やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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第78話 お米の研ぎ汁はお肌に良いらしい

「……ん……」

 

 モゾモゾと何かが動く気配を感じて、私は目を覚ました。

 右手には原稿用紙、左手にはセンパイの手……そうか、どうやら私は中二先輩の小説を読んでいる間に眠ってしまったらしい。

 まあそれは仕方がないコトだと思う、だってこの小説びっくりするぐらいツマラナイんだもん……。

 正直読んでいるのが苦痛ですらあった。

 せめてセンパイと私を連想させるような、甘い恋愛小説だったら良かったのに……なんてね。

 あの中二先輩がそんな話書くわけ無いか。

 そんな事を考えながら、ふと窓の外を見ると既に日は落ちかけ、真っ赤な夕日が部屋の中を照らしていた。

 あれからセンパイはまだ目を覚ましていない。

 お昼に起きてこなかった時は、まあ仕方ないかとも思ったのだけれど。

 流石に寝すぎではないだろうか?

 ただの風邪だと思っていたけれど、もしかしたら何か他の病気の可能性もあるのだろうか?

 起こしたほうが良いかな?

 まさか死んじゃったり……しないよね?

 そんな不安が湧き上がり、私は思わずセンパイの顔を覗き込む。

 だが、そうして私が動き出すと同時にセンパイの体もモゾモゾと動き出し、ゆっくり瞼が開かれた。

 

「ん……おはよーさん……」

「ふぇ!? ……お、おはようございます」

 

 寝起きのせいか、なんだか棒読みなセンパイの声を聞き、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 今のって……私が起こしちゃった……ってコトだよね? って……まずい!

 センパイと目があった瞬間、その距離の近さに気付き、私は慌ててベッドから離れる。

 すると、センパイはそんな私に引っ張られるようにゆっくりと上半身を起こし「うーん」と伸びをした。

 

 とりあえず、目を覚ましてくれて良かった、症状が悪化しているのかとも思ったけれど、こうして見るとそれほど体調が悪いという感じでもなさそう。

 あれ? でも心なしか朝見た時より顔が赤いような……?

 やっぱり熱が上がっているのかもしれない。後でまた体温を測り直してもらおう。

 あんまり悪いようならやっぱり病院で見てもらったほうが良いしね。

 

「よく眠れたみたいだな。口元ヨダレ垂れてるぞ」

「へ!?」

 

 しかし、そんな私の心配をよそに、センパイが笑いながらそう指摘するので、私は慌てて口元を拭い、センパイから顔を逸らす。

 なんて失態……!

 好きな人の前でヨダレ垂らして寝こけているなんてオトメとしてあるまじき行為だ。

 センパイ……幻滅しただろうか?

 そう思い口元を隠しながら恐る恐るセンパイの方へと振り返る。

 だけど、そんな私の心境を知ってか知らずか、センパイはまるで日向ぼっこをしている猫のように穏やかにこちらを眺めるだけだった。

 なんだか妙に機嫌が良さそう。

 

「わ、私の事よりセンパイはどうなんですか? お昼も起きてこないから心配したんですよ?」

 

 でも、そんな機嫌の良さそうなセンパイというのもなんだか“らしく”なくて、やはり熱が上がったのではないか? という不安が広がっていく。

 

「ああ、お陰様で大分楽になった……かな」

 

 私の問にセンパイは肩を少し回すストレッチをしながら答える。

 その様子は少なくとも嘘や強がりを言っているという風でもなさそうで、熱が上がったという私の予想はハズレたのだと悟った。でも……それならなんでこんなに機嫌が良さそうなんだろう?

 うーん……やっぱり良い夢でも見てたのかな? まあいいか。

 とりあえず今はセンパイの快方を喜ぼう。

 そう考えた私は頭を切り替え、センパイに一歩近づいた。

 

「本当ですか? じゃあ何か食べます? ずっと寝てたからお腹空いたんじゃないですか? 一応お昼はおウドンの予定だったんですけど……」

「そうだな……流石に腹減ったし、貰っていいか?」

「はい! ちょっと待っててくださいね!」

 

 私はセンパイの返事を聞くのと同時に、周囲に散らばっていた原稿用紙をパパッとベッドの脇に纏めてキッチンへと降りて行く。

 どこまで読んだか分からなくなっちゃったけど、まあ良いよね。

 確か主人公とライバルっぽい人が戦ってたから、きっと最後は主人公が勝ってハッピーエンド。そういうことにしておこう。

 今はセンパイのご飯の方が先決。

 私はそうして中二先輩の小説のことを頭から放り出して、キッチンで昼食(予定だったモノ)の準備を始めた。

 

