私は生まれた新しい生命がどのように進化するのかを観察しながら過ごし始めた。
海に漂っていた小さく単純な生命は、時の流れの中でゆっくりと変化していった。
しかしその後、突然イシリス全体が凍結する。
私はもう終わってしまうのかと思ったが、生命は凍結を乗り越えた。
それから再び生命は増え続けたが、今度は突然生命のほとんどが絶滅した。
どうやらイシリス内の環境が変わったようだ。
増えていた生命の多くが、変化し始めた環境に耐えられず死んでしまった。
それでも、僅かに残った生命は細々と生き残りながら更なる進化を遂げる。
新たな環境に適応し、再び数を増やし始めたのだ。
そして今までの生物と少し違う生物が生まれ始めた頃に、今度は隕石が衝突した。
衝突する事は気がついていた。
しかし惑星が破壊される程の物では無い事と、こういった現象が新しい進化のきっかけになるのだと考えた私は傍観する。
隕石が原因で生物が滅びる可能性もあったが、生物は滅びる事無く生き残った。
こうして生物が進化している間に地表にも動きがある。
大地はイシリスの表面を動き回り、離れたり近づいたりといった事を繰り返す。
やがてより複雑な生物が生まれ始めたが、舞台は未だに海中で、大きさも極小さい物だった。
その後もイシリスは数回の凍結を繰り返した。
その度に生物達は危機を迎え、多様性を得て、活発に生存競争を行っている。
「全然人類のようにならないわね」
「以前は一万年程で人類が現れていたのだが……。既に私の感覚でもかなり時間が経っているはずだ。恐らく一万年など軽く過ぎているだろう」
私とカミラは談話室で話し合う。
四姉妹や侍女隊の者もいるが、それぞれ雑談したり遊んだりしている。
「間違いなく進化はしているが……まだまだ小さく、生息圏も海中に限定されている」
「人類の時と何か違うのかしらね?」
「色々と環境が違うのは間違いない。大きな違いとして思いつくのは魔力位しかないが、進化に大きな影響を与えていたのだろうか」
「可能性はあると思うわよ?実際に魔力で色々な事が出来ているじゃない。それを考えれば、進化を促進するような何かを引き起こしていても私は驚かないけれど……」
カミラはそう言って目の前にある飲み物を一口飲む。
「人類は魔力を体内で循環させていた。魔力は肉体を強化するだけではなく、進化を促す効果もあったという事か?」
「魔力を循環させる事に成功した生物が、一万年程で人類に進化した……とか、どうかしら?」
「その可能性も無いとは言えないか。もしそれが正しければ、今頃人類は更に進化をしていたかも知れないな」
しかし、人類は既に滅んでいる。
もう終わった事だ、いまさら人類を復活させる気も無い。
「これは私達の感覚でも、まだまだ長い時間がかかりそうだ」
「そうみたいね……。でも、私はこれからどんな生物になるか結構楽しみにしてるわよ?」
「私も楽しみにしている。最終的には交流が出来る知的生命体になって欲しいな」
更に時が過ぎると、少しずつ大きな生物が現れ始めた。
棘の生えた触手のような物が頭部から二本生えた1m程の大きさの生物や、目が五個ついている触手が一本だけ生えた10㎝程の生物だ。
私は新たな生命が生まれてから、時々マジックボックスに色々と収納している。
勿論、この生物も捕まえておいた。
どちらも身が少なく硬かったが、味は悪くはなかった。
少しずつ変化して行く生物達だったが、ある時期を境に突然様々な生物が現れ始めた。
あまりにも急な変化だ。
「どういう事かしら?今まで様子と比べると明らかにおかしいわよね?」
私達はいつもの様に談話室で話している。
周囲には侍女達が控えており四姉妹はいない、別な事をしているようだ。
「少し調べて見るつもりだ、私も気になっているからな」
「止めはしないけど、気を付けてね?」
「分かった」
私はそう答えると、カミラ達に見送られながらイシリスへと転移した。
イシリスへと転移した私は、早速海を見に行く事にした。
生物は今も海にしかいない。
そこで急に増えたのだから、まずは海に原因があると予想してもおかしくは無いだろう。
私は海に潜る。
新しく生まれた生物達が豊富に存在し、随分賑やかになっているな。
そんな光景を目にしながら、私は周囲を感知し始める。
私の感知範囲なら月からでも確認は出来る。
それでもこうして実際に海に潜っているのは、直接見たかったからだ。
浅い海中には原因のような物は見当たらない……もっと深い場所か?
私は深く潜っていく。
やがて生物が減り始め、暗くなり始めた。
静かな海中をしばらく潜り続けていると、海底が見えて来た。
これ以上は潜れないか。
海底にも生物は存在していた、いるとは思っていたが予想以上だ。
熱水が噴き出している場所も点在し、その周囲はかなり温かい。
しかし、この程度で生物が突然多種多様になるとは考えにくい。
私は長時間海底をうろついていたが、変わり映えしない景色があるだけで原因のような物は見つからない。
それらしい物は何も無かった為、私は知覚を広げ始めた。
すると海底に似合わない人工的な物を感知した、それは海底にいくつもある。
私が作った家では無い、何だろうか?
