やはり一色いろはが俺の許嫁なのはまちがっている。 作:白大河
昨年中は沢山の感想、評価、お気に入り、誤字報告、メッセージ他を賜りまして誠にありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
1月1日にお正月短編SSも上げたので
もしお時間がある方はそちらも併せて楽しんで頂けると幸いです。
無事、葉山先輩の練習試合が終わると、私の周囲の状況はそれまでとは大きくと変わっていた。
これまで私を遠巻きにしていた子達も何事もなかったかのように私に話しかけてくるし、センパイの事を聞いたり、放課後一緒に遊びに行こうと誘ってくれることも多い。
例の噂に関しても、最近はめっきり鳴りを潜め、未だにその噂の話題を出す人には私が何か言う前に否定してくれる人まで現れるようになった。
あまりにも見事な手のひら返しに思わず苦笑いも浮かんでしまうが、センパイの作戦が見事にハマった形となったわけだ。
本当にセンパイには頭が上がらない。
というか、あの人はどれだけ私の心を深く引っ掛ければ気が済むのだろう?
ココまで来るともうセンパイの側を離れられなくなってしまいそうで怖いまである。まあ、もともと離れる気もないんだけど。
「行ってきまーす」
そうして、その日も私はセンパイの事を考えながら家を出ると、ママの返事も聞かずに駅へと向かった。
あれからまた一週間が経ち、今日は日曜日。
待ちに待った久しぶりのセンパイとのデートの日である。
そう、今日はセンパイが久しぶりにウチに来る日なのだ。
しかも私が誘ったわけではなく、センパイからの希望。
これはもう絶対私達の関係が進展するのだと考えたら、あまりにも楽しみすぎて試験勉強にも全然身が入らなかった。結果は惨憺たるものである。
まあでも高校最初の試験だし? いくらでも挽回のチャンスはあるだろうから特に気にはしていない。
それもこれも、試験直前にあんな特大の餌をぶら下げるセンパイが悪いのだ。
お陰でママまで大はしゃぎである。
今日に至るまでも毎日レシピ本とにらめっこをしながら、ああでもないこうでもないと頭を悩ませ試作品を食べさせられていた。
全く太ってしまったらどうするというのだ。
だから、というわけでもないけれど、私は駅までの道のりを小走りで向かい、乗り込んだ電車の中でも軽く足踏みをして到着の時を待った。そんな事をしても早く着くわけではないし、待ち合わせまでまだ時間があると分かっていても気持ちを抑えられなかったのだ。
ガタガタと電車に揺られている間も反射する扉のガラス越しに前髪と今日の服装をチェック。うん、可愛い──と思う。
でもちょっと幼すぎ?
やっぱりカバンは色の濃い方にしてきたほうが良かったかな?
よくよく考えてみればセンパイの好みのタイプってあんまり知らないんだよね。
プリキュア大好きみたいだし、やっぱりフリフリした女の子の方が好きなのかなぁ?
今度お米に探り入れとこ──。
そんな事をぐるぐる考えていると定刻通りに電車が目的の駅へと到着し扉が開いた。
日本の鉄道は本当に優秀である。
私はぴょんと飛び降りるように電車から降りると、待ち合わせ場所へと足を運ぶ。
駅前にある大型ショッピングモールの入り口、そこが今日の待ち合わせ場所だ。
時刻は十時ジャスト、日曜とはいえ開店時間前というのもあり人もまばら、それほど迷わずに見つけられるだろう──と思ったら居た。
「せんぱーい!」
私は目的の人物を見つけると、大きく手を降って“彼女”の元へと駆け出していく。
すると、向こうもコチラに気付いたのか、軽く手を挙げる素振りを見せ、そしてその手を引っ込めた。恥ずかしかったのだろうか?
