やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
なんのこっちゃわからないという人はお手数ですが第31話の前書きを御覧ください。
本日二日目!
もみじは激怒した。
「全く、あの子どこまで行ったのかしら?」
いや、激怒ってほどではないな。
プンプンとか、プリプリとかいう擬音が顔の横からでているかのような、可愛らしい怒り方だ。まあそういうポーズと言った方が正しいだろう。
俺に見せるための。
いや、見せられても困るんだけども。
「ごめんなさいね、八幡くん待たせちゃって」
「あ、いえ。お構いなく」
二週間ぶりに一色の家に来ると、何故か一色は留守だった。
もみじさんによると、スーパーへ豆腐を買いに行ったらしい。
それが俺が到着する三十分ほど前の事。
先週の怪我の事もあるし、少し心配していたのだが、外出しているという事はそれほど大きな怪我ではなかったという事なのだろう。
「一色の足の方はもう大丈夫なんですか?」
「ええ、お医者さんには一週間安静にって言われてたんだけど、もうすっかり痛みもひいてるみたいよ。今は動きたくて仕方ないみたい」
良かった、俺の応急処置が悪くて治りが悪くなったとか言われても困るしな。
とりあえず一安心という奴だ。
いや、別に心配して早く来たとかではないぞ? 断じて無い。
時計の針は十七時ジャストを指している。やはりいつも通りの時間だ。
「八幡くん。ありがとうね」
突然もみじさんに優しくそう語りかけられ、思わず頬が火照るのが分かる。
俺はなんとなく二人きりでテーブルに座っているという状況が恥ずかしくなって、視線を逸らすようにして、出されていたアイスコーヒーをぐいっと飲み干した。カランと氷が傾く音が鳴り、一瞬の静寂が俺たちの間を包む。気まずい……一色、早く帰ってこねぇかな……。
だが、次にその空間に訪れたのは。ドアが開く音ではなく。機械音だった。
これはLIKEではなく、通常の電話のコール音だ、しかし当然俺のスマホではない。
俺のスマホ、電話かかってきたこと無いからな。
な、泣いてなんかいないんだからね!
最近はLIKEの方の通知は多いんだから! ほぼ一色からの質問だけど。
「あら私だわ。ちょっとごめんなさいね」
どうやらもみじさんのスマホらしい。
もみじさんは手帳型のケースを開き、スマホの画面をいじると。髪の毛を払ってから耳元に当てる。何故かその仕草が妙に色っぽく感じてしまったのは内緒だ。
「はい、もしもし? ……はい、いろははウチの娘ですけど……はい……えっ!?」
突然もみじさんが大きな声を出したかと思うと、一瞬視線が交差する。
だが、次の瞬間、もみじさんは立ち上がり、俺に背を向けて、スマホを俺から隠すように小声で話し始めた。
「はい、イヤ、でもうちの子はそんな……はい……でも……証拠は……ええ……すぐ行きます」
何かのトラブルだろうか?
もみじさんは何やら慌てた様子で通話を切ると、今度はバタバタと身支度を整え始めた。
「何か、あったんですか?」
「ええ……その……何かの間違いだとは思うんだけど……いろはちゃんが……万引で捕まったって……」
「は?」
一色が万引?
何故? なんのために?
