私は世界樹の頂上へと転移した。
世界樹の周囲は人類の建造物で取り囲まれている、夜でも根元には人々が集まっているようだ。
こうして見ると世界樹の枝葉が周囲の建物の上を覆っていて、飛行する乗り物はこの樹を避けて飛んでいるようだ。
世界樹の気配が私を歓迎しているように感じる、私が人類と深くかかわらなくなってから来ていなかったが、この子は変わらないな。
そう言えば毛蜘蛛はどうしたんだ?
私が来た時は必ず現れていたが、あまりにも来なかったから私を知らない世代に変わったか?
世界樹は寂しそうな気配を発した、気になった私は気配を探る。
世界樹に毛蜘蛛達の気配は一つも存在しなかった、何故だ?
聞こうにも世界樹は寂しそうな気配を発するだけで会話が出来ない。
一番最初に思いつくのは、周囲に森が無くなり毛蜘蛛がいられなくなった可能性だが。
取り合えず今は本来の目的を優先しよう。
私は世界樹に話しかける。
「人類はお前を切り倒す事を決めたようだ」
私の言葉を聞いた世界樹から気配が消える、私はさらに言葉を続ける。
「私はお前がこのまま人類に切り倒されるのを見ている気は無い、出来れば私達が暮らしている場所へ来て欲しい」
世界樹は何の反応も示さない、それでも私は言いたい事を言い切る。
「無理やり連れて行こうとは思わない。私は一週間後またここに来る、共に来てくれるのならその時何か反応をして欲しい」
私はそう言うと世界樹の幹を撫で、転移で月へと帰った。
「お帰りなさい」
『お帰りなさいませ』
カミラとヒトハが戻って来た私に気が付いて声をかけてくれた。
「お母様、後から気になった事なんだけど……」
「何か思いついたのか?」
カミラの言葉に答えた私は彼女の問いを待った。
「樹が望むなら連れてくる……みたいな事を言ってたわよね?世界樹って意思というが人格というか……そういった物があるの?」
「意思はあるぞ、言葉は話せないが雰囲気が変わる。楽しそうだったり悲しそうだったりな。実際私の言葉に果実を落とすといった反応を返した事もある、ここに連れて来られたらよく探ってみるといい。カミラなら感じる事が出来ると思うぞ?」
「意思があるなんて今まで知らなかったわ……実は私、世界樹をじっくり近くで見た事は一度も無いのよね」
そう言いながらもカミラはあまり驚いていないようだ。
ヒトハも成長しているし、樹に意思があってもそう驚く事では無いからな。
「誤解しない様に言っておくが意思を感じる事が出来るのは世界樹だけだ、他の植物で感じた事は無い」
「お母様……何かした?」
カミラが何とも言えない表情で私を見て問いかける。
「回復魔法をかけたり、私が作った魔素を与えたりはしていたが、それ以外は何もしていない」
「してるじゃない……あそこまで大きく成長した上に意思があるのは原因があると思うのだけれど……」
確かに他の植物と比べてあまりにも大きいし、他に意思のある植物は見た事が無い。
やはり私が行った事が原因なのだろうか?
