やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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第69話 バタフライエフェクト

「平塚先生、これ」

 

 朝のSHRが終わり、ワイワイと騒がしくなった朝の教室で、俺は教卓の前にいる平塚先生に提出予定だった一枚の紙を手渡した。

 少々端が縒れているが、まあ読めなくなったわけでもないので問題はないだろう。

 

「ん? 比企谷か? ああ、ちゃんと持ってきたんだな」

 

 平塚先生はそう言ってその紙を受け取ると、ザッと目を通した後「よし、問題ないな。偉いぞ」とまるで小さな子供をあやすような態度で俺を褒め、持っていたバインダーに紙を挟む。

 とりあえず受理はされたらしい。

 これで後日のお説教や、補習などと言った罰を食らうことはないだろう。

 ミッションコンプリートだ。

 用事を終えた俺はほっと肩をなでおろし「そんじゃ」と踵を返す。

 一限まであと数分しかないが、ヘイロープロぐらいなら回れるだろう。

 そう思っていたのだが、その瞬間、ガシッと何者かに肩を掴まれた。

 この握力……クマかな?

 

「まあ待ちたまえ比企谷、ちょうど君に聞きたいことがあったんだ」

「な、なんですか……?」

 

 そのクマ、もとい平塚先生の予想外の問いかけに俺は恐る恐る背後を振り返る。

 聞きたいこと? 俺、何かしたっけ?

 提出物はもう残ってないし、先週の掃除当番もサボらずにやったはずだが……。

 正直細かいことを上げると心当たりがありすぎる。

 一体何を聞かれるのだろう?

 

「そう警戒するな、今年入学した一年の一色いろはは知っているな?」

 

 そんな事を考え身構えていた所に、突然一色の名前を出され、俺の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

 何故このタイミングで一色? というかなんで一色のことを俺に聞くのだろう?

 受験日の二人乗りの件か? それとも入学式?

 いや、入学式での二人乗りは学校が見えてきた段階で降ろさせた、平塚先生にはバレていないはずだ。多分。

 となると……一色のやつ、何かやらかしたか?

 まあ普通に考えれば、今の状況で一色が何かやらかしたとしても俺に何かを聞かれる、というのはおかしいコトのはずなのだが。

 その時の俺は、何故かそれをごく当たり前のことのように捉えてしまっていた。

 

「まあ……知ってますけど……」

「どういう関係なんだね?」

「どう……とは?」

 

 一色との関係を問われ俺は一瞬だけ言葉に詰まる。

 流石に『許嫁ですけど何か?』とは言えないし、言うつもりもないからだ。

 独身街道まっしぐらで、事あるごとに「結婚したい……」と呟いている姿を目撃されているこの教師の前でそんな事をすれば、たとえソレが仮初の関係だとしても、一体どんな理不尽な目に合わされるか分かったものではない。

 本当、もう誰か貰ってやれよ……。

 とはいえ『許嫁』という言葉を使わずに俺と一色の関係を説明するのも難しい。

 知人、友人、顔見知り、知己、そのどれもが適当とは思えず、脳をフル回転させる。

 

「いや何、てっきり君たちは従兄妹──親戚か何かなのかと思ってな。先日少し話をしたんだが、なんとなく、以前の君に似た雰囲気を感じたんだ」

「俺が一色と? 勘弁してくださいよ」

 

 そんな俺の様子を察してか、平塚先生は改めてそう言葉を続けた。

 だが正直理解に苦しむ発言だ。

 俺と一色が似ている??

 俺は一色のようにあざとくもなければ、ゆるふわビッチでもない。

 そもそも性別からして違うというのに、この人は一体何を言っているんだろう?

 百歩譲って小町と似ているというなら分からなくもないのだが……。というか、マジでアイツ何かやったのか?