それは俺の勝手なイメージでしかなく、意味がないことだと分かりつつも、ありえない、と思ってしまった。
正直あいつの事をよく知っているわけではない。
まだたった四ヶ月程度の付き合いだ。
だから、実はそういう事をする奴だったという可能性は十分にありえる。
だが、それでも一色がそういう事をしている姿が俺には全く想像出来ないし、このタイミングでそんな事をする意味がわからなかった。
「ごめんなさいね、私ちょっと駅前のスーパーまで行ってくるから、少し待っててくれる?」
「え? あ……はい。でも、俺も行きましょうか? それか外で待ってますけど」
流石に他所様の家に一人残されるのは少し気まずいし、もし事件だったとしたらどれぐらい時間がかかるのか分からない。
少なくとも今、一色が一人で脱出できない状況であることは確かだろう。
正直に言えばもみじさん一人で行かせる事にも若干の不安はあった。
……さすがに口には出さなかったが。
「あ……うーん、どうなのかしら。そうしてくれると私も助かるんだけど。まだ状況も分からないしスグ戻ってこれるかもしれないから、やっぱりお留守番頼めるかしら? いろはちゃんも八幡くんには見られたくないって思ってるかもしれないし……」
だが、もみじさんはそう言って、俺を制し、そそくさと出かける準備を続ける。
俺に見られたくない……なるほど、その可能性はあるな。
万引で捕まった状況なんて、俺でなくても見られたくはないだろう……。
万引じゃないにしろ、悪さをして捕まった姿というのは人に見られたくないものだ。多分。
母ちゃんに怒られた後とか小町に会うと気まずいもんな。
あまり出しゃばるのも良くないか……。
「……分かりました。じゃあ少し待たせてもらいます」
「ええ、じゃあ申し訳ないけど。後お願いね」
そう言って、もみじさんは慌ただしく玄関へと向かい。俺はその姿を見送った。
しかし……万引ねぇ……。
なんだろう、何かすごく変な感じがする。
何がどう、とは分からないが。
どうにも一色が万引をする……というより、その状況に違和感を覚える。
人間誰しも過ちを犯す事だってあるだろう。
女子の持つ二面性というものもある程度理解はしているつもりだ。
冷静に考えてみれば、受験のストレスが溜まっていてつい衝動でやってしまったという事はあるのかもしれない。
だが、一瞬そう思っても、やはり一色が万引をしているという状況に納得出来ない俺がいた。
「今はとにかく待つしか無いか……」
情報が少なすぎるな。
もみじさんが呼ばれたという事は少なくとも万引に近い何かはあったのだろう。
万引という言葉がでたからには、物証がなければ親を呼び出されるようなことはまずされないはずだ。つまり、恐らく一色は購入していない品物を持っていた。
ではなぜか?
本当に盗んだ? それともたまたま荷物に紛れ込んでしまった?
後者なら防犯カメラでチェック出来るのではないだろうか? 映っていなかったのか?
ああ、ダメだ、憶測で考えても埒が明かない。
そもそも一色の身内ではない俺が動くことにメリットがないのだ。
周りが騒いで、状況が悪化するなんていうのはよく有ること。
所詮俺は他人。
これが小町なら話はまた違ったのだろうが……この場では俺はどこまで行っても他人。
身元引受人としても不適当。
結局振り出しに戻る、待つしか無い……か。
そうして、ほとんど空になったアイスコーヒーをすすり、意味もなくスマホをいじっていると、突然スマホがブルブルと震え始めた。
開いていたブラウザアプリは最小化され、LIKEが通話の許可を求めてくる。
画面に表示されている相手の名前は『健史』
なんだろう、また試合のお誘いとかだろうか?
普段ならこの時間は家庭教師の授業中だ。緊急でもない電話に出るという事があってはならないし、こいつの相手をするのは面倒くさい。
それに、今はそれどころじゃないしなぁ……。
とりあえず無視しようか……そう思ったのだが。
何故か俺の指は、俺自身の考えに反して通話ボタンをスライドさせていた。
何故そんな事をしたのか、この時自分でも理解できなかった。
まあどうせ待つだけの身だ、少し時間つぶしに付き合ってもらおう。そう思っていたのかもしれない。それが正解だったのか、不正解だったのかは繋がってしまった今ではわからない……。
しかし、そんな余計なことを考える間もなく、通話が繋がるなりスピーカーから大音量の健史の叫び声が聞こえてきた。
「比企谷さん! どうしよう! 麻ちゃんがいなくなっちゃった!」
「は?」
*
スマホの向こうにいる健史の言葉は何一つ要領を得なかった。
「麻ちゃんが」「走って」「逃げた」「どうしよう」「見つからない」
