やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
ちょっと(?)遅刻しました。
どたばたと慌ただしい日々が続き、気がつけば中間テストまで後一週間。
多くの部活は活動を休止し、職員室への生徒の出入りも禁止される期間へと突入していた。
教室内にはテスト前独特のピリピリとした空気が漂い始め、あちらこちらで「ノート貸して?」「範囲どこまでだっけ?」なんていう会話が繰り広げられている。
当然、そういった発言をしているのは成績に自信のない、比較的余裕のない生徒たちだ。
私含め──。
「結衣ー、今日皆で勉強会するけどアンタどうする?」
そんな私に、ある意味では救いの手とも言えるような声がかけられた。
声の主は私の所属するグループのリーダー的存在、三浦優美子。彼女の後ろには既に帰り支度を済ませている姫菜や隼人くん、戸部っちの姿もある。
彼女の言う『皆』というのは『いつものメンバーで』という意味なのだろう。
当然、そのメンバーの一員である私も、いつもだったら一も二もなくその誘いに飛びついていたところだ。
でも、その日は非常に、そのなんというか……タイミングが悪かった。
「あー、ごめん。今日はゆきのんに勉強教えてもらうって約束しちゃったんだよね……」
こういう断り方をするのは今年に入って二度目。
前にもゆきのんとお昼を食べるからって、優美子の誘いを断ったことがあったんだよね。
その時の優美子はあまりいい顔はしてくれなくて……私を迎えに来てくれたゆきのんと喧嘩みたいになっちゃったのを今でもよく覚えている。
まあ、最終的には優美子も私の言い分を理解してくれて、事なきを得たのだけれど、二度目の今回もそうだとは限らない。
だから、また前回みたいに責められるんじゃないかって少し不安になっていた……。
「あっそ」
だけど、優美子はそっけなくそう言うだけで、特に気にする風でもなく私から視線を逸し鞄を持ち上げるだけだった。
そのあまりにもそっけない態度に、もしかしたら愛想をつかされてしまったのかと不安にもなりながら、責められなかったという安堵感とほんの少しの寂しさもあって、私は思わずポカンとその場に立ち尽くしてしまう。
「どしたの? 約束あるんじゃないの?」
「あ、う、うん。本当にごめんね。また誘って」
そんな私を不審に思ったのか、姫菜が怪訝そうに首を傾げ私を見てくる。
いけないいけない。寂しがってる場合じゃなかった。
今は急いでゆきのんのところへ行かなければならないのだ。
ゆきのんは割りと時間にウルサイところがあるから、こちらもこちらで遅れたら何を言われるか分かったものではない。
私は別れの挨拶もそこそこに「ごめんね」と鞄を持って教室を出ようと駆け足で教室の扉へと向かう。
「ヒキオはどうする?」
「へ? 俺?」
その瞬間、優美子が別の人物へと声をかけた。
それは意外な人物。
思わず私も「え!? ヒッキーも行くの!?」と足を止め、振り返ってしまう。
「いや、俺今日バイトだから……」
「あんたテスト期間ぐらいバイト入れるのやめたら?」
「そういう訳にもいかないんだよ……」
でも、ヒッキーは何故自分が誘われたのかわからないとでも言いたげ表情で面倒くさそうにそう断ると、鞄を肩に引っ掛けるようにして私の方──正確には教室の出口──へと歩いて来た。
「ヒ、ヒッキー!」
「ん?」
突然のヒッキーの接近に、私は思わず声をかけてしまう。
でも、自分がなんでヒッキーを呼び止めたのかは分からなかった。
いっそこのままゆきのんとの勉強会に誘ってみるか?
あれ? でもヒッキー、バイトだって言ってたよね?
えっとえっと……何か言わなきゃ……! 私は「あ、えっと、その……」と頭をフル回転させ、次の言葉を考える。
「バ、バイト! 頑張ってね!」
「おう、サンキュ」
そうして、ようやく捻り出した言葉を聞くと、ヒッキーは鞄を持った方の手を軽く上げ去っていった。
なんで、ヒッキーに声をかけるだけでこんなに心臓がドキドキするんだろう?