 これは……変に濁さず、きちんと説明したほうが良いか……。

 

「去年俺が入院してた時に一色──っていうかアイツの爺さんと知り合ったんです。そこでちょっと色々あって、まあ今は家族ぐるみの付き合いみたいな感じすかね。血縁関係はないです」

「なるほど、そういう縁か」

 

 「色々あって」の部分はほぼ端折ったが、嘘はついていない。

 俺の説明に、平塚先生は納得したのかしていないのか顎に手をおいて、一度ふむと頷くと、今度は少しだけ晴れやかな顔をこちらに向けてきた。

 

「事故の件はともかく、君はこの一年良い経験をしたようだな。そういう縁は大事にしたほうが良い。この間の作文もよく書けていたぞ」

「はぁ、どうも」

 

 どうやら危機は去ったようだ、とりあえず許嫁のことを言及したいわけではないらしい。

 ということは、バレてないってことか。

 まあ、一色の方から俺たちの関係を言いふらすメリットなんてないし。流石に俺の考えすぎだったのだろう。

 去年、アイツからも直接言いふらすなって言われてるしな……。

 

「こういうのを忘れるトコロはまだまだだがな」

 

 そうして、ほっと胸をなでおろす俺に、平塚先生はそう言ってバインダーを掲げる。

 忘れる、というのは先程提出した用紙の事を言っているのだろう。

 

「はぁ、すみません」

「おっと、授業が始まるな、しっかり準備しておけよ? 学生の本分は勉強だからな、君たちがどんな関係でも良いが、決して行き過ぎた不純異性交遊などに走らないように」

「う、うす」

 

 不純異性交遊って……え? やっぱり何かバレてる……?

 いや、まさかそんな……。いやいやいや。

 教室を出ていく平塚先生の背中に、俺は何となく嫌な予感を覚えながら一限の予鈴を聞いていたのだった。

 

*

 

**

 

***

 

「と、いうわけでセンパイ! 一緒に奉仕部入りましょう!」

「……やだよ、面倒くさい」

 

 隣に一色がいるのも最早お決まりになりつつベストプレイスでの昼休み。

 一色が弁当を開くなりそんな事を言い始めた。

 よく分からんが、コイツは高校からは奉仕部という部活に入ることにしたらしい。

 それも平塚先生絡みで。なるほど、今朝の平塚先生の話の原因はコレか。

 一色のことだからてっきりまたサッカー部のマネージャーでもやるのかと思っていたので、ほんの少しだけ驚きもしたが、まあ去年のことで懲りたのかもしれないと思えば、割と納得のできる判断な気もする。知らんけど。

 

「第一なんなのその奉仕部って? 何する部活? メイド喫茶でもやるの?」

 

 とりあえず許嫁のコトがバレたわけではなかったようなので俺は一先ず『奉仕部』という聞き慣れない単語について考える。

 勇者部、隣人部、GJ部、ごらく部、愉悦部、そしてSOS団。世界にありとあらゆる部活がある事は知っているが、奉仕部というのはそのどれにも当てはまらないし、何をする部活なのかも想像が付かない。だからこそ、少々胡散臭くもある。

 あれか、メイド服着た一色が「ご奉仕の時間ですよぉ~」とか言ってパンケーキでも持ってきてくれるんだろうか?

 この学校にそんな部があったの? 後々教育委員会で問題にされたりしない?

 

「センパイ? 奉仕って聞いてそういうコト考えちゃうのはセンパイの頭が卑猥だからなんですよ?」

 

 そんな風に思考を巡らせていると、なにやら一色が得意げにそんなコトを言ってくるので、俺は買ってきたメロンパンを一口齧りながら一色を一瞥する。

 

「いや、別に卑猥ではないだろ。お前が勝手にメイド喫茶に卑猥なイメージ持ってるだけなんじゃないの? メイド喫茶は全年齢対象だ」

 

 すると、一色は「むぐぐ……」と悔しそうな顔で俺を睨みつけてきた。

 ふぅ……あっぶねぇ……、一色のメイド服姿想像してるのバレたのかと思ったわ。セーフ。

 いや、でも別にエロい事は考えてないからね?