なんだかその動作がやけに“雪乃先輩”らしくもあり、少しだけ微笑ましく、そして可愛かった。
「雪乃先輩お待たせしました」
「いえ、待っては居ないわ、時間ぴったりよ」
というのも、今日は日曜なので当然雪乃先輩も私服だった。
白いワンピースに薄手の青いブラウスを羽織り、長い髪を両サイドで結んでいる。所謂ツインテール姿の雪乃先輩はいつもより少しだけ幼く見えてとても可愛らしい。
いつも通りの腕時計に視線を落とすその姿すら、大人っぽく見せたくて少し背伸びをしている女の子のように見えた。ギャップ萌えというやつだろうか。
「ごめんなさいね、こんな事をお願いしてしまって」
「いえいえ、雪乃先輩が誘ってくれなかったら私から誘うつもりでしたから全然!」
「そう? そう言ってもらえると嬉しいのだけれど……プレゼントを買うにしては少し気合が入り過ぎではないかしら?」
申し訳無さそうに頭をさげる雪乃先輩だったが、そう言って今度は私の服装を確認してきた。勿論私の方はセンパイとのデートを意識した服装なので気合が入っていて当然である。
こういってはなんだけど、雪乃先輩とのお買い物は私にとってはあくまでついで。
もう少し詳しく言うと今日は午前中雪乃先輩との買い物、その後、午後からセンパイと合流予定という二段構えなのである。
そう、雪乃先輩とは結衣先輩の誕生日プレゼントを買いに来たのだ。
結衣先輩に誕生日を教えてもらったあの日以来、雪乃先輩も何か用意しなくてはと思っていたらしく、私に声をかけてくれたのが先週のこと。
誕生日がもう来週に控えていることを考えていると、このタイミングしかなかったというのが本音のところでもある。
最も、私のライバルでもある結衣先輩がセンパイからプレゼントを貰えないというのは少しだけ可哀想という思いもあるので、三人でプレゼント選びをするという案も一瞬頭をよぎったが、そうすると私がセンパイにつきっきりになってしまい、その気がなくても雪乃先輩に疎外感を与えてしまうのではないかと思って敢えて分けることにしたのだ。
でも、こうして今考えるとそれはそれで正解だったのかもしれない、今日の雪乃先輩を見たらセンパイだって絶対可愛いって思っちゃうもんね……。
「そうですか? 私から見たら雪乃先輩も結構気合入ってるみたいに見えますよ?」
そう思った私は瞬時に棘のある言葉を吐いてしまっていた。
それは本当に小さな棘。
もしかしたら──ううん、恐らくきっと雪乃先輩はそんな棘には気付かないだろう小さな小さな嫉妬の棘。
でも、私はその事をすぐに後悔する。
「へ、変だったかしら? あまりその……と、友達と出かけたことがないから……どういう格好が良いのか分からなくて……」
私の言葉をきいた雪乃先輩は少しだけ照れたようにそう言って申し訳無さそうに顔を伏せたのだ。いつもは自信たっぷりな雪乃先輩のその姿に私は思わず「あ……」と小さく声を漏らす。
やってしまった。今の私……凄く嫌な女の子だ。
勝手に嫉妬して、勝手に攻撃して。……勝手に、後悔してる……。
そして同時に感じた。
雪乃先輩は少しセンパイに似ているのかもしれないと。
きっと雪乃先輩もセンパイと同じで友達がいなかったのだろう。
こんな風に友達と二人で出かけるという経験をしたことがないのだ。
だから本当にわからない。もし私が意地の悪い人間だったらソレすらもポーズだと決めつけて攻撃を続けるかもしれない。でも、そうじゃない。
これは雪乃先輩なりに最善を取った結果で、それが傍からは多少歪んで見えても意図してやっているわけではないのだ。
そういった部分で、二人はとても似ている。
そう考えたら、私の中にあった嫉妬はすぅっと消えていった。
だって、私が好きなのはセンパイなのだ。
友達がいなくて、少し捻くれてて、どこか歪んでる。そんなセンパイが好きな私が、センパイに似ているこの人を好きになれないはずがない。
「……ほら! そろそろ行きましょ、折角朝一で来たのに時間なくなっちゃいますよ!」
「え? あ、ちょっと! 一色さん!?」
