やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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いつも感想、評価、お気に入り、メッセージ、誤字報告etcありがとうございます。

またまたまたまた遅れてしまい申し訳ありません。
それでは83話どうぞ!


第83話 賑わうベストプレイス

 一色暴走事件から数日が経ち、週明けの月曜日。

 俺はその時「適当にペアを作れ」という体育教師の指示に頭を悩ませていた。

 今日の体育の種目はテニスかサッカー。

 当然、団体種目の苦手な俺はテニスを選択したわけだが、いつもだったらこういう時ペアを組んでくれる材木座の姿が見当たらない。どうやら、テニスが定員オーバーでサッカーの方に回されたようだ。

 全く、タイミングの悪い……。

 

 情けない話だがこうなってしまうと俺にはもうペアを見つける術がない、材木座以外に俺とペアを組む相手がいるとも思えないし、敢えて声をかけるつもりもないからな。

 学校側はいい加減「○人組を作れ」というシステムを廃止すべきだと思う。本当。

 ここは千葉なんだし誕生日順にペアを組めとか、やりようはいくらでもあるだろうに……。まあそれはそれで気まずくなるんだけど。

 とは言え、いつまでもここで脳内抗議をしている訳にもいかない。

 サボり認定されれば成績に響くし、見学扱いで後からレポートを提出しろと言われるのも面倒だ。

 

 なら取れる手は一つ……。

 体育教師に「調子が悪い」と申告した上でソロ活動に励むのだ。この場合は壁打ちがベスト。

 そうする事に寄って、ペア相手に迷惑をかけたくないという建前と同時に体調不良の中頑張る比企谷君という教師からの評価も得られる、正に一石二鳥の策である。

 我ながらこんな策を思いつく頭脳が恐ろしい。

 俺は内心ほくそ笑みながらその案を実行に移すべく、体育教師の元へと足を運ぼうと一歩足を踏み出す。

 だがその瞬間、突然肩に手を置かれ、俺の大いなる一歩はそこで止められてしまった。

 

「なぁ比企谷、良かったら俺と組まないか?」

 

 またお前か……。

 振り向くと、そこには我らがイケメン葉山隼人がいつもの爽やかスマイルで俺を見下ろしていた。

 

*

 

「なんで俺? お前の相手なら戸部とか他にも色々いるだろ……」

 突然エンカウントしてきた葉山に、俺は当然の疑問を投げかける。

 コイツ、今度は何を企んでいるんだ?

 俺と違って友達の多い葉山様がワザワザ俺を指名する理由が思い当たらないし、可哀想な奴に哀れみをかけて率先して駆け寄って行くようなタイプにも思えない。

 少なくともココで俺と組むメリットは何も無いはずだ。

 だから、もしこれが何かの罰ゲームだったり、冗談の類ならさっさと解放してほしい、そんな願いを込めながら俺は葉山を見据える。

 

「はは、戸部なら友達も多いから大丈夫さ」

 

 しかし、葉山から返ってきたのはそんな嫌味ったらしい返答だった。

 ソレは『お前には他にペア組んでくれるヤツなんて居ないだろう?』と同義なのだが。コイツはそれを理解しているのだろうか?

 まあ、その通りだけども……。

 俺は「ちっ」と軽く舌打ちをしながらラケットを数度振り回し周囲を見回した。

 葉山の言う通り、戸部は別の誰かとペアを組んだようで、なにやら二人で談笑している、他の連中も既にペアを組み終えて各々ラリーを始めたり、球を取りに行ったりしているようだった。

 この場に留まっているのは俺と葉山だけ……どうやら、俺が葉山とペアを組むのは確定事項のようだ。

 くそっ……。 

 俺は観念し、お互いにラリーができそうな距離まで離れながら葉山を睨みつけた。

 

「友達がいなくてすみませんでしたね……」

「ああ、いや。そういうつもりじゃなかったんだ、気を悪くしたんなら謝る」

 

 だが、当の葉山はさして悪びれた様子もなく、そう言って困ったように笑うと、既にポケットに忍ばせていたらしいボールをポンポンと地面に叩きつけてから、そのボールを宙に放つ。ラリーの開始だ。

 

「この間の事もあるし、ちょっと比企谷と話したくて、さ」

「この間?」

 

