テニスの後、千穂の汗を流すために私達は一緒に風呂に入った。
私は汗は出ないが、風呂は何度入っても悪くない。
それから昼食を取り、現在はゲーム部屋に来ている。
「運動の後はゲームするよ!」
すっかり回復し、遊ぶ気満々の千穂は元気に言うが、私は一応聞いておく。
「勉強はいいのか?」
「課題が少しあるけど、そこまで多くないから大丈夫だよ?」
「忘れないようにな」
そう言うと彼女は悩み始める。
「うーん……確かに忘れそう。勉強はしっかりするっていう約束で自由にゲームをしている私としては、それはまずいなぁ」
「決めるのは千穂だが、私は処理しておいた方が憂いなく残りの時間を過ごせると思う」
「確かに……終わらせておいた方が良いかな……?」
それからしばらく千穂は考えていたが最終的に勉強をする事に決め、ゲーム部屋で勉強をする事になった。
課題をする千穂の話に付き合いながら、二日目の午後は過ぎて行った。
三日目の朝。
「昨日の内に終わらなかったぁ……」
「勉強しながら私に構うからだ。集中していれば終わっていたんじゃないか?」
朝食を終えた後、私の部屋で千穂は昨日の課題の続きをやっている。
昨日の課題中、頻繁に私に絡んでいた彼女は昨日の内に課題が終わらなかった。
『やっほー、クレリアさん元気ー?』
千穂と会話している私に世界樹からの念話が聞こえた。
『私は今まで体調を崩した事は無い。お前は問題無いか?』
『ボク?元気だよー?』
問題はないようだな。
いつもなら話に付き合う所だが今は千穂が居る。
『今は友人が来ている、用があるのなら早く言え』
『用は無いよ?』
いつもの念話にたまたま私を選んだだけか。
『あと数日したら一度月へ帰る、その時になら付き合おう』
念話しながら会話も可能だが、特に用が無いのならやめておこう。
『はーい、じゃあまたねー』
のんびりとした声でそう聞こえた後に念話が切れた、また別の相手を探している事だろう。
千穂を見ると課題に集中している、この調子なら午前中には終わりそうだ。
「終わりっ!」
集中し始めた彼女の邪魔をしない様に静かに本を読んでいると、声が聞こえた。
「終わったか?」
「ばっちり!さて……ゲームをするぞー!」
彼女は手早く片付けを終え、ゲームをしようとする。
「待て。昼が近いから先に食事にしないか?」
「あ……そうだね、その方が良いかも」
彼女は時間を確認すると、そう答えた。
少し早い昼食を取る事を決め、内線で連絡をする。
すぐに用意すると返答があったが、調理時間が掛かるから少し待つ事になるな。
「課題を終えてお腹も一杯、時間も一杯……私は幸せです!」
そう言ってゲームを始める千穂。
「本当にゲームが好きだなお前は」
「前より好きになったかも、一緒に遊べる友達が出来たからだと思う」
私の事だろうか?
今までは身近な人間にFPS仲間がいなかったようだが、そんなに嬉しいのか。
「フレンドはいるけど、ゲームだけでの関係だし……周りの友達はFPSやらないし。……こうやって過ごせるFPS好きの友達がずっと欲しかったんだ」
「そうか。では好きなだけ付き合おう」
「いいねぇ、じゃあやろっか!」
「そうだ!この前ネットのニュースで見たんだけど、バトルグラウンドの続編を作ってるって!」
現在は夜の十時を少し過ぎた所だ。
食事を済ませ風呂も入り、後は歯を磨いて寝るだけの状態になっている。
私はシルクの薄い桃色のパジャマを着て、千穂は前のとは色違いのスウェットだ。
「発売日は決まっていないのか?」
「うん。作ってるのは発表したけど、発売日はまだ分からないみたい」
「そうか、ではのんびり待つ事にしよう」
「私は早く出て欲しいなー。あ、そう言えばクレリアちゃんはPCは買わないの?」
私の方を向いて言う千穂。
「パーソナルコンピューターか」
「今時その名前で呼ぶ人は少ないけどね」
千穂はそう言って笑う。
「便利だという話は聞くが、私は持っていないな」
「PCにもFPSゲームがあるんだよ。バトルグラウンドもあるし、家庭用とPC版は大体分かれてる事が多いんだ」
「何故だ?」
「操作性が全く違うから。これは私の意見だけど……慣れるとマウスとキーボードの方が強い事が多いんだよね」
「という事は、私の成績は家庭用の世界ランクなんだな?」
「そういう事。PCをやっている人は家庭用を下に見てる人もいるから……そういう人達にはクレリアちゃんは二軍のトップみたいな感じにみられてると思う」
少し表情を暗くする千穂だが、そんな事はどうでもいい。
「好きにさせておけばいいだろう。それよりも、PC版には今よりも強い相手がいるという事だな?」
「そうだね、PC版の方が強い人が多いと思う」
「なるほど。よし、大会が終わったらPC版もやってみるか」
「クレリアちゃんならまた一位になれると思う。後……PCでも私と一緒にやってくれる?」
一緒にと言う事は、彼女はPCを持っているのか。
彼女の部屋に泊まりに行った時にPCらしき物を見た覚えが無いが、購入したのか。
「良いぞ。ただ、やるのは世界大会の後にする」
「うん!これからも一緒に遊ぼうね」
彼女はそう言って笑った。
翌朝、私はメイドに全国大会後にPC版をプレイする事を伝え、それまでに環境を整えておくように頼んだ。
「なんかあっという間に感じたなぁ……。泊めてくれてありがとうね、楽しかったよ!」
「そうか、私も悪くは無かったぞ」
ゴールデンウイークの最終日を迎え、私は彼女を自宅へと送り届けた。
千穂は私とゲームや話をしたりスポーツをして楽しそうだったな。
彼女らしく大半はゲームだったが。
私は彼女を送った後、月へと移動した。
楽しかったな……色々心臓に悪い事もあったけど。
私はそう思いながら約一週間ぶりの自分の部屋でベッドに倒れ込む。
お金持ちなんだろうなとは思っていたけど……。
クレリアちゃんが月下グループの一番偉い人達の娘だったのは流石に驚いたなぁ……。
「んー……」
私は枕に顔を埋めながら声を洩らす。
……クレリアちゃんは大切な友達だ、嫌いになる事は無いと思っているけど……。
でも……おかしく感じちゃった事がある。
数日間ずっと一緒に居て、遊んだから気が付いた事……。
クレリアちゃんは私といた間、一度もトイレに行ってない。
クレリアちゃんの部屋にもゲーム部屋にもトイレはあったけど一つだけだし、私は何度も行ったけどクレリアちゃんは結局最後まで行きたそうな素振りすら見せなかった。
後はスポーツ。
私が疲労で倒れていてもクレリアちゃんは汗一つ流さずに平然としてた。
周囲のメイドさん達は気にしてなかったけど……あれは持久力があるとかそんな問題じゃなかった。
あれだけ動けば、オリンピックの選手だって少しは疲労を見せるはず。
そこまで考えた所で、少し体が震える。
彼女は優しいし、いい子だ。
だけど……私は幼い子供じゃない。
どう考えてもおかしい事くらい分かる歳だ。
「クレリアちゃん……」
私は彼女の名を口にする。
クレリアちゃんと遊ぶのは楽しい。
……この事はきっと心に残り続ける、そう感じながら私は眠りに落ちて行った。