やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。

もっと投稿遅れるかと思いましたが、ゼノディア槍無事完成しました(私事)

久々のあの人の登場です。


第28話 いろはの夏祭り

「あ、一色マネ来たみたいですよ」

「いろはす来たー!」

「って、いろはす浴衣じゃん! 超可愛い!」

 

 打ち上げ当日、少しだけ時間に遅れて集合場所に到着すると、あっという間に男子部員に囲まれた。

 いつもの事といえばいつもの事なのだけど、お祭りで上がっているテンションの男子達に気圧され、私は思わず一歩後ずさる。

 

「やほ、皆久しぶりー、ごめんね遅れて。私で最後?」

「多分そう……かな? あとはカラオケに直接来る連中が何人かいるだけ」

 

 先頭にいる健大くんに尋ねると。そう返事が返ってきた。

 遅れるつもりはなかったし、さすがに最後ではないと思っていただけに、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。

 でもそうか、カラオケ組が何人かはわからないが、これだけしか来ていないのか。

 この場にいる男子部員は十人、三年生がメインの打ち上げなのにうち三年生は四人だけだ、全体の半分にも満たない。これは少し予想外だった。

 まぁお盆も明けたばかりで、旅行中だからこれない子も多いという話だったし、受験勉強をするから無理と断った子もいるみたいだったからね。

 そう考えると私は大分不真面目な方にカウントされちゃうのかもしれない。

 

「遅いから、いろはす今日来ないのかと思ってビビったわ」

「ばっか、女子は支度に時間かかんだよ」

「あ、あはは、ごめんね」

「いいよいいよ、浴衣マジ似合ってる! そうだ写メ撮ろうぜ写メ!」

 

 思い思いに語りかけてくるメンバーに苦笑いを返しながら、私は持っていた巾着袋を持ち替える。

 そう、実は今日遅れた理由はこの浴衣にある。

 というのも、元々は浴衣なんて着てくる予定じゃなくて、事前に動きやすい洋服を用意してたんだけど、出掛ける直前ママに『浴衣を用意してある』と言われたのだ。

 この浴衣は私が中学に上がった頃に買ってもらったもので、当時は少し大きかった、でも今では逆にほんの少し丈が足りなくなってしまっている。

 なので、『来年また新しいのを買ってあげるから、中学最後の思い出に写真を取るから着ていきなさい』と言われ、慌てて着付けをしてもらった。

 別にセンパイに見せるわけでもないのに、なんでこんな動きにくい格好しなきゃいけないんだろう……あれ? なんで私今センパイの事考えたの? 理由はよくわからないけど何故か今ふと頭にセンパイの顔が浮かんだ。

 

 そういえば、先週は楽しかったなぁ。

 あんなに楽しかったのはイツぶりだろう?

 小町ちゃんと、センパイに隠れてパーティーの準備をして。センパイが来るまで息を潜めて……時間になっても来なかった時は正直どうしようかと思ったけど。センパイの驚いた顔、今思い出しても笑っちゃう。

 センパイって一々反応が新鮮っていうか、面白いんだよね。

 変に捻くれてる所も逆に可愛いっていうか……。

 それでもやっぱり男の人だし、変な勘違いされても困る、ちゃんと気をつけないと……。

 

「あれ? なんか機嫌良さそうじゃん、なんかあったの?」

「え? いや、別に何もないよ?」

 

 機嫌がいい? 誰が?

 今日の私は朝から憂鬱な気分だったはずだ。

 だってこの打ち上げ。今でもやっぱり来ないほうが良かったんじゃないかなぁと思っているんだから。

 

「あ、いろは先輩お久しぶりです、打ち上げに浴衣なんて気合入ってますね、もしかして誰かに告白とか考えてます?」

 

 理由はこの子。

 麻子ちゃん。

 一緒にマネージャーをやってきた仲だったけど、実は先日の新部長の一件が解決して以来、ちゃんと話してないのもあって、なんだかちょっと気まずい。

 

「久しぶりー、まさか、そんな事あるわけないよ」

「そうですよねー、いろは先輩って“無駄に”理想高そうだし」

 

 そしてやはりというかなんというか、今日も言葉の端々に棘を感じる。なんだろう、私そこまで嫌われるようなことしただろうか?

