の家につくと、もみじさんとの挨拶もそこそこに一色の部屋に連れ込まれた俺は、テスト前だからさぞや勉強がしたかったのだろうと気を利かせ、授業を始めたのだが。なぜか怒られるハメになっている。全くもって理解不能だ。

 ちなみにもみじさんは、『そこそこの挨拶』がお気に召さなかったらしく扉の向こうで「八幡くーん……」と何やら淋しげな声を響かせている。俺が何かしたわけではないのに妙な罪悪感を覚えるので一刻も早くやめて欲しい。

 

「ママうるさい! とにかく、そんな何事もなかったかのように授業なんてやられても頭に入りませんし、ちょっとは空気読んでくださいよぉ」

 

 全く失礼な話だ、俺ほど空気を読める男はそうはいない。もし空気が読めていなければそもそも俺はここに来ていない。きっと今日は小町のお勉強会に参加していただろう。

 なんなら小町の成長ダイアリーの一つとして録画、永久保存版にしてもいいレベルだ。だが俺は空気が読める男八幡。自重自重。

 そんな空気が読める男八幡だからこそ、サイゼで何があったかなど既にお見通しで、正直あまり関わりたく無いからこそスルーしようと思っていたのだが仕方がない、そんなに解決編をご所望ならばさっさと終わらせて授業に戻ろう。

 

「どうせアレだろ? あの二年のマネージャーっていうのと一年が付き合ってて、部内の誰かにちょっかい掛けられてるから何とかして欲しいとかそういうのだろ?」

「全然違います」

 

 あれ? 違ったみたいだ。

 

「じゃああれか、あの一年に一色が告白されてるけど、二年のマネージャーの方が一年の事が好きとかいう三角関係」

「全っ! 然! 違います!」

 

 あれれぇ? おかしぃぞぉ? どうやらこの件は迷宮入りのようだ。あとは眠りの八幡に任せた方がいいのかもしれない。

 

「あ、でも。健史くんが麻子ちゃんの事好きっていうのはあると思います。なんか幼馴染らしいですよ? 最初に相談したのは麻子ちゃんみたいですし、そこから麻子ちゃんが私に相談っていう流れなのでむしろ私がお邪魔虫みたいな感じで失礼しちゃいますよねー」

 

 幼馴染キャラなのかよ。リア充爆ぜろ。

 

「やっぱ恋愛絡みじゃん……そういうのは俺パス」

「違うんですよ、なんていうか、サッカー部のトラブルなんですけど」

 

 一色はそう言いながらガラリと机の引き出しを開けた。

 どうやらもうこの話を聞かないと授業には戻れないらしい。

 はぁ……仕方ない、これも仕事のうちか……。俺は諦めて先週と同じクッションに腰掛けた。

 

「私と同じ三年はちらほら引退してて、そろそろ次期部長を決めないといけないんですよ」

 

 一色は、開いた引き出しから小さなアルバムらしきものを取り出すと、それを俺に渡してくる。

 見ろ、ということなのだろうか。俺がそれを受け取りペラペラと捲ってみると、中には青春真っ盛りという感じのサッカー少年たちが多数写真に収められていた。所々には一色や、先程サイゼで会った女子も写っている。

 しかし、全体的にイケメンが写真の中心にいる比率が多いのは気の所為だろうか。

 

「それで、その次期部長に一年の健史くんが推薦されてまして」

「推薦?」

「はい、二年のメンバーほぼ全員から」

 

 二年全員というのはまた相当な人望の持ち主なのだろう、あの一年がねぇ……。

 

「あいつそんなにサッカー上手いの?」

「あ……うーん……下手ではないと思うんですけど、一番上手とかではないですね、三年のいない今ならスタメンにギリギリ入れるか入れないかぐらいだと思います」

 

 まあ、そういう事もあるか、部長となるとワンマンでやってくわけにもいかないだろうし、作戦を考えたりするのも必要だろう、実力より人望があるならそれでいいのではなかろうか。

 

「まあ。そんなに推薦されるほどの人望があるなら、それでいいんじゃないの?」

「違うんですよー、人望とかそういうのでもないんです」

「どういうこと?」

 

 俺が問いかけると、一色は俺の手元からアルバムを奪い取り、素早い手付きでページを捲っていった。

 

「ここ、ここ見て下さい」

 

 一色が開いて見せたページにあったのはおそらくはサッカー部の集合写真。隅の方には女子二人、一色と先程サイゼで会った女子も写っている。

 

「この真ん中に写っているのが現部長なんですけど、何か気が付きませんか?」

「部長? ったって会ったこと無いし……」

 

 一色が指さした先にあった集合写真の中央には明るい茶髪を後ろで纏めた妙にちゃらそうな男が写っていた。一体何に気がつけばいいんだろうか? と思った所でふと、どこかで見たような、そんな軽い既視感を覚えた。

 

「さっきの一年に似てる?」

 

 その写真に写ったチャラ男は髪の色こそ違うものの先ほどサイゼであった一年生と全体的に顔の作りが似ている、目元の当たりはクローンかと見紛うほどだ。

 

