やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。   作:白大河

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※4/13 23:00 小町とのやりとりを修正・変更しました。


第9話 家庭教師初日の終わりに

──Iroha──

 

 あれから、皆で夕食を食べ、またしてもママの質問攻めにあったセンパイが帰ったのは九時を回った頃だった。

 

「ふわぁぁぁぁ……」

 

 私はお風呂から上がり、完全に寝る準備を済ませるとベッドに身を投げ出し、大きなアクビをする。今日は疲れた……。朝からお昼にかけては部活の練習試合。夕方からは家庭教師。

 そして夕食。いつの間にか帰ってきていたパパと会った時のセンパイがビクッとしたのは忘れられない。凄い緊張した声で挨拶してたよね。正直ちょっと近づくのを躊躇ってしまいそうな状況を思い出し、クスクスと笑いが溢れる。

 

 そういえばいつもの四人掛けテーブルが埋まるのもなんだかちょっと新鮮な感じだったなぁ。お爺ちゃん達やお客さんが来る時はテレビの前のローテーブルか、和室を使う。四人掛けテーブルを使うのは本当に家族だけなのだ。まるで本当にセンパイが家族になったみたい。彼氏を両親に紹介するのってこんな感じなのかなぁ? まあセンパイは彼氏じゃないから今日のことは予行演習みたいなものだと思うことにしよう。

 

「でもママはやっぱり張り切りすぎだよね」

 

 今日のメニューはハンバーグだった。それも特大の。一個でもお腹いっぱいになりそうなのにそれがセンパイの目の前には三個。パパでも二個だったのに……。

 センパイもちょっと引いてたよね……。でも全部食べてたのはさすがに男の人っていう事なんだろうか。そんなに食べる人だとは思ってなかったからびっくりした。

 

 私は一個で十分食べ過ぎっていう感じ、明日ちょっと運動しなきゃ……あんなの一個でも太っちゃうよ……朝ご飯は軽めにしてもらおう。

 パパも一個だけ食べて後は残してたからやっぱり普通に多すぎたんだと思う。

 

「そう言えばパパも今日はご機嫌だったなぁ」

 

 やっぱりセンパイがいたせいだろうか? いつもはどちらかと言うと聞き手側なのに、ママと一緒になってセンパイにあれこれと話を振っていた。

 

「でも私の昔話とかはやめて欲しかった……」

 

 やれ『幼稚園の時の先生が初恋だった』とか『パパに抱っこしてもらわないと寝られなかった』とか『おむつが取れたのは何歳だった』とか。本当に信じられない!

 あー……思い出してきただけでも顔から火がでそう。

 そんな風に今日の出来事を頭の中で反芻しながら私は目的もなくスマホをいじり、今日のLIKEでのやり取りを見返していた。

 

 まずは部活関係。

 後輩マネージャーの子やキャプテンから色々連絡がきている。

 みんなから頼りにされるのは嬉しいけど、もう私引退なんだよね、来年とか大丈夫かな?

 今日の試合も三年生がほとんど出てなくて惨敗だったし、ちょっと不安。

 

 次はママ。

 

【八幡くん何時ぐらいに来るかわかる? ちゃんとお迎えに行ってね? あ、でもお買い物もあるしママが行こうか? 八幡くん嫌いなものとかあるかしら? 男の子だしお肉でいいわよね?】

【恥ずかしいことしないで! それにセンパイご飯は食べていかないって言ってたよ】

【ええ~? でも授業終わったら七時回っちゃうじゃない? お腹空いてると思うなあ。もうお米研いじゃったのよ? 残ったらいろはちゃん全部食べてくれる? 太るわよ? だから今日は食べていってって言っておいて? それで何時にお迎えにいけばいい?】

【あー、もう! 私が行くからママは家にいて! 】

【そう? それならお買い物もよろしくね♪】

 

 この後はずらりとお買い物リストが並べられている。我ながらよくこんなに沢山の買い物をしたものだ。正直重たすぎて家まで持って帰れるか不安だった。

 まぁセンパイが持ってくれたんだけど……あれには驚いたなぁ、ああいう事を自然にやる人だとは思わなかった。ちょっとだけ今日の評価をプラスしてあげてもいいかもしれない。でも意外と女性慣れしてたりするのかな?

