ライベルの奴、浮かれて迷うとは。
私は空中に映し出した彼の姿を見ていた。
「彼にとって初めて見る大きな町だもの、浮かれるのも分かるけどね」
隣で見ているカミラが苦笑いしている。
カミラの言う事も分からなくは無いが、命に関わる事を忘れるのは問題だろう。
「ヒトハを付けておいて良かった、いなかったらあのまま死んでいたかもしれない」
「お母様がこうやって見ているんだからそれは無いわよ」
「ヒトハに頼んでいても気にはなるからな」
私達はライベルの事を見ていた、これはヒトハにも教えていない。
迷った彼を誘導したヒトハはいい仕事をしてくれた。
「そろそろ畑仕事をしてくる、カミラはあの子を見ていてくれ」
「分かったわ」
私はカミラの返事を聞き畑へと向かう。
あれから俺は更に川沿いに進み続け、人が住んでいた痕跡のある場所をいくつも見つけた。
しかし誰にも会う事は無く、食料が折り返しに近づいて来ていた。
もう帰ろう……これ以上は危なそうだ。
引いている人力車の重さは大分軽くなっている。
保存食が半分ほどになっているから当然だけど……。
その分帰りは多少楽かな?
俺は戻る事を決めると、すぐに引き返し始めた。
町で迷った時に思い知ったからね……もう無様な真似はしない。
来る時に一度通った場所だ。
特に問題が起こる事は無く、俺は順調に進み続けた。
ただ帰る事だけを考え、ひたすら歩き続けていると……やがて遠くに見覚えのある畑が見えて来た。
俺達の畑だ……。
帰って来たんだと思うと体から急に力が抜けるが、俺は気力を保ち歩き続ける。
そして畑で仕事をしている母さんと姉さんを見た時、俺は人力車を置いて走り出した。
「帰ったよ!!母さん!姉さん!」
すると二人は顔を上げ母さんは微笑んで、姉さんは口元を緩めて……。
「おかえり」
そう、言ってくれた。
私達は帰って来たライベルに温かい食事を取らせ風呂に入れた。
その後、彼はすぐに寝てしまったのでカミラが寝床に連れて行く。
「ヒトハ、ご苦労だったな」
『途中に多少問題がありましたが処理いたしました』
恐らく迷った事だろうが、これは本人から聞こう。
「その問題とやらは本人から聞くとしよう。ヒトハ、これでライベルの付き添いは終了だ。またいつもの様に動いてくれ」
『かしこまりました』
会話している間にカミラが戻って来た。
「疲れていたのね、よく寝ているわ」
「慣れない旅をして過ごしたんだ、疲れもするだろう」
世界全体で見ると彼の旅した距離は僅かだが、人類が衰退してから恐らく一番長い距離を移動したのではないだろうか。
「今度は川上に旅をすると言いそうだな」
映像からあの子が川下に向かっていた事は分かっている、今度は逆にも行きそうだ。
「言いそうよね」
私がそう言うとカミラも苦笑いして同意する、私は彼がそう考える可能性が高いと思っている。
彼は丸一日近く眠り続けた後、腹を空かせて起きて来た。
ライベルが旅から戻った後、彼から詳しく話を聞いた。
彼は町に夢中になり迷った事を正直に私達に話し、反省とヒトハを連れて行くように言ってくれた事への感謝を述べた。
そして彼は私達に一つの魔道具を見せて来る。
「町の建物の中に落ちてたんだ。母さんか姉さんなら何か分かるかも知れないと思って持って来た」
これは通信用の魔道具だな、かつて見た物と形が違うが間違いないだろう。
「どうだろう?なんだか分かる?」
ライベルは期待した様な目で私達を見て来る。
「これは通信用の魔道具だ」
「通信用の……魔道具?」
私の言葉に不思議そうに聞いてくる彼。
「魔力を使用して遠く離れた者と話が出来る道具だ」
「遠くと話せるのか!?凄いなこれ!……あ、でももう使えないのか」
彼は大喜びするがすぐに落胆した表情になる。
「使えないな。今の世界には魔力がほぼ存在しないから動く事は無い、その上話す者が同じ物を持っていなければならない」
「もう動かないのかぁ……」
実に残念そうな彼だが、動かないものは動かない。
「母さん、家に飾っていい?、旅をした記念にさ」
「良いわよ。でも、邪魔にならない所に置くのよ?」
「やった!じゃあどこに置こうかな……」
彼はカミラから置く許可を貰うと魔道具を持ったまま悩み始めた。
「私は畑を見に行くから置き場所を決めたら来い」
「うん、わかった」
私は彼にそう言うと外へ出た。
あれから一年ほど経った時、彼は今度は川上へ行きたいと言った。
私達は以前と同じようにヒトハを連れて行くように言い、彼も今度は素直に頷いた。
準備を整え彼は再び旅立ったが、以前より大分早く戻って来た。
途中で山になっていたらしく、どうにもならず戻るしかなかった様だ。
彼はどうにか生き残りを探し出そうとしていた。
その事にあまりにもこだわる為、ある日私は理由を聞いた。
「母さんと姉さんは長命種だろ?二人は俺が死んだ後も生きるんだ。……その時、他の誰かが居れば寂しくないと思って」
それを聞いた私はライベルの頭を撫でながら話す。
「本当にやりたいのなら止めはしないが、私達は平気だ。後の事は気にするな」
彼は黙って私の話を聞いている。
「お前が幸せに生きる事が私の願いだ」
「……うん」
彼はそう言って泣き始めた、私はそんな彼の頭を撫で続けた。
私が彼に言った言葉は嘘では無い。始めは彼の母親に約束したからだが、いい子に育った上に長く面倒を見ればそれなりに情も湧く。
それから彼は生き残りを探す事にこだわる事は無くなり、私達と過ごす日々をとても大事にするようになった。
その後も彼は懸命に生き続けた。
生活は楽とは言えず、娯楽も無く……出来る事といえば私達と会話する事くらいしか無い。
それでも彼は生き続けた。
「母さん……姉さん……ヒトハ……」
年老いたライベルが寝たまま私達を呼ぶ。
彼は百五十年近く生きている、そろそろ限界だろう。
「三人ともここに居る」
私達は彼の傍に座っていた。
私は大分前にヒトハが話せる事を教えている。
彼はとても驚いていたが、笑ってかつて救ってくれた事を感謝していた。
「……俺は、幸せだ。幸せだよ……」
「そうか」
「ありがとう……俺は向こうで三人の……幸せを……祈ってるよ……」
「ゆっくり休め」
「お休みなさい、ライベル」
『さようならライベル』
私達の言葉を聞いた彼は安らかな顔で人生を終えた。
彼の死体は形見のペンダントと共に母親の隣に埋めた。
人類は絶滅した。
こうなる事は分かっていたが、実際に起こると何とも言えない気分だ。
これが想像と実際に起きるのとでは違うという事か?
「お母様、これからどうする?」
「そうだな。月に帰って新しい知的生命体が現れるのを待とうと考えているが、どれだけ時間が掛かるか分からない。以前は一万年程で今の人類が現れていたが、次はどれだけ待つ事になるだろうな」
私は休眠が可能だが、そうすると二人を放置する事になる。
恐らく私が再び休眠を行う事は無いかも知れない。
「私はいくらでも待てる気がするわ、私達は長い時間をのんびりと過ごしているのも好きだし」
『今までも平気でしたからね』
この二人が居るからな。
私は二人の会話を聞きながらそう考える。
取り敢えず月に帰るか。
「二人共、帰ろうか」
「ええ」
『了解しました』
私は最後に彼らが眠る墓を見て、月へと転移した。