聞き取れたワードはこの五つぐらいだ。
まあ察するに『浅田とケンカして、走ってどこかへ逃げられた。どうしよう見つからない』
その辺りなんだろうが……。正直、どうでもいい。
こっちも今はそれどころじゃないのだ。
「あのな、悪いんだけどこっちも今取り込んでるんだ。話は簡潔に、痴話喧嘩なら他所でやってくれ」
「ちが、違いますよ! 痴話喧嘩なんてしてませんし! そもそもケンカをしてません! スーパーで見かけて合流しようと思ったら話す間もなく居なくなっちゃったんです」
面倒くさい。もう切ってしまおう。そう思っていた。
こいつの話を聞いていても得るものはないだろう。正直そう思った。
だが「スーパーで見かけた」という言葉がどうにも引っかかり、俺は通話終了しようとしていた指をスマホから離す。
「詳しく話せ。要点だけまとめてな」
*
健史の説明によるとこうだ。
今日は浅田と一緒に、二学期に行う他校でのサッカー部の試合の打ち合わせに隣駅まで行っていた。
あまりにも暑かったので、自分が被っていたキャップを浅田に被せたら可愛かった。いや、そこはどうでもいい。要点だけ言えといっただろう。
その後、用事を済ませ、駅まで戻って来た所で健史はトイレへ行くため浅田と離れた。
なんでも、この暑さで冷たい物を飲みすぎ腹を下したらしい。いや、だからそういう情報はいらん。
そしてなんとかトイレから戻ってくると浅田の姿が見当たらない。
もしかして浅田もトイレだろうか? と、少し待ったが。ふと視線を向けた横断歩道の反対側、駅前のスーパーの前でキャップを被っている浅田を見つけ、手を振った。
だが浅田はスーパーの中をじっと覗いており、健史には気が付かない。最初は誰かが中にいて出てくるのを待っているのかと思ったが、次の瞬間には何かに驚いたように突然走り去っていく。もちろん健史も追いかけようとしたが信号は赤。
数秒して青になった信号を渡り……なんとか声をかける距離までくると「わ、私のせいじゃないから!」と慌てた様子で浅田はその姿を消してしまった。
「とりあえず、今、麻ちゃんの家まで来たんですけど、まだ帰ってないらしくて……どうしたらいいですか? 電話もつながらないし、既読もつかない。何かあったのかな? どうしよう? どうしましょう!?」
『そんな事知るか、放っておけ』いつもの俺のように、そう言ってしまえればどんなに楽だろう。
だが、そんな事があるはずはないとは思いつつも、俺の中で一つの憶測が働いていた。
『私のせいじゃない』という言葉そして『一色の万引』
二つに共通するワード『駅前のスーパー』
その二つは全く関係のない、ただの偶然なのかもしれない。
馬鹿げた考えだとも思う。
だが、俺の中に『今動け』という感覚が響いていた。
『八幡、儂が日本にいない間、ちゃんといろはのこと守ってやってくれよ?』
その感覚の原因は頭の中に聞こえるおっさんの言葉……。
ただの勘違いかもしれない。それならそれでいい。
だがもし、俺の憶測が正しくて、今動けるのが俺しかいないとしたら……?
『……頼んだぞ?』
煩いな、分かったよ!
おっさんの声が再び俺の頭の中に響く。
どうせここで留守番をしていても、やれることはない。
ありえないとは思いつつも、健史の話に乗ることで一色の問題が解決する可能性が万に一つでもあるというならなら、身内ではない俺が……。
おっさんに……一色家に世話になってる俺が動く……動いていい理由ぐらいにはなるだろう。
「とりあえず浅田を探すぞ、浅田が行きそうな場所心当たりはあるか?」
「行きそうな、え……えっと。今日の結果を報告しに一度学校に戻ってみて……あ、部室とか!」
しかし、兎にも角にも浅田を見つけなければ話にはならない。
浅田が行きそうな場所……健史の言っている場所以外にはないのか……と言っても元々浅田と接点の少ない俺には心当たりが……。
あった。
そうだ、心当たりなら俺にもあるじゃないか。
「じゃあお前んとこの中学……校門の前に集合な」
「は、はい」
「あまり時間がないかもしれん、とにかく急いで浅田を見つけるぞ」
「え? 時間がないって……?」
健史の言葉を最後まで聞くこと無く俺は通話を切ると、鞄を持ち急いで家を出た。
あ、でも鍵閉めないと……。って俺持ってるわ……。
まさか初めて一色家の鍵を使うのがこんな形だとは思わなかった。
俺は鍵穴に新品の鍵を差し込みロックをかけると、エレベーターのボタンを連打する。
そんな事をしても早く来ることなんて無いと分かりきっているのに……。
でも知ってるか? 某蛇のゲームだと連打すればエレベーターはほんの少し早く来るんだぜ?