 パコンという小気味良い音と共に、葉山が打った球が俺の横を通り過ぎようとしたので、俺はその球を打ち返す。

 決して本気ではない、まるで小さな子供と遊んでいるかのような球速だ。

 まぁ、授業で本気のテニスなんてやるつもりもないので、それ自体は全然構わないのだが……どうにも和やかに葉山と打ち合っているという状況への違和感は拭えず。

 力に任せたパワーショットを打ってしまいそうになる自分を必死で抑え込んでいた。

 

「先週の昼休み、一色さんの事だよ」

「一色の?」

「まさか、顔合わせが済んでないとは思っていなくてね、あんな騒ぎになるとは思っていなかったんだ。すまない」

 

 パコン、パコンという音に合わせ、葉山が謝罪の弁を述べてくる。

 どうやら、先日の一色暴走事件のことを謝っているつもりらしい。

 まあ、確かに俺自身『あの時葉山が余計なことを言わなければ……』という思いがなかったといえば嘘になる。

 ……とはいえ、ここで俺が葉山を責めるのは八つ当たりでしかないだろう。

 あの件に関して葉山は全く関係ないわけだし、俺が謝られる筋合いもない。

 あの日、一色が俺たちの教室まで来たのは俺がベストプレイスに行くのが遅くなったせいであり、既に一色と由比ヶ浜が出会っていた以上、遅かれ早かれどこかのタイミングでぶつかってはいたはずだからな。

 

「別に、お前に謝られるようなことじゃない」

 

 だから俺は別に葉山を庇うとか、葉山の気持ちを考慮してとか、そういう意図は全く無く、ただありのままにそう返答した。

 少々冷たい言い方だったかもしれないと思わなくもないが、それが事実だし。俺には気の利いた言い回しも思いつかなかった。

 

「そうか、そう言ってもらえると有り難いよ」

 

 だが、葉山はそんな俺の言葉で満足したのか少しだけ安堵の表情を浮かべると、そう言って小さく笑みを浮かべる。

  

「その様子だと、一色さんとの仲直りは出来たのかな?」

「仲直りも何も、そもそもケンカもしてない。いつも通りだ。……由比ヶ浜もな」

「そうか、ソレを聞いて安心したよ。……意外と凄いヤツなのかもしれないな君は」

「は?」

 

 実際、ケンカというレベルには達していなかった……と思う。

 一方的に一色が暴れただけで、それも俺が席を外している間に静まっていた。

 もし葉山の言う凄いヤツというのが居るとしたら、あの場を収めた雪ノ下だろう。

 というのも、あの時の会話の流れからなんとなくの原因は理解したつもりだが、どうやって一色を納得させたのかはイマイチ分かっていないのだ。

 それに何より、俺はまだ一色が何か爆弾を抱えているのではないか? と内心ヒヤヒヤしていたりもする。

 それこそ、昨日一昨日の土日で何かあるんじゃないかと警戒していたのだが、何もなさすぎて逆に拍子抜けをしてしまったぐらいだ。

 まあ、それが逆に怖いという考え方もあるのだが……。

 

「……」

「……」

 

 そうして頭の片隅で一色の事を考えていると葉山もそんな俺の状態を察したのか暫く無言のラリーが続いた。

 特に思考の必要のないラリーは正直助かる。

 このまま葉山と話し続けるのも面倒だし、残りの時間はこうやって過ごせれば……。

 

「なぁ、最後ぐらい少し本気でやらないか?」

 

 しかし、そんな俺の思惑とは裏腹に葉山はやがてそんな事を言いながらラケットを大きく引いた。

 

「本気?」

 

 俺がそう答えるのと葉山が引いたラケットを思い切り前に振るのはほぼ同時。

 その球は俺の目の前でワンバウンドすると、球威を落とさず俺の横を通り過ぎようとする。

 俺は慌てて食らいつこうと、手と足を思い切り伸ばし、その球を跳ね返す。

 だが、そうして打ち返された球は大きく山なりに弧を描き、葉山のいる場所までは到底届かずポンポンコロコロと音を立てながら地面を転がっていった。

 にゃろう……。

 

「コレぐらいだったら、受けられるだろ?」

 