私は雪乃先輩との約束を『ついで』だという考えを捨て、雪乃先輩が今日『私を誘ってよかった』と思ってくれるように、全力で私がエスコートしようと一度気合を入れ直す。
「ほらほら、早く!」
そうして私は雪乃先輩の手を取り、開店したばかりのショッピングモールへと向かったのだった。
***
「どういうものがいいのかしら……」
今日何度目かになるその独り言とも質問とも取れる呟きを聞きながら、私たちは小さな雑貨屋でプレゼントになりそうな商品を物色していた。
実際、プレゼント選びというのは結構頭を使う。
お互いバイトをしているわけでもないので、お小遣いの範囲内で買えるものというのは限られてくるし、サプライズで喜んでもらおうとなるとハードルは更に爆上がりだ。
結衣先輩の事だから、雪乃先輩がくれるものなら何でも喜んでくれるとは思うが、それはそれ、こちらだってどうせ贈るなら喜んでほしい。
「結衣先輩だし、ちょっとファンシー系の小物とかでいいじゃないですか?」
「ファンシー系……これとか……?」
「それは、ファンシーというよりキュートですね」
「じゃあ、これ?」
「それはポップって感じです」
「ごめんなさい、全然わからないわ……」
頭が痛そうにこめかみを押さえながら困惑する雪乃先輩を見て、本当にこういうのは苦手なのだろうなと思いながら私も店の棚を物色していく。
実のところ待ち合わせから既に一時間が経過しているが、未だプレゼントの方向性すら定まっていない状況だ、さすがに私も少し焦ってきた。
今日は雪乃先輩に本気で付き合うと決めたのはいいが。センパイとの待ち合わせがなくなったわけではない。センパイとの待ち合わせは十三時でタイムリミットまではあと二時間。
二時間あれば余裕という考え方もできるが。時間的にセンパイはお昼を済ませちゃってるだろうし、こちらとしてもそれまでにできれば軽く何かお腹に入れておきたいという思いもあるので結構ギリギリだ。
寧ろセンパイと一緒にお昼ご飯を食べる前提でスケジュールを組んでいなかった私を褒めてあげたいまである。まぁ、もしそうなってたらママが黙っていなかったと思うけど……。
「とりあえず、自分が贈られて嬉しいものを考えてみたらどうですか? その中で家に一個あってもいいけど自分で買うのはちょっとなぁとか。欲しいけどこの値段だとなぁみたいな微妙なラインだと意外と喜ばれるかもです」
私がそう言うと、雪乃先輩は理解したのかしていないのかわからない表情で「なるほど」と真剣に頷き、再び棚に手を伸ばす。
そこにあったのは、某有名テーマパークのマスコットのパンくんのぬいぐるみだった。
雪乃先輩は愛おしげにその頭を撫で、大事そうにそのぬいぐるみを抱き上げていく。
その手はコレまでに見ていたどんな品物を扱うより丁寧でそのぬいぐるみに思い入れがあることがひと目で理解できた。
「もしかして……好き、なんですか?」
「え? べ、別にそういうわけではないのだけれど……」
指摘されたのが恥ずかしかったのか、分かりやすいぐらいに動揺する雪乃先輩。
棚に戻す時の手付きも恐ろしく丁寧だ。
意外。こういうのが好きなんだ。
ちゃんと覚えておこう。
「いいんじゃないですか? 雪乃先輩からなら多分喜んでくれると思いますよ?」
「い、いいえ。由比ヶ浜さんが好きかどうか分からないもの、他のものにするわ。そういう一色さんは決まったの?」
「そうですねぇ……」
振られて、私も慌てて考える。
実際、私自身そんなにプレゼント選びが得意というわけではない。元々私も友達が多い方ではないし、今回は相手があの結衣先輩だ。
可愛いけど幼すぎず、大人すぎない微妙なラインを選ばなくてはいけない。
ライバルとしてセンスを疑われたくもないしね。
まぁ、結衣先輩の性格上よっぽどじゃない限り何でも喜んでくれるとは思うけれど……。
私だってどうせなら喜んでほしいという思いもある。
なんだかんだ結衣先輩とは二ヶ月ちょっとの付き合いである程度の趣味嗜好も分かっているつもり……なんだけど……。
そういえば、こういうときセンパイはどういうのを選ぶのかな?