ほんの少し前までは、もう少し普通に話せてたはずなのにな……。
そんな事を考えながら、私はそのまま小さくなっていく彼の背中を眺め、高鳴る心臓を抑えながら、ゆきのんとの待ち合わせ場所へと向かったのだった。
***
「それで、一色さん? その後クラスの様子はどうなのかしら?」
「クラスの様子って?」
「例の噂のことよ」
私が待ち合わせ場所──部室に辿り着くとこっちはこっちでいつものメンバーが揃っていた。
ゆきのんといろはちゃん。
去年まで話したことのない二人と今、同じ部に所属し毎日のように顔を合わせているというのは改めて考えてみると少し不思議な感じもする。
あ、でもいろはちゃんとは文化祭のとき少し話したんだっけ。
あの時の子が、まさか後輩になって、しかもその……ライバルになるなんて人生って本当何が起こるかわからないものだ。
「やっはろー! ゆきのん、いろはちゃん。何の話してるの?」
「あ、結衣先輩どうも」
「こんにちは由比ヶ浜さん。一色さんの噂がその後どうなったのか、比企谷くんの案で問題がなかったのか確認していたのよ」
未だコチラに気づいていなさそうな二人に向かって、私が声をかけると二人がこちらに振り向き、そう説明してくれた。
つまり、先日のいろはちゃんへの悪い噂はどうなったのか? ということだろう。
それは、私もとても気になっていたことだったので「あ、それ私も気になる!」といろはちゃんの横に並ぶ。
「だから、何も問題なんてありませんってば。最近は変な目で見られることも減ってきてますし。寧ろセンパイの事聞いてくる人で煩いぐらいですよ」
そういういろはちゃんの顔はやけに得意げで、そして楽しそうだ。
少なくとも無理をしている、とかそういう感じではない。
恐らく、ヒッキーが考えた偽彼氏作戦はそれなりに効果を発揮したということなのだろう。
その事に私もほっと胸をなでおろす。
同じ女の子としても、先輩としても、いろはちゃんのあの噂は許せるものじゃなかったからね。
「やっぱりセンパイって凄いですよね。あ、ちなみに知ってます? そのセンパイって今私の彼氏なんですよ? か・れ・し」
「フリだけどね! フ・リ!」
とはいえ、「ふふーん」と自慢気に胸を張るいろはちゃんを見ているのはほんの少し、本当に少しだけだけどイライラしてしまう。
全くヒッキーってばアレ以外に何か、噂を消す方法を思いつかなかったのだろうか?
まあ、私も何も思いつかないから人のことはいえないんだけど……。
「なんですか? 結衣先輩羨ましいんですか? そりゃセンパイは格好良いし、頼りになるしで彼氏にしたくなる気持ちはわからなくもないですけど、誰かに譲ってあげるほどお人好しじゃないのでごめんなさい」
「べ、別に! 羨ましくなんかないし!」
正直に言えば少し羨ましい。
多分私はヒッキーのことが好き……なのだと思う。
多分、というのは自分自身よく分かっていないから。
だって、人を好きになるのなんて生まれて初めての経験なのだ。
サブレを助けてくれたから、なんて理由で人を好きになるほど私も単純じゃない……はずだし。
実際、一年の頃はなんだか目が腐ってて、怖い感じの人だなって思ってたぐらいだしね。
クッキーを渡したあの日だって別に告白なんてするつもりはなかった。
言いたかったのはあくまでお礼の言葉。それと『同じクラスになったからこれからよろしくね』っていう挨拶と、お礼が遅れたことへのお詫び。
いろはちゃんに色々言われすぎて、緊張とパニックで思わず変なことを口走りそうになっちゃったのは確かだけど、本当にそんなつもりはなかった。
でも……。
でも、改めて考えてみると。
去年一年、話すきっかけがないかなって、ヒッキーのコトを探していたのは事実で、気がつけば自然と目で追っていて……。
いろはちゃんの好きな人がヒッキーだって知ったときに気づいたのは、チクリという小さな胸の痛みと焦っている自分。
多分、自分でも気づかないうちに少しずつ、ヒッキーの存在は私の中で大きくなっていったんだと思う。
それが、決定的になったのは多分あの日……。
私たちが彩ちゃんから依頼を受けて、優美子や隼人くん達にテニスコートを使わせて欲しいと詰め寄られた時のこと。
あの日のヒッキー……凄かったなぁ。
いろはちゃんに頼られてるヒッキーはなんだか妙に頼もしくて。
ぱぱっと問題を解決して去っていくヒッキーは本当に格好良くて……。
やっぱり好き──なのかもしれないって思ってしまった。
もし、クッキーを渡したあの日、私がいろはちゃんの言葉に流されて、口を滑らせてしまっていたらヒッキーはなんて答えていたのだろうか?