 

 次にお爺ちゃん。

 

【今日八幡くるんだろ? 暇だし儂も行っていいか?】

【来なくていいから!】

【なんだ? もう二人きりにしてほしいのか? 進展早いな】

【早くないから! 第一あれ以来一回も会ってないよ!】

【なんだつまらん】

 

 全くお爺ちゃんは本当に何考えているんだろう? っていうかお爺ちゃんがセンパイの事好きなんじゃないの? 会いたいなら自分の家に呼べばいいのに……。

 そして次のメッセージが送られて来たのは私達が夕食を食べている頃だった。

 

【蛇々庵なう】

 

 蛇々庵は高級焼肉店だ。

 写真も添付されていて、そこにはお爺ちゃんとお婆ちゃんと、あと暗くて顔がよく見えないんだけど女の子……? が写っていた。すごく美味しそうなお肉をお箸で摘んでいる。

 私でも数年に一回連れて行ってもらえるかどうかのお店なのに! なんで孫の私を誘ってくれないの? っていうか誰この子……?

 拡大してみてみるけれど、やっぱりよくわからない。可愛い子、だと思う。多分私と同じくらいの年……? え? まさか援助交際……!?

 お婆ちゃんもいるし変な関係の子ではないよね?

 また許嫁とか言われたらどうしよう……隠し子とか……? 年が離れてるから隠し孫? 何をするか分からないお爺ちゃんの事だから可能性は十分ありえる。

 いや、多分ないとは思うけど……一瞬脳裏に浮かんだその考えが否定しきれず、その子が誰なのか結局聞く事ができなかった。

 今度お婆ちゃんにこっそり聞こう。

 

 最後にセンパイ。

 

【今日ってカテキョの日ですけど、ウチ来ますよね? 電車乗ったら連絡下さい。駅まで迎えに行くので】

【了解】

【今から電車乗る。十分位でそっちつくと思う】

 

 そして私からのスタンプが一つ。今日のやりとりの中では一番短い。

 この人、仮にも私の許嫁っていう自覚あるのかな? もうちょっとコミュニケーション取ろうとか考えないの?

 別に許嫁らしくして欲しいとかじゃないけど適当に相手されてる気がしてちょっとだけモヤモヤする。

 本当だったら【今日はお疲れ様でした】って送ったほうが良いんだろうけど……どうしよう? うーん、私から送ったら変に思われるかな?

 でも今日は割と楽しかったし、大丈夫だよね?

 そう、楽しかったのだ。目的が家庭教師とはいえ男子と自分の部屋で二人きりなんて初めてだし、会話が続かなかったらどうしようとか、実はちょっと、ううん、かなり警戒していたんだけど、駅に迎えに行ってからずっと自然に話題は出てきたし、授業の一時間も本当にあっという間だと思えてしまったのだ。

 多少挙動不審な所はマイナスだけど、全体でみれば割と紳士的で好印象、授業はほとんどしてないけど、教科書を見ている時の説明の仕方なんかは確かに頭も良さそう。それが家庭教師初日のセンパイに対する感想。

 これだったら来週以降もやっていけるかな?

 私はそんな風に今日の事を振り返りながらメッセージを打ち込む。

 

【今日はお疲れ様でした。お腹大丈夫ですか? 来週はちゃんとした授業お願いしますね? 次はお迎えにはいきませんので、よろしくお願いします♪】

 

 なんだか色々伝えようとすると妙に長くなってしまう、でも『お疲れ様でした』だけじゃ、あのセンパイは返信もしてくれなさそうだし、こんなもんかな?

 さて、センパイの返事は……?