 思い返してみるとマネージャーをやってた時もそれほど深い話をしたことはなかったように思う。事務的な連絡を取り合うだけ。

 一応私の方が一年先輩なんだし、うまく躱せばいいんだろうけど、どうにも向こうがそれを許してくれそうにない。

 というか……私なんかよりよっぽど気合入った格好してない?

 麻子ちゃんは浴衣でこそないものの、やたらと肌を露出した年不相応の服装をしていた。一言で言うなら……そう、ビッチ。

 その羨ましい程大きな胸元を強調させた水着のようなオープンショルダーに、極限まで短くしたミニスカートでその両足を惜しげもなく晒している。それはさながら戦闘服とでも評したくなるような出で立ち。

 ああ、やっぱり来るんじゃなかったかも。

 それもこれも全部センパイが悪いのだ。

 打ち上げに行くという話をした時、センパイが「行くな」と一言言ってくれればこんな思いしなくても済んだのに。

 こうなったら来週は思いっきりストレス解消に付き合ってもらおう。

 

「……もしかして、二人ケンカとかしてる?」

 

 私達が会話をしているところに、恐る恐るそう割って入ってきたのは赤星くんだった。

 二学期から転校すると聞いていたので、正直今日も不参加だと思っていたけど、大丈夫なのかな?

 

「えー? まさか、先輩とケンカなんてしないよー♪ ほら、皆さんお祭り始まってますよ、早く行きましょう!」

 

 だが麻子ちゃんは満面の笑顔でそう答えると、赤星くんを連れ私から離れていった。

 

「んじゃそろそろ移動するぞー、はぐれても探さないからそのつもりでな」

「「「おおー!」」」

 

 健大くんがそう号令をかけると、一団がゆっくりと動き出す。私はその男子たちの中心に守られるように人混みと合流し、お祭りに参加したのだった。

 

*

 

「いろはす! イカ焼き食おうぜイカ焼き!」

「あはは、私はいいや」

「こういうときはクレープですよね!」

「うん、そうだねー」

「いろは先輩、たこ焼き食べません? はいアーン」

「あー、ありがとう……でも今はイラナイかな」

「あ、あの一色先輩! りんご飴二個当たったんで良かったらどうぞ!」

「わー、すごーい!ありがとう」

 

 出店で何かを買う度に、代わる代わる誰かが私の隣へ下心満載でご機嫌取りをしにやってくる。まぁ中には例外もいるみたいだけど……。

 チヤホヤしてもらえるのは嫌いじゃない、こうやって男子たちにあれやこれやとしてもらうのもいつもの事……のはず……。

 でも、今日は慣れない下駄での移動という事もあって、まだ三十分も経っていないのに私は既に疲れ気味だった。

 

「一色マネ、お疲れ様す」

「あ、葛本くん、お疲れー」

 

 気がつくと私の横には葛本君が歩いていた、どうやら次は彼の番らしい。

 そういえば、麻子ちゃんの話だと私のデートの相手は葛本君だったんだっけ、そこらへんどう思っているんだろう?

