やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
沢山の感想、誤字報告、メッセージ、評価ありがとうございます。
投稿再開したいと思います。
──一応前回までのあらすじ──
高校の入学式当日に交通事故にあった比企谷八幡だったが
入院先の病院で一人の老人・一色縁継と出会い、その孫娘・一色いろはと許嫁関係を結ぶこととなる。
最初こそ反発していた一色いろはだったが一学期、夏休みをともに過ごす中で徐々に比企谷八幡に惹かれ、その思いを自覚。
進学先を八幡と同じ総武高校にすることを決意するが……。
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あれから、どれ位の時が経ったのだろう?
まだ少し眠気の残る頭で、目の前に広がる情景に思いを馳せる。
四人がけのテーブルに用意された朝食、目の前をドタバタと慌ただしく動き回る女の子。
俺は椅子に座りながらその様子を微笑ましく眺め、腕を伸ばして眠っている小さな命を抱き上げた。
寝ぼけているのか少しだけイヤイヤと抵抗する姿勢を見せたが、俺の顔を一度じっと見ると再び目を閉じ大人しくなる。その身体から伝わる確かな熱は『生きている』という実感を与えてくれるようだった。
両手に収まるソレを抱きかかえながら、椅子の背もたれに身を委ねれば、そのまま目を閉じてしまいたくなる衝動に駆られる。夢の世界は果たしてどちらだろうか……。
再び女の子が俺の横を通りすぎ、テーブルの上のコーヒーが小さく揺れた。
俺にもこんな時期があったのだろうか?
ふとそんな事を考える。
だが、あまりにも昔の事すぎるのか思い出すことができなかった。
おかしい、記憶力にはそこそこの自信があるつもりで、絶対に思い出したくもない中二病時代の黒歴史は鮮明に覚えているというのに……。
人生とはままならないものである。
むしろそっちを思い出せないほうが助かるんだがな……。
「はぁ………………って痛っ!!」
「あ、ごめん!」
ため息をついた瞬間。
後頭部に何かがぶつかった。
俺は思わず片手で頭を押さえる。
血は……出てないよな、というかまぁそれほど硬いものでもなかったし、むしろ柔らかく、よく考えたら痛くもなかったのだが。
それでも何事かと振り返ってみると、そこには先程から慌ただしく走り回っていた女の子……もとい小町が立っていた。
「ってお兄ちゃんもいつまでのんびりしてるのさ? 遅刻しちゃうよ!」
膨らんだ体操着入れを何故か片手でブンブンと振り回しながら、小町がそう告げてくる。
どうやら先程俺の後頭部にクリティカルヒットしたのはあの体操着が入った袋のようだ。
「いや、お前が待ってろっつったんだろ……」
そう、その日は珍しく小町が盛大な寝坊をやらかし、やれ寝癖が治らないだ、やれ体操着がないだと騒いでいるので、俺はさっさと家を出ようとしたのだが。
「待って! 置いてかないで!」と縋られたので仕方なく俺は二杯目のコーヒーを飲んでいたわけだ。
時計を見上げれば小町が起きたあの時間から、すでに十五分が経過している。
そうか、あれからもう十五分か……。
小町にしては頑張った方だとは思うが、これはもう遅刻は確定だろう。まぁどうでもいいけど。
「遅刻するならせめてお兄ちゃんと一緒がいいなぁって……あ、今の小町的にポイント高い!」
「お兄ちゃん完全にとばっちりだからね? どう考えてもマイナスしかないんだけど?」
小町の声で再び目を覚ましたのか、腕の中の小さな命……愛猫かまくらが離せと暴れ始めるのでそっと床に下ろし、その背を見つめる。
かまくらは地面を確かめるようにゆっくりと台所へと歩くと、ひょいと身軽な動きで冷蔵庫の上へと飛び上がり、こちらを見て一度「うなぁ」と鳴いた。
その様子はさながら「か、勘違いしないでよね! 抱っこされたかったわけじゃないんだからね!」とでも告げているようだ。
まあ、かまくらオスなんだけどな。
そうこうしている間も小町は「遅刻だ」「急げ」「早く鞄をもて」と何故か俺を急かしてくる。いや、だから寝坊したの俺じゃないんだよなぁ……
「……しかし、遅刻一つで朝からよくそんな慌てられるな」
俺は小町に急かされるまま、玄関へ向かいながらそうごちる。
たかが遅刻ごときでこんなに慌てていた時期が俺にもあったのだろうか?
