少女(仮)の生活   作:YUKIもと

116 / 260
059-03

 

 私は食事を取る事無く五人を見続けている。

 

 大人ではあるが、まだ若いであろう四人の男女は種族の特徴が無い。

 

 確か、時が過ぎていく間に純粋な種族はいなくなり、人類は全て混血になったのだったか?

 

 時々僅かに特徴を持つ者が生まれる程度で、ほとんどの者はどの種族の血が濃いのか分からない状態になっていたはずだ。

 

 四人は全員で力を合わせ食料を作り、子供の世話をしていた。

 

 彼らは今、食料を干している。世代を重ね魔法を使う事が常識ではなくなると、魔法を使わない技術が生み出された、干す事もその中の一つだ。

 

 時々彼らは周囲にあるだれも住んでいない住居や町の廃墟へ向かい、残っている物を探している。

 

 今の彼らは徒歩での移動だ。天候はあまり悪くなる事は無く、危険な生物もいなくなっているイシリスだが、短い距離でも移動にはそれなりの時間を要する。

 

 時間がかかれば勿論食料と水が必要で、今の彼らにとっては少し離れた町の廃墟に移動する事はそれなりに大きな冒険になるようだった。

 

 視点を分けるか。私は集落の映像の隣に町へと向かう二人の男の映像を映し出した、これで何かあっても見逃す事は無いだろう。

 

 私は男達の方を見た、町に向かう街道があるので彼らが迷う事は無さそうだ。

 

 その街道も現在は荒れているが、それ以外の場所よりは歩きやすい様に見える。

 

 二人とも時々何か会話を交わしながらひたすらに歩いている、始めから何を言っているかも分かるようにしておけばよかったな。

 

 私は音も聞けるように変更する。

 

 さて、彼らはどんな話をしているのだろうか。

 

 そういえば彼らは夜に移動しているな、昼間だと何か問題があるのだろうか。

 

 そう思いながら私はしばらく男達を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく私達は彼らの様子を見ていた。

 

 「……何も言わないわね」

 

 隣で見ていたカミラが呟き、ヒトハは黙って私の隣に浮いている。

 

 「歩く音や風の音は小さく聞こえている、単純に彼らが黙って歩いているだけだな」

 

 「まあ……移動中ずっと話している事なんてそう無いわよね」

 

 カミラの言う通り移動中ずっと話している者などそういないだろう、何より彼らは命がかかった冒険中だ。

 

 「静かだな、これだけでもう生物がいない事が良く分かる」

 

 「良く分かる?」

 

 『主様、それはどういう事でしょうか?』

 

 カミラが私の言葉を繰り返しヒトハが私に疑問を投げかける。

 

 「夜が静か過ぎると感じないか?イシリスの島で住んでいた時、夜はどうだった?」

 

 「夜?どうと言われても……」

 

 『虫……でしょうか?』

 

 カミラが悩んでいるとヒトハが答えた。

 

 「正解だ。夜が静かだという事は、すでに小さな虫達も全滅しているという事だ」

 

 「確かに以前はうるさいほど虫の音がしていたわね……」

 

 カミラは以前の暮らしを思い出して納得している。

 

 今のイシリスの地面には草は生えておらず、むき出しの土か人工物のどちらかが広がっている。

 

 流石にこの状態では虫などの小さな生物は生きて行けないだろう。

 

 大きな生物に目が行きがちだが、小さな生物も同じように消えていたという事だ。

 

 地中にも生物はいただろうが、恐らく生きてはいないだろう。

 

 もし魔力が必要無い生物がいたとしても、魔素の影響を受けてしまうのなら同じ事だ。

 

 「なあ……」

 

 「ん?どうした?疲れたならそろそろ休むか?」

 

 そんな事を考えていると声が聞こえて来た。彼らが会話を始めたようだ、私は彼らの会話に耳を傾けた。

 

 「どうしてこんな世界に生まれちまったのかって、考えた事無いか?」

 

 「……無いとは……言えないかな。まだみんなが居た頃に、この世界の話を聞かされた時とかね」

 

 「……俺と妻の子供は生まれてすぐに死んじまったし……このままじゃ未来に希望をつなぐ事も出来ない」

 

 「きっと何処かに誰かいるさ、出会えるかどうかは……分からないけど」

 

 彼らは自分達が最後の人類だと知らないのだったな。

 

 あの四人は二組の夫婦か。

 

 「確かに、こっちから探しに行く事は出来ないからな……」

 

 「……ああ」

 

 「でも、今の状態を維持出来ていれば生きて行く事は出来ると思う……そうすればいつか誰かに会えるかもしれない」

 

 「……まあやれるだけやるさ。妻と……お前達を残して逝けないからな」

 

 「……ありがとう」

 

 その会話を最後に再び歩く音と風の音だけが聞こえ始めた。

 

 「今の彼らは他の人類がいない事を知る方法が無いのよね」

 

 『はい。彼らは他の人類が既に全滅している事を知らず、まだどこかに人が残っていると考えているようです』

 

 カミラの呟きにヒトハが説明する。

 

 「そう思っていれば生きる希望にはなるだろう、報われる事は無いが」

 

 「彼らにとっては知らない方が良い事かも知れないわね」

 

 『知らないよりは知っている方が良いのでは無いでしょうか?』

 

 私の言葉にカミラは同意している雰囲気だが、ヒトハはあまりよく分からないようだ。

 

 「人類は、個人差はあるだろうが知らない事で幸せになる場合がある。勿論知りたいと言われれば私は教えるが、知ってしまう事で物事への関心を無くしてしまったり、酷い時は自ら死んでしまったりする」

 

 『知らない事が良い事もあるのですね』

 

 「少なくとも人類にはそういう事がある、という事だ」

 