 俺メイド属性とか無いし。でもメイドさんって色々妄想したくなるからね、卑猥な事を考えちゃっても仕方ないね。

 

「とーにーかーく! どうせ帰宅部なんですから、一緒に入りましょうよ。今なら可愛い許嫁付きですよ?」

 

 別にそんな部活入らなくても、もうずっと付いて来てるじゃん……。

 信じられないだろ? ここ、一ヶ月前までは俺だけのベストプレイスだったんだぜ?

 正直、二年になってから一人で昼飯食った記憶がない。

 まあ……割と楽しいと思ってる俺もいるから、それは別に良いんだけど。

 だが、それはそれ、これはこれだ。

 これ以上訳の分からんコトで時間を取られたくはないし、何より俺には部活に入れない理由もある。

 俺は部活に入ったら死ぬ病なのだ。嘘だけど。

 

「無理、そもそも俺バイトあるし」

「へ? バイト? センパイバイト始めたんですか?」

 

 俺がそう言うと、一色はその丸い目を大きく見開き、僅かに首を傾げながら、キョトンとした顔で俺を見上げてくる。

 その瞳から「センパイ。バイトなんて出来るんですか?」みたいな空気を感じるのはきっと気の所為だろう。

 気の所為……だよね?

 

「始めたっていうか、続行だな」

「続行?」

「カテキョ、続けることにしたんだよ」

 

 そう、一色が色々あって部活を始めたように、俺も俺で色々あって家庭教師を続けることになったのだ。

 当然だが、俺の方から願い出たわけではない。

 おっさんこと一色いろはの祖父、一色縁継絡みである。

 どうやら、今年も俺はあのおっさんからは逃げられないらしい、はぁ……。

 もしかして俺、もう引き返せないトコロまできているんだろうか?

 この先進学先や就職先まで口出しされたらどうしよう。まあ、多分大丈夫だとは思うが……。

 

「え!? 私聞いてないですよ! でもなんだ、そういうコトなら早く言ってくださいよ。次は何曜日にします? 流石にカテキョの日は部活も休めると思うので私は別に何曜日でもいいですよ。むしろまた毎日でも!」

 

 しかし、そんな俺の心境など知る由もなく、一色は何やら良く分からない事を口にした後、楽しげにスマホを開き始めた。

 「えっと今月はー」と口にしているところを見ると、どうやらスケジュールを確認しているらしい、これは……あれだな、何か勘違いしているな?

 

「……何してんの?」

「何って……カテキョ続けてくれるんですよね? 予定入れなきゃと思って」

 

 そう言うと、今度は「何を当たり前のことを聞いてるんですか?」みたいな顔で俺を見上げてくる。

 そんな曇りのない目で真っ直ぐに見つめられると、俺の方が間違っているみたいに思えてしまうからやめて欲しい。

 だが、間違っているのは俺ではなく一色なのだ。ここは早めに訂正しておかなければ。

 俺はアンなんちゃらのような、分かりきったすれ違いコントをやるつもりはない。

 そういや最近あんま見ないよな……アンガールズ……。じゃんがじゃんがじゃんがじゃんが。

 

「カテキョだけど、別に一色の家に行くなんて一言も言ってないんだよなぁ……」

「え?」

 

 俺の言葉に一色が再び目を丸くする。

 そもそもなんでこの話の流れで一色の家庭教師を続けると思ったんだよ。

 高二が高一のカテキョとかおかしいだろ。

 いや、まぁソレを言ったら去年の時点でおかしかったんだけどさ……。

 

「お前の受験はもう終わってるだろ?」

「受験……? ってまさか、お米の家庭教師とかいうオチですか? もー、部活入るのが嫌だからってあんまり適当なコト言わないで下さいよー」

 

 しかし俺の言葉で何故か今度は小町の家庭教師をするのだと思われたらしく、一色がアッハッハと笑いながらバンバン俺の背中を叩いて来る。

 痛い痛い、やめて。そこさっきクマに掴まれた所だから。多分赤くなってるから!