 諦めてないとかだと面倒くさいなぁ……。

 そんな事を思いながら、ちらりと葛本君の顔を見る。

 だが葛本君は私の顔を見ておらず、足元からじっくりと私を舐め回すように見あげたと思うと私の首元で目線を止め『ぐふっ』と一度息を漏らした。

 

「メチャクチャ可愛いっすね」

「あ、ありがと……」

 

 私は思わず一歩引いて、身を守る様に腕を上げる。

 しかし、葛本君はその姿勢の意味に気づいているのかいないのか、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、私のことをじっと見つめていた。

 こういう時センパイだったらこんな思いはしない……そう、センパイは例え二人きりという状況でも男子特有の嫌らしい視線とか、下心とかを感じさせないので、無意識にこちらから距離を詰めてしまう事もあるぐらいなのだ……やっぱり一年だけとはいえ先輩で、大人なんだなぁと感じる。でも、葛本君相手では当然そんな気持ちにはなれない。

 

「よかったらこれから俺と抜け出しません?」

「えー? そんな事したら部長に怒られるよ?」

「大丈夫っすよ、『はぐれても探さない』ってさっき大部長言ってたじゃないっすか」

 

 うわぁ、どうしよう、すごく面倒くさい。

 そもそも私、門限もあるから今日はカラオケのタイミングで抜けるつもりだったし、ここで変な断り方をして着いて来られるのも怖い。

 愛想笑いでごまかしているんだけど、なんとかこれで察してくれないかな……。

 

「葛本先輩何してるんです? 一色先輩困ってますよ」

 

 私が苦笑いをしている所に、そう声をかけてくれたのは健史君だった。

 助かった。

 

「なんだ史部長じゃん、今いいところなんだから邪魔すんなよな」

 

 葛本君と健史君が向かい合うように、視線を交わす。

 葛本君の方は『部長』とつけてはいるが、そこには敬意の欠片も感じられない、高圧的な口調で葛本くんは健史くんに詰め寄った。

 

「いや、邪魔っていうか……今日は三年生に楽しんでもらうのが目的なので……」

「分かってるよ……ったく、お前がいなかったら今頃俺が部長で一色マネとデートの予定だったんだぞ? ちょっとは気使えよ」

 

 あー……それ言っちゃうんだ……。

 やっぱり面倒くさいことになりそう……。

 そう思っていると、二人の背後に何やら大きな人影が集まるのが見えた。

 

「ほう……デートとはどういうことだ?」

「ほら、例の部長引き継ぎの時、俺が部長になったら一色マネとデートできるって話があったんすよ。そうだ! あの時のリベンジってことで今からデート行きません? こんなむさ苦しい男連中とダラダラ祭り回ってもつまんないっしょ。うわ、まじ……名……案……」

 

 葛本君は得意気にそう語りながら背後を振り返ると、その顔をみるみる歪ませ、青筋を立てる。影の正体は、三年生男子。そこには健大くんを筆頭に三年生の部員四人が彼を囲むように立っていたのだ。

 

「ほほーう? それは名案だな?」

「俺達をさしおいて?」

「いろはすとデートして部長になる?」

「いいご身分ですなぁ?」

 

 三年男子が葛本君を囲むように、ゆっくりとその距離を詰めていく。

 徐々に追い詰められ、私と健史くんから離れていく葛本君の体は三年生の中に埋もれ、徐々に見えなくなっていった。

 

「佐倉中学サッカー部! 部訓!」

 

 次の瞬間、大きな声を出す健大君に反応して、お祭りに来ていた人々が何事かと振り返る。

 え? ちょっとまって!? あれをここでやるの?

 恥ずかしいし他の人の迷惑になるからやめて欲しいんだけど……。

 

「ちょ、みんな迷惑だからやめ……」

 

 だが、時すでに遅く、私の言葉を言い終わる前に、健大くんが大きく息を吸い込んだ。

 

「マネージャーはみんなのアイドル! 邪な気持ちで接するべからず!」

「「「抜け駆け しない! させない! ……許さない!」」」

 

 ああああ……。私このグループとは関係ないので……。見ないで下さい。お願いします。

 

「俺らの打ち上げの最中にマネージャー連れて抜け出そうなんていい度胸してるじゃないか、なぁ葛本」

「あ、いや、俺は……」

「問答無用! 連れて行け!」

「「「イエッサー!」」」

「待って! 冗談! 冗談ですから! 健史新部長! 助けて! 助けて下さい!」

 

 そうして、葛本くんは三年生に胴上げのように抱えられると、人混みから離れどこかに連れて行かれてしまった。

 彼がどうなったのか、その時の私には最早知る術はなかった。というか知りたくもなかった。

 だって近づいて行って知り合いだと思われたくないし……。

 はぁ、と溜息をつき、周囲を見回す。

 三年生と葛本君がいなくなって更に減った打ち上げメンバー。この後どうすればいいんだろう?

