人類は再び数を増やし始めた。
環境に恵まれていない為非常に緩やかではあるが、それでも確実にその数を増やしている。
同時に世界の魔力消費も僅かずつ上昇し、魔素の濃度も少しずつ濃くなって行く。
「数は僅かになったけれど、今の所人類は結構上手く行っているわね」
カミラがそう言いながら私の隣に座る。月の拠点の時間は現在昼過ぎだ。
「特に大きな問題は起きていないな」
私は答える。現在、人類の生活は魔力をほぼ使う事無く安定し始めていた。
『問題無く生活していますね』
「魔力が無くなれば人類が生きていけないと考えていたが、問題無さそうだな」
人類が魔力が濃い環境で死ぬ事は実際に確認したが、薄い場合の確認はしていなかった筈。
以前人類を調べた結果から、死ぬ事になる可能性が高いと予想していただけだ。
この状況を見ると外れる可能性の方が高そうだな。
「まだ結論を出すには早いんじゃないの?」
「そうだな。だが、このままだと魔素の方が先に危険な量に到達する事になりそうだ」
魔素の濃度はそろそろ実験で人類が影響を受け始めた濃度に到達する。
『魔力の方はまだ無くなっても生命維持に問題が無い可能性が残されていますが、魔素の方は確実に命にかかわる事が主様によって確認されていますので……こちらの方が人類にとっては問題でしょう』
私は眩しさで目を覚ました。
……朝だわ、朝食の用意をしないと。
私は隣のベッドで寝ている夫を起こさないように起きてキッチンへ向かう。
食料は無駄には出来ないわ、痛む前に使わなきゃ。
私は火起こしの道具を使って火を起こす。
話では火種を起こす、魔道具?と言う物もあるらしいけど……見た事無いわね。
昔は誰でも簡単に火がつけられたらしいけど、今は駄目みたい。
生まれた時から今の生活をしている私達には想像出来ないけど、昔は空を飛ぶ乗り物で世界をあっという間に移動出来たとか……。
今の生活に不満がある訳じゃないけど、どんな物だったのか見てみたかったな。
朝食の準備を終えた私は、夫がまだ来ていない事に気が付いた。
いつもは途中で眠そうに現れるのに。
「あなた、朝ご飯が出来たわよ」
寝室に戻り夫に声をかける。
……起きないわね……もう。
「あなた……っ!?」
夫の体に触れた瞬間鳥肌が立つ、体が冷たい!?
「あなた!?どうしたの!?あなたっ!!」
夫は安らかな寝顔のまま死んでいた。
原因は分からず終い……別れの儀式を行った後、皆は私を慰めてくれた……何で私の夫が……。
そう思って悲しみ沈んでいた私だけど、それで終わりでは無かった……。
それから一か月もしない内に向かいのおじいさんが突然倒れ、そのまま亡くなり……その二週間後には村はずれのおばさまが亡くなった。
何一つ原因は分からず次々と死んでいく。やがて、みんな次は自分では無いかと怯えて過ごすようになって行った。
私だっていつああなるか分からない……どうしてこんな事に……どう……し……て……。
突然私は急な眠気に襲われ、迫る床を見ながら意識が闇に溶けて行った。
魔素の影響が出たか。
私はヒトハから人類が突然倒れ、意識を失ったまま死に至っているという報告を受けた。
「これが魔素の影響?」
カミラが私に聞いてくる。
「そのはずだが、以前の実験と様子が違う。私の実験では苦しんで死んでいた」
「……どういう事かしら?」
カミラは私に尋ねるが、今の時点では原因は分からない。
以前の実験と違う事といえば、急激に魔素が濃くなったか緩やかに濃くなったかの違い位しか思いつかない。
『何か以前とは違う原因があるのでしょう』
「過程が違う事で症状が変化したのか?以前の実験では短時間で魔素の濃度を急激に上げていたが、その影響かも知れない」
実験を急ぎ過ぎたか。
しかし、色々と行うと実験体の数がかなり多くなってしまう。
重犯罪者が在庫切れを起こしそうだな。
「……なるほど、そういう事もあるのかしらね?」
カミラは私の説明にある程度納得したようだ。
『死体の状況を見ると特に苦しんではいないようでした』