 そもそも、なんで俺が行けそうなのは一色の家か自宅かの二択しかないと思われてるんですかね?

 確かに小町も受験生だし、実際おっさんの力がなければ俺が行ける『家庭』ってそれぐらいしかいないけどさ……。

 あれ……? おかしいな? 目から汗が……。

 

「ちげーよ。おっさんの……っていうか楓さんの知り合いの家でな。折角一年間家庭教師やって実績付けたんだからもうちょっと続けたほうが良いって言われて紹介されたんだ」

 

 だが、これはおっさん案件であり、当然訪問先もおっさんの(今回は楓さんの)管轄になる。

 つまり、俺が家庭教師先を探す必要もなく、俺の知り合いの数も訪問先に影響しないのだ。

 やったね、タ○ちゃん! 生徒が増えるよ!

 まあ、増やしたかったわけでもないんだけど……。

 

「えー! なんですかそれ! 私聞いてないんですけど!」

「まあ、言ってなかったしな」

 

 実際今回のバイトのことは小町にもまだ話していない。

 というか、俺だってまさか今年も家庭教師をやると思っていなかったのだ。

 まあ、うっかり宿題の作文で去年家庭教師のバイトをしたことを書いてしまい「バイトをする時はちゃんと学校側に許可を取るように」と平塚先生から怒られた結果、今朝平塚先生にバイト許可申請書も渡したので平塚先生には知られているが、それもイレギュラー。

 だから、一色にもまだ言う必要もないかなと思っていたのだ。

 必要であればおっさんから話が行くだろうしな。

 

 だが、一色はそんな俺の判断が納得いかないらしく、ぷくっと頬を膨らませ、怒っていますというアピールをしている。

 まぁ、最早ポーズだと理解しているので怖くもなんともないので、俺はそのまま一色を放置して、再びメロンパンにかじりついた。

 いつも思うんだが、メロンパンってどこにメロン要素あるんだろうな、上のクッキー生地がメインならクッキーパンでもいいんじゃないの?

 丸くて網目があったら全部メロンなの? ちょっと雑すぎません?

 そんなコトを考えながら、黙々とメロンパンを咀嚼していく俺を見て、一色はこれ以上このポーズをしていても無駄だと悟ったのか「はぁ」と小さく溜息を吐く。

 

「……それで? 今度はどんな子なんですか?」

「どんなって……何が?」

「言わなかったってコトは女の子……ですよね?」

「……」

 

 ギロリと一色に睨まれ、俺は思わず目を逸した。

 何故バレたのだろう?

 いや、別に女子だから隠していたというわけじゃなく、ただ単に説明するのが面倒臭かっただけで、今だって生徒の事なんて一言も話していないはずなんだけどなぁ……。

 いや、本当なんでバレたの?

 いっそこのまま黙ってた方が良いだろうか?

 

「あー! やっぱり! やっぱり女の子なんだ! 可愛い女の子だから引き受けたんだ! センパイが私以外の家庭教師引き受けるなんておかしいと思ったんですよ! センパイの浮気者!」

 

 しかし、俺が何かいうより早く、一色は俺のリアクションから全てを察したのか、箸を持ったまま勢いよく立ち上がると、俺を見下ろしてギャーギャーと喚き散らして来た。

 ウルサイ……。

 全く……一体何が気に入らないというのか。

 なんなの? また俺に許嫁が出来るとでも思われてるの?

 家庭教師っていつから許嫁製造機になったの?

