やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
先日UAが100万を突破しました!
目次だけ見て帰ったという方もカウントされているのかもしれませんが
これだけ沢山の方の目に触れて貰えたいう事が何より嬉しいです、ありがとうございます。
「お爺ちゃん! 話があるんだけど!」
電車を乗り継ぎ、お爺ちゃんの家につくと、私は挨拶もそこそこに家の中へと押し入っていった。
生まれた時から通い続け、勝手知ったるお爺ちゃんの家だ。今更遠慮という間柄でもない。
ただ、連絡もせずに来ちゃったから、肝心のお爺ちゃんがいるかどうかだけが心配だ。
鍵は開いてたから、誰かしらはいると思うんだけど……。
「あら、いろはちゃんどうしたの?」
今更な事を考えながら、ドタドタと廊下を抜けた先でひょいと顔をだしたのはお婆ちゃんだった。
良かった、誰もいなかったらどうしようかと思った。
「お婆ちゃん、お爺ちゃんは?」
「今お客様が来てて広間にいるけど、何か急ぎの用事?」
来客中かぁ。それはさすがに邪魔できない……。
折角気合入れてきたのになぁ。
限界まで膨らんでいた風船の空気がシュルシュルと抜けていくような感覚。
まあ、連絡もせずに来た私が悪いんだけど……ここに来る間もずっと考え事をしていたからそこまで頭が回らなかったんだよね……。
さて、どうしよう?
とりあえず、待つしかないのかな。
そう思った瞬間、気が抜けたのかクゥとお腹が鳴った。
訂正、小さく鳴った。
本当に小さく、ちょっとだけ。
「お昼、まだ食べてないの?」
「……うん」
そういえば、文化祭でクレープを食べて以降何も食べていないんだった。
センパイと一緒にお昼食べる予定だったのにそのまま出てきちゃったし、うぅ……どうしよう……考えてきたらどんどんお腹減ってきた。
「待ってて、すぐ何か用意するから」
「え? あ! 私も手伝う!」
ニコリと一度笑った後、トテトテと歩き出すお婆ちゃんを追いかけて、私達はキッチンへと向かう。
まあその、腹が減ってはなんとやらとも言うし?
とりあえずお爺ちゃんとの長期戦に備えてしっかり食べておこう。
***
「あらあら、それは本格的ね」
「そうなの、でも中には聞いたことない占いもあって……」
それから一時間ほどだろうか?
私は居間でお婆ちゃんの作ってくれたお昼ごはんを食べて、その後は文化祭であった出来事を話しながらお婆ちゃんとお茶を飲んでいた。もちろん一番重要な部分は省いて。
でも、本当にこの後どうしよう?
お客さんっていつ帰るんだろうか? こんな事なら普通にセンパイとギリギリまで遊んでいれば良かった……。
まさか、泊まりとかじゃないよね?
「おーい、もう帰るそうだ!」
そんな事を考えているとタイミング良く広間の方からお爺ちゃんの声が聞こえてきた。
助かった。どうやら帰ってくれるみたいだ。
「あ、はーい! ごめんなさい、いろはちゃん。ちょっと待っててくれる?」
「うん」
その声を合図に、お婆ちゃんが忙しなく立ち上がり広間へと向かう。
一人で大丈夫だろうか? 手伝ったほうがいいかな? なんて迷っていると。
やがて「いやいやいや」とか「どーもどーも」という独特で賑やかなやりとりが耳に届き。
少しの立ち話を経てお客さんが帰っていくのを感じたので、私は二人が戻ってくるのを一人待つことにした。
さて、今度こそ本番だ。
*
「おう、いろは。なんか待たせたらしいな、すまんすまん。どした? 小遣いでもせびりにきたか?」
戻ってきたお爺ちゃんは、やけにヘラヘラと軽い感じで片手を上げながら私の方へと歩み寄って来る。
でも、その空気に流されちゃいけない。
私はピンと背筋を伸ばし、お爺ちゃんの目を真っ直ぐ見つめて、息を吸い込んだ。
「お爺ちゃん、話したいことがあるの」
そんな私を見て、お爺ちゃんも何かを感じたのか、すっとその顔から笑みを消し少しだけ気まずそうに自分の顎を掻きながらテーブルの向かい──私の正面へと腰掛ける。
「……どうやら、真面目な話らしいな……楓! 悪いがこっちに茶持ってきてくれ!」
「はーい!」
私から目をそらさずにお爺ちゃんがそう叫ぶと。素早い動きでお婆ちゃんが湯気の上る湯呑を持ってきた。
まるでこうなることが始めから分かってたみたいな動きだ。
お爺ちゃんも、私から視線をはずさずに、慣れた手付きで湯呑を受け取っている。
その息のあった二人のやり取りに、思わず感心してしまった。
「それで……?」
「あ……えっと……」
だが、そんな所を見ているとは思っていないお爺ちゃんは、正直少し怖いぐらいの形相で、私のことを見ながらそう問いかけてくる。
その態度に思わず私も一瞬怯んでしまった。
まずい、完全に頭が真っ白になっちゃった。
えっと、なんて言うつもりだったんだっけ。どうやったら一番伝わる?