*

 

「お待たせしましたー!」

 

 部屋に戻ると、センパイはトイレにでも行っていたのか扉を空けた部屋の真ん中で腰を捻るストレッチをしている所だった。

 ずっと寝ていたから少し体を動かしたくなったのだろう。

 やっぱり朝より大分楽になってるみたいだ、その事が嬉しくて私もついついテンションが上がってしまう。

 

「ん、いい匂いだな」

「でしょー? ささ、座って下さい」

 

 私はセンパイの背中を押しベッドに座らせると、自分はベッド横にある椅子に座って、机にトレイを置いた。

 そして「ジャジャーン」という掛け声と共に土鍋の蓋を開ける。

 その瞬間、私とセンパイの間に真っ白い湯気が立ち上った。

 今回のメニューは鍋焼きうどんだ。

 大きなエビの天ぷらに卵とにんじんとほうれん草、ネギもたっぷり入っているので見た目も豪華、栄養満点。

 我ながら中々の出来栄えだと自画自賛していると、センパイも「おお」っと声を上げゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。どうやらお気に召してもらえたみたいだ。

 だから私は、最早我慢できないという表情のセンパイの目の前で鍋焼きウドンをお椀に装い、朝と同じ様にフーフーと息をかけてから先輩の口元へと寄せていった。

 

「はい、あーん」

「……一人で食えるから」

 

 しかし、今朝と違い今度はバッとお箸とお椀を奪われてしまった。

 ちぃっ、元気になるとこんなデメリットがあるのか……。

 もうちょっと弱っているセンパイを堪能したかった。そう思ってしまうのは流石に私のワガママだろうか。

 

「むー、さっきは素直に甘えてくれたのに……」

「け、今朝は熱でどうかしてたんだよ……」

「じゃあずっとどうかしてて下さいよ」

「何言ってるのこの子は……」

 

 そう言うと、センパイは恥ずかしそうに顔を背けて小さく「いただきます」と呟いた後、ズルズルとうどんを啜っていく、どうやらこの話はもうお終いということらしい。

 残念。もうちょっと食い下がればよかった。

 仕方ないので私はもう一つの空のお椀にうどんを少しだけ装った。

 当然、これは私の分だ。

 

「いただきます」

「あれ? 飯食ってなかったの?」

「センパイと一緒に食べようと思って待ってたんですよ。全然起きてこないから本当に心配したんですからね!」

「そっか……悪いことしたな」

「いいんですよ、私がそうしたかっただけですから」

 

 私がそう言うと、センパイはどうしたら良いかわからないと少し目を泳がせていたので、私はそんなセンパイを見ながらフフッと小さく笑った。

 そんな私を見て、センパイもフッと口角を上げたので、二人で笑いながらウドンを啜った。

 

「……うん、美味い」

 

 センパイが誰に言うでもなくポツリと呟いたその一言が嬉しくて。

 この状況、なんだか夫婦みたいだな。なんて思ってしまったのだけど。それは私だけの秘密だ。

 

*

 

「ふぅ……」

 

 そうして少し遅めの昼食を食べ終えると、センパイが息を吐く。

 ちょっと物足りなそうだが、時間も時間なのでおかわりは我慢してもらった。

 

「デザートにプリンもありますけど、そっちは後でお出ししますね。お夕飯もありますから」

「ああ、サンキュ」

 

 正直に言ってしまえば、スグに食べてもらいたいという欲求もあったが、この後おコメが帰ってきて、一緒に夕飯を摂る事も考えると、今は少なめの方が良いだろう。

 幾ら男の人が沢山食べると言っても。センパイは病み上がりな訳だし……。

 そう考えながら、私は食べ終わったお椀をトレイに重ねていく。

 すると、センパイのコメカミの辺りから大粒の汗が垂れていくのが見えた。

 

「大分汗掻いたみたいですね、着替えますか?」

 

 元々熱があって寝汗を掻いていたであろうトコロに熱々の鍋焼きうどんだったので、体温が上がったのだろう。

 きっと服も濡れていて気持ち悪いに違いない。

 だからこその提案だったのだが……。

  

「そう……だな。んじゃちょっと着替えるから悪いけど部屋出てもらえる?」

 

 そう言ってセンパイが私を部屋から追い出そうとしたところで、私の中にちょっとした下心、もといイタズラ心が芽生えてしまった。

 