 

【お疲れさん、腹は大丈夫だ、夕飯ご馳走様ですって伝えておいてくれ、んじゃまた来週】

 

 妙にぶっきらぼうな文面はセンパイの喋り方そのもので、何もしなくても頭の中で再生される、きっとあのやる気のない顔でこの文面を打ったのだろうというのが容易に想像できて思わず口元が綻んでしまった。

 

 

 

 

 

──Hachiman──

 

「ごみぃちゃん? ちゃんといろはさんにLIKEした?」

「ちょうど今連絡きたから返したよ、……ほれ」

 

 俺がスマホの画面を見せながらそういうと小町はウンウンと頷いた。

 

「って何これ……? これだけ? もっと色々書くことあるでしょうに……」

「今日は帰る時にも挨拶したんだからいいだろ……」

「ダメ! こういうちょっとしたコミュニケーションが大事なんだから! ちょっと貸して!」

 そういうと小町は俺からスマホを奪い、その場でしゃがみ込むと目にも留まらぬスピードでメッセージを入力し始めた。

 何を打っているのかと俺は小町の肩越しにスマホを覗き込む、すると、ふと鼻が嗅ぎ慣れない匂いを感じ取った。

 

「……お前なんか焼き肉臭くね? 今日焼き肉だったん?」

 

 その言葉で小町は一瞬ビクリと肩を震わせる。

 やばい、妹とは言え女の子相手に『焼き肉臭い』はさすがにまずかっただろうか?

 

 俺が一色の家で食事を摂ることになり、小町に【今日の夕飯いらない】とメッセージを送った後、秒で【え? はじめから作ってないよ?】と返ってきていた。一瞬泣きそうになったが。『作ってない』ということは残り物やインスタント食品、それか外食で済ませたという事だろう。もしひもじい思いをさせてしまったなら詫びをせねばならんが、この匂いは紛うことなき焼肉、焼肉弁当か何かだろうか?

 

「ぐふ……ぐふふ」

 

 しかし、小町からの返答はなくその後頭部から聞こえるのは妙な笑い声……笑ってる、でいいんだよなこれ? どうしよう小町が壊れちゃった。

 

「げへへ、実は小町は今日『蛇々庵』の焼き肉を食べてしまったのです」

 

 小町はとても中二の女の子とは思えない下卑た笑い方で振り返ると、器用に両手にスマホを持ちながらダブルピースを決めそう言った。俺のスマホとは色違いで妙にカラフルなカバーに包まれた小町のスマホを俺に見せつけてくる。そこには『蛇々庵』の看板の前で自撮りをする小町の姿が写っていた。

 

「なん……だと……?」

 

 有名芸能人御用達という超高級焼肉店『蛇々庵』……名前は聞いたことはあるが本当に実在するかどうかも定かではないというあの店にこの兄を差し置いて先に行っただと……?

 

「え? なんで? どう言うこと? 今日何かのお祝いなの? 俺全然知らされてないんだけどおかしくない?」

「おかしくないよ、お兄ちゃんはいろはさんの所でご飯食べてきたんでしょ? だから【はじめから作ってないよ】って返したじゃん」

 

 いやいや。俺出かける前までは、普通に帰って飯食う予定だったからね? たまたま一色の家でご馳走になる事になっただけであって、食べずに帰ってきてたら、俺抜きで焼き肉とか確実に泣いてたよ?

 とはいえ、もし焼き肉じゃなく、家に飯を用意されていても食えなかっただろう。なにぶん今日は食いすぎた。『夕飯いらない』と連絡したのが急だったという負い目もある。

 ここは小町に先見の明があったと褒めるべきなのだろうか? だが俺をハブにして焼き肉に行ったというのも事実だしなぁ、普通に文句を言っていい気もする、非常に判断に悩む案件だ。

 

「めっちゃおいしかった! です!」

 