もし、もう少し早くヒッキーに会いに行っていたら、いろはちゃんより一歩リード出来てたりしたのだろうか?
なんて……。
「とりあえず出ましょうか。あまり残っていると怒られてしまうわ」
「う、うん、そだね」
「はーい」
そんなどうしようもないことをグルグルと考えていると、ゆきのんの言葉で現実に引き戻される。
いけないいけない、とにかく今日はテスト勉強をするんだ。
私はモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、ゆきのん達に続いて部室を出ると、三人で昇降口へと向かって行ったのだった。
*
「それで? どこでやるつもりなの?」
校門を出たところで、そう問いかけてきたのはゆきのんだった。
よくよく考えてみると勉強をするにしても場所を決めていなかったのだ。
ふと思い浮かぶのはファミレスか図書館、それか私の家……?
うーん、悩みどころだ。
「私は別にどこでもいいよ?」
「ファミレスとかでいいんじゃないですか?」
どうやらいろはちゃんも同じ考えみたいだったので、私は「そうだね」といろはちゃんに同意し、頭の中で近くのファミレスを検索する。
駅前のファミレスが一番近いが、もしかしたら優美子達と合流してしまうかもしれないので、出来たら少し離れたところの方がいいかな……。
「え、駅前だと混んでるかもしれないから、あっちのファミレスにしない?」
「あっちのって裏のですか? 結構距離ありますけど、どうします? 雪乃先輩」
「別に場所はどこでも構わないわ……というより、一色さん? そもそも今日は由比ヶ浜さんに勉強を教えるという約束で、あなたを呼んだ覚えがないのだけれど?」
私の案に少しだけ難色をしめすいろはちゃんに、ゆきのんがそう問いかける。
実を言うと、ゆきのんの言う通りで、私もなんでいろはちゃんが居るのかよく分かっていなかった。てっきりゆきのんが呼んだのかと思っていたのだけれど……この様子だとどうやら違うらしい。
「いいじゃないですか、私にも教えて下さいよ」
「あなたと私たちでは学年が違うでしょう?」
「だって……センパイが今日もバイトだなんて思ってなかったんですもん。それなら雪乃先輩に教わるのも有りかなって」
てへっと舌をだして可愛らしく笑ういろはちゃん。
私に妹がいたらこんな感じだろうか?
ヒッキーが甘やかしたくなる気持ちも少し分かるような気がする。
「有りかなって……前々から思っていたのだけれど、一色さん? あなたもう少し年上に対する敬意というものを持ったほうがいいんじゃないかしら?」
でも、ゆきのんはそうじゃなかったみたいで、続けて厳しい意見をいろはちゃんに投げつけていく。
それでも負けないのがいろはちゃんの凄いところだ。
「むー……」と眉を潜めながらも、一歩も引かないという姿勢でゆきのんと対峙している。
「でも……雪乃先輩って“雪”って入るぐらいだから冬生まれですよね? 誕生日って何月ですか?」
「……一月だけれど?」
「ほらやっぱり、私四月生まれなんですけど、たった三ヶ月違うだけで先輩後輩って結構不公平じゃないですか? 私だって、あと一ヶ月早く生まれてればセンパイと同じ学年になれたのに……」
ココで言う『センパイ』というのは私たちではなくヒッキーのことを指しているのだろう。
こういうとき、いろはちゃんは本当にヒッキーの事が好きなんだなぁと感じる。
なんていうか、私たちの事を呼ぶときの『先輩』とはニュアンスが違うのだ。
いろはちゃんが『センパイ』と呟くときは本当に可愛くて、まさに恋する女の子って感じで、多分その呼び方にこだわり、というか特別な思い入れが有るのだと思う。
私もこれぐらい真っ直ぐに気持ちを表現できたら、状況が変わっていたのだろうか。そう思うと少しだけ羨ましいとも思ってしまう。
「それでも、私たちが年上なことに代わりはないでしょう。あなたが言っているのは単なる屁理屈よ」
「それは……そうかもですけどぉ……」
それでも一歩も引かないゆきのんにそう言われ、いろはちゃんはまるで怒られたときのサブレのようにしょんぼりと肩を落とした。
一瞬だけ場に沈黙が流れる。