センパイが結衣先輩の誕生日を知っているわけもないし、一応今日このあと教えてあげるつもりだけど……私の誕生日の時みたいな、あまり結衣先輩が喜びすぎるような物はあげないで欲しいところだ。やっぱりそっちも私がちゃんとチェックしないとかな……。
「確か反対側にも小物屋さんありましたよね、あっちも見てみませんか?」
「そうね……そうしましょうか」
そうして、悩んだ末に私たちは雑貨屋を出て再び店を移動することにした。
モール内は広く移動だけでも結構なタイムロスだが、沢山のお店が入っているというのが魅力である。その利点を生かさない手はない。
でも……お昼前ということもあって人の数も多くなってきている。できることならそろそろ決めてしまいたいところでもあった。
何か良いものが置いてるといいんだけど……。
「あれ? 雪乃ちゃん? やっぱり雪乃ちゃんだ!」
そんなことを考えながら私たちが並んで歩いていると、突然目の前に現れた女性に声をかけられ雪乃先輩が驚いたような表情のまま固まってしまった。
女性は私たちより少し年上のお姉さんで、私たちの存在に気がつくとニコニコと笑顔を浮かべたまま雪乃先輩のもとへゆっくりと近づいてくる。
だが、名前を呼ばれた雪乃先輩は、そんなお姉さんとは対照的に少しだけ不愉快そうに眉を顰め、半歩下がった。
「姉さん……?」
『姉さん』というのは、つまりその、文字通りそういうことなのだろうか?
雪乃先輩のお姉さん?
言われてみれば確かに顔は似ているような気がするけれど、二人が同じタイプには見えなかった。
まず、声のトーンが違う。
仮に雪乃先輩を真面目系優等生タイプとするならば、お姉さんの方はお調子者のムードメーカータイプとでも言うのだろうか? 同じクラスにいたら絶対に混じり合わなそうな、陰と陽のような、そんな印象を強く受ける。少なくとも対人スキルは高そうだ。
「珍しいね、雪乃ちゃんがお友達と一緒なんて」
お姉さんは雪乃先輩に顔を近づけると「んん?」とまるで挑発するように、それでいて楽しそうにチラリと私に視線を送ってきた。
その二人の距離感だけをみるなら仲の良い姉妹のように見えなくもないが、雪乃先輩の方はそんなお姉さんを少し苦手にでも思っているのか、バツが悪そうに目を逸らすと面倒くさそうに口を動かしていく。
「……部活の後輩よ……」
「へぇ、部活の……」
雪乃先輩の言葉を聞いたお姉さんは今度は楽しそうに私の顔を覗き込んで来た。
もし、これが男の人だったら完全に変質者で通報されるような距離感だ。
いともたやすく私のパーソナルスペースを犯してくるその振る舞いに、私は思わず一歩身を引いて、顔をひきつらせてしまう。近い近い。
初対面でなんだけど……結構苦手なタイプかもしれない……。
「こんにちは、私は雪乃ちゃんのお姉ちゃんで雪ノ下陽乃です」
「ど、どうも一年の一色いろはです……雪乃先輩には部活でお世話になってます」
流石に無視をするのは失礼に当たるだろうと、お姉さん改め陽乃さんが差し出してきた手を握り、私も軽く一礼してから自己紹介を済ませる。
その堂に入った手付きはまるで政治家や社長を思わせ、バリバリと仕事をこなす姿が用意に想像出来た。
少なくとも私の周りにはあまり居なかったタイプの登場に少し戸惑いつつも、雪乃先輩の手前もあり、できるだけ刺激しないよう笑顔で答えたつもりだったが、私が名乗った瞬間陽乃さんが「いっしき……?」と呟き、そのキレイな顔を強張らせたのがわかった。
あれ? もしかして私変なこと言っちゃった……?
「は、はい。一色ですけど……」
しかし、そんな私の不安な顔に気付いたのか陽乃さんの顔は一瞬で笑顔に戻り、私の勘違いだったのかな? と首を傾げる。
そんな私に陽乃さんは続けてこういった。
「ねぇねぇ、勘違いだったらごめんだけど、もしかして親戚に縁継さんっていうお爺ちゃんいない?」
その言葉に、私は思わず目を見開く。
だって、こんな所でお爺ちゃんの名前を聞くなんて夢にも思っていなかった。
お爺ちゃんの交友関係が広いのは知っていたが、まさかこんな女子大生──それも、雪乃先輩のお姉さんと知り合いだなんて誰が思うだろう?
