やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
とうとうやってきました47話
楽しんでいただければ幸いです。
その週の土曜日は、久しぶりに朝から雨が降っていた。
小雨とも霧雨とも言いづらい、なんとも中途半端な弱い雨が夕方には止むだろうという天気予報を大いに外し、パラパラといつまでも屋根を打っている。
秋の長雨。所謂『秋雨』という奴だろうか。
秋沙雨ではない。傘を持っていたらやりたい技ベスト10……いや、50に入るか入らないかという某国民的RPGに出てくる刺突技だが、アレは危険な技だ。迂闊に真似をすると痛い目にあう。
具体的に言うと凄く白い目で見られるし、なんなら職質される。ソースは俺。
そもそも残像が残るほどの連続突きって現実にできる奴いるの? 本人の脳内イメージじゃないの? 店のガラスに映った自分の姿とか死にたくなるぞ本当。あと普通に危険。良い子は絶対真似してはいけない。
まぁ、今日の俺は霹靂○閃の気分だから関係ないけどな。
ああ、眠っている間に嫌なことが全て終わってくれたら良いのに。
「あれ? お兄ちゃんもうバイト行くの?」
そんな事を考えながら、一人玄関で傘を探していると、未だにパジャマ姿のだらし無い妹小町──略して『駄もうと小町ちゃん』が現れた。
コーラとぽてちを抱えて身長を自由自在に変化させそう。
「ああ、雨だからな」
「おお……、お兄ちゃんが社畜に進化した」
普段ならこういう日は「暇だ暇だ」と鬱陶しい小町だが、今日は朝から「ダルいダルい」とブーたれながら、ソファでごろ寝をしていた。最初は雨のせいかとも思っていたのだが、少し頬が赤い気がするので風邪でも引いたのかもしれない。
「経験上こういう日は早く行ったほうが良いんだよ」
まだ十六時前の時計を見ながら驚く小町に、俺はそう答えた。
というのも、実際これまでこういう日──雨の日のバイトは何か起こることが多かったのだ。
ある時は迎えに来いと催促の電話がなったり、またある時は「来ちゃった」と知ってるおっさんにアポ無し家凸をされた事があるからな。
まあ流石に今日も何かが起こると思っている訳ではないが、もしかしたらという思いは消えず、やる事も無いのでただ時間が来るのを待つぐらいなら、少し早めに出てコンビニでも寄りながらバイトに向かうのも良いだろうと考えた結果の事だった。
「んじゃ留守番たのんだぞ」
「はーい……。あ! お土産買ってきてね」
見送りに来てくれたのかと思ったら土産の催促かよ……。
「小町ちゃん? お兄ちゃん別に遊びに行くわけじゃないのよ?」
「小町プリンがいいな♪」
玄関のドアノブに手をかけながら、小町を注意するが、当の小町はキラキラとした瞳を俺に向けてくるだけ。
全くこいつは自分の兄をなんだと思っているんだ。
これからバイトに行くのだから「頑張ってね」の一言もあってもいいだろうに。
ここは一つガツンと言ってやらねば。
「……コンビニのやつな」
「ワーイ、オニイチャンダイスキー。いってらっしゃーい」
よし、言ってやった。そして『大好き』も頂いた。若干棒読みだった気もするが、きっと喉の調子が悪かったのだろう、うん。
今日は十月の初週、給料日だし見舞いの品としてプリンぐらいなら可愛いものだ。
そう考え玄関をくぐり、ドアを締めると背後からガチャリと鍵が閉まる音がした。
せめて見えなくなるぐらいまで見送ってくれてもバチは当たらんと思うが……。
まあ、体調不良みたいだから玄関まできてくれただけ良しとするか。
「いってきまーす……」
閉められた扉の前で一人そう呟くと傘を開き『やっぱギリギリまで家にいれば良かったかもな……』という後悔と共に歩き出す。
あ、傘開く前に霹○一閃するの忘れた。ちくしょう。
***
「先週はすみませんでした」