*
柄にもなく俺は走って一色の中学へと向かった。
この暑い中なんでこんな事を……くそっ。
もう夏も終わるというのに外はまだ僅かに明るく、蒸し暑い空気が俺に容赦なく襲いかかる。
以前、一度だけ辿った道を思い出しながら走り続け、ようやく中学校が見えてくると、そこにはすでに健史の姿があった。
ここに来るのも二回目だな。
校門は相変わらず半分開いており、何かの部活の試合が終わったのか。生徒や応援に来ていたらしき保護者達がチラホラと出てくる。
相変わらずセキュリティがゆるくて助かるな。
これなら今俺が入っても然程目立たないだろう。
「比企谷さん!」
「おう悪い、遅れたか?」
「いえ、僕もいま着いた所です」
デートみたいなセリフは止めて欲しい。
デートしたことないけど。
あ、あるわ。小町と何度もしてるわ。俺デート上級者じゃん。
って、そんな場合じゃなかったな。
「で、そっちの心当たりは?」
「えっと……部室か教室。あ! 図書室かも! 麻ちゃんああ見えて結構読書好きなんですよ」
ああ見えてというのは、どう見えてるのかは全くわからないが。
こいつもしかして浅田の事バカ認定してんの?
まあ巨乳は頭悪そうというイメージはあるのかもしれないが……。
だが、部室にしても図書室にしても俺の心当たりとは違う。
ならば俺はそこを当たってみよう。
「……宿直室ってどこにある?」
そう、以前一色が言っていた。
マネージャー特権で宿直室の鍵を預かっていると。
一人になりたい時に使っていたと。言っていた。
そしてその鍵は今、一色から浅田の手に渡っているるはずなのだ。
ならば可能性は有るだろう。
「え? 宿直室ですか? えっと……校舎一階の東側の端……花壇の奥の大きな木の裏にドアがあるって聞いたことはありますけど……生徒は入れませんよ?」
「マネージャー特権だよ。まあ説明は後だ、とにかく手分けしよう。健史は教室と図書室の方頼む。俺はここの生徒じゃないんでな、あんまり目立っては動けないから校庭側から探す」
「あ、はい分かりました。でも見つけたらすぐ連絡下さいね?」
「ああ、そっちもな」
健史はよく分からないという顔をして、一度首を傾げたが。
手分けするという単語に反応し、大きく頷いた。
そうして俺は健史と昇降口で別れ、校庭側、野球部が後片付けをしている方向へと走り、校舎の東側を目指す。
「東側の端……」
花壇の奥、大きな木の裏……。あった。恐らくここだ。
そこは日も当たらない場所、一般の生徒でもそうそう近寄らないであろう影に隠れていた。
ドアに着いている小さな磨りガラスから中は見えないが、暗く、人がいる気配はない。やはり俺の考えすぎだったのだろうか?
だが、ドアノブに手をかけると……回った。
鍵はかかってない。
俺はゆっくりと、扉を開き、その中を覗く。
立地の問題か扉を開けても日は入らず薄暗いままの部屋。
そこは学校としては珍しい畳が敷いてあった。
僅かだが靴を脱ぐスペースがあり、流し台と冷蔵庫も着いている、なんというか、古いワンルームのアパートのような作りだった。
段ボールが幾つか置いてあるようにも見えるが……部屋の角にある大きな影が僅かに動いている……。
「浅田……?」
俺が一声かけると、その影がビクリと動いた。
「……フミく……比企谷さん? な、なんでアナタがここに居るんですか……!?」
俺の声に驚き、立ち上がったその影は確かに浅田麻子だった。
どうやら、無駄足にならなくてすんだようだ。
とりあえず、俺が来た意味はあったと思いたい。
だが、本題はこれからだ……。
「健史から連絡もらってな、お前の様子がおかしかったって、今必死で探し回ってるぞ」
しかし、暗いな、明かりはないのか?