『ここへ連れて来る事が出来たのなら調べてみてはどうでしょう』
「世界樹が許可してくれたらな」
それから再び世界樹に会いに行くまでの一週間の間に、世界樹が来る事を望んだ時に植える場所を確保した。
拠点の状態を維持している私の構成物、一応闇の塊と呼んでいる物のすぐ隣、月の拠点のほぼ中心に植えるつもりだ。
世界樹に会いに行った日から一週間が経ち、今日再び世界樹の元へと向かう。
「折角準備をした訳だし、来てくれると良いわね」
「私としても来て欲しいが、どうなるかな」
『断られた場合は時間を空けてまた誘ってみてはいかがでしょう?実際に切り倒されそうになれば考えが変わるかもしれません』
「そうだな、断られた事で私が興味を失わなければそうしてみようか。行ってくる」
私は夜の世界樹の元へ転移した。
転移すると世界樹頂上の冷たい風が吹き付ける、地上からはユグラドの様々な音が聞こえる。
「答えを聞きに来た、来るのなら反応をしてくれ」
私がそう言うと私が立っている枝が仄かに緑色に輝く。
これは見覚えがある、世界樹が初めて樹液をくれた時の現象だと思う。
明確な意思表示、これは私と共に来るという事で間違いないだろう。
「来てくれるか、ありがとう」
私の言葉に答える様に足元の輝きがゆっくりと明滅する、そして嬉しそうな気配を放ち始めた。
同意は得た、すぐに連れて行こう。
「世界樹、これからお前を私達の拠点へと連れて行く。抵抗せずに身を任せて欲しい」
輝きが少し早く明滅した、分かってくれたようだ。
私は魔法を使用し、世界樹全体を障壁で覆う。深く広く広がっている根も全て丁寧に覆い、準備は完了した。
「行くぞ」
足元の輝きが反応するのを確認してから私は世界樹と共に月へと転移した。
《突如消失した世界樹の行方は現在も分かっておりません。ユグラドにいる大勢の人々が世界樹が突如消える瞬間を目撃しておりますが……》
「見事に騒ぎになってるわね」
『世界樹程の巨大な樹が目の前で突然消えれば当然ですね』
私達は月で放送を見ている。
放送では連日消え去った世界樹の事を話していた。
それを見ながらカミラとヒトハは語り合っている。
《……原因も特定されておらず、魔法や魔道具で運び去られたという説や世界樹が自然が消えた地上を見限り天へと旅立ったのだという説など、様々な……》
少しは合っているかも知れない、魔法で月の拠点へと移動したのだから。
世界樹が何を思って移動を決めたのかは分からないが、自然がほとんど無くなった地上を見限ったというのは意外と間違っていないのでは無いかと考えている。
月に転移した後、世界樹は無事に拠点の中心付近へと植えられ、今の所は特に問題は起きていない。
この拠点内には自然も多くある、そのおかげか世界樹は穏やかな気配を出しながら過ごしている。
離れて見ると月から大樹が生えている訳だが、イシリスからでは見えない裏側なのだから気にする事は無いだろう。
俺達は部屋にある大型の画面で一つの映像を黙々と繰り返し見ている。
世界樹が消えた瞬間が記録されている映像を確認しているのだ。
大勢の国民が目撃した世界樹消失事件だが、あんな事が起こるとは思っていなかったため写影はほとんど無く、あったとしても何の異常も発見出来なかった。
そんな中、世界樹が消えた瞬間を魔道飛行船から撮影魔道具で撮影して保存していた人物がいた。
その人物は夜の世界樹を上から何となく撮影していたらしいが、その時世界樹が消失したと言う。
その後その映像を確認した所、消失する少し前に世界樹の頂上におかしな物が映っている事を発見したそうだ。
詳しい事が分からなかったその人物はユグラド政府に映像を提出した、そして俺達が現在その映像を見ている訳だ。
映像にはかなり距離があるが周囲の町の光に照らされた世界樹が映っている。
そしてそのしばらく後……突然世界樹が消えて男性の驚く声と共に画面が乱れる。
映像の撮影者が驚いて魔道具の維持を忘れたのだろう。再び映像が戻ってもそこに世界樹は存在せず、暗い闇があるだけだった。
「この……世界樹が消える前の……ここですね、世界樹の頂上付近が薄く緑色に輝いています」
距離がある上にかなり小さい光だが頂上付近は暗闇なので確認する事は出来る。
映像を停止して提供者からの報告を説明する担当者、確かに暗闇に緑色の輝きが見える……見えるが……。
「遠すぎて分からんな……」
共に見ている者の一人が俺の感想を代弁してくれた、確かに光っているがこの映像から分かる事は結局ほとんど無い。
原因の一つである可能性は高いが……この光が何なのかもわからない。
他の者も全員黙り込んでいる、俺はしばらく帰れなそうだと思いながら映像を見ていた。