 なら平塚先生に早いトコロ転職を勧めないと。

 

「いや、浮気って……女子だけど、今度は小学生だからな? お前が期待するようなコトにはならん」

「へ? 小学生?」

 

 しかし、実際は家庭教師と許嫁という言葉にはなんの関連性もないし、今回紹介されたのは楓さんの知り合いの娘さん。

 今日まで許嫁の「い」の字も出てこなかったし、何より年も離れた小学生だ。

 女子、というよりは女児。生徒ではなく児童と言い換えても良い。

 もちろん、俺としても『男の家庭教師で大丈夫なのか?』と確認して、あちらの親御さんが『楓さんの紹介なら』と快諾してくれた結果でもある。

 まあ、別に良からぬことをしようとか思っているわけじゃないが、楓さんの信頼に足る働きが出来るか? と問われるとプレッシャーでしかない案件だ。

 正直、今からでも断れるものなら断りたい。

 

「センパイ……ロリコンだったんですか?」

「ちげーよ!! 楓さんの紹介だって言っただろ? 俺に選択権なんてなかったの」

 

 だから、安易にそういう言葉を使わないで欲しい。

 まかり間違ってそんな風評が広まってしまえば、楓さんの顔に泥を塗ることになってしまう。俺としてはそれだけは避けなければならないと思っているのだ。

 なんなら一色の時よりも真面目にやらなきゃいけない感、あると思います。

 

「とにかく、そういうコトだから部活には入らない、っていうか入ってる余裕がない」

 

 小学校の勉強とか知識として身についている事はあっても、どうやって教わったのか覚えてないことも多いからな……。

 それに、最近の小学生は範囲がどんどん広くなっている。

 その場で考えられる問題ならともかく、暗記物とかは特に再勉強が必要だ。舐められるわけにもいかない……。

 そんな事を考えていると、一色は俺の決意を組んでくれたのか、不服そうな顔をしながらもようやく腰を降ろし、俺と目線を合せてくれた。

 

「えー。じゃあ、私一人で行かなきゃいけないんですかー? 奉仕部ならセンパイ好みの可愛い部長もいますよ?」

「なんだよ俺好みって……」

「髪の長い美人さんです、二年の雪ノ下先輩って知りませんか?」

 

 どこかで聞いたような名前に、思わず記憶を辿る。

 この学校で雪ノ下と言えばただ一人。

 雪ノ下雪乃……。

 国際教養科の有名人のことだろう。

 定期テストや実力テストでも常に学年一位の成績優秀者。

 雪ノ下なら確かに一色が美人と呼ぶのも納得だ。

 逆に雪ノ下を美人と呼ばないのであれば何を美人と呼ぶのだという話でもある。 

 

「ああ、アイツか……」

「あれ? やっぱり知ってるんですか?」

「ああ、きょ……」

 

 去年文化祭で写真を撮りそこねた。

 そう言おうとして思わず口をつぐむ。

 そんな事をいえば完全に変質者だ、実際通報もされたしな……。

 まあ通報したのが雪ノ下かどうかは分からないが、もし向こうがコチラの事を覚えていたときのことを考えるなら下手に会わないほうが無難だろう。

 

「まあ名前ぐらいはな……でも、その誘いに乗ったら、どうせまた文句言うんだろ?」

「当たり前じゃないですか、そんな不純な動機での入部認めません。あ、でも私と一緒の部活に入りたいっていうなら全然OKですよ?」

 

 完全に罠じゃねーか。

 いや、まあどっちにしても入らないんですけどね。

 

「まあ、ちょうど良いんじゃないの? おっさんからもお前が『高校に入って浮かれてるからあんまり甘やかさず、厳しくしてやってくれ』って言われてるし」

「へ? お爺ちゃんが?」

 

 それはおっさんからの依頼でもあった。

 イマイチ要領を得ないのだが、おっさん曰く「心配していた通りになった」とか「周りが見えていない」とかとにかく、今の一色の状況におっさんは不満があるらしい。

 成績が落ちたとか、授業態度に問題があるとかなら分かるのだが、定期テストはこれからだし、通知表がでるのもこれからだ。

 まだ一ヶ月も経っていない現状で、一色の何を心配しているのかは分からないが、とにかく甘やかすなと言われれば俺としては「分かった」としか言いようがない。

 