 葉山はそう言いながら、ゆっくりボールを拾い上げると俺に葉山スマイルを投げつけて来た。

 完全な挑発だ。

 こんな誘い、乗るべきではない、というか乗る意味がないし。今はまだ午前中だ疲れるようなこともしたくない──したくないのだが……。

 その時の俺は自分の中にある、葉山に負けたくないという思いに抗えず、考えるより先に口が動いてしまっていた。

 

「ああ、余裕だよ」

 

 俺がそう言って腰を落とすと、ソコからは先程ののんびりとしたものではなく、まるで試合のような勢いのあるラリーが続いていく。

 試合のようにと言っても、そもそもネットがないので。お遊びの範疇なのは変わらない。

 恐らくネットがあればもう何度もお互いのボールは引っかかっていただろう。

 だが、それが無いからこそラリーは続いていた。

 柄にもなく俺の額に汗が浮かび上がり、息も上がっていく。

 

 気がつくと、周りの連中も俺たちのラリーに注目しているようだった。

 「葉山くん頑張れー!」とか「さすが葉山だ」とかそんな声が聞こえてくる。

 当然その中に俺個人への応援の言葉は含まれていない。

 一体俺は何のためにこんな事を続けているのだろう?

 別に勝ったって何かあるわけじゃない、いや、むしろこの状況で俺が勝ったらガッカリされるまである。

 コイツラが見たいのは葉山の勝利だ。

 誰も俺の勝利なんて望んでいない。

 そもそもこれはラリーであって勝利なんてないというのに……。

 まあでも、もういい加減疲れてきたし、さっさと終わらせてやるか……。

 そう思い、持っているラケットから力を抜こうとした瞬間。

 ものすごく遠くの方で聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 

「センパイ頑張れー!」

 

 それは恐らく空耳や幻聴の類。

 炎天下の中で慣れない運動をしたせいでとうとう耳がイカレテしまったのだろう。

 だが、その声を聞いた瞬間、自然とラケットを持つ手に力が戻った気がした。

 俺は向かってくるボール目掛け、最後の力を振り絞り渾身のパワーショットを決めようと大きく振りかぶる。

 

 ココだ!!

 

 そう思いラケットを振り抜いた。

 手応えは──ない。

 葉山が打ったボールが俺の目の間でスライスし、俺のラケットを避けるように角度を変えたのだ。

 つまり完全な空振り。 

 ボールはポンポンと俺の後方へと音を立てて転がり、歓声が湧き上がる。

 

「葉山君すげー!」

「最後なんか曲がってなかった? 魔球じゃね?」

 

 俺は耳に入る全ての音に苛立ちながら、その場にへたり込んだ。

 くそっ、やっぱ初めから一人で壁打ちしときゃよかった……。

 そんな今さらな後悔をしながら、息を整えていると、俺の目の前に二本の足が写り込んでくる。葉山だ。

 

「比企谷、あっちあっち」

「あ?」

 

 葉山の言っている意味が分からず、俺は顔を上げる。

 すると葉山はちょいちょいとは何故か虚空を指差し苦笑いを浮かべていた。

 一体何だ?

 俺は葉山の指の先を辿るように顔を動かしていく、そこに見えるのは我らが総武高校の校舎。

 そして、その一角の教室の窓に大量の女子生徒が群がっているのが見えた。

 あの辺りは一年の教室だろうか?

 自習なのかそれとも学級崩壊か、複数の女子が歓声を上げながらコチラを見ている。

 恐らくは葉山のファンなのだろう。

 その証拠に葉山が軽く手を上げると、女子達は学校中に聞こえるほどの黄色い悲鳴を上げ始める。まるで猿山だ。

 

「手、振らないのか?」

「いや、どう見てもあれお前のファンだろ……」

「一色さんのことだよ」

「一色?」

 

 そう言われ、俺は改めて校舎の方へと視線を、送る。

 すると他の女子とは少し離れた一番端の窓際にやけに大きく手を振る女生徒──一色の姿に気がついてしまった。 

 

「……」

「愛されてるな」

「そういうんじゃねぇよ……」

 

 今の醜態を一色に見られていた。

 あの時聞こえた声は、幻聴ではなく本当に一色のものだったのだろうか?

 なら……葉山ではなく、俺を応援してくれていた……?