そんな風に軽くパニックになる私の視界に、ふとあるものが映った。
「あー……あのね今日センパイの学校の文化祭にいってきたんだけど……これお土産!」
「文化祭の土産? ってなんだこりゃ……? 『熊になりたい』?」
取り出したのは、ついさっきセンパイから購入した手作りのTシャツ。
正直な所をいうと、あの時お米ちゃんの前で『お爺ちゃんにあげる』みたいな話をしたけど、実際にあげるつもりはなかった。だって、仮にもセンパイが作ったものだ。
ちょっと……いや、割と……かなりダサいけど寝間着にでもしてセンパイを感じながら寝るぐらいならいいかななんて考えてたはずなんだけど……。
「それ、センパイが作ったんだって。だからお爺ちゃんに似合うかなと思ってお土産に買ってきた……」
気が付いたら、口からはそんな言葉が出てきていて、今更撤回できるような雰囲気でもなくなってしまった。
でも、お爺ちゃんはその言葉に満更でもない様子で「ほう、八幡が……」と呟くと先程とは違い、少しだけ口元を緩めて自分の体にそれを当てている。
「ちょっと小さい気もするが……わざわざ爺ちゃんのためになぁ、そうかそうか。嬉しいよ、ありがとう」
「う、うん……」
その言葉にちょっとだけ心が痛むが。とりあえず機嫌は良くなったみたい。
これならイケるかも。
私は心の中でセンパイのTシャツに感謝しながら、今度こそと息を大きく吸い込んだ。
「それでね、お爺ちゃん……」
徐に今着ているシャツのボタンを外し始め、そのTシャツを着てみようとするお爺ちゃんの「んー?」という生返事を聞きながら、私は自分の中で次に言う言葉を整理する。
センパイ、私に勇気を下さい。
そう願った瞬間、想像の中のセンパイに『やだよ、面倒くさい……』そう言われた気がして、思わず頬が緩む。
うん、肩に力が入りすぎてたみたい。
でも、今なら言える。今度こそ言うんだ!
霧散しかけていた真面目な空気をかき集めるように、私はすぅっと息を吸い込んだ。
「私、やっぱり総武高受けたい!」
背筋を伸ばし、まっすぐにお爺ちゃんを見ながら宣言する。
そんな私の言葉を聞いて、お爺ちゃんはピタリと動きを止めた。
「……その話なら前にもしたと思うが……何か、あったんだな?」
その言葉に私が大きく頷くと。コツコツと時計の針の音が響き、私とお爺ちゃんの間に僅かな沈黙が流れる。
私の視線は真っ直ぐにお爺ちゃんを捉え。お爺ちゃんも逸らさない。
五秒か、それとも十秒か。
やがて、お爺ちゃんはふぅっと息を吐き、ボリボリと頭を搔くと。
「話してみろ」
そう言って。外れたシャツのボタンもそのままに、Tシャツを横に置いて湯呑を一度だけ傾けた。
*
**
「なるほど……しかし、あんなに許嫁に反対してたお前がなぁ……」
「……」
私が一通り文化祭での出来事を話すとお爺ちゃんは腕を組みながらウンウンと嬉しそうに一人勝手に納得しているようだった。
うう……。そう、私宣言しちゃったんだった……。
今考えるととても恥ずかしい事をしたと思う。
あの人、好き好んで他人の秘密をばらまくタイプには見えなかったけど……大丈夫かな?