手探りで壁を触ると、それらしきスイッチがあったので押して見る。
お、電気がついた。どうやら当たりだったようだ。
「それでこんな所まで? 暇なんですね?」
電気がついたことで浅田が一瞬ビクリと震えた。
その様子はまるで見つかりたくない何かから逃げているようにも見える。
「暇じゃねぇよ……一応バイト抜け出してきてる……ってことになってるはずだ」
それは俺が動いていいという理由の一つになっている。
そう、これは仕事の一環。
誕生日の時の礼という意味もある。
まあ、さすがにバイト代はもらえないだろうけどな……。
「じゃあ、さっさと帰ったらどうですか! フミ君にも『私に構わないで』って言っておいて下さい。無事だったからって……ってなんで上がってくるんですか!」
俺が靴を脱ぎ、部屋に上がろうとすると、浅田が一歩足を引いた。
よく見れば扉は反対側にも有るようだ、おそらくあちらからは校舎側に出るのだろう。ドアに付けられているガラス部分がほんのりと明るい。
だが、ここで逃げられては困る。
まずは話をさせて貰わないとな。
「そういうわけにもいかない。ちょっとお前に聞きたい事があるんだ」
「聞きたい……事……?」
そう聞いた瞬間、浅田が身構えるのが分かった。
正攻法で聞き出せるとも思っていないのだが……。とりあえず様子見で一球投げてみるか……。
「お前……一色がスーパーで捕まってる原因知ってる?」
「──っ!!」
ビンゴ。
明らかに浅田の顔色が変わった。
少なくともこいつは何かしらの情報を持っている。
とにかく時間がない。急がなければ。
「し、知りません!」
「じゃあ、なんで健史から……スーパーから逃げた? 一色が捕まって焦ったんじゃないのか?」
健史は浅田が「私のせいじゃない」そう言って逃げたと言っていた。聞いてもいないのにそんなセリフを言ったという事はつまり『私のせいである可能性がある』という事だ。こいつは確実に何かを知っている。
それを話して貰わなければならない。
俺は改めて半歩浅田に近づくと。
浅田は俺からさらに距離を取るように後ずさり、とうとう壁際に追い詰められた。
いや、俺と浅田の距離はまだ一畳半ほどはあるのだが……。
しかし、この状況って客観的に見ると結構やばいな。
他校の生徒が女子中学生を追い詰めている。
こんな場面見つかったら社会的に死ぬだろうな……まぁ俺には大したダメージじゃないか。変質者のような目で見られる事には慣れている。
「なんで……なんで私が焦らなきゃいけないんですか!」
「知らねーよ。そうやって必死になってるから聞いてるんだ」
「……っ! 知りません! 私関係ありませんから!」
だがその言葉を最後に浅田は。
フーフーと猫のように荒い息を吐き、ただただ俺の事を睨みつけてくる。
駄目だ。
失敗か?
いや、そもそも恐らく俺にはこいつを動かせない。
俺はこいつのことを知らなすぎる。
運良く話を聞き出せたとしてもそれで終わり。
なら、俺に出来ることはなんだ? 焦るな、考えろ、考えろ。
浅田の反応からすると、恐らく一色は万引はしていない。
浅田に嵌められたのだ。
つまり、すべてを解決する為にはこいつを無理矢理にでもスーパーまで引っ張っていく必要がある。
だが、ここはこいつの学校で俺は部外者。
無理に連れて行くのは現実的ではない、そんな事をすればむしろ俺が警察を呼ばれる。
となると俺に残されている手は……。
とにかく今は、会話を止めちゃいけない、時間はかけられない。
開き直られたり、殻に閉じこもられたら厄介だ。その前にもっと喋ってもらう必要がある。こいつを動かせる奴が来るまでに、出来ることをやって置かなければならない……なら……。
「まあ……そう邪険にするなよ、俺はお前の気持ち分かってるつもりだぞ?」
「……は? い、一体何が分かるっていうんですか」
俺の言葉に、浅田が動揺しつつも鼻で笑いながら壁の方を向いてそういった。
話題を変えられて少しだけホッとしているのだろう。
「分かるさ、なんなら唯一の理解者と言ってもいい」
その言葉に、浅田は少しだけ興味を惹かれたように俺を見上げる。
よし、まずは成功。
「……理解者?」
「一色の事が嫌いだったんだろ? あいつ同性には嫌われそうだもんな」
それは俺が一色に感じた第一印象でもある。
男受けする女子というのは往々にして同性からは嫌われるもの。
だが、今はそんな当たり障りのないことを言って共感を得ようとしているだけ。
これはインチキ占いでも使われる手法だ。
まずは相手の事を理解しているかのように話しかける。
「それぐらいで理解者顔とかおめでたいですね……」
だが、そんな初歩的な挑発でも、浅田は見事に引っかかってくれた。
この場合、反応さえ引き出せれば俺の勝ちなのだ。
なら、もう一歩踏み込んでみよう。