 「お母様だったらどう思う?」

 

 「私か?もし私であったなら知らないよりは知りたいと思う、それが自分にとってどれだけ不都合な事でもな。そして、興味を持てば関わるし、気に入らなければひっくり返す」

 

 「聞いてから思ったけれど……お母様と人類を比べても意味が無かったわね」

 

 カミラはそう言いながらながら紅茶を飲んだ。

 

 私は比べる対象には向いていない様だ。

 

 そう思いながら集落の方に目を向けると、二人の女性が畑仕事をしている。

 

 一人は赤子を布のような物で体に巻き付け、抱いたまま仕事をしている。時々もう一人の女性と交代して抱いているな。

 

 現在の環境に耐えられる農作物が残っていなければ、ここまで人類が持ちこたえる事は出来なかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 それから時が経ち、赤子が歩く様になってすぐに二人の男が同時に魔力欠乏で死んだ。

 

 四人の中でこうなった時の事を決めていたのは知っている。

 

 それぞれの妻が苦しむ夫に止めを刺した。

 

 一度起これば助からず、苦しむだけであると知っているからこその対応だろう。

 

 私から見ても中々良い対応だったと思う。

 

 「あえて言えば、殺すまでに大分硬直していた時間があった事が問題だったな」

 

 「お母様、助からないと分かっていても愛する人を殺すのは辛い物なのよ」

 

 私とカミラは彼女達の対応について話し合っていた。

 

 「事前に話し合っていたのだから簡単に出来ると思っていた。想定していても実際に起こった時は思った様に動けない物なのか?」

 

 「お母様も人類が感情に動かされて思いもよらない事をする事を知ってるでしょう?分かっていても……という事があるのよ」

 

 そういう物か、苦しむだけならすぐに楽にしてやる方が良いと思うが。

 

 夫に止めを刺した後、二人はしばらく涙を流したままうずくまり夫の傍に居た。

 

 それからしばらく時間が経つと、ふらつきながらも動き出し死体を埋めていた。

 

 「二人とも酷い状態ね、でも時間が解決するかしら?」

 

 『母親の方よりもう一人の女性の方が危うく見えますね』

 

 ヒトハがそう言った片方の女はその翌日に自殺した、ヒトハの見る目は正しかったな。

 

 

 

 

 

 

 それから残された母親と息子の生活が始まった。

 

 畑を縮小し子供の面倒を見ながら必死に生きる姿に私は母の強さを感じた。

 

 「彼女は精神が強いわね、母親だからかしら?」

 

 「確かに今まで見て来た母親は他の女と比べて色々強かった気はするな。変わらない者もある程度はいたが」

 

 子を産んだ後の女の殆どは程度の差はあっても強くなる傾向があった。

 

 精神的な物であったが、大抵の場合何かしらの変化が起きていた。 

 

 そんな彼女の生活を見ていたある日、彼女に魔力欠乏の症状が現れる。

 

 ただ、彼女は暴れる事も叫ぶ事も無かった。

 

 大の男ですら泣き叫び、のたうち回る苦痛があるはずだ。

 

 だというのに彼女はよろよろと我が子の元へと向かい、そのまま抱きしめると涙を流しながら「生きて」と呟き始めた。

 

 「お母様?」

 

 私は立ち上がり彼女の元へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 「ぐっ……!?」

 

 私にもとうとう症状が現れた。

 

 想像を絶する痛みの中、私にあるのは残される息子への想いだけだった。

 

 あの子はまだ一人で生きていけない……私が今死んでしまえばあの子も死んでしまう!

 

 私は必死に息子の元へと向かい、無邪気な顔で私を見る息子を抱きしめて泣いた。

 

 生きて欲しい、死なないで欲しい。

 

 「生きて……生きて……お願い……生きていて……誰か……神……様……」

 

 意識が遠くなり息子を抱いたまま倒れ込む……もう目が見えない……。

 

 ……痛みが消えた……?

 

 突然消えた痛みに戸惑っていると頭上から声が聞こえてくる。

 

 「お前の強さを見せて貰った。お前達を救わなかった私が言ってもお前は怒るだけかもしれないが、お前の願いを叶えよう。この子の寿命を全うさせる事を約束する」

 

 私はこの声が神なのだと思った。

 

 神という存在が本当に存在していた事に驚き混乱したが、それよりも神が息子を救うと約束してくれた事が嬉しかった。

 

 「この子の名は……ライベル……どう、か……お願いし……ま……す」

 

 私は何とか声を搾り出した、徐々に意識が薄れて行くが……もう不安は無かった。

 

 

 

 

 

 

 今まで魔力欠乏の苦痛にある程度耐えた者はいたが、微動だにせず我が子の事だけを想い涙を流すとは。

 

 息子を抱きしめた彼女の顔は苦痛に歪んだ表情では無かった。

 

 彼女は我が子へ微笑みを向けたまま死んでいた。

 

 『二人共、生き残った子供を助ける事にした』

 

 『ふふ……お母様が転移した時に分かったわよ』

 

 『かしこまりました、主様』

 

 私は彼女からそっとライベルを抱き上げ、すでに転移して来ているカミラに渡した、ヒトハも隣で彼を見ている。

 

 それから私は彼女の黒髪を少し切り取り、劣化しないように魔法をかけて纏めて縛る。

 

 次にペンダントを作った、ペンダントトップは開く事が出来るようにし、中にその髪を仕舞う。

 

 そして私は彼女の体を抱き上げた。

 

 

 





 主人公が目を向けている時に硬い意思を見せたり、目を引くような、好奇心を刺激するような事を行ったり言ったりすると、助けてくれたり頼みを聞いてくれる確率が上がります。

 それでも基本的には気まぐれですが。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。