口止めぐらいしておくんだった。
今更になって自分がいかに軽率な事をしたのかという反省点が見えてくる。
センパイの耳に入ってないといいんだけど……。
「まあお前がその気になってくれたのは素直に嬉しいんだが、思い切った事をしたもんだな」
「だって……お爺ちゃんが焦れっていうから……」
そう、それもこれもお爺ちゃんの責任。
総武に反対されたことも、焦れと言われたことも、全部全部お爺ちゃんが悪い。
もし、お爺ちゃんさえ余計なことをしなければ、何事もなく総武に行けていたはずだし、なんなら今日だって文化祭を満喫できていたのに……全く。
「……一つだけ、謝っておこう」
「謝る? って何を?」
しかし、意味不明の謝罪表明に私の苛立ちは一瞬で消え、思わず首を傾げてしまった。
私何かされたっけ?
いや、色々されてるけど……逆に謝られるような事が多すぎてお爺ちゃんの言葉が上手く入ってこない。
「お前が総武に行きたいって初めて言った日だよ。あの日本当はお前に『焦るな』と言わなければならなかったんだ」
「え?」
どういう事?
『焦れ』じゃなくて『焦るな』?
それじゃあまるっきり意味が違う。
焦れって言われたからこそ、あんな事したんだけど!?
焦らなくていい事なんてあるの?
「だ、だって、お爺ちゃんが焦れっていうから……私すごい悩んで……! そうだ! お見舞い! センパイの所に女の子がお見舞いに来たってママが言ってた!」
「見舞い? ああ、あの子の事か。あの子はまぁ……どうだろうなぁ……」
しかし、私の言葉を聞いてもお爺ちゃんは記憶を探るように視線を彷徨わせるばかりで要領を得ない。
煮え切らないその態度に、私の中に再び苛立ちが湧いてくる。
「センパイの事狙ってる人がいるから許嫁として焦れって言ったんじゃないの? 学校とか……そのお見舞いの人とか、だから私てっきり……!」
「見舞いの子はともかく、八幡の学校での事なんて知るわけないだろ。なんだお前、八幡から学校で何があったとか逐一報告受けてるのか? あいつ意外とそういうタイプなのか?」
「……そういうのは……ないけど……えええ……?」
確かに、言われてみればその通りだ、マメに自分の事を連絡をしてくるセンパイというのもあまり想像つかないし、ましてや『もしかしたら自分のことを好きな女子がいるかも』なんて自意識過剰な話をするタイプでもない。
むしろ連絡するのを面倒臭がるタイプで、だからこそ私も返信がこなくて寂しい思いをすることだってあるのだ。
でも……ええ……?
つまり……どういう事?