 あれ……? というか、今の今までいたのに麻子ちゃんの姿がない……? そういえば赤星くんもいない? まさか葛本君の方に行ったってことはないだろうし。はぐれたのか、それとも先にカラオケに向かったのだろうか?

 

「まぁいいか」

 

 三年生が戻ってくるまでは、皆思い思いに楽しめばいい。

 私はそれ以上考えるのを辞めて、かき氷を一つ買う事にした。

 やっぱり夏はかき氷だよね。

 

**

 

「えー! 一色マネもう帰っちゃうのー!? カラオケ行こうぜカラオケ!」

「花火が上がるのだってこれからだぜ? 早すぎね?」

「ごめんね、うち門限厳しいから……」

 

 あの後しばらくして、再び三年生チームと合流し、私達はカラオケ会場へと向かった。葛本君の姿はない。深く考えないようにしよう……。

 私は合流したカラオケ組に少しだけ挨拶をして、帰宅を告げる。

 引き止める声が上がるが、我が家には門限があるのだから仕方がない。

 確かに花火が上がる前に帰るっていうのは私自身どうかとも思うけど、このままここに居ても花火が上がる頃にはカラオケ中だろうから音も聞こえないだろうしね。

 

「なら仕方ないか……んじゃ俺駅まで送ってくから」

「あ、部長ずりぃ! 祭り組はずっとマネージャーと一緒だったんだろ? ここは俺が!」

「いやここは三年に譲れよ!」

「ああうん、いいよ、大丈夫。一人で帰れるし折角なんだから皆で楽しんで?」

 

 今にもケンカを始めそうな男子部員たちを制して、私がそう言うと分かりやすく何人かが肩を落とした。

 

「じゃあ、また新学期にね」

 

 結局、葛本君は帰ってこなかったし、麻子ちゃん達の姿も見えないままだけど……先にカラオケに入ってるのかな?

 まぁこれ以上関わってもろくな事にはならない気がするし良いか。と私はそう結論づけて、皆に手を振る。すると誰かがスゥっと大きく息を吸う音が聞こえた。

 

「全員整列!」

 

 突然の大声に、私は思わずビクリと肩を震わせた。

 その声の主は健大君。元部長のその言葉を合図に、他の部員たちが姿勢を正し、私の前に並び始める。え? 一体何?

 

「一色マネージャー! 三年間サッカー部を支えてくれて……ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 十人以上の男子による突然の立礼。

 戸惑う私、そして何事かと集まってくる野次馬。

 それはまるで試合が終わった後の一礼のようだった。

 ああ、そうか。

 ここで私の試合は終わるんだ……。

 そう思うと、次に私が取るべき行動が自然と理解できた。

 

「──こちらこそ、ありがとうございました!」

 

 私は三年間この光景をずっと後ろから見ているだけだった。

 いつもは対戦相手に向けられる、全力で戦った相手に向かう敬意と謝辞が。今私に向けられている。

 ならば私もしっかりと向き合おう。

 こんな私を慕ってくれた皆への敬意を忘れてはいけない。

 そう思って私は深く深く頭を下げた。

 それはほんの数秒、だけどそこには三年分の重みがある。

 

 いつしか、ギャラリーからは拍手が送られる私達は少しの照れくささを残しながら、ゆっくりと頭を上げる、次に視線があったときには皆笑顔だった。

 色々あったけれどサッカー部に入って……マネージャーをやっていてよかった。 

 これからは、もうこのメンバーで何かをすることは無いけれど、私はきっと今日のことを忘れないだろう。

 