 いや、まさかな……。

 うん、まさかだ。

 ああ、なんだか顔が熱い。

 汗も凄いし、やっぱ体育なんて真面目にやるもんじゃないな……。

 

 俺はそんな事を考えながら、逃げるようにクラスメイトの群れに紛れ、残りの体育の時間を適当にやり過ごしたのだった。

 

***

 

「センパーイ! はいこれ!」

 

 昼休み。

 柄にもなく体育で疲労した俺が、ベストプレイスで昼食を摂ろうとすると、一色がそう言って顔の大きさほどの割りと大きめな箱を手渡してきた。

 正直、この時点で嫌な予感しかしない。

 

「何コレ?」

「いいから、開けてみてくださいよ」

「後から代金請求されたりしない?」

「しませんよ! 私のこと何だと思ってるんですか!」

 

 これが小町だったら『何か欲しい物がある』とか『行きたい場所がある』とか、その後の展開も読みやすいのだが。最近の一色の行動原理が謎すぎて少し怖い。

 まぁ、このタイミングでこのサイズなら弁当とかなのだろうが。

 一応今日はもうすでにウインナーロールとナポリタンロール、それにツナサンドを購入してあるのでこれ以上デブ活をするつもりはないんだけどなぁ……。

 

「じゃじゃーん!」

 

 しかし、そんな俺の予想の斜め上をいく一色いろはが、掛け声とともに箱の蓋を開けるとソコから飛び出してきたのは──。

 

「いろはちゃん特製クッキー詰め合わせでーす!」

 

 そう、そこには丸やら四角やらハート型やら大小様々大きさのクッキーが大量に敷き詰められていたのだった。

 

「センパイ、私のクッキー好きなんですよね? 遠慮せずいっぱい食べてくださいね」

 

 一色はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながらそう言って箱の中身を俺に見せ付けてくる。

 所々にジャムっぽい赤や、チョコっぽい黒やら白やらもあって、カラフルといえばカラフルな色合いなので、俺の手元のパン類よりはよほど食欲をそそられるようにも思えるのだが……。

 いや、どう考えても昼に二人で食う量じゃないだろコレ……え? この子──馬鹿なの?

 

「本当は週末に先輩のお家に直接持って行こうと思ってたんですけど、一昨日はママと新しいクッキー作りに挑戦してたら失敗しちゃうし、昨日は良い入れ物が無くてパパに車出してもらったりしてて……結局渡すの今日になっちゃいました……。あ、でもコレは今朝早起きして作ったやつなので出来立てほやほや──とはいえませんけど……食べてくれます……よね?」

 

 一色はそんな俺の呆れ顔を理解してかそうじゃないのか、矢継ぎ早にそう捲し立てると、ウルウルと瞳を潤ませ、不安げに俺を見上げて来る。

 こいつ……絶対分かっててやってるだろ……。

 

「……いや、昼飯にこの量のクッキーは流石に……」

「まぁまぁ、偶にはいいじゃないですか、ほらあーん♪」

 

 しかし、一色はそんな俺の返答など無視して、先程までの態度とは一変、楽しそうに箱の中のクッキーを一つ摘むと、ポイッと俺の口に放り込んで来た。

 ツナサンドとはとても合わなそうな、紅茶のような香りと爽やかな甘みが口の中に広がっていく。

 くそ……せめて食後のデザートにして欲しかった……。 

 このパンどうしよ……。

 

「貴女たち……いつもこんなコトをしているの……?」

 

 そうして、俺が少し泣きそうになりながらクッキーを咀嚼していると。

 突然背後からそんな声が聞こえ、俺は思わず肩を震わせる。

 まずい、こんなトコロを見られたら……今後の俺の高校生活に支障が!

 そう思い、慌てて振り返る。

 

「雪ノ下?」

「雪乃先輩? なんでこんな所に?」

 

 すると何故か、そこには雪ノ下雪乃の姿があった。

 雪ノ下は呆れたように腕を組みながら仁王立ちで俺たちを見下ろして来ると、つかつかと俺達の方へと近づいてくる。

 その手には自販機で買ったであろう紙パックのジュースが二本。華奢な体型とは裏腹に意外と食いしん坊キャラなんだろうか……? いや、それとも昼は飲み物だけで済ませる派か? 

