世界樹を月へ連れて来てからある程度の時が経った。世界樹消失事件の謎はいまだに解明されず、時間の流れに埋もれつつある。
私達は時々イシリスに下りては人類の町を楽しみながら過ごした。
少し変わったのは、世界樹の上で本を読むようになった事だ。
カミラも今では世界樹の意思を感じ取る事が出来るようになった、残念ながらヒトハは無理だったが。
時々会っていたケイ達は全員逝った。
彼らが死んでから彼らの子供や孫にも会う事は無くなり、また時間を気にしなくなって行った。
ある日、私が世界樹の上で本を読んでいるとカミラが新しい魔道具を買って来た。
「新しい魔道具か、どんな物なんだ?」
「音声と映像を保存……撮影できる物よ。後、これは魔動機に分類されるみたいよ?」
「そうなのか、最近出来た物か?」
「大分前からあったみたいよ?で、これはその最新型」
「なるほど。それで何を撮影するんだ?」
「まずはお母様よ」
当然の様に言うカミラ。まあ構わないが。
「断る気は無いが、何をすればいいんだ?」
「んー、そうね……普通に本を読んだりやりたい事をしていてくれれば私が勝手に撮影するわ」
それから私はしばらく本を読んだ後、世界樹の根元に行き少し樹液を分けてもらった。
「まだ撮影しているのか?」
カミラは私が本を読んでいた時からずっと私について来て、行動を撮影し続けている。
「まだまだ余裕はあるわ」
「そうか。満足するまで好きにするといい」
私は自宅へと歩いて行く、カミラは隣を歩きながら私の姿を撮影している。
「お母様が世界樹から樹液を貰っている姿、あれに似てたわね」
隣で撮影しながらカミラが話しかけてくる。
「あれとは?」
「ティリア魔法技術学校の校章よ……ほら、大樹とその根元にいる少女の。姿もお母様そっくりじゃない」
あの三人はカミラに話していなかったのか。
「似ていて当然だ。あれは世界樹の根元にいた私を若い頃のケインが見て、校章にしたのだから」
それを聞いてカミラは驚いて聞いてくる。
「えっ?あの校章の元はお母様と世界樹なの?」
「そうだ。作った本人であるケインが言っていたから間違いないと思うぞ?」
「それは似てるわよね……だって本人達だもの」
「まあそれだけの話だ。家に着いたらこの樹液を使って何か作ってくれ」
「分かったわ、校章の話も聞けたし頑張っちゃうわよ」
そんなに面白い話でも無いと思うが、喜んでいるのならそれでいいか。
その後カミラは私に自分を撮影させ、更にその後ヒトハと世界樹、他の色々な物を撮影してようやく満足した。
私は夜の時間に変化している月の拠点内を歩いていた。
世界樹の方を見ると世界樹全体が薄緑に輝いている。
世界樹は月の拠点に来てしばらくしてから、夜に時々こうやって輝くようになった。
中々美しい光景だと思う、私は輝く世界樹へと向かった。
ある程度近づくと世界樹は嬉しそうな気配を放ち、葉がさわさわと鳴り始めた。
私は世界樹の太い枝の上に座り、輝きの中で本を開く。穏やかな風の中で夜が明けるまで私は静かに読書を楽しんだ。
「また戦争が起きそうだと?」
私とカミラがオセロを楽しんでいると、ヒトハが帰って来た。
その時報告されたのはイシリスの国家間の関係が再び険悪になって来たという報告だった。
『はい、原因は様々ですが大きいのは利益の分配と現在の王同士が不仲と言う事のようです』
「ちょっと待って。利益でもめるのはまだ理解出来るけれど……王同士が不仲っていう事は、ただ相手が気に入らないから戦争するって事?」
カミラがヒトハに尋ねる。
『そう取って頂いて問題無いと思います』
カミラは溜息を吐いて言う。
「大国の王がそんな事でどうするの……感情があるのだから好き嫌いはあるでしょうけど……それを戦争の理由の一つにするなんて……」
背もたれに倒れ込むカミラ、皇帝をしていたカミラからすればあり得ない事なのだろうな。
「理由などそんな物では無いのか?」
「自分達の……個人の喧嘩に国と国民を巻き込んで死なせるなんてただの馬鹿よ。気に入らないなら当人同士で殴り合いでもすればいいわ……よく今まで王で居られたわね……」