「それじゃ私行くね。皆は楽しんでね」

「ばいばーい! 一色マネー! また二学期に会おうー!」

「いろはすー! 好きだー!」

「俺もだー!」

「俺も大好きだー!」

「受験頑張って下さい!」

「いつでもサッカー部に戻ってきてねー!」

 

 止まない声援が、私の背中に何度も何度も投げかけられる。

 恥ずかしいという思いが強かったが、同時に少しだけ泣きそうにもなった。

 こういうのを青春っていうんだろうか?

 私はもうここには戻らないけど、サッカー部に費やした私の三年間は無駄じゃなかった。そう思えた。

 

*

 

 晴れやかな気持ちで歩く帰り道。行きより帰り道の方が気分が良いなんて変な話。

 とはいえ人の流れとは逆方向に進むのは少しだけ骨が折れる。

 前を見ないカップルを避け、正面から走ってくる子供にぶつかられながら、やっぱり駅まで送ってもらえば良かったかも。と、後悔さえ浮かんできていた。

 でも、今更言っても仕方がない、今から皆の所に戻るなんて格好悪すぎるしね。

 

「近道しよ……」 

 

 そう呟いて、見上げたのは少し高台にある小さな公園。

 この公園は立地が特殊で、この祭り会場である出店が立ち並ぶ大通り側から十五段ほどの階段を上った場所にあり、神社と隣接している滑り台とブランコしかない小さな公園を抜けて今度は七段程の階段を下ると、住宅街の小道へと出る。

 少々薄暗い道ではあるが、コンビニが一件あり、そのまま少し歩いていけば駅前に出るのでそれほど危険もない。

 高台にあるという立地から、花火があるお祭りの時には一見すると人気スポットのようにも思えるのだが、周囲を木に囲まれていて、中から花火を見ることが出来ないため利用者は少ない。

 人混みを避けるには最適なルートだった。

 

 私は、上り階段周辺で休憩している人たちを避けながら、なんとか階段を上り、薄暗い公園を見回す。

 利用者が少ない……と思っていたが、辺りには人の気配。

 よく目を凝らして見てみると公園の隅には抱き合っているカップルらしき二人組がいる……。そうか、そういう意味では人気スポットなのか。

 私もいつかこんな風に誰かと人目を忍んで……なんてことがあるのだろうか。

 そんな風にキスをするカップルを眺めていると。女性の方にギロリと睨まれた。

 そりゃそうだ、じっと見てるなんて失礼だよね。私は慌ててそのカップルから視線をはずし、心の中で謝りながら一気にその公園を抜けてしまおうと早足で歩く。だが、下り階段まであと半分という所で、見知った顔がいる事に気がついた。

 麻子ちゃんと赤星くんだ。なんでこんなところに?

 

「なぁ、そろそろ戻ろうぜ? もうカラオケに集まってる時間じゃね?」

「う、うん。でももうちょっとだけ……」

 

 二人は下り階段すぐ側のブランコに座っており、いま出ていくと確実に見つかってしまう。

 何故かその時私は、怪しい雰囲気を醸し出す二人に見つかってはまずいと、思わず公園中央に立つ木の陰に隠れてしまった。

 いや、見つかっても別にそのまま立ち去ればいいんだろうけど、私あの子に嫌われてるっぽいからなぁ……。

 

「あ、あのね……赤星くん」

「うん?」

 

 私がどうやってこの状況を脱しようかと、考えていると。

 麻子ちゃんが意を決したようにブランコから飛び降り、赤星くんの目の前にたった。

 え……? これってもしかして……。

 

「私……貴方のことが……好きです」

 

 それはシンプルな告白。

 テレビドラマでしかみた事がないようなワンシーンに私は立ち会ってしまったのだ。

 隠れていて良かった。こんな所に出ていったらどう考えたって邪魔者だもんね。

 

「ありがとう、でもごめん。前も言ったかもだけど、俺……一色先輩の事好きだから……」

 

 あー……。これは……私聞いちゃ駄目なやつだったんじゃない?