っていうか一体どんな関係?
まさか愛人……? いやいやまさかね。
あまりにもありえない考えに、私は思わず被りをふり、隠すのもおかしいかと質問自体には正直に答えることにする。
「縁継なら、私の祖父ですけど……」
私の答えに陽乃さんは「へぇ……」と少し感心したような、驚いたような顔をして目を細めた……ように見えた。
でも、何故だろう? その瞳があまり笑っていないというか、少しだけ冷たく見える。
正直に答えないほうが良かったのだろうか? それとも……?
「世間は狭いって言うけど、こんなこともあるんだ。へぇ……あのお爺ちゃんのお孫さんが雪乃ちゃんの後輩ねぇ……」
正解が分からず戸惑う私に、陽乃さんはまた明るい余所行きのような笑顔を向けると、漸く手を離してくれた。
そして、陽乃さんはそのまま私の回りをぐるりと回り「本当に奇遇だねぇ」と舐め回すように私を見てくる。
一体何事かと、恐怖を感じた私は思わず雪乃先輩に助けを求めようと視線を送った、だがそれは一瞬遅く、私の背後に立った陽乃さんが私の肩にポンと手を置き、耳元で囁くようにこう呟く。
「ねぇ、やっぱり貴女にも婚約者とかいるの?」
今度こそ私は「え!?」と驚きの声をあげた。
そして、肩に置かれた手を振り払うように一歩前へ出る。
なんでその事を?
本当にこの人、お爺ちゃんとどういう関係なのだろう?
「婚約者……?」
陽乃さんの呟きは少し離れていた雪乃先輩にも聞こえていたらしく、誰よりも早く反応し、私の方へと視線を送ってくる。
さて、どうしたものか……。
この際、なんでこの人がお爺ちゃんの事を知っているのかというのはどうでもいい。
今考えるべきなのは雪乃先輩にバレたかもしれないということだろう。
正直に言うと、私としては許嫁という関係を特段隠すつもりはなかった。
なんだったら結衣先輩に手っ取り早く諦めてもらうためにも宣言してしまいたいと思っているぐらいだ。──だけど、どう答えたものだろう?
ここで正直に答えたところで雪乃先輩が他の人に言いふらすという心配はなさそうだけど──問題はこの陽乃さんだ……。
真実を告げるにしてもこの人がどういう立ち位置の人なのか見極めておきたい……。敵なのか味方なのか……それとも……?
雪乃先輩のお姉さんならそこまで悪い人だとは思いたくないけれど……。
この人、全然キャラが掴めないんだよね。
大人特有の仮面とでも言うのだろうか? その心の内を全く見せてこない感じが少し怖い。
下手に話してセンパイに怒られたるのも嫌だし……。本当に、どうしたらいいんだろう……。
「姉さん? あまり私の後輩をイジメないでくれるかしら」
そんな私の気持ちを察したのか、雪乃先輩が私を庇うように間に入ってくれた。
だが、当の陽乃さんはそんな雪乃先輩を見ても楽しそうにケラケラと笑うだけ。
それはまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようで、先程までの大人な女性という印象を撤回してしまいたくなるような無邪気な笑顔だった。
「ええー? 別にイジメてるつもりなんてないんだけどなぁ。ちょっとした好奇心?」
「ねぇー?」と私の方を見てくる陽乃さんだったが私は「あ、あはは……」と乾いた笑いを返すのが精一杯。
なんだろう……この人ちょっと怖い。
私は思わず一歩体をずらし、そのまま雪乃先輩の背後に隠れるようにその身を潜めていく。
どうしよう。
なんて言えばいいの?
なんて言えばこの場を乗り切れる?