少し気まずい。
まさか、本当にいろはちゃんを追い返すつもりはないと思うんだけど、どうにも雲行きが怪しくなってきた。
ゆきのんはあんまり気にしてないみたいだけど、私はこういう空気がとても苦手だ。
「へ、へぇ、ゆきのんって一月生まれなんだ? ちなみに私は六月なんだ!」
だからというわけでもないのだけれど、私はその場を少しでも和ませようと、そう言ってつい話題を繋げてしまった。
でも、それがまずかった。
「六月? って、もうすぐじゃないですか、何日ですか?」
「じゅ、十八日、だけど……」
「じゃあお祝いしないとですね、ね? 雪乃先輩!」
「え……ええ、そうね……」
「じゃあ、今日の勉強会終わったらお誕生日会の日付も決めちゃいましょ! ほら、早く!」
「え、ええー!? 別にいいよそんな……!」
私の言葉の意図を理解したのか、いろはちゃんもこのタイミングを逃すまいと一気にそうまくし立て、私たちの後ろに周り、背中をグイグイと押して来た。
ゆきのんも「わかったから、そんなに押さないでちょうだい」とため息を吐きながらも、諦めたように歩き始める。
どうやら、空気を変えることには成功したらしい。
でも、これではまるで自分の誕生祝いを催促したみたいになってしまった。うう……私のバカ……。
あまりにも考えなしに発言してしまった自分を責めながら、私はどうしたものかと言い訳を考えながら、二人と一緒に足を進める。
「──あ、あのね。だからそういう意味で言ったわけじゃなくて……!」
「分かってますよ……ってあれ? お米?」
そうしてワイワイ騒がしく三人で歩き、信号で立ち止まると、突然いろはちゃんが道路の向こう側へと視線を向けそう声を上げた。
「お米?」と、私とゆきのんもその視線の先を追うと、そこにはセーラー服を着た──恐らくは年下の──カップルらしき女の子と男の子がコンビニの看板の影に隠れるように腰をかがめ何やらコソコソと話し込んでいるのが見える。
いろはちゃんの知り合いだろうか?
「げ!? いろはさん」
「げ、とか酷くない? って……え? 何々? デート? もしかして邪魔しちゃった?」
「違いますよ、塾の友達です……そちらこそ、お友達と一緒なんて珍しいですね」
私たちが青になった横断歩道を渡り、その二人に近づいていくと女の子もいろはちゃんに気づき、「うぇぇ」とその可愛らしい顔を歪ませていく。
私たち──いろはちゃん──に見つかったのが相当まずかったのだろうか?
一方のいろはちゃんはというと、口元に手を置き、まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のようにニヤニヤと笑みを浮かべている。
こんないろはちゃんを見るのは初めてだ。仲が良さそうだけど……一体どういう関係なのだろう?
……友達? いやでも見た感じセーラー服で中学生っぽいし、もしかしたら妹とかだろうか? でもこの子……どこかで……?
「友達っていうか、部活の先輩」
「部活? ああ、色々な相談に乗ってるっていう、あのボランティア部の?」
「ボランティア部じゃなくて奉仕部ね。こっちが前に話してた部長の──」
そうして、解決されない疑問を抱えながら二人のやり取りを聞いていると、奉仕部の話題が出てきた。
どうやら女の子の方は奉仕部の存在を既に知っているようだ。
やはり相当仲が良いのだろう。
一体どんな話をされているのか、少し気になるところでもある。
「どんな話を聞いているのか、少し気になるけれど……部長の雪ノ下雪乃よ」
ゆきのんも同じ感想を持ったらしく、ため息混じりにそう名乗ると、女の子の方は「わわっ」と少し慌てたように姿勢をただし「こ、これはご丁寧に」と頭を下げた。
なんだか面白い子だ。
「それからこっちは……」
続いて、いろはちゃんが私の方へと視線を向けてきたので、私も自己紹介をしなければと口を開く。
でも私が何かを言うより早く、女の子が私の前で視線を止めて、少しだけ首を傾げていた。
「あれ? お菓子の人……?」
「お菓子の人?」
そう言われた瞬間、私はようやく全てを思い出した。
ああ、なんで忘れてたんだろう? 私のバカ!