もみじさんから無事給料を貰い、二週間ぶりに一色の部屋へ入ると。何故か一色は頭を下げてきた。
「すみませんって、何が?」
「ほら、途中で帰っちゃったじゃないですか」
「ああ、まあ別に急用なら仕方ないだろ」
そう、別に急用が出来た事は良いのだ。仕方がないと思っているのは本当だし、責めるつもりもない。
何をしにいったのか気になったのは確かだが、おっさんに何かあったわけではないらしいし、こちらから詳しく聞くのは流石に野暮というものだろう。
「そう言ってもらえるとありがたいんですけど……あの後何かありました?」
「何かって?」
「ほら……葉山先輩から紹介したい子がいるとか言われてたじゃないですか?」
「ああ……あれか」
その一色の問に、何か違和感のようなものを覚えたのだが。考えようとするとまたモヤモヤとした感情が湧き出てきそうだったので、俺は一度目を閉じて、思考を切り替える。
思い出すのはあの日一色が帰り、小町を送った後の事。
閉会式が終わり、一般客の姿も見えなくなって、沈む夕日を背景に、生徒連中が打ち上げだなんだと騒ぎ始めた頃。
当然、打ち上げなんて誘われてないし、誘われたとしても行く気もない俺が、片付けを押し付けられ一人教室で作業をしていると不意に肩を叩かれた。
また何かの仕事の押し付けだろうと思い、ウンザリしながら振り返るが、そこにあったのは昼間会ったイケメン──葉山の姿。
一体何の用だろう? カツアゲか? と一瞬警戒こそしたものの、昼間「誰かに会わせたい」とか話していたのを思い出して、とりあえず話を聞いてみることにしたのだが──。
「なんかわからんけど『無かったことにしてくれ』って言われたな」
そう、本当によく分からない事に。突然のキャンセルの申し出があったのだ。
律儀な男だとは思う。
そもそも、はっきり約束したわけでもないので態々断りを入れに来る必要もないし、友達でもないので放っておけばお互い自然に忘れていただろう。
寧ろ逆に期待値を上げさせるために言いに来たのではないかとすら邪推してしまうほどだった。
「へぇ、そうなんですか」
「まあ、ああ言って俺がどんな反応するか見る罰ゲームかなんかだったんだろ」
正直、その説が一番濃厚だ。
あの時、俺を遠巻きに見ている奴が何人か居たのかもしれない。
最初の声掛けの時点で、それほど面白い反応をしたわけでもないから冷めたという可能性もあるか。
まあ、変に動画で拡散されたりしてなければ問題はないだろう。
しかし、一色の声が少し嬉しそうに聞こえるのは気の所為だろうか?。
「そうだったら良かったんですけどねー」
「まあ、どうでもいいだろ。それよりいい加減勉強するぞ。時間も押してる」
一時間も早く家を出たというのに、時刻はすでに十七時三十分を回っている。
まあ、別に一色家に着いたのが早かったわけではないのだが。
今日は給料日というのもあって、事前のもみじさんとの会話に時間を取られたからな。
これ以上遅れるのは流石にまずいだろう。
だが、俺がそう言っていつものクッションに腰掛けると。
一色が少しだけ真面目な表情で、俺の事を見下ろしてきた。
「……センパイ、その前にお話があります」
「いや、話は飯の時にでも……」
一色の言葉に、俺が時計を見ながらそう返すと、一色は静かに自分の椅子に腰掛け、俺の顔を真っ直ぐに見つめ──
「大事な、話なんです」
──そう続けた。
どうやら、聞かなければならない話らしい。
はぁ……。
「……で……何?」
もう分かっている。コレまでの経験上こうなると俺の意見は通らない。
変にごねるより、さっさと話とやらを聞いてしまったほうが早いだろう。
そう判断し、俺は体を少しだけ一色の方へと向けた。
まぁどうせ大した話じゃないんだろうからさっさとしてくれ……。
「私、志望校変えようと思うんです」
は?