「正解です! 竹内健大(たけひろ)君、さっき紹介した健史くんのお兄さんなんですよ」

 

 サッカー兄弟なのか、兄弟で同じ事やれるのはメンバー集めに苦労しなくてよさそうでちょっとだけ羨ましい。俺なんて基本一人だったからな。まあ今もだけど……。

 

「実は先週、三年生を抜いた二年中心のチームで初めての試合があったんですけど。見事に惨敗しまして……」

 

 三年生がよっぽど強いチームだったんだろうか? まあ試合なんて時の運ともいうから、そういう事もたまにはあるのだろう。

 

「結果を報告して怒られるのを嫌がった二年生が事前に『やっぱり三年生がいないと駄目だ』とか『部長はやっぱりすごい』とか持ち上げ始めてですね」

「部長の弟も凄いに違いないから次期部長にしましょうとか? まあ流石にないか」

「……正解です」

 

 ちょっとボケたつもりだったのだが、ここにきてまさかの正解を引いてしまった。どうやら俺は意図せず正解を導くタイプの探偵らしい。真実はいつも一つ!

 

「馬鹿なの?」

 

 一色は、こめかみを抑え、溜息をつきながら小さく「はい」と答える。

 

「じゃあその兄貴の部長とやらに直接話してやめてもらえば? 兄弟なら話ぐらい家でできるだろ」

「いやーそれがですねー……、もう話したらしいんですけど、どうせ他に候補もいないし二年も頼りにならないから、このまま健史くんが部長でもいいんじゃないかと言われたそうです」

 

 二年生ダメすぎじゃない? 一人も候補いないのかよ。部長に一年を推す件といい、単純にやる気が無いのかもしれない。

 

「それで、一応話し合いの結果引き継ぎをするときに決をとって、反対多数なら別の人選を考えるって言ってるらしいんですけど……」

 

 つまりは信任投票みたいなもんか、それなら首の皮一枚だが、まだ猶予は残されているという事になる。うまくやれば回避はできるかもしれない。

 

「それなら反対票稼ぐしか無いな、他の三年は?」

「部長の案に賛成してるみたいです……」

 

 二年が言い出しっぺで、三年が賛成してるならほぼ詰みじゃねーか。

 首の皮なんてなかった。

 

「まあ、そんな状況なんですけど、健史くんはまだ中学に入ったばかりだし、それこそ部活に入ってからは一ヶ月たってないので、なんとか辞めさせて欲しいって事で相談されてて……どうしたらいいですかね?」

 

 確かにそんな状況で「お前が部長だ」と言われても困るだろうなぁ。俺だったら断固拒否する。っていうか部活やめるまである。あ、やめればいいじゃん。

 

「部活やめちゃえば?」

「健史君、サッカーは続けたいらしいんですよ」

「別に学校のサッカー部じゃなくても適当に続ければいいんじゃないの? リフティングとか一人でも出来るだろ」

 

 俺がそう言うと何故か一色はまるで地球外生命体を見るような目で俺を見てきた。

 何かおかしなことを言っただろうか?

 もう一度自分の言葉を思い返してみてもシンプルかつこれ以上無い模範解答だと思うのだが……。

 

「センパイ……それ本気でいってますか……?」

「な、なんだよ」

 

 俺は野球を一人でやっていた男だぞ。自分で打ち上げたボールを、自分で取る遊びに比べればリフティングというきちんとした種目名があるサッカーなんて恵まれているじゃないか。と抗議しようと思ったが、一色は変わらず「うわぁ」と明らかに引いているようなので、この件をこれ以上追求するのはやめておくことにしよう。ちくしょう。

 

「じゃぁ一回やめて、部長選考が終わったら戻る」

「それはそれで気まずくないですか? これから三年まであるんですよ?」

 

 いちいち注文の多い依頼人である。サッカーがやりたくて部長にはなりたくないというだけなら、そういった答えもありだと思うのだが、どうもここらへんは納得してもらえないらしいな。ふむ、ここは一つ正攻法で考えてみるか。

 

「一色の目から見て他に部長になれそうなのはいないの?」

「少し前なら最悪次の部長はこの人かなぁ? って思ってた人はいるんですけど、正直今こういう状態なんで、なりたがらないと思うんですよねぇ……」

 

 最悪レベルなのか……。まじ何してるんだ二年。逆にそこまでだと、ちょっと見てみたくなってくるな。

 だがまあ、すでに次期部長候補が噂されている状態でも「自分がやります」なんて主張できる奴がいたら、そもそもこんな話にはなってないのだろう。

 

「どうにかなりませんかね?」

「放っておけば?」

「それが出来ないから相談してるんじゃないですかー、私敏腕マネージャーで通ってるから無視もできなくて超困ってるんですよー、なんとかしてほしいですー」

 

 サッカー部の敏腕マネージャーとか一体何してたらなれるんだろうか。

 パーフェクトコミュニケーション取り続けてんの? いっそトップアイドル育成してみないか? 一色P。いや、一色はむしろ育成される側か。

 亜麻色のきれいな髪、長いまつげ、大きな瞳に小さな口。まさにアイドルにはうってつけだろう。歌が上手いかどうかは知らんけど。

 

 そのアイドルレベルの女の子と今部屋に二人きりなんだよな……。

 

 ふいに脳裏をよぎった現状の再確認。なぜこのタイミングで、とは思うが一度認識してしまった事は消えてはくれない。

 俺はなんだか気恥ずかしくなり、思わず一色から目を反らしてしまった。一色はそんな俺の様子を見て、不思議そうに首を傾げている。

 冷静に、冷静になれ八幡。今まで問題なかっただろう?