そうだ、この子は……!
「結衣先輩? お米のこと知ってるんですか?」
「おこめ?」
「おこめじゃないです! 小町です!」
おこめちゃん改め小町ちゃんは不服そうにそう叫ぶと、ゆっくりと私の方へと視線を向けて来た。
その瞳は少し不安気で、ともすれば忘れていた私を責めているように見えるのは、私が彼女のことを忘れていたという罪悪感のせいだろうか?
「……えっと、確か去年兄のお見舞いに来てくれた方ですよね?」
「う、うん。由比ヶ浜結衣です。あの時はどうも……」
「いえいえこちらこそ。髪の色が違うので勘違いだったらどうしようかと思いました」
そう言われ、私はハッとした。
そうか、人違いかもしれないと思われていたのか。去年のあの時はまだ髪を染めていなかったので、分からなくても不思議ではない。
むしろ一度会っただなのに、よく私だと分かったものだと関心してしまう。
さすがヒッキーの妹といったところだろうか。
「へぇ……お見舞い……」
「お、お見舞いぐらい行くでしょ?」
「そうですね、でも一年ぐらいお礼に行かなかった人を知っているので私からはなんとも……」
「うぐ……」
改めてそう言われると辛い。
私だって別に、行きたくなかったわけじゃないのだ、実際あの事故の後病院にも行ったし、家にも行った。でもそのどちらもタイミングが悪かったから、その後どうやって顔を合わせたら良いか分からなくなってしまったのだ……。
「えっと……ということはつまり、あなたは……」
「あ、申し遅れました小町は比企谷小町と申します」
ゆきのんに促されるようにして小町ちゃんが自己紹介をすると、ゆきのんは『これで全て納得がいった』とでも言わんばかりに大きく頷いた。
そう、彼女はヒッキーの妹さんだった。
何故いろはちゃんがヒッキーの妹である小町ちゃんと仲が良いのかと言われれば……まぁ……多分……そういうことなのだろう。
思わぬところでいろはちゃんとの差を見せつけられてしまい、気分ががくんと落ち込んでいく。
「なるほど……つまり、比企谷くんの妹さんなのね」
「あ、雪乃さんも兄のことご存じなんですね」
「良くも悪くも……ね……」
ゆきのんの言葉に小町ちゃんは「あはは……」と力なく笑い、ため息を吐いてポリポリとこめかみを掻いた。
もしかしたら自分のお兄ちゃんの話をされるのは少し恥ずかしいのかもしれない。私は兄弟がいないので、そういう感覚はよくわからないのだけれど。
「……んで、結局お米はこんなところで何してたの? デート?」
そうして、一通り女の子の自己紹介が終わると、再びいろはちゃんがそう言って小町ちゃんの後ろの男の子へと視線を向けた。
「だからデートじゃありませんって……こちらはさっき偶然会った塾が一緒なだけの川崎大志君です」
小町ちゃんの紹介に少しだけ悲しそうな顔をされた男の子の名前は川崎大志というらしい。
当然、比企谷に続いて川崎と聞けば、私の中にもしかして? という考えが浮かんでくる。
「ども、川崎大志っす」
「川崎ってもしかして……サキサキの?」
私のクラスで川崎といえばサキサキしかいない。
川崎沙希。
少し近寄りがたい空気を出しているけれど、長いポニーテールが特徴的なクールでとてもスタイルが良い、クラスでもかなり目立つ女の子だ。
「あ、姉をご存知なんですか? そうです川崎沙希は俺の姉です」
「へぇ、サキサキって弟さんいたんだ。私、今年から同じクラスだよ」
どうやら私の予想は当たっていたらしく、大志くんはサキサキの弟さんだった。
言われてみると、確かに目元が似ている気がする。
世の中って案外狭い。
「それで。その川崎さんの弟さんと比企谷くんの妹さんがこんなところで何をしていたのかしら?」
「あー……えっと……言わなきゃだめですか?」
ゆきのんにそう詰め寄られると、小町ちゃんは罰が悪そうに視線を彷徨わせた。
そういえば、さっきから誰かに見つからないように隠れてる感じだし、何か人に知られてはマズイことでもしているのだろうか?