やはり思い出せない。
遅刻したからって死ぬわけでもなし、諦めてしまえばいいのに……。
だが、小町はそんな俺の言葉を聞き、不思議そうにそのクリクリとした瞳をむけてきた。
「へ? だって遅刻なんてしたくないじゃん?」
「そう思うならなんで俺を巻き込んだんだよ……。まぁ俺はもういっそ一限終わってから行く予定だったけどな」
「うわぁ……ダメ人間」
遅刻をして授業を中断させるよりは、という俺なりの最大限の配慮だ。
むしろ正解まである。
「いいか小町、そもそも遅刻が悪だという認識が間違っているんだ、警察は事件が起きてから初めて動くしヒーローは遅れて……」
「はいはい、バカなこと言ってないでほら行くよ!」
「おいこら、話はちゃんと最後まで……!」
小町は俺の講義を遮り、トントンと靴の踵を鳴らすと勢いよく玄関の扉を開ける。
外にはまだ夏の匂いが残っている。だが、心地よい風が頬を撫で秋の到来を予感させていた。
「んじゃ! ひっへひまふ!」
「待て待て待て」
二人で家を出たあと、玄関の鍵をかけ、俺が自転車を取り道路に出ると、間髪いれず小町が何事かを俺に告げて、走り出そうとしたので慌てて止めた。
え? この子何やってんの?
「んふ?」
「何咥えてんの?」
「遅刻の必須アイテム『食パン』一度やってみたかったんだよね」
そう、何故か小町はどこに隠していたのか食パンを丸々一枚咥えていたのだ。
これはあれだ。『遅刻遅刻~』といいながら学校に向かう主人公、という少女漫画のテンプレ的行動だ。一体どこでこんなアホな事を覚えてくるのか……。
「やめなさい、変なフラグ立っちゃったらどうするの」
「えー、だって朝ごはん食べてないし、お腹空いちゃうよ」
二学期が始まり、一週間が過ぎたというこの時期に転校生とぶつかる等というアクシデントが起こるとは思わないが。
お行儀が良くないし、ご近所さんに変な子がいると噂をたてられるのも困りものだ。
いや本当誰がこんな子に育てたんでしょうねぇ……。
「じゃあもう食ってていいから……ほら、乗れ」
「へ?」
俺は自分の自転車にまたがり、後ろを指差す。
本当は自転車の二人乗りは道交法違反なんだけどな……。小町は幼児と変わらないので目をつぶって頂くとしよう。
「いいの?」
「むしろそのために待ってたんじゃないかと思ってたが?」
今朝小町に「待ってて」と言われた時から、そう予想していたのだが。あれ? もしかして深読みしすぎたか?
「でも、お兄ちゃん通学路違うでしょ?」
「小町の中学なら寄り道しても大して距離は変わらん」
実際信号を先に渡るか後に渡るか程度の差でしかない。
……普段は黒歴史の思い出の地に近寄りたくないから避けて通ってるっていうのもあるんだけどな。
「小町のっていうか、まぁお兄ちゃんの母校でもあるんだけどね」
「お前、俺の妹だって隠してたじゃん」
「あ……あはははは」
こいつ俺が中三の時、廊下ですれ違うだけで「やべっ」って顔して、あからさまに避けてきたからな……。
俺も小町の兄だとばれないようにするのが大変だった。
でもお兄ちゃん割とショックだったんだからね……?