 

「こ……顧問は何か言ってこないの?」

「先生は『生徒の自主性を尊重』とかっていって基本放置気味なんですよねぇ」

 

 なんだよそれ……仕事しろよ顧問……。バッドコミュニケーション。

 でも部活の顧問って大して給料にならない割に責任は重く、拘束時間が長いとも聞いたな。一概に顧問が悪いとも言えないのかもしれない。結論、社会が悪い。

 そんな風に俺が一色と二人きりという事実から目を逸しつつ、社会の闇について考えていると、コンコンとドアが叩かれる音がした。

 振り返ると、半分開いた扉から、片手でお盆を持ったもみじさんが手を振っている。

 いや、この距離でそんな振らなくても……え? 振り返さなきゃ駄目ですか?

 

「どう二人共? お勉強はかどってる? 麦茶持ってきたわよ」

「いえ、全然勉強してくれなくて困ってます」

「センパイ!!」

 

 抗議の声を上げる一色だったが、俺はウソは言っていない。文句があるならきちんと勉強をしてからにしてほしい。

 

「あらー駄目よ? 先生の言うことはちゃんと聞かなくちゃ」

「ちゃんとやってるから大丈夫だってば、ほらほら、お夕飯の準備があるでしょ」

 

 もみじさんに窘められた一色は、すっと立ち上がり、もみじさんを回れ右させると、その背中を押し、部屋から追い出した。あまりにも自然なその動作に少し感心してしまう。

 

「はいはい、邪魔しないで、出ていって」

「えー……? もうー……。 じゃあまた後でね、八幡くん」

「あ、はい、お茶ごちそうさまです」

 

 入ってきた時同様、閉まる扉から、手を振るもみじさんを送り出し、一色が再び自分の椅子へと腰掛ける。

 

「んじゃ、そろそろ勉強始めるか、マジでテスト近いんだろ?」

「うーん……それはそうなんですけどぉ……。センパイ、来週またサイゼで集まりませんか?」

 

 しかし、一色はまだ次期部長問題から頭が切り替わらないのか、妙な提案をしてきた。

 

「は? なんで?」

「また話し合いするので、今みたいに色々アイディア出してくださいよ」

 

 え? なにそれ、やだ面倒くさい。

 

「やだよ、面倒くさい」

「お願いしますよー。頼られるのは嬉しいんですけど、私だけだとプレッシャーも凄くて……このままじゃ解決するまでつき合わされそうですし、さすがにそれはセンパイにも悪いかなって……」

 

 それは暗に俺もつき合わされるという事なのだろうか?

 なんかおかしくない?

 

「そもそも他校の、しかも中学の部活の問題に俺が参加するのおかしいだろ……」

「ぶー……」

 

 一色は頬を膨らませ、顔全体で不満を表現している。

 しかし、それは全力で頬を膨らませたわけではなく、あくまで控えめに子供っぽくそれでいて可愛く見える自分をよく計算された仕草だった。

 

「あざとい」

「あざとくないですー!」

 

 「すー」の口のまま数秒止まる一色、やはりあざとい。

 一体誰がこんなあざとい子に育てたんだろう。

 ふと、もみじさんが持ってきくれた麦茶に視線を貶すと、中の氷がハート型にかたどられていた。なんというか、細かい所まで余念のない人だ。あぁ、この人に育てられたんだなと色々納得してしまえる。

 

「ほら、そろそろ真面目にやるぞ、もう大分時間無駄にしてる」

「女の子との会話を無駄って……センパイ本気で言ってますか?」

「当たり前だろ、こっちは時給貰ってここ来てるんだぞ」

 

 まだ給料は貰ってないけどね。というか時給はどこからカウントされているんだろう? タイムカードみたいな物はないのだろうか?

 遅刻した分がマイナスされているならその分の補填はどこかでしたい。

 

「まぁ、何か思いついたら言うから、とりあえず今は勉強してくれ。じゃないとおっさんに何言われるかわからん」

 

 実際おっさんはそんな事気にしなそうではあるが、一応雇用主だ、ある程度は家庭教師という形に沿ったほうがいいだろう。

 そんな俺の言葉に一色は納得したのか、はたまた諦めたのか、そのまま「はぁ」とこれみよがしな溜息を吐き、ノロノロと教科書とノートを机の上に出し始めた、ようやくやる気になってくれたようだ、よし。

 あ、でも……何したらいいんだっけ?

 

「あー……で、何しよっか?」

「この状況で先生がソレを聞くんですか……?」

 

 本当にこんなんで金貰えるのかしら、俺。




次回!久しぶりにあの人が登場!
(内容は予告なく変更される可能性がございます(保険))

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