「何? 何か知られちゃまずいことでもしてんの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
よほど言いたくない事らしいが、そう言われると知りたくなってしまうのが人情というものなのだろうか?
いろはちゃんはそれでも納得いかないらしく「じゃあ教えなさいよぉ」とジリジリと小町ちゃんを壁際へとおいやっていく。
「……実は、さっき俺の姉をみかけたんです」
「お姉さんを?」
「何々? どういうこと?」
そんな小町ちゃんの様子を見かねて、助け舟を出したのは大志くんだった。
確かに大志くんのお姉ちゃん──サキサキ──が関係していることなら小町ちゃんの口からべらべらと喋るわけにはいかなかったのかもしれない。
でも、その大志くんの行動に小町ちゃんは「助かった」という表情を浮かべている様子ではなく、更に顔色を悪くしているように見えるのは何故だろう?
「実は最近、姉の様子がおかしくて……」
「様子がおかしいって、具体的には?」
「いやぁ、こういう個人的な事をお話するのは色々問題があるんじゃないかと……」
「心配しないで、守秘義務は守るわ」
「うん、奉仕部は色々なお悩み相談も受け付けてるんだよ。気軽に話してみて?」
「そうそう、もう観念してお姉ちゃんに話してみ?」
「いや、寧ろお義姉さん候補だから話せないというか……話さないほうが良いというか……」
『おねえさん』の言い方が少しだけ引っかかるけど何やら歯切れの悪い小町ちゃんの物言いに、私もつい好奇心が勝ってしまい、大志君に視線を向け話の続きを促していく。
「えっと……具体的って言われると難しいんですけど、なんていうか毎日楽しそうで、夜遅くまで誰かとスマホで連絡してるみたいなんです……」
「それは、いつ頃からなのかしら?」
「今年の四月ぐらいからですね」
「つまり、由比ヶ浜さんと同じクラスになってからということね」
「私のせいなの!?」
思わず大きな声を上げてしまう私に、ゆきのんは小さく「冗談よ」と呟いた。ゆきのんは意外とお茶目さんだ。
「っていうか、楽しそうなら別におかしいことなくない? 私も結構夜遅くまでスマホいじっちゃうし」
「ですね、彼氏が出来た可能性とかもありそうです」
「はい、俺ももしかしたらそうなのかなって思ったんですけど『んなわけないじゃん』って怒られて……」
実際、大志くんの話におかしなところは何一つないように思えた。
強いて言うなら、クールなサキサキが楽しそうにスマホをいじったり、男の人と会話をしている様子があまり想像できないというぐらいだろうか?
一体何が問題なのかが分からない。
「あー……その……やっぱり、この話やめません? 大志くんもやっぱりこういうのは止めたほうが……」
「それで、そのお姉さんの話と今ここであなた達がこうしている事がどう関係しているの?」
もはや小町ちゃんのことは完全にスルーしながら、ゆきのんがそう問いかける。
「はい、それでさっき偶然姉を見かけまして後を追っていたら、あの店に男の人と一緒に入っていったのが見えたんです」
すると、大志君がそう言って路地の先──住宅街の方角にある一件のお店らしき建物を指差した。
こんなところにこんなお店なんてあったんだ? 知らなかった。
「つまり……今あのお店で二人がデート中ということなのかしら?」
「そうなんです、だから相手がどんな人なのかだけでも確認しようと思ってたんですけど……小町ちゃんが……」
「いや、ほらこういうのはやっぱりプライバシーとかの問題もありますし、本人が話してくれるまでは放っておく方が良いんじゃないかなー? なんて……」
なるほど、状況は大体理解した。
確かに小町ちゃんの言い分も理解できないでもない。
でも……正直好奇心の方が勝っている自分がいる。今すぐに見に行きたい!