「まあ八幡の学校での事は分からなくても。アイツが面倒くさい奴だって事はよく知ってる。ついでに言うとお前もだぞ? 似た者同士だと思ってるからな」
完全に口を開けたまま固まってしまった私に、お爺ちゃんはツラツラと言葉を続けていく。
「それでもここまで早くお前がアイツの事を気に入ると思ってなかったし、そんなお前がアイツの事をちゃんと見ているのか不安でもあった。だからという訳でもないが、あいつが『許嫁』がいる状況で不誠実な事をする奴だとも思えんし本当はあの時『焦るな』と諭すつもりだったんだが……」
お爺ちゃんは手元にあった湯呑を再びグイと傾け、中に残ったお茶をクルクルと回すように揺らしながら、私の目を見る。
「お前があの日、八幡と同じ高校に行きたいと言ってくれた事は素直に嬉しくもあったんだ。やはり儂の目に狂いはなかったと思えたからな。それと同時に情けなくもあった、将来のことだとか、ランクがどうだとかそんな適当な事ばかり並べるお前に正直ガッカリした」
そういいながらお爺ちゃんは、湯呑を手放し、大袈裟なほどに分かりやすく肩を落とす。
「だから、お前が本当に総武に行きたいのなら、もっと本気の思いを見せてほしかった。それでつい……逆の事を口走ってしまった。すまん」
そうか、じゃああの時お爺ちゃんはもう私の気持ちに気付いていたんだ……。
「なにそれ……じゃあ、今日私がしたのは全部早とちりだったってこと……?」
「それは分からんぞ? 儂は八幡の学校での現状を知らなかっただけだからな。お前が焦らなきゃならんと思ったのなら案外それが正しいのかもしれん。というか、そんな面白そうな事になってると知ってたら、儂だって行きたかったぐらいだ。まぁ、儂なら八幡とその子が紹介される現場に同行させてもらうがな」
そんな風に冗談なのか本気なのか分からないことを言って、お爺ちゃんはガハハと笑うが、そこでふと想像してしまった。総武高にお爺ちゃんがいる光景。
流石にお爺ちゃんが来るのはセンパイも嫌がるんじゃないかなぁ……。
ましてや、知らない人? と会う現場には連れて行かないんじゃないだろうか。
というか相手も困るだろう。
私もお爺ちゃん同伴は流石に少し恥ずかしい。
「まあ、なんにせよこうしてお前が行動にでて、本気になってくれたという事は『焦れ』と言った事もそれほど間違いじゃなかったって事なんだろうよ」
お爺ちゃんはそう言うと、再び笑い声を上げる。
いや、こっちは全然笑い事じゃないんだけど……。はぁ……。
「とはいえ、大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「総武にしろ海浜総合にしろ、この時期に文化祭に遊びに行くほど余裕があるのか? と聞いとるんだ」
う……痛いところを突いてくる。
「それは……勿論ペースアップするつもり……。今日だって本当はもっとセンパイと遊んでくる予定だったけど途中で切り上げてきたし……最悪の場合は塾とか……」
「塾ねぇ……まぁ、正直に言えばまだ他にも不安はあるし、儂が思ってた形とは少し違うが……お前が本気だというのは分かった。総武、受けてみるか?」
「え? いいの!?」
その一言で、私は思わず立ち上がり身を乗り出してお爺ちゃんに顔を近づける。
やった!! これで問題解決!
「ただし!」
でもそう思った私の顔の目の前に、お爺ちゃんは大きな手のひらを向けてきた。
「条件がある」
「えー……なにそれ……」
「いいから黙って聞け」
ようやく総武行きが決定した。その喜びも束の間。
お爺ちゃんは何やら良からぬことを考えている目で、私を見ながら顎をクイクイと動かしてくる、「座れ」という事なのだろう。
どうやら、まだ完全には納得してくれてないみたい……。
条件ってなんだろう? また変な事言い出さなければいいけど……。
元の位置にもどり、不安な表情のまま姿勢を正す私を見て、お爺ちゃんはコホンと一度咳払いをしてから、ゆっくりと口を開く。
「なぁに、そんなに難しい事じゃない、とりあえず……お前が総武を希望していることを八幡にちゃんと伝えろ」
だが、私の不安とは裏腹に、それは拍子抜けするほど簡単な内容だった。
「え……? そんな事でいいの?」
「そんな事とは言うがな、どうせお前の事だ、まだ言ってないんだろう?」
「……う」
「まずはそこをハッキリさせとかないとな」
どうやら全部お見通しらしい。
でも、今ここでこうしているのは何よりまずお爺ちゃんの説得を先に済ませなければと思っていただけでセンパイに話すのは私の中でも決定事項。
一番の課題だったお爺ちゃんの説得が終わったのだから、その程度の事もはやハードルにすらならない。
だけど、お爺ちゃんは次に指を二本立て、私の前に突き出してくる。
ピース……? そんなわけないよね。
「それと二つ目だ。塾に行くぐらいなら、八幡の家庭教師の時間を増やしてもらえ。そうだな、週三……はいきなりは難しいかもしれんが、とりあえず週二ぐらいならなんとかなるだろ。最低週二これが二つ目だ」
私の予感は的中。
ピースではなく二つ目の条件。でもそれもまたセンパイ絡みだった。
単純に勉強時間を増やせって事? 週二で来てくれるならそれに越したことはないと思うけど。センパイが受けてくれるだろうか?