 二人の前に出ていかなかったのは正解だとしても、それ以外は全部不正解。全然知らない人同士の告白シーンだったらまだ良かったのに……。早くここから立ち去らなきゃ……でも今動けば見つかる可能性もある、しばらくはここで隠れているしかなさそうだ。

 

「で、でもあの人。腐った目の変な男の人家に連れ込んでるの見たし! 怪しい関係かも! それに、この間だって葛本とデート!……した、って噂……もあったし? 絶対赤星くんが思ってるような人じゃないと思うよ?」

「うーん、まあそれは確かに少しショックではあるけど。俺もう転校するし? 最初から諦めてるっつーか、どっちにしろ駄目なんだろうなぁって思ってるからなぁ……。遠距離恋愛とか出来る気がしないだろ?」

 

 腐った目の変な男というのはセンパイの事だろうか? そうなんだろうなぁ……。

 しかし連れ込んでるって……家庭教師だって説明したはずなんだけど……? なんだろうこのムカムカする感じ。

 いや、まぁ確かにセンパイの目は腐ってる。それは私もわかってるんだけど……。

 

「わ、私なら頑張れるよ! 毎日電話するし、バイトして毎週でも会いに行くし! それに、赤星くんが望むならなんだって……!」

「……ごめん。それはそれで、なんつーか……重い」

「……っ!!」

 

 それはわかりやすい拒絶。そして、絶望。

 それまで高まっていた麻子ちゃんの気持ちが、まるで空気の抜けた風船のようにしぼんでいくのが遠目でも分かった。

 

「じゃ、じゃあ、私にチャンスとかって……ないのかな?」

「ごめん。ぶっちゃけ、浅田とそういうの想像できないんだわ。っていうか俺さ……今日もなんだけど浅田の顔見ると一色先輩の事探しちゃうんだよな。正直一色先輩に近づくために浅田と話してたみたいな所もあるし……だからやっぱごめん」

「……それじゃぁ……私……なんのために……」

 

 繰り返される「ごめん」に。麻子ちゃんはとうとう言葉をなくしてしまった。

 っていうか赤星君最低だ、断るにしてももっとマシな言い方があるだろう。

 ちょっとお説教をしてあげたい気分になるけど、状況が状況だし、出ていくことは出来ない。

 

「まあ、ほら、俺二学期からいなくなるし? 浅田ならいい男すぐ見つかるよ」

「……」

「そろそろカラオケ行こうぜ? 部長からめちゃくちゃLIKE来てる」

「……ごめん、後から行くから……先、行っててくれないかな……」

「……んじゃ俺先行くけど、絶対来いよ? 俺のせいで浅田が来なかったなんて言われたら何されるかわかんないからな。っていうか例の部訓もあるし、俺殺されるかもな」

 

 赤星君はそう冗談めかしていいながら、振り返りゆっくりと祭りの喧騒の中へと消えていく。

 

「……違う……あの部訓は……いろ……ため……私の……」

 

 残された麻子ちゃんはブツブツと何事か呟き、やがて、自らの頭をガシガシと掻きむしり始めた。

 折角気合を入れていたであろうセットは見るも無残に崩れ、今はまるで寝起き姿のようだ。

 

「なんで……なんでみんなみんな一色一色一色いっしきいっしきいっしき……!!」

 

 呪詛のように紡がれる私の名前。

 怖い……。っていうか、これ私が悪いの? 私が何かしたつもりはないし、どうすることもできなくない?