「確かに、姉弟とはいえ、プライバシーは尊重されるべきだわ。本人が隠しているなら、無理に暴こうとしないほうがいいんじゃないかしら?」
「ですよね! ですよね!」
しかし、ゆきのんは私とは違う感想を持ったらしい。
ようやく賛同者を得られた小町ちゃんも嬉しそうにゆきのんの手を握り、ブンブンと振っている。
こういう時、空気を読んでしまう私はつい「そ、そうだよね、良くないよね」と言いたくなってしまうのだけれど……。
「じゃあ代わりに私たちが見てきてあげようか?」
「え? いいんですか?」
そんな空気も読まず、いろはちゃんがそう言って大きく名乗りを上げる。
そして、私の心を見透かしたかのように、私の手を取って来た。
「結衣先輩も行きましょうよ! もしやばい人とかだったら心配じゃないですか?」
「あ、あー! そうだクレープ! クレープ食べにいきませんか!? 小町美味しいクレープのお店教えて貰ったんですよ!」
当然、それに焦ったのは小町ちゃんだ。
小町ちゃんはよほどいろはちゃんをあのお店に近づけたくないらしい。
一体何が有るんだろう?
「何言ってるの、こんな面白そうな状況見逃すわけないじゃん。ほら、雪乃先輩! 結衣先輩も!」
しかし、今更小町ちゃんが何を言ったところで諦めるはずもなく、いろはちゃんはゆきのんの手を取ってずんずんとお店の方へと歩き始めていく。
こうなったいろはちゃんはもう誰にも止められない。
それが分かっているからか、ゆきのんも諦めたように大きく一度ため息を吐くだけで、ソレ以上何も言わず、いろはちゃんに引きずられていった。
「ま、待ってよ二人とも!」
ずんずんと先に進んでいく二人に置いていかれまいと、私も慌てて二人の後を追う。
振り返れば、小町ちゃんと大志君が不安気に私たちを見つめていた。
「ごめんね、お兄ちゃん……小町はあまりにも無力だったよ……!」
*
そうして、二人に見送られながら進むこと数十メートル。
私たちは一件の喫茶店の前までやってきた。
そこはチェーン店ではない個人経営のお店のようで、あまり大きくはないものの、南の島を彷彿とさせるデザインの外観に、カラフルな装飾のされた比較的私たちでも入りやすい装い。
店の前に出されている手書きの看板にはチョークで『本日のおすすめ 手作り特製パンケーキ』と描かれている素敵なお店だった。
なんなら今日はここで勉強会をするのも有りかもしれない。
「ここね」
「う、うん」
そんな事を考えながら、私たちは恐る恐る窓から店内を覗き込む。
あまりお客さんは多くないようだが、たしかに営業中のようで、カウンター内ではマスターらしき男の人がコーヒーを淹れている。
カウンター席には年配のオジサンが一人。窓際の席にサラリーマン風の男の人が一人。学生が二人。
そして、窓からギリギリ見えるラインの奥の席に見覚えのある顔が座っているのが見えた。
勿論、サキサキがいるという話を聞いていたので見覚えのある人が居るのは当然なのだけれど……。
「ねぇ、アソコにいるのってもしかして……」
「そうね……」
私の言葉に、小さく頷くゆきのん。
やはり、私の見間違いではないようだ。
そこには確かに私のよく知る人物。ヒッキーの姿があった。
ヒッキーは対面の二人がけのテーブル席の片側に座り、もう片方に座っている誰かと話をしている。
「ねぇ、いろはちゃん、あれって」
その事に気が付いた私は、思わず隣りにいるはずのいろはちゃんに声をかけた。
けれども、いろはちゃんからの返事はない。
というか、いろはちゃんがいなくなっていた。
慌てて周囲を見回すが、背後には心配そうにこちらを見つめる小町ちゃんと大志くんの姿だけが小さく見えている。
一体どこに行ってしまったのだろう?
「あれ? いろはちゃんは?」
「あそこよ」
私がそう問いかけると、ゆきのんがそう言って店内を指差すので私は「え?」と、改めて店内へ視線を向ける。
そこにはすでに店内に入りヒッキーの隣に立ついろはちゃんの姿があった。
というわけでガハマさん視点でした!
そして、今回は前回の予告通り皆様お待ちかねのあの人も登場!
拙作初登場“川崎大志くん”です!
イヤー、原作デモ屈指ノ人気ヲ誇ルキャラデスカラネ
「早く出せ出せ」という声が非常に多かった(幻想)キャラなのでようやく出せて一安心です
これで皆さんのヤキモキも少し解消デキタンジャナイカナ(棒)
感想、評価、お気に入り、誤字報告などお気軽にリアクション頂けますと
モチベも上がりますのでお手隙の折は一言でも良いのでよろしくお願いいたします。