 

「……ちょっと、罰ゲームを……ね」

「罰ゲーム?」

 

 雪ノ下が言いにくそうにそう言うのと、雪ノ下の背後からパッタパッタという少し頭の悪そうな足音が聞こえて来るのはほぼ同時だった。

 

「あ、ゆきのんいたいた!」

 

 俺たちが「罰ゲーム」という言葉に首を傾げていると、今度は由比ヶ浜が雪ノ下に抱きつくようにして現れる。

 妙に二人の距離感が近く感じるのは、女子同士だからだろうか?

 それとも単に由比ヶ浜のパーソナルスペースが狭いせいなのだろうか?

 なんにしても、今の合流シーンが漫画のひとコマだったら、雪ノ下の二の腕辺りに「ぽよん」という擬音が描かれていたことだろう。

 全く、目の毒である。けしからん。非常にけしからん。

 

「結衣先輩?」

 

 しかし、そんな感想を持ってしまった俺とは対象的に、一色は由比ヶ浜の登場に少しだけ体を強張らせていた。

 一応この間の件は片付いたはずだが、やはり、コイツの中でまだ整理しきれていない部分があるのだろう。

 また暴走しないように注意しておかなければ。

 

「あれ? いろはちゃんだ、やっはろー♪ ってヒッキーもいる!?」

 

 って、俺に気づいてなかったのかよ……。

 まあ、いいけど……。

 

「何? 俺が居ちゃ悪いの……?」

「べ、別にそういう意味じゃないけど……」

「暖かくなったし、色々出てくる季節だものね……本当に嫌になるわ……」

「おい。人を害虫みたいに言うんじゃない」

「あら、そんな事一言も言った覚えがないのだけれど? ヒキガエル君」

「言ってるから、カエルって思いっきり言ってるから……」

 

 なんで俺の小学校の時のあだ名知ってるんだよコイツ。

 おかしい、元々ここは俺だけのベストプレイスだったはずなんだが……何故か俺のほうが異物扱いされているみたいだ。

 過去のトラウマが蘇る前に早いところお帰り願わなければ……!

 

「……んで、罰ゲームってなんなの?」

「ああ、それはね。私とゆきのんでじゃんけんで負けたほうがジュース買ってくるっていう罰ゲーム付きのじゃんけんしてたんだ」

「……それで、雪ノ下が負けたわけか」

「大変遺憾なのだけれど……そういうことよ」

 

 そうして俺が話を本題に戻すと、雪ノ下は心底悔しそうにギリッと下唇を噛み締め、地面を睨みつけた。

 いや、そこまで悔しがらんでもいいだろ……。

 どうやら、雪ノ下は相当な負けず嫌いのようだ。

 しかし、それならそれで別の疑問が浮かぶ。

 

「まあ、雪ノ下の事情は理解したが……、なんで勝った由比ヶ浜もココにいるの?」

 

 そう、雪ノ下がここに来た理由が罰ゲームなのであれば、由比ヶ浜がここにいる意味が分からないのだ。

 誰か他のメンツを含めた三人以上でやってたのか?

 エア友達のともちゃんでも居るのだろうか?

 幻の三人目とか超怖い。

 

「だって、一人で待っててもつまらないじゃん」

 

 しかし、そんな俺の問いに、由比ヶ浜はさも当然という顔をしてそう答える。

 ……罰ゲームって何だろう?

 

「だからって……貴女が付いてきたら罰ゲームの意味がないでしょう? ……貴女とはもう二度とやらないわ」

 

 全くもって雪ノ下の言う通りだ。

 どうも俺の友達はお人好しというか、色々足りていないような気がして心配になる、なんなら罰ゲームを押し付けられたりしそうまである。

 俺がしっかり指導しなくては……友達として!

 

「なんだか賑やかだね」

 

 そうして「ええー! ゆきのんゴメンってばー!」と雪ノ下に張り付く由比ヶ浜を見ながら、俺が友人・由比ヶ浜のセキュリティについて考えていると、今度は別方向から聞き慣れない声と共に新たな闖入者がやってきた。

 また女子だ。

 

「あ、さいちゃん。やっはろー!」

「さいちゃん?」

 

 由比ヶ浜に“さいちゃん”と呼ばれたその少女は、昼休みだというのに何故かジャージ姿でテニスのラケットを抱えながら俺にニコリと微笑みかけてくる。

 天使だろうか? 可愛い。そして、額から僅かに光る汗が妙に色っぽい。

 一色、雪ノ下、由比ヶ浜その全てとまた違うタイプの守ってあげたくなる系の美少女の登場に、思わず俺の心がときめいてしまう。

 トゥンク。これが……不整脈?