「まあ、お兄ちゃんがどーしてもっていうなら仕方ない、乗ってあげよう」
「置いていっていいなら、俺は一人でいくぞ?」
「わー! ごめんなさい! 乗る乗る! 乗せて下さい!」
その頃を考えれば、こうやって一緒に通学することが出来るだけで大分成長したということなのだろう。
自転車に小町一人分の重さが加わる事で。その成長の度合いを感じる。
そしておっさん曰く俺も気づかないうちに成長しているのだそうだ。
「しっかり掴まっておけよ?」
「はーい! 出発進行ー!」
その言葉を合図に、ペダルを踏み込む。
まあ遅刻は確定だと思うが、出来るだけ急ぐとするか……。
見せてやるぜ八幡の
アブ! アブ! アブゥゥ!!
「いやー、本当言うとお兄ちゃんに送ってもらおうと思ってたんだけど……やっぱり事故の事考えると言い出しにくかっはんひゃほへ……」
「バーカ、気にしすぎなんだよ! ……舌噛むなよ?」
こうして、俺は食パン咥えた小町を送るため、他愛のない会話をしながら久しぶりに母校の前を通る。
母校とはいえ特に思い入れもないので当然感慨もわかない。校門の前に懐かしの担任が立っているなんていう事もない。
ただ、校庭におびただしい数の生徒が整列しており、俺達は多少注目された。どうやら月曜朝の朝礼が行われているようだ。恥ずかしそうに自分のクラスの列に混ざっていく小町を見ながら、俺は再び自転車を漕ぎ出す。
まぁたまにはこんな日があってもいいだろう。
たまには……な?
*
小町を送った後、特に急ぐでもなく学校へ向かうと、予想通りというかなんというか教室はロングホームルームの真っ最中だった。
教室の扉の窓から中を覗くと、どうやら文化祭の出し物の話し合いが行われているようで、黒板を見れば『喫茶店』『演劇』『お化け屋敷』といった定番の企画を含めた様々な企画案が羅列されているのが見える。
「っていうかやっぱクラスが一つになれる奴がいいよね。ダンスとか!」
「やっぱ高校生になったんだし? いっちょ派手な事しちゃう?」
「それなら映画とかどう? ほら全員出演の! 後で記念にもなるし」
「えー? それなら舞台でもよくない?」
「メイド! メイド喫茶!」
「メイドって女子だけ? 男子なにすんのさ」
同時にクラスの連中が思い思いに案を出しているのが聞こえた。
よし、この騒ぎの中であれば、俺が教室に入ってもそれほど注目されることはないだろう。
俺はそう考えて、一度深呼吸をしてから、ゆっくりと扉を開ける。
だが、俺の思いとは裏腹に、扉はガラガラガラと予想以上に大きな悲鳴を上げ一瞬でクラス中の視線が集まるのが分かった。
「比企谷、遅刻だぞ」
「あ……すんません」
担任にそう注意され、俺は腰を低くして自分の席へと向かう。
なんだか体中に突き刺さる視線が痛い。
どうぞ俺の事は気にせずそのまま話を続けてください。いや、本当。
「……衣装っていえばさー、やっぱクラスTは作りたいよね」
俺の祈りが通じたのか、静寂を打ち破り、誰かがそんな声を上げた。
声のした方角に視線を向けてみると、そこには我がクラスのカーストトップの女子の姿。
いわゆるクラスのボスというやつだな、別名お山の大将とも言う。まぁ関わりがないから名前とかは知らんけど。
「あー! それいい! ゆっこナイスアイディア!」
「絶対欲しい! 作ろ作ろう」
「めっちゃ記念になるじゃん!」
当然、このクラスでの発言力もトップなので、ゆっこと呼ばれた彼女の意見に皆が次々に賛同していく。心なしかゆっこも得意げだ。
いや、待て待て。
今はクラスの出し物決めてるんじゃないのかよ。クラスTとかどうでもいいだろ。
「あ、あの……まずは出し物をですね……」
ほらみろ、さっきからずっと黒板の前にいる司会のメガネ君が困っちゃってるじゃないか。彼はああ見えて学級長なんだぞ。長だぞ、長。ちゃんと従ってあげなさい。
「デザインはやっぱ凝りたいよね?」
「なんかマークとかいれる? あ、それかスローガンとか!」
「クラス全員の名前入れるとかは?」