「えー、駄目ですよ、熱があるのに一人で着替えなんて! フラフラして怪我したらどうするんですか」

「いや、そこまで酷くないし……」

「あ、そうだ。どうせなら体拭きましょうか、私一回やってみたかったんですよね、アレ」

 

 そう、介護の定番といえばやはりタオルでの体拭きだろう。

 今、この家に居るのは私とセンパイだけ。

 つまり私がセンパイの体を拭くのは必然であり当然だ。

 誰だってそうする、私だってそうする。

 

「いや、それなら普通にシャワー浴び……」

「それじゃ、準備してくるんでちょっと待っててくださいね!」

「人の話は最後まで……!」

 

 私はセンパイの言葉を背中で聞きながら食べ終わった食器を流しに置いて、そのままお風呂場に向かうと、そこから桶とタオルを拝借し、お湯を張った。

 移動中に冷めてしまうと困るので、少し熱め。

 早く、早くしないとセンパイが着替えちゃうから!

 

「センパーイ! すぐ持って行きますから待っててくださいねー!!」

 

 階下からそう声をかけるが、センパイからの返答はない。もしかしたら既に着替えてしまっているのだろうか?

 急げ! 急げ!

 そんな事をしてもお湯が貯まるスピードが上がるわけではないと分かっていつつも、私はその場で足踏みをしながら、その様子を眺めていた。

 

 そうして待つこと数分。

 私が桶にイッパイのお湯を零さないように階段を上がっていくと、センパイが呆れたような顔でコチラを見てくる。

 

「はい、それじゃ脱いで下さい」

「……本当にやるの?」

「もちろんですよ、ほら、早く! 折角のお湯が冷めちゃいますから!」

 

 なんだかんだ、今まで待っていてくれたコトを考えるともう諦めはツイていたのだろう。

 私がベッドの上にあがり、センパイの隣へと陣取ると、センパイは観念したようにため息を吐いて少しだけ恨みがましい目で私を見た後、自らのシャツに手をかける。

 

「背中だけだよ? 背中だけだからね?」

「分かりましたよ、ほらほら早く脱いで下さい」

 

 そうして徐々にセンパイの上半身が顕になっていく。

 センパイは少し恥ずかしそうに前かがみになると、背中をコチラへと向けた。

 

「わぁ……」

「な、何」

「い、いえ。センパイの背中大きいなぁと思って」

 

 初めて見るセンパイの背中は少しゴツゴツしていて、筋肉質──というのとも違うのだけれど、別にガリガリと言うほど細いわけでもなく、とても力強くすごくドキドキした。

 やっぱり、男の人なんだなぁと当たり前ながらも感心してしまう。

 

「……早くしてくれる? 寒いんだけど……」

「す、すみません!」

 

 そう言われ私は慌ててタオルをお湯に浸した。

 うん、温度は丁度よさそう。

 

「それじゃ、お背中お流ししまーす!」

「それ、なんか違うだろ」

 

 布団に水滴が垂れないよう、ぎゅっとタオルを絞ると、左手でセンパイの背骨の辺りを抑え右半身から拭いていく。

 出来るだけ冷静を保っているつもりだが、内心はドキドキだ。

 うわー、うわー、触っちゃった。触っちゃった!

 初めて触る家族以外の男の人の生の体。

 そりゃぁ、元サッカー部のマネージャーですし?

 男子の上半身裸ぐらい見慣れているけれど、部屋に……いや、家に好きな人と二人きりというシチュエーションがなんだか妙に私を興奮させる。

 

「いつも苦労かけてすまないねぇ」

「それは言わない約束だよ……ってソレ言うの俺のほうじゃないの?」

 

 だから、というわけじゃないけれど。そんな冗談でも言っていないと心臓が持ちそうになかった。

 センパイのツッコミに私は「えへへ、そうですね」と乾いた笑いを浮かべながら、思わず抱きつきたくなる衝動を抑え、これはあくまで看病の一環と自分に言い聞かせ腕を動かした。

 できるだけ丁寧に、拭き残しがない、よう、に……! 