 

「うん、同じクラスのさいちゃん」

「そっちは一色さんと雪ノ下さん……だよね? 戸塚彩加です。よろしくね」

「は、初めまして」

「……よろしく」

 

 少女は由比ヶ浜とは知り合いのようで、俺の背後にいる女子二人にそう挨拶をすると、再び俺へと視線を合わせた。

 無視をされているというわけではなさそうなのだが……その挨拶に俺の名前は含まれていなかった、ココは俺も自己紹介をしたほうが良いのだろうか?

 

「えっと、結衣先輩と同じクラスって事はセンパイとも同じクラスってことですよね?」

「うん、比企谷君とは一年の時からずっと同じクラスなんだ」

 

 しかし、俺が何かアクションを起こす前に、一色にそう言われ俺は一瞬固まってしまう。へ? 同じクラス? 一年から?

 いや、でも確かに由比ヶ浜と同じクラスなら俺とも同じクラスなはずだな……。

 え? そうなの?

 俺が慌てて戸塚の顔を覗き込むと、戸塚は少しだけ恥ずかしそうにハニカんだ。

 どうやら、嘘を付いているとか、俺を揶揄っているという感じでもなさそうだが……。

 哀しいことに俺の脳内には戸塚彩加という少女についてのデータが全く保存されておらず、俺はただただ困惑することしか出来なかった。

 

「え? あれ? そ、そう……だっけ?」

 

 俺のその言葉に、戸塚の顔が一瞬で凍りつく。

 というか、戸塚だけじゃなくて俺以外の全員凍りついていた。

 もしかして俺、何かやっちゃいましたか?

 

「センパイ……さすがにソレは……」

「貴方……クラスメイトのコトも覚えていないの……?」

「そういえばヒッキー私のことも覚えてなかったよね、最低……」

 

 三者三様に俺に冷たい視線投げつけてくる。今にも凍傷ダメージを負ってしまいそうだ。

 しかし、そんな三人の視線より何より応えたのは当の戸塚が、まるで叱られた子犬のようにシュンと肩を落としたまま俺を見てくることだった。

 

「あはは……僕、影薄いから……仕方ないよ」

 

 うっ……流石に心が痛い。

 悲しそうに笑う戸塚に、俺は思わず「す、すまん……」と謝罪の弁を述べてしまう。

 でも仕方がないじゃないか、去年はクラスの連中との関わりなんてほとんどなかったのだ。

 むしろ女子に囲まれている今のこの状況のほうが異常である。

 いや、本当ここの女子密度高すぎじゃない? どういうことなの?

 いつからここは女子専用スペースになったの? やっぱり俺が異物なの?

 もう明日から別の場所で飯食おうかな……。

 

「ま、まあヒッキーのことは置いといて! それよりさいちゃんは昼練?」

 

 そんな少し淀んだ空気を敏感に感じ取ったのか、由比ヶ浜が分かりやすく話題を逸らしてくれた。

 さすが俺の友達だ。

 まあ、それで俺の居心地の悪さが解消されるわけではないのだが……。

 

「うん、ずっとお願いしてたんだけど、ようやくコート使わせてもらえるようになったんだ」

「さいちゃんテニス部だもんね、頑張ってるんだ」

「うちの部弱いから……もっと頑張らないと。そういえば比企谷君もテニス上手だよね、もしかして経験者?」

「へ? ヒッキーそうなの?」

 

 正直もう放っておいて欲しかったので無視しようかと思ったのだが、間抜けな顔を向けてくる由比ヶ浜とは対象的に、戸塚の表情には何故か少しだけ期待と羨望のようなモノが含まれていて、俺は思わずグッと息を呑み戸塚と視線を交わしてしまう。

 

「……いや、別にふつ──」

「そうなんですよ! センパイ、テニスメチャクチャ上手なんです!」

 

 しかし、何故かその問いに答えたのは一色だった。

 一色は興奮気味に鼻息荒くそう主張すると「ね?」と俺の顔を覗き込んで来る。

 いや、なんでちょっと嬉しそうなんだよ……。

 葉山相手に思いっきり空振ってたトコロお前も見てただろ……。

 

「へぇ、意外ね。貴方にそんな特技があったなんて」

「いや、別に……特技ってほどでもない、普通だ普通。経験者ってわけでもない」

 

 当然、これは嘘ではない。

 別に中学の頃テニス部だったこともなければ、実はアメリカ出身でジュニア大会に四連続優勝したとかいう経歴もなければ、ミュージカルに出演したコトもなかった。

 経験があるとすればマ○オテニスぐらいだ。

 ……ん? ミュージカル?