メチャクチャ大した話だった。
え? このタイミングで? 何故? Why?
「海浜やめるの? なんで? どこ行くつもり?」
少しだけ混乱する頭を必死で立て直し、俺は一色にクエスチョンを投げつける。
もしかして、夏の模試がB判定だったのが怖くてランク下げるとかだろうか?
いや、流石にそれは卑屈すぎないか?
にしても一体どこに……?
「えっと……総武に……」
だが、次に一色の口から出てきたのはとても聞き馴染みのある学校の名前だった。
「うち?」
え? 総武って、海浜総合より若干だがランク上だよな? え? ……上げるの?
いや、だって……え? もう十月だぞ? は?
ウチに来るの?
「駄目……ですか?」
「いや、駄目ってことはないが……」
驚きこそしたが、否定をするつもりはない。
そもそも俺がどうこう言える立場ではないのだ。
志望校なんて本人が好きに決めればいいと思っている。
ああ、でもこいつの場合はおっさんに進路決められてたんだったか。
「おっさんはなんて言ってんの?」
「お爺ちゃんには先週話して、条件付きで許可してもらいました」
「先週……?」
つまり先週の急用というのは……おっさんとの交渉?
あのタイミングで総武行きを決めたってことか?
でもなんで……?
あの日、何かあったのか?
いや、待て。あった。
そうだ、一色が一度目の急用でどこかへ行き、合流する時の電話口から聞こえた一色の声。
『葉山先輩、特別棟ってどこですか?』
確かに、そう聞こえた。
だから、俺はあの時一色と一緒に居たのが葉山だという事には気が付いていた。
つまり……最初の急用は『葉山と会うこと』で、志望校変更の理由も……葉山?
「センパイ? 聞いてます?」
「あ、ああ。条件がなんだって?」
一色にセンパイと呼ばれビクリと体が震える。
そうか、こいつ、ああいうのがタイプ────いや、俺には関係無いことか……。
とりあえず今は条件とやらを聞くことに専念しよう。
「それが……その……一つ目は今クリアできたんですけど……他の条件が結構やっかいでして」
あのおっさんの事だ、どんな無理難題を押しつけてきても不思議ではない。
そう考え、身構えていたのに肩透かしを食らう羽目になった。
一つ目はクリア? え? クリア出来た? ちょっと何を言ってるかわからないが……まあクリアしたというのであれば問題ない……ないのだろうか?
まあないか、気にしない事にしよう。
案外、俺が知る必要の無い情報という事なのかもしれない。葉山とか葉山とか葉山とか。
あれ、なんだかモヤモヤしてきたな……小町の風邪が感染ったのだろうか……?
「……それで、二つ目は?」
「えっと……二つ目はセンパ……あ、いやその……模試でA判定を持ってこいって言われました。あ、模試を受ける場所はどこでもいいみたいです。とにかく年内にAを取ってこいって」
どこでも良いというのは、多少甘めの設定をしているところを狙うのもありという事だろうか?
夏にBが取れたなら冬の模試でAは十分狙える範囲なのだが、一色が夏に受けた模試は総武ではない。
「Aって……夏の模試、海浜で受けたんだろ? ほぼ一発勝負になるぞ?」
そう、一色が持ってきたのは海浜総合でのB判定のはずだ。
まあ総武のほうが多少ランクが高いとはいえ、世間的には本当に僅かな差なので、ワンチャン総武を受けていてもBだったと言い張れない事もないかもしれない……。
元々一色はある程度出来る奴なのだ。
ならば案外良心的な条件なようにも思える。
「あ、そうそう、それなんですけど。コレ見て下さい」
そんな俺の考えを察してか、一色は何かを思い出したかのように椅子をくるりと回転させ、机の引き出しからクリアファイルを取り出し、俺に渡して来た。
中を見ろという事だろうか?