そもそも本当にこの人はお爺ちゃんの知り合い? 今となってはそれすらも怪しい気がしてきた。
「あれー? 嫌われちゃったかなぁ? お姉ちゃん怖くないよー?」
陽乃さんはそう言って両手をひらひらと手を振りながら、無害アピールをするが、完全に手遅れだった、私の中で既にこの人は不審人物としてリスト入りしてしまっている。
なんなら今すぐにでもこの場から逃げ出したいぐらいだ。
助けて……センパイ……。
「姉さん、だからあまり遊ばないでと……!」
「酷いなぁ、お友達になりたいなって思っただけなのに」
私の前に仁王立ちで立ちはだかる雪乃先輩を見て、少し困ったように首を傾げる陽乃さんだったが、やがて人差し指を顎にあて、考えるような素振りをすると、諦めたのかそれとも興味を失ったのか。「まあいいや」と小さく笑う。
「デートの邪魔しちゃ悪いし、お姉ちゃんそろそろ行くね? 雪乃ちゃんもあんまり帰り遅くならないように気をつけるんだよ?」
そうして、陽乃さんはまるで絵に書いたようなお姉ちゃんっぽく雪乃先輩の頭をぽんと叩くと「いろはちゃんも。今度はちゃんとお話聞かせてね」と、大きく手を振りながら人混みの中へと消えていった。
どうやら、助かったみたいだ。
よくよく考えると、大分失礼な事をしてしまった気もするけれど……はぁ、どっと疲れた。
本当に、怖かったのだ。
人当たりがよくて、ずっとニコニコしてて、優しく話しかけてくれる。雪乃先輩とは違うタイプの優しいお姉さんだなと思ったけれど、その奥に冷たい雰囲気を漂わせている。そういうところは雪乃先輩のお姉さんに相応しい人物だとも思えた。雪乃先輩も今でこそ少し打ち解けてくれたけれど、基本は氷の女王だからね。
「うちの姉がごめんなさいね」
「い、いえ……私もなんだか失礼な態度取っちゃって……」
でも、今日の雪乃先輩は氷の女王様なんかじゃなかった。
私のことを心配そうに、そして申し訳無さそうに謝罪の言葉を述べ、頭を下げてくれる。
別に、雪乃先輩は何も悪くないのに……。
きっと、雪乃先輩も私に聞きたいことがあるだろう。
私も色々聞きたい。
一体あの人はどういう人なのか、何故お爺ちゃんの事を知っているのか。
なんで私とセンパイの事を知っているのか。
気になることが多すぎる。
だけどそうしなかったのは、私自身今の出来事をどう処理していいか分からなかったからだ。
だから、私は結局肝心なことは聞けず数秒の無言のあと「そ、それじゃぁ、プレゼント選びに戻りましょうか」と無理矢理笑みを作ることしかできなかった。
「……そうね」
そんな私の気遣いを察してか、雪乃先輩も笑顔を浮かべ二人で何も言わずに当初の目的だった店へと足を動かしていく。
本当に、私はどうしたら良かったのだろう?
やはり、雪乃先輩だけにでも本当の事を話すべきだろうか?
でも、そうなるとやっぱりセンパイには言っておいたほうが良いよね?
なら、やっぱりこの後センパイと合流する時に雪乃先輩にも付いてきてもらう?
だけど、今日は……。
でもでもだってと頭の中でグルグル考えていると、不意に雪乃先輩が店頭サンプル用のエプロンを引きちぎろうとしているのが見えた。
「あの、雪乃先輩? 結衣先輩は別にエプロンに防御力とか求めてないと思いますよ……?」
「そう? デザインの好みがわからないから、どうせなら長く使えるものをと思ったのだけれど……」
それは私の気を紛らわせようと態とやっているのか、はたまた天然なのか判断しづらかったけれど、私はそんな雪乃先輩を見て思わず笑ってしまう。
ああ、やはりこの人はどこかセンパイに似ているのかもしれない。
そう思ったら、なんだか無性にセンパイに会いたくなってしまった。
センパイとの待ち合わせまであと一時間半。
ああ、センパイ……早く来てくれないかな。
というわけで第94話、お読み頂きありがとうございます。
新年一発目に相応しくあの人も登場と相成りましたがいかがでしたでしょうか?
今年は彼女が色々かき回してくれるかも?
ということで
改めて今年もよろしくお願いいたします。
感想、評価、お気に入り、メッセージ、誤字報告etc今年もお待ちしております!