絶対嫌がるだろうなぁ……。というか嫌がられる未来しか見えない。
そう考えると確かにハードルの高い条件な気もしてきた。
「えー!? それはお爺ちゃんが説得してよ! 絶対無理だよ」
「無理だぁ? それぐらいの説得出来なくてどうする。増えた分のバイト代はちゃんと出すんだ。話ぐらいは自分でつけろ。お前の許嫁なんだろう?」
「お前の許嫁」という所でお爺ちゃんが意地の悪い笑みを浮かべたのを私は見逃さなかった。
これは私が葉山先輩に許嫁宣言したことを面白がっているのだろう。
「それとも、八幡じゃ不満か? 塾じゃなきゃ合格する自信はないか?」
「そんな事は……ない……けど」
それは本音の部分でもあった、私としては毎日センパイが来てくれたっていい位だし。
まあ、その分勉強に身が入らなくなる可能性もあるのだけれど……。
現状センパイが目の届く所にいてくれた方が余計なことを考えなくて済むというメリットの方が大きい気がしている。
「なら頑張るんだな」
そんな私の心境を知ってか知らずか、お爺ちゃんは「ふっ」と息を吐きながらそう告げ、再び自分の右腕の指を三本立てて私に見せつけてきた。
どうやらまだ条件があるみたい。
「それともう一つ。年内にもう一回模試の結果を持ってこい」
「まぁ……模試は私も考えてたし、ソレぐらいなら……でも年内に間に合うかな?」
言われるまでもなく、模試自体は私ももう一度受けるつもりでいた。
しかし、前回は返信がくるまでに一月近く掛かっている。
年内に結果を持ってくるとなると十一月ぐらいに受けないといけない事になるのだろうか? となるとそこに向けての勉強時間も短くなるから……色々な意味で間に合うか心配だ。
「別に前と同じ所じゃなくても、なんならオンライン? とかいうのでもいい。この時期の模試なんて探せばいくらでもあるだろう。とにかく今年中にお前が本気だという証明──『A判定』をとってこい。それぐらいの努力はできるんだろ?」
「え!? ……Aって……もうちょっとハードル下がらない……?」
「なんだ自信ないのか? 絶対入るって言ったんだろう? Aぐらい取れなくてどうする。それとも取れるか分からないからと諦めるか?」
「むー!」
ここに来て具体的なハードルが用意されてしまった。A判定……かぁ。
これは明らかに私に対する当てつけだと思う、今の私に取れるはずがないと思っているのだろう……。
「爺ちゃんとしては、まだ高校は別のほうがいいと思っとるからな。そのナントカっつー先輩に許嫁宣言した気概があるなら、爺ちゃんにもその本気を見せてみろ」
「あんまりそれ言わないでよ……自分でもやりすぎたとは思ってるんだから……お爺ちゃんの意地悪!」
「なんにせよ、年内にA判定だ。ここは譲らんからな」
「……はーい」
まぁ、まだ模試にしても一ヶ月以上あるわけだし。本気でやればきっとなんとかなるだろう。
別に私自身頭が悪いってほどでもないはずだし。後は私のやる気次第。
うん、そう考えると行けそうな気もしてきた。
今の所、難しそうな条件はセンパイの説得ぐらいだ。
これならなんとかなりそう。
希望の光が見えてきた気がする。そんな事を考えていると、お爺ちゃんが今度は四本目の指を立てて来る。
「それから……」
「まだあるのぉ?」
「あなた、もう五時回ってるんですよ? そろそろ帰してあげないと」
正直もううんざりしはじめた私に、救いの手を差し伸べてくれたのはお婆ちゃんだった。
ふと時計を見上げると確かに十七時を回っている。
いつもだったらもうセンパイと部屋にいる時間だ。
「おお,もうこんな時間か、そういや今日土曜だろ? 八幡来るんじゃないのか?」
「ううん、今日は何時間かかってもお爺ちゃんを説得するつもりできたから、センパイにはお休み貰ってきた。まあお客さんのせいで急いで来たのは無駄になったけど……」