 

「へっくしっ!」

「大丈夫ですか?」

 

 しかし、そうしてゆっくり丁寧にタオルで背中を拭っているとセンパイの大きなクシャミと共にその背中が大きく揺れた。

 いけない、時間をかけすぎたみたいだ。

 私は慌てて「ごめんなさい」と冷えたタオルをお湯につけ、再びタオルの温度を上げる。

 ほんのりと湯気が立ち上るタオルを背中に押し当てると、センパイが「あー」と少しオジサン臭い声を上げた。

 

「しっかし、風邪なんて久しぶりに引いたわ……」

「全く、私に内緒で遊びに行くからですよ? 昨日は一体どこ行ってたんですか?」

 

 そこで、私は出来るだけタオルを動かすスピードを上げつつ、ずっと気になっていたことを聞くことにした。

 そう、センパイが昨日ドコに行っていたのか、結局今の今まで聞けていなかったのだ。

 まあ、あんまり詮索するのも良くないとは思うのだけれど、ドコかに出かけようと提案してもいつも面倒くさそうにするセンパイである。

 風邪を引くほど遊んでいるという状況が想像できず、気になってしまうのも当然というものだろう。

 

「別に内緒にしたわけじゃない……。と、友達とカラオケ行ってたんだよ」

「友達って……中二先輩ですか? それなら私も誘ってくれたら良かったじゃないですか」

 

 私にあんな宿題を押し付けておいて自分はセンパイと遊びにいくなんて……許すまじ中二。

 一応あの小説だって頑張って書いたんだろうし、センパイの友達ということで多少配慮した感想をと思っていたけれど、こうなったら全力辛口批評にしてやる。

 

「いや、違う。っていうかあいつは友達じゃない。ゆ……葉山達とちょっとな」

 

 だが、センパイから出てきた名前は思いも寄らない人物だった。

 

「葉山先輩?」

 

 あれ? センパイって葉山先輩と仲良いんだっけ?

 まあ、私よりはセンパイの方が接点が多いのは当然なんだろうけど……。

 正直自分的にもあまり得意な相手ではない名前が出てきて、思わずタオルの手が止まる。

 

「ああ、葉山と……あとその取り巻き。お前の知らない奴が大半だな……」

「へぇ……? じゃあ女の子も居たんですか」

「ま、まぁ……居たというか……なんというか……」

 

 少しだけ気まずそうにセンパイがゴニョゴニョと言葉を濁した。

 しかし、そのセンパイの反応で自分の中の何かが繋った気がして、持っていたタオルを一度桶に浸し、もう一枚予備にと持ってきたあるモノを取り出した。

 

「じゃぁ……コレもしかしてその中の誰かのだったりして?」

「な、なんでお前がソレを持って……?」

「あ、動揺してます? 動揺してますね? やっぱり何か疚しいことがあるんですか?」

 

 それは洗濯物を取り込んだ時に見つけた小さなタオルだった。

 実は、センパイが起きる少し前。センパイの昼食の下ごしらえとプリン作りを終わらせた私は例の宿題の前にと、比企谷家の掃除をし、ついでに洗濯物を取り込んで居たのだが、干してあったセンパイのシャツのポケットからコレが出てきたのだ。

 それは明らかに男物ではない。花柄の刺繍が施された持ち運びやすいサイズのミニタオル。

 最初はおコメかオバ様の私物を間違って持っていったのかなぁ? とも思ったのだが、どうにもその二人の趣味とは違う気がして不思議に思っていた。

 いや、まぁ、私だって別にそこまでおコメやオバ様の趣味に詳しいわけじゃないし。貰い物の可能性だってある。むしろその可能性の方が高いだろう。

 だが、何故かそのタオルが気になってしまい、こうして持ってきてしまったのだ。

 言ってしまえば女の勘である。

 

「どこで見つけたんだよ」

「センパイのシャツを畳んでたらポケットから出てきたんですよ。駄目ですよ? こういうのはちゃんと出してから洗濯機に入れないと」

 

 これは嘘ではない、コレがもしタオルではなくティッシュだったとしたら大惨事になっていたトコロだろう。

 私も小さい頃にやらかしてママに怒られたコトがある。

 アレの後始末はそれなりに面倒なのだ……。

 だから、そのコトについても一応注意しておこうとは思っていた。

 でも、本当に聞きたかったのは別のこと。

 

「それで? これはドコのどなたのですか?」

 

 そう言って、持っているタオルに力を込めると。

 センパイがチラリと肩越しにコチラを見る。

 

「一応言っておくがお前が思ってるようなコトは何も無いからな?」

「私が思ってるコトってなんですか?」

「いや……だから……あー、最初から説明する……すればいいんだろ……」

 

 そう言うと、センパイは面倒くさそうに昨日何があったか語ってくれた。

 

*

 