「予想だが、恐らく本人達は何も分からないまま死んでいるだろう」
「眠るような感覚かしらね……?」
「私は死ぬ時の感覚は分からないし、実際に寝た事も無いから何とも言えない。この症状は取り敢えず魔素中毒と言う事にするが、ヒトハから聞いた中毒者の状況を考えると、魔力欠乏で死ぬよりは魔素中毒で死ぬ方が楽なのでは無いだろうか」
『それは……魔力欠乏の場合苦しむという事でしょうか?』
正面に浮いているヒトハが私に尋ねる。
「予想だが魔力欠乏による死は苦しいと思う。苦痛という感覚も私は分からないが、生物がどんな時にそれを感じるかは知っているつもりだ。魔力欠乏によって引き起こされる症状を考えると、恐らくかなりの苦痛を感じると思う」
「なるほどね。そうなると……今死んでいる者達は不運なんだか幸運なんだか分からないわね」
「それは本人達次第だろうな。苦痛の無い死を望む者もいれば、苦しむ死が待っていても生きたいと思う者もいるだろう」
「どちらにしても私達が気にする事では無いかしらね……?」
「そうだな」
それから各地で突然眠るように死ぬ者が現れ始め、人類は再び減って行く。
そんな中、更に人類に追い打ちがかかる。
『人類の一部が、魔素中毒による死に方とは明らかに異なる症状で死に始めています』
「どんな死に方だ?」
私はヒトハに確認する。
『もがき苦しみながら……ゆっくりと弱って死んで行きました』
「……お母様の言っていた事が当たったわね」
ヒトハの答えにカミラが呟く。
駄目だったか。
こうなる可能性が高かったのは間違いない。だが、問題無い可能性もあるのではないかと考えていたのだが。
「実際に人類の体を調べて予想した結果だからな、可能性は高かった」
「もうかなり魔力は希薄よね」
「そうだな、現在の魔力濃度はごく簡単な魔道具や魔法が辛うじて使える程度だろう。正直、私は人類がここまで魔力が薄くても平気だとは思っていなかった」
もっと早く影響が出ると考えていたからな。
『身体能力の向上や魔法を使う為に必要であっただけで、生命の維持だけならば少量で問題無かったのではないでしょうか?』
ヒトハが良い意見を言ってくれた。
なるほど。魔力は力の底上げや魔法を使う為に多く消費していただけで、生命の維持その物には殆ど必要無かったという訳か。
「ヒトハの仮説が当たっているかも知れないな。今の人類が異常に弱いのは魔力が薄すぎて体内の魔力が少ないからだと考える事も出来る」
私はヒトハを見て話す。
『ありがとうございます。……主様、私はそろそろイシリスへと行ってまいります』
「分かった、二人ともイシリスに降りる時は注意しろ。魔力の供給と魔素の事を忘れないようにな」
『はい、十分に注意いたします』
「私はもう行かないと思うけれど、気を付けるわ」
カミラが私の隣で答え、ヒトハは返事をした後に転移していった。
私は一人で月面からイシリスを眺めている。
今のイシリスは夜だが、以前のような輝きは無い。
ただ生きているだけで魔力を使ってしまう以上、何かが起きない限り人類に生き残る道は無いかも知れない。
人類がいる事で魔力が減り魔力欠乏者を増やし、人類がいる事で魔素が増え魔素中毒者が増えて行く。
自分達の存在が自分達を殺す、人類にとっては救いの無い話だ。
私は暗いイシリスを眺め続ける、この気分は何だろうか。
かつての友人達の種が滅びる事に思う所はあるが、良く分からない。
初めて知的生命体を探そうと思った時、私はどう思っていた?
確か話し相手が欲しかったはずだ。
今はカミラとヒトハが傍に居るのでそんな事を思う事も無くなったが、確かにあの時そう思った。
一人で過ごしていた頃、一人でいる事に対して何かを感じた覚えはない。
では、どうしてあの時、話し相手を求めたのか?
……つまらなかった?
観察する対象が、私を楽しませてくれた人類が消えてしまう事をつまらないと感じているのか?
だというのに助ける気にならないとは、私はよく分からない奴だな。
「くくく……」
私は微笑みを浮かべながら長い間イシリスを見つめ続けていた。