すぐに感知した場所に向かうが、向かっている途中から異常に気が付いた。
海水に魔力が混じっている。
今のイシリスにこの濃度の魔力が残っているとは。
私は内心で少し驚きながら魔力が混じった海水の中を進み、目的地に到着した。
そこにあったのは白く巨大な丸い物体だった。
何だこれは?
私は物体の周囲を見て回る。
破損した部分から中を覗いてみるが、中は空洞だ。
表面を触って見る。
ザラザラしていて、少し力を入れると砕けてしまった。
かなり脆いな。
ん?……これは。
何か書いてある。
かなり見にくいが、表面に文字が書かれている事に気が付いた。
そこには「圧縮魔力貯蔵用34-773」と書かれていた。
圧縮魔力貯蔵……。
これは魔道兵器の一部か?
こんな所に転がっているとは。
私はふと、思い出す。
以前、私達は多くの魔道飛行戦艦を落とした。
その中には海へと沈んで行った物も多くある。
これはその戦艦に積まれていた物では無いだろうか。
海に沈んだ戦艦に積まれていた貯蔵用の魔道具が、様々な要因でここに集まったのか?
魔力貯蔵用の魔道具は魔法金属で出来ていて、かなり頑丈に作られていた筈だ。
過酷な環境でも破壊されずに残っている可能性は十分ある。
そこまで考た私は目の前の魔道具を見て、気が付く。
……さっき簡単に砕けたな。
それに……こんな色だったか?
触った時、私は必要以上に力など入れていない。
本来なら、どの様な魔法金属を使っていてもあの程度で砕ける訳が無い。
私は改めて目の前の白い金属のような物を調べ始めた。
調べた結果、この白い金属は魔力が抜けた魔法金属だった。
その事から私は一つの仮説を立てる。
魔法金属の強度に守られていた圧縮魔力だったが、世界の魔力が減った事で時間と共に魔法金属の魔力が失われ、脆い金属に変化した。
やがて脆くなった魔法金属は破損し、深海に大量の圧縮魔力が流れ出した。
そして、詳しい理由は不明だが……その魔力は海底に留まり続けた。
こうして魔力を含んだ海水が生まれ、深海にすむ生物達の一部が長い間この魔力の混じった海水内で生活する事になった。
その結果、海水に含まれた魔力が深海の生物達に影響を及ぼし、今回の出来事につながった、という物だ。
これは魔力が生物の進化に対して何らかの影響を及ぼす事が前提の仮説だが、私ではこれ位しか考えつかない。
今ではそれほどの濃度では無いが、以前はもっと高い濃度であった可能性も高い。
仮説ではあるが、過去の文明が残した物が新しく生まれた生物に影響を与えた可能性がある訳だ。
中々面白い物を見たな。
私は満足して月へと帰った。
「お帰りなさいませ、主様」
屋敷へと帰った私を侍女達が迎えてくれた。
「お風呂のご用意が出来ております、お入りになりますか?」
風呂の用意をしてくれていたようだ。
「ありがとう、入らせて貰う」
「では、こちらへどうぞ」
侍女は微笑んで私を風呂場へと案内する。
よく働いてくれる子達だが、彼女達の自由な時間もしっかりと作れるよう当番を組むようにヒトハには話してある。
私は自分で洗おうと思っていたのだが、侍女達に頼まれ洗って貰う事にした。
風呂で侍女達に洗われた後、私はいつもの談話室へと向かう。
談話室にはカミラとフタバ、数人の侍女がいた。
「こちらへどうぞ、主様」
「お帰りなさいませご主人様」
「お帰りなさい」
侍女達とフタバ、カミラに迎えられいつもの様にソファへと座る。
そこで私は海底であった事と仮説を話し、フタバ達にもどういった物なのかを説明した。
「以前、海で見つけた魔道飛行戦艦の一部よね?海底にも行っていたのね」
「仮説が正しければ、これからも今回のような事が起こるのでしょうか?」
カミラは以前の事を思い返す様に話し、フタバは私に尋ねて来る。
「海底の魔力は時間の経過で薄くなって行くはずだ。もし仮説が正しかったとしても、今回の様な事がまた起こる可能性は低いと思う」
私がフタバの質問に答えた後、カミラが口を開いた。
「聞いた限り他の原因らしい原因も無かったのよね?実際に様々な生物が爆発的に増えている訳だし……関係ありそうよね」
「色々と話したが私としてはどちらでもいい、今は特に興味は無い」
私も魔力についてまだ知らない事があるかも知れないが、今は生命が優先だ。
「そうなの?お母様なら調べると思っていたわ」
「私もご主人様がお好きそうな事だと思っていましたが、違うのでしょうか……?」
意外そうに言う二人だが、そこまで意外そうにする事では無いだろう。
「私は興味があるか、気になるかが行動の基準だ。お前達も心当たりはあるだろう?」
今は魔力の事よりもイシリスの生命に興味がある。
「……そうだったわ」
「ご主人様はそういう方でしたね」
カミラは苦笑い、フタバは微笑みを浮かべて答える。
その後は夕食まで二人や侍女達と雑談をしながら過ごす。
私は娘達と過ごす時間も気に入っている。