私の言葉に不機嫌な顔で語るうカミラ、王が駄目でも周囲が優秀ならば意外といけそうだ。
「私は王になる者は基本的に優秀であると思っているぞ。例外もあるだろうが」
「この報告だけだと優秀とは思えないけれど……」
「そこだけが欠点なだけで他は優秀なのかもしれないぞ?」
「そうなのかもしれないわね……」
カミラは落ち着いて私との勝負を開始した。
「戦争で地上が荒れるなら終わるまでは行くのをやめておこうか」
「そうね。しばらく待っていれば戦争も終わってまた元に戻るでしょうし」
私としては気になる事もある、以前私達に散々撃ち込んだ魔道戦略兵器の事だ。
「ヒトハ、人類が魔道戦略兵器を使うつもりなのかどうかは分かるか?」
私はオセロをしながらヒトハに問いかけた。
『今の所どの国も使う気は無いようです。お互いに使用して争えば取り返しがつかなくなる可能性がある事に気が付いているようですね』
「そうか、気が付いているならまだ人類が滅ぶ事は無さそうだ。あの威力の攻撃をお互いに撃ち合えばかなりの被害が出る事になるだろうからな」
「私達に使ったあの攻撃よね?あの時は私達がいた所が島で、周囲に何も問題無さそうだから使ったのかしらね?」
「恐らくな、それとは別に私達を何としてでも排除するという決意もあったのかもしれないが」
『これからどうなるかは分かりません。突然取り返しのつかない事をするのが人類ですので』
カミラはヒトハの言葉を聞いて苦笑いしている。
「戦争が始まったら終わるまで放っておこう」
「気が付いたら全滅してたりして」
カミラが悪戯な微笑みを浮かべて言う。本当に起こりそうな所が心配だ。
「ヒトハに時々確認して貰うからそれは無いと思うが、全滅してしまったらそれでもいい」
「もし人類が全滅したらどうするつもりなの?」
「人類を蘇生して復興させても良いが、それだとまた同じ事を繰り返して全滅しそうだからな。新しい生命体が生まれ進化するのを待つか、場合によっては私が作ってみるのも面白いかも知れない」
カミラとヒトハが傍に居るならもう睡眠の真似事をする必要も無さそうだしな。
「今まで通り過ごしていれば時間は自然と過ぎて行くでしょうし、作るにしてもお母様なら時間はかかっても上手く行くでしょうね」
そう言いながらオセロをするカミラ、私の負けか。
「まあ考えるのは人類が実際にいなくなってからだな。私は人類がまだ進化すると思っているし」
オセロを片付けながら答える。
「そうね。どうなるかなんて分からない訳だし、そんなに急いで決める事は無いわね……何か飲む?」
「モー乳を頼む」
「分かったわ」
カミラは席を立ちキッチンに向かった。
やがて人類は戦争を始めたが、しばらくは戦争とは名ばかりの小競り合いのような物だった。
しかし報復に報復を繰り返し、規模はどんどん大きくなり戦争開始から僅かな時間で小競り合いでは無くなった。
やがて二国間の争いだった戦争は四国を巻き込んだ大戦へと姿を変え、それぞれの大国は争いを続けた。
そんなある日、ヒトハが報告を持って来た。
ソファに座ってその報告を聞いた私は何とも言えない気分になっていた、カミラはソファにもたれて疲れた顔をしている。
「人類が魔道戦略兵器を使ったというのは間違いないのね?」
カミラがヒトハに確認する。
『間違いありません。アーティア合衆国が最初に使用し、それをきっかけに各国が魔道戦略兵器の使用を始めました』
「全滅するかも知れないな。まさか危険を理解している状態で使うとは、いつか言っていたヒトハの言葉が正しかったな」
「使われたら他の国だって使うわよ。自分の国の被害が増えるだけだもの」
お互い使わずに持っている事が使われない為の最善の方法だったのかもしれないな。
一度使ってしまえば止まらないだろう。
「直接都市に使われてないだけマシかしらね」
カミラはそう言うと紅茶を飲んだ。私はその姿を見ながら予想を裏切られた事を嬉しく感じていた。
踏みとどまるのかこのまま突き進むのか、これからが楽しみだな。