もしかしたら試験結果が入っているのかもしれない。
この時期だと……中間テストか?
まあ中間で良い結果がでたというならば、ある程度朗報と言えなくもないが……。
だが、中を開いてみると、そこに入っていたのは以前見せてもらった『海浜総合 B判定』の用紙。
ん? これが、なんだっていうんだ?
「そっちじゃなくて二枚目の方です」
「二枚目?」
俺が怪訝そうにその用紙を見ていると、一色がそう言うので、手に持っていたクリアファイルをもう一度よく見てみる。
ああ、なるほど、もう一枚入っているのか。
そう、クリアファイルの中にはもう一枚紙が挟まれていた。
それはあの日見ることができなかった、フッターに「2/2」と書かれた紙。
存在するのではないかとは思っていたが、まさか本当に目にする日がくるとは。
つまり、これがあるから、一色も自信を持って総武を目指せたわけか。
あの時既に総武高でB判定を受けていたというのであれば、一色が強気に出るというのにも納得出来る。
そう思い、俺はゆっくりと二枚目の用紙に視線を落とした。
だが、そこには……
『総武高校:C判定』
という少し残念な結果が記されていたのだった。
「ってCじゃねぇか」
ワンチャンBって言い張れないじゃん。はっきり結果出ちゃってるじゃん。駄目じゃん、下がってるじゃん。
いや、今の渡し方ならBだと思うだろ。
俺の期待を返して欲しい。
「ほ、ほら。センパイ言ってたじゃないですか。C判定だったら志望校変える選択肢もあるって……」
少しだけ呆れを混ぜた横目で一色を見ると、一色は慌てて視線を逸し、身振り手振りを交えながらオタオタと説明というか言い訳を始めてくる。
「いや、Bを蹴ってCの方にするのはオカシイだろ。どういうリスク管理だよ……」
「お願いしますよセンパーイ、私どうしても総武行きたいんですー!」
俺に言われてもなぁ……。
いや、待て……夏の模試の時点で総武行きを考えていたという事は葉山とは関係ないのか?
まさか俺を追いかけて……?
なんてな。そんな事があるはずがないだろう、自惚れるな比企谷八幡。
元々一色自身も過去に『制服が可愛いから総武高も考えていた』と言っていた。
総武を受けようとしていた事自体に不思議はないだろう。
それに、一色が葉山と出会ったのは先週とは限らな……。
そこで、ふとさっきの違和感の正体に気が付いた。
こいつ葉山の事『葉山先輩』って呼んでなかったか?
元々同じ学校に通っていたというならともかく、初対面の、ましてや接点のない人間を先輩と呼ぶのは流石に少し不自然な気がする。
一色が誰彼構わず年上に対しては先輩呼びをする性格だった? いや、俺普通に初対面の時『比企谷さん』って呼ばれてたよな。
やはりおかしい。
……一色と葉山が会ったのは先週が初めてではなく、元々知り合いだった?
そうだ、思い返してみれば今日も、文化祭のあの日も。そう呼んでいた。
そういえば教室で葉山と会ったあの時。小町も一色も葉山の事を知っているような口ぶりだったな。
つまり、元々葉山狙いで総武行きも考えていたが、文化祭でそれが決定的になった……?
一つ一つ謎が解けていくような、パズルのピースがハマっていくような感覚を感じる。
だが、何故か一向に『解けた』という爽快感はやってこない。
それどころか、モヤモヤとした黒いものが胃の奥底に広がっていく感覚が俺を襲う。
本格的に風邪だろうか……。
不思議と少し息苦しくなってきた気もする……まずいな、早退も視野にいれるべきか。
「それと条件がもう一つありまして……」
「まだあんの?」
だが、一色の話は止まらない。
三つ目の条件があるという。
まぁ、今更何が来ても驚くまい。
あのおっさんの事だ、どうせ碌でもない事なのは分かる。
一つ目の条件はよく分からんが、二つ目がA判定ってことは。三つ目は……?