「もー! 何やってるんですかセンパイ。濡れたまま一日カラオケなんてしてたら風邪引くに決まってるじゃないですか!」

「俺だって馬鹿なコトしたとは思ってるよ……それでこのタオルはその時、三浦が貸してくれたの。後で返さなきゃいけないんだから、キレイに使ってくれる? っていうか使わないでくれる?」

 

 センパイの話を聞いて、風邪を引いた原因がセンパイらしくもあり、少し間抜けすぎやしないかと頭を抱えると同時に。私の勘は間違っていなかったのだと確信した。

 

「三浦さんですか。ゴールデンウィーク空けたらちゃんとご挨拶させていただかないとですね」

 

 とりあえず、その人がセンパイに好意を持ってしてくれたという感じではなさそうだが、今後センパイとの関わりが深くなりそうなら、一度会っておいて損はないだろう。

 こういっては何だけど、センパイは一目惚れとかをされるタイプというよりは深く知れば知るほどその魅力を発揮するタイプなので近づいてくる相手は警戒するにこしたことはない。

 

「なんでだよ……。あー、まぁ、あいつ葉山狙いみたいだから、お前は会っておいてもいいかもな……」

「へ? 葉山先輩狙いの方なんですか?」

「十中八九、なんなら既に付き合ってる可能性もある、知らんけど」

 

 ふむ、葉山先輩狙いならそこまで警戒しなくてもいいかな?

 まあその辺りは追々でいいか。

 正直、あの葉山先輩と付き合う人はかなり苦労することになるだろうと思っている。

 あの人、見た目の割にというかあの見た目だからというか、どこか歪んでいる感じがするんだよね。そういう意味じゃ少しセンパイに似ているのかもしれない……。

 

「でも、ちょっと意外でした」

「意外?」

「はい、センパイって友達と……というか葉山先輩とカラオケとか行くんだーって」

 

 それは私なりに「私とのデートには乗り気じゃないのに」という嫌味も含めた言葉でもあったのだが、センパイはその言葉の意味を察したのか少しだけ罰が悪そうに顔を背ける。

 

「その……なんだ、この間……葉山のグループの一人と友達になったんだよ……」

「友達……?」

「ああ、本当つい最近だけど……初めての、な……」

 

 その言い方に私は驚き、同時に少しだけ違和感を覚えた。

 私にとってセンパイの友達といえば中二先輩だったからだ。

 しかし、センパイは「初めて」と言った。

 中二先輩が友達ではないというのは、照れ隠しとかではなかったのだろうか?

 確かに先輩はずっと「友達じゃない」とは言っていた、でもそれにしては仲が良さそうだし、単なる言葉遊びみたいなものだと勝手に思っていたのだけれど……センパイには友達とそうじゃない人に対する何か線引みたいなものがあるのだろうか?

 そういうことなら中二先輩に遠慮する必要なんてなかったのかな?

 

「まあ、なんだ……そういうのに慣れてなかったからな、ちょっと浮かれて付いていった結果がこのザマだ……次はもう行かない」

 

 続いて出てきた言葉に、今度は動揺する。

 私の言い方が悪くて友達と遊びに行くことに萎縮してしまったのだろうか? と思ったからだ。

 そりゃ、確かに? 私を置いて遊びに行かれちゃったのは面白くない部分はあったけれど。

 今後一切遊びに行くな、何て言うつもりはないし、そこまで心の狭い女になりたいわけでもない。

 

 何より、私は昨日見てしまったのだセンパイのアルバムを。それはセンパイの過去。

 そこにセンパイが誰かと写っている写真はほとんどなかった。

 家族(主におコメ)との写真や学校行事の集合写真、それじゃなきゃ誰かの後ろにこっそり写ってるとか、そんなのばっかり。

 そんなセンパイに友達が出来るというのは喜ばしいコトで、センパイにとっても良い変化なはずだ。

 だから、このままセンパイの言葉を肯定しては駄目だと思った。

 

「そんなコト言わないで、また行けばいいじゃないですか」

「いや、別に行きたいわけじゃないし……」

「でも、楽しかったんでしょう?」

 

 私がそう言うと、センパイは少しだけ逡巡したあと「……まぁ機会があったらな……」と少し不服そうに、けれどどこか照れくさそうに顔を伏せた。

 今のセンパイはなんだか小さな子供みたいだ。

 でも、もしセンパイが本当に嫌ならシャツが濡れた時点で帰ってきたって良かったはず。

 そうしないで遅くまで遊んでいたということはきっと楽しかったということなのだろう。

 こんなコトで私に「行きたくない」なんて嘘を付く必要はないんですよ。

 そんな思いを込めて、私も止まっていた腕を動かし、小さく笑う。

 

「じゃあ、その時は私も誘ってくださいね?」

「……いやだよ」

「えー、なんでですか?」

「いや、だってお前こそ友達じゃないじゃん」

「はぁ!?」

 

 流石にその言い方にはカチンと来てしまう。

 中二先輩を友達じゃないっていうのは、まあいいとしても私まで友達じゃないというのは流石に許しがたい暴言だ。

 センパイにとって私は中二先輩と同じか、ソレ以下の存在だとでも言うのだろうか?