だがそんなメガネ君の懇願も虚しく、ゆっこグループ主催のクラスT談義は続き、やがてホームルーム終了のチャイムが校内に鳴り響いた。
「あ、じゃあ次までに皆でデザイン考えておくってことで!」
ゆっこの号令を合図に各々が好き勝手なことをいいながら席を立ち上がり、教室を後にしていく。
どうやら今日の話し合いはこれまでのようだ。
ドンマイ、メガネ君。
**
「さて、行くか……」
ホームルームを含めた午前の授業を終え。昼休み。
いつもなら始業時間ギリギリまで誰の迷惑にもならないようにラノベを読んで過ごしている所だが、今日の午後の授業は体育のため、少し早めに準備をしなくてはならない。
今学期からの体育は見学が許されないらしいからな。
夏休み前に平塚教諭からそう直接告げられている。
はっきり言って億劫だが、卒業まで見学というわけにもいかないのだから仕方がない。
それが終われば今日は帰れると思えばなんとか頑張れるだろう。
帰ったら何をしようか。
久しぶりにゲーム機でも引っ張るか、ラノベの新刊を読み漁るか、それとも……。
帰宅後の自分に思いを馳せながら、教室で着替えを済ませ、校庭へと向かうと強い日差しが俺にダイレクトアタックをしかけてくる。
真夏だったらきっと地獄だっただろう。
俺は意味もなく手首をグルグルと回し、少し早めの準備運動をしながら体育教師の下へと歩みよっていった。
「全員揃ったな、今日は見学者も無し……と。健康的でよろしい」
体育教師がそう言って一瞬俺の方へと視線を向ける。
すみませんでしたね、ずっと見学してて……。
「さて、今学期の体育からはペアでの競技が多くなる予定だ。そこで、今日はまずペア決めを行なってもらう。二学期になってそれなりにお互いの人となりも知れたことだろう、好きなもの同士で組んでいいぞ、俺は少し準備があるからペアが決まったものは各自体操をしておけ」
続いて体育教師は口早にそう叫ぶとホイッスルを一度短く鳴らし、集団から離れていく。
なん……だと……?
そうだ、そういえば一学期の間も「ペアが出来ないからやってみないか」と言われていたのを思い出した。
すっかり忘れていた。
まずい、ボッチにとって最大の敵とも言える学校行事『ペア決め』。
それがこのタイミングで来るとは……。
こんな事なら医者に診断書を頼んででも見学許可を貰うんだった。
今からでも体調不良を訴えるか?
しかし、さっきあの教師は明らかに俺の方を見てきた。あのタイミングで見学を申し出なかったのでは流石に不自然すぎる……。
何より、こうしている間も周囲の男子学生達は次々にペアを作り、会話に花を咲かせていく。
こういう時「自分から声をかければいい」みたいな事を簡単にいう輩がいるが、そんな事をするのは素人だ。
俺のようなボッチ玄人はこの手のペア決めでそんな悪手は打たない。
なぜって?
例えばそこの三人組を見てみよう、一見すると一人余るので狙い目に見えなくもないが……ほら、三人組の一人がどこからか一人連れてきてあっという間に四人組が完成した。
打ち合わせもなく自然とペアができるとかどういう義務教育受けてきたの?
予備の人員の確保って必修科目なの?
あんな所に迂闊に声をかけたら、ウッカリ自分が入ることで五人になってしまい。さらにペアを組みにくくなった結果「うわ、こいつ邪魔だな。どうしよう……」という容赦ない視線を浴びせられてしまうじゃないか全く。死にたくなっちゃったらどうするの。
さて、冗談はさておきどうしたもんか……。
一応初めての体育だし、せめて参加してる感は出しておきたいんだが……。
総武高の体育は男女別、三クラス合同だ。
だから、というわけではないが見知った顔はほとんどいない。
いや、そもそも俺自身がクラスメイトの顔を覚えていないんだけども……。
この中で俺のペアになりそうな奴いるのか? せめて暑苦しくなくて、コミュニケーションが取れるタイプの人間は……。
「くく……くはは……よもやこのような場所で相まみえることになるとはな……」
校庭中央に陣取っている陽キャっぽいグループは数が多いが、ペア決めは終わっているんだろうか?