「大分呆れてたけど、お前何かしたの?」

「何って別に……何も……」

 

 合格して浮かれているというだけなら、そろそろ落ち着くと思うのだが、おっさんの様子からするに、早いトコロ手を打って起きたいということなのだろう。

 とはいえ、俺に何か出来るコトがあるわけでもなく、正直困っていたトコロでもあったので、これはこれで良い機会なのかもしれない。

 同じ部活になんて入ったら、それこそ変な噂を立ててしまうかもしれないしな。

 要は中三の時の俺と小町のようなものだ。

 俺がこいつの許嫁、もとい関係者だと思われないよう、ひっそり立ち回れば良いのだ。

 そうすればそのうちコイツも新しい高校生活に慣れて、落ち着くだろう。

 なんだ、思ってたより簡単なコトじゃないか。

 

「まあ、そういうわけで、俺は部活には入らない。バイトもあるし、帰りも待ってなくていいぞ」

 

 なんならこうして毎日ベストプレイスに来なくたって良いのだ。

 まあ、こいつあんま友達多いタイプじゃないから、クラスの居心地が悪いのかもしれないが……。部活で話せる女子が出来るならそれはそれで良いことなのではないだろうか。

 

「ええー……」

 

 だが、俺がそう告げると、一色はまるで捨てられた子犬のように箸の先を咥え目尻を下げ見えない尻尾をくるんと丸め込んでいた。

 なんだか俺が悪いことをしている気分である……。

 

「じゃあ……バイトがなかったら待っててもいいですか……?」

 

 瞳を僅かに潤ませ、上目遣いで俺を見てくる一色に、俺は思わず「うっ」と喉をつまらせる。

 駄目だ、比企谷八幡! これはポーズだ! 一色いろはがあざとい女だということは理解しているはずだろう!

 おっさんからも甘やかすなと言われているはずだ!

 踏みとどまれ!

 

「……バイトが休みの日だったらな」

 

 しかし、必死の抵抗も虚しく、気がついた時には俺はそんな言葉を発していた。

 はぁ……、いつから俺はこんなに意志が弱くなってしまったんだろうな……。

 自己嫌悪。

 悪いなおっさん、約束……守れなかったよ。

 

「やった!」

 

 そんな俺を横目に、一色は小さくガッツポーズをしながら、ニコニコと笑みを浮かべている。

 そこには先程までのあざとさや、計算高さは感じられない。

 全く……何がそんなに嬉しいんだか……。

 こんな事を繰り返されればいくら俺だって、勘違いしてしまいそうになるじゃないか。

 そう、一色が葉山ではなく俺を……なんて……。

 そんなあるはずもない勘違いを……。

 

「でも、そっちはそっちで部活あるんだろ?」

「大丈夫です! そんなに忙しくなさそうな部なので。あ、それか部室に遊びに来てくれても良いですよ?」

「行かない」

 

 いや、そんな事があるはずがない。

 だから俺はソレ以上その事を考えないように話題をそらした。

 一色と距離を置くのは一色だけじゃなく、俺にとっても良い機会なのかもしれない。

 

「もっと興味持ってくださいよー! もしかしたらセンパイも入る事になるかもしれないんですから!」

「だから入らんって……」

 

 それにしても、奉仕部か……。

 聞いた感じだと雪ノ下と一色、女子二人だけの部活らしいが……。

 マジでなにする部活なんだろうな?

 一応、今度おっさんに報告しとくか……。




今回は久しぶりに説明回?
少しづつ変化している八幡の環境
新たなバイト先それらは一体今後どんな変化を呼び起こすのか……!

ということで
次話以降も引き続きよろしくお願いいたします。

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よろしくお願い致します。

あと、第二部は毎週更新ではないです、あしからず……。

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