 私は思わずその背中を叩いてやりたくなり持っていたタオルごと右手を大きく振りかぶる。

 次の瞬間には「バシン」という小気味良い音と共に立派な紅葉がセンパイの背中に浮き上がることだろう。

 だが、そうはならなかった。

 なぜなら私がその手を振り下ろそうとした瞬間。

 センパイがポツリと恥ずかしそうに呟いた言葉に、私が固まってしまったからだ。

 

「お前は友達じゃなくて……俺の……許嫁だろ……」

「──っ!!!」

 

 完全な不意打ち。

 勘違いをした自分が恥ずかしくなり、同時にセンパイがそういうことを自覚していてくれているのだと知り顔が火照っていくのが分かる。

 

「そ、そうですね……そうでした……」

「だ、だろ?」

 

 振り上げた手のひらの下ろし場所さえ見失い、部屋にカチコチという時計の針の音だけが数回響く。

 ああ駄目だ、顔がニヤけちゃう……!

 

「……そういうコト急に言うの……ずるいと思います……」

「そ、そか……悪い……」

 

 どうしよう、センパイの風邪が私にも感染ってしまったかもしれない。

 顔が熱い。

 きっと今の私の顔はさっきのセンパイと比じゃないぐらいに赤くなっていることだろう。

 

「……一色?」

 

 私はコツンとセンパイの背中に額を当て。その顔を見られないように顔を伏せた。

 

「い、一色さん……?」

「今は……ちょっとこっち見ないで下さい」

「お、おう……」

 

 固まるセンパイに甘えるように、グリグリと額を押し当てる。

 するとセンパイは少しだけモゾモゾと腰を動かした後、ピンと背筋を張りそのまましばらく動かず私の心が落ち着くのを待ってくれた。

 少しだけ顔の位置を動かすとセンパイの背中から物凄い速さの心臓の鼓動が伝わってくる。

 センパイ……意識してくれてるんだ……。

 センパイが私の事を女の子として、許嫁として見ていてくれている。

 その事が嬉しくて、いつまでもこうしていたいという衝動に駆られてしまう。

 でも、今のセンパイは病人で、いつまでもこんな格好をさせておくわけには行かないんだよね……。

 

「センパ……」

「たっだいまー! お兄ちゃん体調、ど……う……?」

 

 そうして、私がなんとか意を決してセンパイから離れようとした瞬間、部屋の扉が開かれ、そこからおコメが顔を出した。

 どうやら、いつの間にか帰ってきていたらしい。それもそうだ、もう日も落ちているしここはおコメの家でもある。帰ってくるのが当たり前で当然。気付かない私が悪い。

 でも、正直タイミングとしては最悪としか言いようがなかった。

 今、私はセンパイの背中に顔をうずめている。しかもセンパイは上半身裸。

 一体どんなプレイだと思われているコトだろう。

 なんとか弁解しなくては……!

  

 だが、私達が何か弁解するより早くおコメは「……お邪魔しましたー」と扉を締め静かに退出して行く。

 この間僅か一秒足らず。こういった対応の速さは流石おコメと言わざるを得ないが。

 私はその様子をしっかりと確認すると、ゆっくりとセンパイから離れタオルと桶を片付け始めた。

 

「……えっと、それじゃそろそろお夕飯の準備もしなきゃなので下行きますね。何かあったら呼んでください」

「お、おう。悪いな」

「いえいえ、お気になさらず。それじゃあちょっと“お米”研いできますねー。あ、デザートのプリンもお楽しみに♪」

 

 私は出来るだけ平静を保ちながら、ニコニコと笑顔を貼り付けてセンパイの部屋を後にした。

 さぁて……おコメはどこかなぁ?




「小町悪くないもん!」
ということで今回のお話いかがでしたでしょうか?
なんかちょっといろはが変態っぽくなってしまった……ような気がしますが……ま、まぁ今回は状況も状況だったのでちょっと暴走してしまったということで……。

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