特に揉めている様子はないが……あそこに混ざるのは正直勘弁して欲しいな……。
ああいう所は別ペアであってもグループの一つと認識する傾向にあるからな。
中途半端に関わって内輪ノリに巻き込まれたくはない。
「やはり、これも我と貴様の宿命ということか……」
校舎側に点々としている陰キャっぽいグループはほぼペアが決まっているのだろう、既に体操を始めている。
真面目で大変よろしい。
ってさっきから煩いな……。
「ええい! 無視をするな! 我のことを忘れたとは言わせんぞ! 比企谷ぁ何某ぃ!! さぁ、今再び我と共に覇道を歩もうではないか!」
「えっと……どちらさん……?」
先程から妙にやかましいこの男……あまり関わりたくないと思っていたのだが、どうやら関わらざるを得ない状況らしい、一体なんなんだ……?
「どこかで会ったっけ?」
その男は平均よりは少々太り気味の体型にメガネ……だけならまだいいのだが。
何故か体操着の上にロングコートを羽織り、手には指ぬきグローブという、いつ通報されてもおかしくない風貌をしていた。
こんな目立つキャラに会ったことがあれば覚えていないはずはないのだが……。
「……ふふ、覚えていないのも無理はない、我でさえ己の使命を思い出すのに十年の歳月が必要だったのだ……」
「いや、忘れたとは言わせないんじゃなかったのかよ……」
男がメガネを中指で押し上げるポーズのまま、得意げにそう言い放つので俺は思わず突っ込んでしまった。
ん? でも結局こいつとはどこかで会ってるのか……?
十年前?
「では、改めて問おう、比企谷何某! 貴様の真名を我に示せ!」
「真名?」
俺はいつから真名持ちになったんだろうか?
というか、真名? うっ、頭が……!
「ええい、名前を教えろと言っているのだ、分からんやつだな」
「いや、比企谷であってるよ、さっきからそっちで呼んでただろ、マジでどこかで会った?」
もし本当にどこかで会っているのに覚えていないだけなら、失礼極まりない言い草なのは百も招致だが。実際に身に覚えがないのだから仕方がない。
まあ、一応俺は入学式初日に事故ったことで名前が知られている事はあるのかもしれないが……それにしても、こいつの話が全く理解出来ん。
「それは名字であろう、下の名だ! 早く! むしろそこが重要なのだ!」
「……ハチマンだけど?」
あまりに話が通じないので、うっかり名前を告げてしまった。
これが詐欺だったら戦犯もののミス。正直やばいと思ったが、だが俺の名前を聞いた瞬間から男の表情がみるみる変わっていくのが分かった。
「うっほぉぉぉぉ!!!! そ、それはあれか? 八幡宮とか八幡大菩薩のあの八幡か? よもや漢数字という訳ではあるまいな?」
「“やわた”の八幡だよ! やめろ、腕を掴むな暑苦しい!」
興奮という言葉では言い表せないほどに、男は声を荒げ、鼻息を鳴らし俺にすり寄ってくる。え? 何これ怖い、誰か! 男の人呼んで!
「コホン……失礼、少し取り乱したようだ」
すがってくる男を慌てて引き剥がす。すると男は一歩距離を取り、わざとらしく咳払いをしてそう言うと、最後にすぅっと息を吸った。
「これこそが天命! やはり! やはり我の選択に間違いはなかったのだ!」
独り言とは到底思えない声量で相変わらずわけのわからない言葉を発する男。
だが俺はその瞬間、戸惑いながらも不思議とどこか懐かしさのようなものも感じていた。
俺はこの行動の意味を知っている。
俺はこんな言動をする人間を知っている。
なるほど、だからか。だからコートと指ぬきグローブなのか。
「八幡……! 貴様は我のことを覚えていないといったな」
もうやめろ……。
いちいちセリフにアクションをつけるな。
「だが我は覚えている、この心が、魂が……!」
やめてくれ……。
オーバーに芝居がかった喋り方をするな……!