ああ、そうか。そういう事か。
理解できた。
志望校のランクを上げ、その学力が足りていない現状。
今、必要なのは学力、そして時間。
これから導き出される答えは一つ、俺の解雇……つまりク──
「センパイ、来週からカテキョの時間増やしてもらえませんか?」
──ビええ?
時間を増やす? おかしくないですか?
俺素人なんですけど?
「は?」
「『センパイに週二以上家庭教師してもらうこと』が条件なんです」
「いやいや、おかしいだろ。そういう時は普通塾とか通うんじゃないの? それかプロ雇うとか。なんで俺? どうせなら葉……」
「は?」
どうせなら葉山にでも頼めよ。
そう言いかけ、ふと気が付いた。
なんで俺、こんなに葉山に拘ってるんだ?
そもそも俺は一色とどうこうなりたいなんて考えていたのか?
元々一年だけの許嫁関係。
ソレ以上でもソレ以下でもない。
一年後にはその関係はリセットされる。
万に一つでもそのままゴールインなんて考えていたのか? ありえないだろう。
そもそも許嫁という言葉が既に胡散臭い。
以前小町も言っていたはずだ。許嫁という言葉にいいイメージを持っていなかったと。
俺自身もそれに同意した。
許嫁なんて所詮主人公に対する当て馬でしかないのだから……。
その瞬間。
俺の中の最後のピースがハマった気がした。
そうだ、主人公だ。主人公なのかもしれない。
葉山が主人公であるならば全てに納得がいく。
つまり全ては『やはり俺がイケメンと呼ばれるのは間違っている』につながる伏線。
葉山というイケメン爽やか主人公。材木座という何故か女子に詳しい友人キャラ。俺というモブの当て馬。
そして……ヒロインである一色いろは。
一色は葉山を追い総武へ行き、立ち塞がるであろうおっさんと対峙、俺を踏み台に葉山と結ばれる。
分かりやすいシナリオじゃないか。
アニメ化は微妙なラインだが、展開次第では五巻ぐらいまで続くかもしれない。
そう、忘れてはいけない。そもそも一色いろはが俺の許嫁だという事が間違っているのだ。
全く、俺は何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのか。
本当に自分が嫌になる。
どんなに今の環境が心地よく、ぬるま湯のようにいつまでも浸かっていたいと思っていても。
終わりは必ず来る。ましてや一年という期限は最初から設定されていたのだ。
一色は無理矢理俺という男をあてがわれた被害者で、自由になる権利がある。
だったら、俺に出来ることはなんだ?
ここで降りる?
違うだろう。いくらなんでもココで癇癪を起こして自分勝手に役割を投げ出すほど、俺は子供じゃないはずだ。
一色には……一色家には本当に良くしてもらった。
まぁ正確に言うなら、俺も一色同様被害者なのだが。俺は既にその対価を貰っている。
それは誕生日であったり、他人の家での温かい夕食であったり、俺がコレまでの人生で手にすることのなかった形のない何か。
ここで身を引く事が俺にとっての最善だとしても、事後処理もせず去る事は許されない。
俺にだって引き受けた責任もアレば、感じる恩義もある。
ならば、ならばせめて。
こいつの人生のほんの一部に、俺のような許嫁がいたという汚点が残らないように、俺に出来ることをしよう。
こいつを……一色を総武に入れる手助けをしよう。
それを望まれて、それが、俺に出来る唯一の一色家への恩返しなのだとすれば。
この条件を飲むのは俺の義務でさえある。
「……分かった」
そう思うと、おっさんの出した理不尽な条件も俺の中にストンと落ちていった。
もしかしたら、これはおっさんがくれたチャンスでもあるのかもしれない。
何度も同じ過ちを犯す俺を、ほんの少しだけマシにさせるための、そんなラストチャンス。
「そこをなんとか! お願いしま──え?」
「分かったって言ったんだ。週二で来ればいいんだろ?」
「あ、はい……ありがとうございます?」
俺が三つ目の条件とやらを了承すると、何故か一色は目を丸くしながらそう答える。
なんだ? 受けちゃまずかったのか?