「いやいや、よく考えてみろよ。俺ほどお前のことを分かってる人間はいないと思うぞ? その証拠に……誰よりも先にお前を見つけた」
「……な!」
俺の言葉に浅田が言葉をつまらせる。
そう、浅田は誰にもこの場所……宿直室にいる事を言ってはいない。
だが、俺は浅田を見つけた。
健史でさえ見つけられなかったのにだ。
一色に至っては言わずもがな、連絡が取れる状況じゃない。
そんな状況で俺が現れた。
これは誰にも覆せない客観的な事実であり、本人がどんな言葉を用いても否定は出来ない。だからこそ効果がある。
さて、ここからが本番だ気合いを入れろ、比企谷八幡。
「そんなのたまた……!」
「たまたま? いいや、俺は最初からお前がここに居ると思って来たぞ? 後で健史に聞いてみればいい。あいつは今別の場所を探しているからな……お前を見つけるために」
浅田が信じられないという顔をする。
だが、健史が今別の場所を探しているのも事実だ。
「他にも分かるぞ? そうだな……お前、好きなやつが居るだろ? サッカー部の部員だ」
「──っ!」
浅田が今日初めて半歩前に出た。
だがこれは既に一色から聞いている情報。
いってしまえばカンニング。
これまでの情報から、浅田は勝手に俺が「浅田の気持ちを理解している」と勘違いしてくれている。
当然、時間をかけすぎて、冷静になられたらすぐにバレるブラフ。
なのに、俺の手札はもう尽きてきている。
ここから先の言葉はタダの想像。
そして先週の祭りで妙に浅田を気にしていた一色の行動から考えられる憶測。
外せば一発アウト……。
ああ、胃が痛い。
「そして、先週の祭りのタイミングで……告白をした……どうだ?」
「そ、そんなの! いろは先輩に聞けば分かることじゃないですか!」
セーフ。
どうやら最初のステージはクリアできたみたいだが……まだ続けないといけない。
これが現実のつらいところだよな。
「いや、一色は何も言ってない。それどころかお前の事は何も話さなかったぞ。……お前、一色が階段から落ちた時、公園にいただろ?」
「!?」
またもや浅田が驚愕の表情を浮かべる。
ひとつひとつ、確実にステージをクリア出来ている。だがまだだ、まだ気を緩めるな。
「やっぱりか、……というのも俺はあの時お前が一色を突き落としたんじゃないかとさえ思っててな」
「わ、私そんな事!」
「してないのは分かってる。一色も否定してた。笑われたよ、『そこまで悪い子じゃない』ってな。あの日アイツがお前の事で何か喋ったのはソレぐらいだ」
浅田は何かを堪えるようにグッと下唇を噛み締めた。
今の構図だとまるで俺がいじめているみたいだ。
正直辛い。
だが、もうひと押し……。
「だけど、お前は。許せなかった……。なぜなら……お前の好きな相手が一色の事を好きだったんだもんな」
とうとう浅田はリアクションをしなくなった。
ただ、床を見つめ、黙り込んでしまう。
しかし、それは明らかに何かを考えている仕草だった。
ならここでの沈黙は成功だ。
「だから自分の邪魔をする一色の存在が疎ましくなった」
もし浅田の体力ゲージが見えていたのなら、残り少なくなってきている事だろう。
だから俺もここで手を緩めるわけには行かない。
「もう認めろよ」
ここで畳み掛ける。
「俺にはお前の考えが手にとるように分かる、それが分かっただろ?」
無言……だが否定はされない。
つまり肯定。
「憎かったんだろ?」
これも肯定。
「消えて欲しいと思ったんだろ?」
肯定。
「だから、お前が盗んだ物を一色の鞄にでも入れて万引き犯にしたてあげたんだろ?」
「違う!! 私はいろは先輩が万引したように見せかけただけで!」
ヒット。
黙り込んでいた浅田がとうとう吠えた。
正直に言えば、あと二、三回程揺さぶる必要があったかとも思ったが。
どうやら少し早めに目的の魚は釣れたようだ。
「それ……本当なの? 麻ちゃん……?」
同時に健史が宿直室へと入ってくる。
恐らくこの物語の主人公は健史なのだろう。
まるでヒーローのようにいいタイミングで現れてくれた。助かった。どうやら俺の出番は終わりのようだな。
さて……これで役者は揃った。
だが、まだ解決ではない。
俺の言う「万引き犯にしたてあげた」と、浅田の言う「万引したようにみせかけた」は一体何が「違う」のか。
それを 浅田本人に語ってもらわなければならない。
……頼むからあまり時間をかけさせないでくれよ……。
いつも誤字報告、感想、評価、お気に入り、メッセージありがとうございます。
相変わらず長いですが。これ以上分けるわけにもいかないので本当すみません。
連日投稿中なので、チェックが甘く誤字がいつもより多いかもしれません。誤字脱字、変な所ありましたらご報告頂けると助かります。よろしくお願いいたします。
※この物語はフィクションです。万引は絶対にやめましょう。