 もし麻子ちゃんの好きな人が違う人だったり、振られた理由が別の事だったなら、私は迷わず飛び出して、彼女を抱きとめただろう。

 でも、麻子ちゃんだって曲がりなりにも恋敵である私に、自分が振られた所を見られたくなかったはずだ。

 だから例え私が理不尽だと思っていても絶対に今、ここにいる事を気取られてはいけない。

 そう考え、私はその場にしゃがみ込んだ。

 

*

 

 それから数分、私は息を殺し麻子ちゃんが動くのを待った。さっきから蚊が凄い。早くこの場から逃げ出したい。でも出られない。せめて反対側の階段の方まで移動してくれれば……。

 

 そう思いながら、チラチラと麻子ちゃんの方を覗いていると、その願いが通じたのか、次の瞬間麻子ちゃんは突如スッと立ち上がり、フラフラとまるで幽霊のようにゆっくりと歩き始めた。

 助かった、あそこまで行ってくれれば……!

 まるで赤星くんの足跡を辿るように歩く麻子ちゃんを視線で追う。

 ゆっくり一歩一歩進む麻子ちゃんは、とても辛そうだ。その姿はまるで振られたという現実を踏みしめているようにも見える。

 だけど私には何も出来ない、いつまでもこうして彼女を見ているのも辛いし、いい加減この状況から脱したい。

 だから私は気が急いて、麻子ちゃんがお祭り会場側の階段を一段降りたのを確認したところで、当初の目的通り公園を抜けてしまおうと立ち上がり、動き出してしまった。

 だが、それがいけなかった。

 下り階段まであとほんの一歩、というところでパキリと足元で何かが折れる音がした。それが小枝だったのか、はたまた子供が忘れていった玩具だったのかは判断がつかない。

 でもその音がした直後に、背筋に寒いものが走るのを感じて、思わず振り返ったことだけは覚えている。

 そこには無表情で泣きながらこちらを見つめる麻子ちゃんがいた。 

 

「あんたなんて居なければ良かったのに……っ!」

 

 それは決して大きな声ではなく、独り言のような口調。

 この距離では決して届くはずのない声。

 だけど何故かそれはまっすぐに私の耳へと届き。

 思わず気圧された私は、一歩後ずさった。

 後ずさってしまった。

 そこに地面はないのに──。

 

 階段の一段目を思い切り踏み外し、そのままスローモーションのように麻子ちゃんの顔が見えなくなっていくのを感じながら、私は倒れていく。

 

 慌てて出した足は自らの体重を支えきれずにグキリと悲鳴を上げ。

 横から伸ばした手は地面を捉えきれず、体を数度階段に打ち付けながら、私は転がるようにして地面に投げ飛ばされる。

 痛い痛い痛い!!

 

 時間にしてみればほんの一瞬。

 だけどとても長い時間、何度も階段と衝突し、最後にドンっと大きな音を背中で聞いた所で、私の体は止まった。

 どうやらここが地面のようだ。

 でもあまりの痛みに目も開けられない。

 ああ、足が痛い、腕が痛い、背中が痛い。

 誰か……助けて……。

 

 だがそれを言葉にすることが出来ず、ただ痛みに耐えていると、ふと人の気配を感じた。

 その人は慌てた様子で何かを喋りながら私の方へと駆け寄ってくる。

 誰だろう? 誰でもいい、助けて下さい。お願いします。

 

「だい…………ぶ……すか? ……って一色!?」

 

 もしかして頭を打った? それとも幻聴?

 何故かその人からはセンパイの声が聞こえ、私は顔をしかめながらゆっくりと目を開く。

 その瞬間、遠くからドンっという音が聞こえた。

 どうやら花火が始まったみたいだ──。




また長い……。
今回彼女の動機がある程度見えたかもしれませんが、ここからまた本編に関わってきます。
またストレスが貯まる展開が続くかもしれませんが、この山を乗り切れば雰囲気も大分変わってくると思いますので、浅田麻子編完結までもう少しお付き合い頂ければと思います。

p.s
来週、再来週あたりは古戦場なので……更新遅れたら察してください(震え声)

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