ああ、もし断られたら葉山に頼むつもりだったのか……。
少しだけ悪いことをした。
だが、それがおっさんの出した条件なら、ここは我慢してもらおう。
「じゃあとりあず日程決めだな。日曜……はちょっと勘弁してほしいから、水曜か金曜でどうだ?」
決心した今の今で情けない話でもあるのだが、丸一日の休みが無くなるのは流石に避けたい。
というか、元々俺は働きたくない性分である。
平日は学校で、土日はバイトなどという遊ぶ時間もない勤労青年に成る気はない。
まぁ水曜ならば体育もないし比較的体力に余裕がある、金曜は金曜で翌日が休み、金土と二日連続にはなるが日曜に休めるなら許容範囲だろう。
「はい、水曜と金曜ですね!」
「いや、水曜“か”金曜だからね? “and”じゃなくて“or”。それだと週三になっちゃうでしょ?」
しれっと日程を増やそうとする一色の言葉を慌てて修正する。
なんでちょっと不服そうなのこの子は……。
いくら家庭教師とはいえ、素人の俺の授業量が学力に直結するわけではないということを理解して欲しい。
「お爺ちゃんは『週二以上』って言ってましたから別に週三でも問題ないですよ? ちゃんとお給料は出るそうです」
「まあ、よっぽどやばかったらな……そんな急に増やされても何したらいいか分からんし。とりあえずどっちかにしてくれ」
そう、バイト時間が増えても、それに見合う授業を出来るとは限らないのだ。
これまでの授業だって毎回行き当たりばったり。
これといった教材もなく、やるのは主に復習。今日ですらノープランなのだ。
そんな状況でバイト時間だけ増やされても碌な事にはならないだろう。
復習が無駄だと言うわけではないが、次の模試でA判定を取るという目標が定められている状況では、今までと同じことをやっていては間に合わないというのは分かる。
一応次回以降の授業に関しては何か考えてくるつもりだが、無闇に日程だけ増やしても一色の邪魔になる可能性が高い。
まずは今後の予定を組まないとな……。
「むー……じゃあ水曜で」
「了解、じゃあ来週からは、水土で……時間は同じでいいか?」
「はい。放課後お待ちしてます」
これで来週からのシフトが増えた。
週二か。まあ先月からバイト代が半分になった事も考えるなら、やはり許容範囲だろう。
そういえば最初の頃おっさんが『毎日でもいいぞ』とか言ってたが……このままなし崩し的に増えていきませんように……。
「ただ、A判定とれるかどうかはお前次第だからな? そこは責任もてん」
「それは……はい。頑張ります!」
まあ、それもこれも、一色の学力次第か。
とにかく今は、俺に出来る全ての力を持って、こいつを総武に入れる手助けをしよう。
正直不安も……いや、不安しか無いが。
総武に入った後、一色がどうするかは知ったことじゃない。
同じ学校なら、もしかしたら廊下ですれ違うくらいの事はあるかもしれない。
だが、それだけだ。
もう俺と一色の道が交わる事はない。
ただ、お互い目も合わさずにすれ違うだけ。
それが元々の俺の生き方だと、思っていたはずなのに。
なのに……なのになんで、その光景を思い浮かべるだけでこんなにも孤独を感じてしまうのだろう。
ああ、やはり胃が重い。今日は夕飯は断って、早く帰って寝るとしよう。
予定調和。
この辺りの展開は皆さん予想されていた通りかと思いますが、いかがでしたでしょうか
前回の後書きで書いた「活動報告はログインしてないと読めない」
は私の勘違いだったようなので
今まで通りの形で行こうと思います。
お騒がせいたしました。
というわけで、引き続き細かいあれこれや
どうでもいい作者の独り言に興味のある方は活動報告を御覧下さい。
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