 

「でも、葉山先輩との試合、結構いい線言ってたじゃないですか?」

「試合じゃない、あんなん遊びだ遊び……っていうか授業中はよそ見しないでちゃんと先生の話聞いて勉強しなさい?」

 

 何かが頭の中で浮かびそうになった瞬間、一色にそう言われ、浮かびかけていたイメージはハジケ飛んでしまったので、そのまま一色の間違った見解に反論する。

 そもそも一色含む一年女子が窓際に集まっていたあの時間、俺たちは体育の授業中だった。

 それはつまり一色達のクラスも授業中だったという事を意味する。

 なのにそのタイミングであれだけの人数がコチラを見ていたのは一体どういうことなのか? 担任は何をやっているのだ。ちゃんと叱ってもらわなければ。

 

「自習で暇だったんですよ……」

 

 ……なるほど、自習だったのか。

 でもな、一色。

 

「……自習の意味知ってる?」

 

 自習は決して遊んで良い時間という意味ではない。

 少なくとも他の教師の目に止まるような事をするのはNGだ、出席が取り消されるなんてことにもなりかねないからな。

 その辺、コイツは危機管理が甘い。

 だからこそ俺はそう言って一色を注意したのだが、一色は何も答えず、ただニコリと笑みを返して来ただけだった。

 ソレを見た俺がハァとため息を吐くと、そんな俺達のやりとりを見ていた戸塚が少し嬉しそうに声を弾ませながら話し始める。

 

「でも本当比企谷君はテニス部に欲しいぐらいだよ、フォームがね、すごくキレイなんだ」

「へー……」

 

 あれ? なんで戸塚は女子なのに俺のフォームなんて知っていんだ?

 俺と同学年なら男子と女子は体育別なはずなのだが……。

 戸塚も一色みたいに自習か何かであのラリーを見ている時間があったのだろうか?

 そんな事を考え、顔をあげると戸塚は「ね?」と可愛らしく首を傾げていた。

 その顔にはお世辞とか社交辞令とか言った意図が含まれているとは思えず、俺も思わず顔を赤らめてしまう。

 

「そうだ! 比企谷君、よかったらテニス部入らない? 一緒にやろうよ!」

「い、いや、俺放課後はバイトあるから……」

「そっか……残念。でももし気が向いたらいつでも遊びに来てね?」

 

 何故かジト目で俺を睨んでくる一色を無視しながら、なんとか理性で戸塚の誘いを断ると、戸塚は最後に「あ、じゃあ、僕そろそろ行くね。邪魔しちゃってごめんね」とテニスコートの方へと戻っていった。

 ソレを機に、由比ヶ浜と雪ノ下も「それじゃそろそろ私達も」と校舎へと消えていく。

 残されたのは一色と俺の二人だけ。

 まあ、ここからテニスコートは丸見えなので、戸塚の姿は目で追えるんだけども……。

 

「センパイ?」

 

 そうして小さくなった戸塚の背中を見つめていると、一色が不機嫌そうな声を上げ俺を睨みつけてきた。

 

「な、なんだよ……」

「むー……なんでもないです! ほら! 早く食べちゃって下さい! お昼休み終わっちゃいますよ!」

「むがっ!」

 

 そう言うと、一色はまるで自販機にコインを入れるように次々と俺の口へクッキーを放り込んで来た。

 うう……塩気が欲しい。

 どうせならアイツラにも手伝って貰えば良かったな……。

 

 俺はその事を心底後悔しつつ、渡されたクッキーの山を処理していったのだった。




というわけで戸塚登場回でした!
正直なトコロ、83話は今戸塚の依頼編まで一気に終わらせるつもりだったのですが半分しか進みませんでした
相変わらず文字数が読めなくてすみません。

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