「そうか、んじゃその気概に免じて条件は三つだけにしてやろう」
少しだけ嫌味ったらしく私がそう言うと、お爺ちゃんはそう言って腕を下ろす。
どうやら四つめの条件が無くなったらしい。
休みにしてもらって正解だったみたい。
でも、今日はもうセンパイに会えないのかぁ……。土曜日なのにこの時間にセンパイがいないのって、なんだか少し寂しい。
「じゃあ、話もまとまった所で、どうだ? 久しぶりに今日は三人で夕飯でも食いに行くか?」
「そうしたい所だけど、でも今日はもう帰る。ちょっとでも勉強しなきゃだし」
その提案には心惹かれるものがあるが、これ以上変な条件を増やされる前にさっさと退散したほうが良いだろうという思いの方が勝っていた。
それに、勉強しないといけないと思っているのは本当だったし、模試の条件も付け加えられた今となっては一分一秒が惜しい所でもある。
「ああ、そうか……そうだったな。なら、車で送ってやろう」
「いいの!? ありがと!」
「よっ」と重そうに体を持ち上げ、廊下へと歩いていくお爺ちゃんに続き、私も身支度を整え立ち上がる。
車で送ってもらえる事を期待していなかったというと嘘になるが、最悪喧嘩別れみたいな事も考えていたのでその申し出は素直に嬉しかった。
そういう意味でも今日来たのは本当に正解だった。今夜は久しぶりにゆっくり寝られそうだ。
「お婆ちゃんもありがとう」
「ちゃんと、お勉強頑張るのよ?」
「うん」
お婆ちゃんにお礼を言って、お爺ちゃんの後を追い部屋を出る。
少し先には鍵を回しながら玄関へと向かうお爺ちゃんの姿があった。
「じゃあ楓、儂はいろはを送っていくから……」
「はいはい、お夕飯の支度をしておきますから、安全運転でお願いしますね」
私の前では強気なお爺ちゃんも、お婆ちゃんの前では形無しだ。
でも、この二人がとても息があった仲良しの夫婦なのだという事を私は知っている。
いつか私も、センパイとこんな風になれる日がくるのだろうか?
「じゃあねお婆ちゃん!」
「ええお勉強頑張ってね」
そうして玄関を出て、お爺ちゃんの車へと乗り込む。
お爺ちゃんの車に乗るのも随分と久しぶりだ。
ましてや二人きりなんて何年ぶりだろう?
何か喋ったほうがいいよね……?
『ありがとう』? それとも 『頑張る』?
あ……『ごめんなさい』かも……。
今日、そしてこの間のお爺ちゃんとのやり取りで、私が今いうべき言葉を必死に考える。
「最後に聞いておくが。総武に行くってことはお前……八幡との許嫁は来年も続けるつもりなのか?」
でも、私が口を開くより先にお爺ちゃんがゆっくりとハンドルを切りながら。そんな事を聞いてきた。
今更一体何を言っているのだろうとは思う。
初対面の人に許嫁宣言して、センパイを追いかけて同じ高校に行くとまで言っている私にそれを聞く?
聞くまでもない、こんなの小学生にだって分かる問題だ。
でもお爺ちゃんはきっと自分の口から言わせたいのだろう。
まぁどうせお爺ちゃんにはもうバレているのだ今更恥ずかしがる必要もない。
なら、変に言葉で飾る必要もないか。
答えはシンプルに。
「もちろん!」
その一言で、お爺ちゃんは顔を皺くちゃにして嬉しそうに笑ってくれた。
というわけで46話でした。
いつもの如くあれやこれやは活動報告へー……
としたい所なのですが、活動報告はログインしているユーザー様しか見られないという事に(今更)気づきました。
すみません、見られない人も結構居られたのですね。
どうしようかなぁ。活動報告自体は続けるつもりですが。
後書きの使い方を少し改めようかなぁ、なんて……。
ちょっと悩み中です。暫くお待ち下さい。
※追記
どうやら私の勘違いでログインしてなくても普通に見れるみたいです
お騒がせしました。