 俺がこの焼肉娘をどうしてやろうかと悩んでいると、小町はウインクをしながら俺のスマホを放り投げた。

 慌ててキャッチする俺に「ナイスキャッチ」とサムズアップをすると、小町は『この話はおしまいだ』と言わんばかりにダダっと風呂へと走り去っていく。

 まあ、一色の家で出たハンバーグも美味かったからいいけどね……。でも後で親父は問い詰める。ギルティ。俺だって焼き肉は食いたい。そんな事を考えていると、廊下から再び小町の声がした。

 

「ねぇお兄ちゃん?」

「ん?」

 

 声がしたので廊下を覗き込むと、小町が上半身をタオルで隠したまま、風呂へと繋がる洗面所から顔をこちらに覗かせていた。その顔は先程までとは違い、その瞳はまっすぐに俺の目を見据えている。

 

「もう小町も子供じゃないんだから、あんまり気使わなくていいんだからね?」

「どういうこと?」

「ご飯、食べたければ外で食べてきていいんだよって事」

「いや、特別外で食べたいわけじゃ……」

「ま、いいや。それだけ」

 

 それだけ言うと小町は再び風呂場へと消えていった。

 一体なんなんだ……?

 俺は頭にクエスチョンマークをつけたまま、まだアプリが開かれたままのスマホを確認した。

 

【お疲れさん、腹は大丈夫だ、夕飯ご馳走様ですって伝えておいてくれ、んじゃまた来週】

【それはママに直接言ってあげてください。多分喜ぶので】

 

 食べたければってこの事か?

 一色からの返信が来ている以外特になにもおかしな点はない。小町は俺のスマホで何をしていたのだろう?

 俺は小町の意味深な言葉に占拠された頭で一色への返信を考え、文字入力画面を呼び出す、しかしそこには更に打ち掛けのメッセージが一つ残されていた。

 

『可愛い許嫁の手料理も食べたいな。ってお兄ちゃんが言ってました。兄の事よろしくお願いします♪』

 

 何打とうとしてるのあの子?

 危うく送信ボタン押す所だったわ。危ない危ない。トラップすぎるだろ。

 俺は誤送信しないよう慎重に一文字ずつメッセージを削除していく。

 しかし、その瞬間、タイミング悪くピコンと通知音がなり、一度スマホが震え、指先がほんの僅かにすべった。

 

【ママ今日はご機嫌だったのでセンパイが言えばまた作ってくれると思いますよ? 何かリクエストとかありますか?】

【可愛い許嫁】

 

 ああああ!?!!

 削除しきれなかったメッセージの一部が送信されてしまっている。夕飯のリクエストが可愛い許嫁とかこれもうセクハラじゃない……?

 こんなの送ったら一色のことだから……。

 

【え? なんですかリクエストが可愛い許嫁とか告白のつもりですか? 私LIKEで告白とかありえない派なのでせめて直接顔見ながら言えるようになってからにして下さい、ごめんなさい】

 

 ほら、フられた。知ってた。まさか家に帰ってまでフられる事になるとは思ってなかったわ。俺今日だけでフられすぎじゃない?

 

【すまん、妹が俺のスマホで遊んでた、今のは気にしないでくれ】

【はぁ? 都合が悪くなったら妹さんのせいにするのちょっとどうかと思いますよ?】

 

 いや、本当に小町のせいなんだけどね? これはもう明日お仕置きをするしかない。

 俺は一色への言い訳を打ちながら、そう決意し、なんだか色んな意味で痛み始めた胃だか腹だかをさする。

 今日は胃薬を飲んでもう寝よう……。




エイプリルフールネタに関しまして、「本編と直接関係ない(パラレル)なら別作品として投稿してほしい」というご意見をいただきましたので。
取り下げ、後日別作品として投稿しようと思います。失礼いたしました。

来週も土日ぐらいに更新できたらいいなと思っているのですが……
古戦場のためちょっと遅れるかもしれません……(同業の皆様頑張りましょう)

今回も読んでいただきありがとうございます。
ちらほらメッセージも頂きまして本当にありがたい限りです。
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