「円環の理を外れ幾度輪廻の輪を巡ろうと……我は何度でも貴様にこの名を告げよう」
大げさに意味深な間を取るな!
逐一格好良さそうな単語を入れるな!
「我が名は剣豪将軍! 材木座っ義輝っ!! 今一度その心に刻むが良い!」
"中二病"を俺に見せつけないでくれ!!
恥と承知で打ち明けるのであれば、俺にもこんな時代はあった。
いや、この言い方は適切ではないな、年頃の男子なら誰もが経験し、通る道それが中二病である。
夜な夜な「政府に送る機密報告書」や「絶対に許さない奴リスト」を作ったり、この世界の七人の神……おっと、この話はやめておこう。
まぁとにかく、そんな男の子の通過儀礼である中二病という麻疹のような病に今尚こいつは冒されているのだ。
「……まだ分からぬか……? そうだな『足利義輝』といえば我と貴様の前世からの宿命が理解できるのではないか……?」
足利?
ああ、なるほど。
「清和源氏か……?」
俺の名前から八幡大菩薩をひっぱてるから名前に拘ったと……分かりにくい上に妙に凝ってるな。
いや、分かりたくもなかったけど。
「そ、そうだ! まさか本当に理解者が……いや、思い出したようだな! 幾百の時を越えてなお我と貴様は主従の関係に……!」
思わず声に出してしまったのが悪かったのか、脳内設定を把握した事を知った材木座は、見るからに興奮した様子でそう捲し立てる。
ああ、やってしまった。目立っている。
あまりにも不振な動きを繰り返すこいつに周囲の学生の視線が集まっていた。
ああ、そうさ、お前達もこの道を通ってきたんだろう? 分かる、分かるぞ。
これが共感性羞恥というやつか。
死にたい。
だがまぁ、そういう事なら話は簡単だ。
今ならこいつの言葉の意味を理解できる。
実際にどこかで会ったことがあるのかどうかは定かではないが、基本的にはこいつの中二設定である可能性が高い。
そして、妙な格好をしているとはいえコイツも一応体操着を着ている。
つまりこいつは……。
「ペア組みましょう、って事でいいか? えっと……材木座?」
「あ、よろしくお願いします……」
俺がそういうと、材木座は急に腰を低くして、頭を下げてきた。
そう、この剣豪将軍とやらは俺と同じようにペアの相手を探していただけなのだ。
なぜあんな回りくどい言い方をしてきたのかと問われれば、それが中二病だからと答える。
恐らく材木座も、孤立していた俺から何かを感じ取ったのだろう。
そう考えるのならば、初対面の俺にあのテンションで張り合ってきたコイツの勇気を讃えないわけにもいかない。
まあ、そもそも他に選択肢もないしな。
「んじゃ、行くか……」
「ふははは! 我と貴様が組めば百人力よ!」
百人力で一体何をしようというのかは分からないが。
少なくとも俺には一人力しかないので、九十九人力分は材木座に補ってもらおう。
こうして、俺ことボッチ・比企谷八幡と中二病・材木座義輝というペアが誕生したのであった。
というわけで約一年ごしの39話でした。
沢山の方にご心配おかけしてしまい本当に申し訳有りませんでした。
また投稿再開していきたいと思っていますので
手遅れでなければ引き続き応援していただけたら嬉しいです、よろしくお願いいたします。
感想、誤字報告、メッセージ、評価お待ちしています!
p.s
材木座が非常に難しく苦手なので「ここの喋り方おかしいな?」と思った部分があれば教えていただけると嬉しいです。
p.s2
アンケート始めてみました。今後の展開の参考にしたいと思いますので、よろしければ投票お願いいたします。
p.s3
騎空士の皆様、闇古戦場お疲れさまでした。フルオートベリアル強かったですね、ベリアル持ってないけど。