10月に入り、日本では秋らしさが感じられるようになり始めた。
そんな中、私は少し前まで中東に行っていた。
今でも戦闘が行われている貴重な地域だ、私は以前から時々この地域を見物している。
世界大戦の時もそうだったが、戦う生物の姿は見ていて面白い。
私は戦いが嫌いという訳では無いからな。
中東にも自宅はあるのだが、あまり使っていない。
その証拠に、その後わざわざ東京の自宅に戻り、リビングルームで皆とテレビを見ている。
《……南米の採掘場で灰白鋼(かいはくこう)の塊が発見されたのです。発見された灰白鋼は直径二㎝程で、塊が発見されるのは大変珍しい事でした……》
科学番組で灰白鋼の事が話題になっていた。
灰白鋼とは、魔力を失って変質した魔法金属に人類が付けた名だ。
《この灰白鋼は世界各地の土壌に僅かに含まれているため身近に存在する物質で、使用用途は残念ながらありません。ただ、これだけ身近にありながら詳しい事は未だに解明されておらず、現在も灰白鋼の研究は行われています》
元魔法金属、人類的に言うなら灰白鋼。
これは人類が様々な物を分析出来るようになり始めた時に発見され、現在も研究が続けられている。
魔力を知らない現在の人類が、魔力喪失という原因に到達する日を楽しみに待っていよう。
「クレリアよ」
「なんだ?」
珍しく自宅に来ていた信長がテレビを見ながら言う。
「この灰白鋼……魔力の喪失が原因ならば戻す事は出来んのか?」
「おお……!信長ちゃん、いいとこついてるんじゃない!?」
ミツハが信長に言う、信長ちゃんと呼んでいるんだな。
「確かに彼の言う通り何か起きるかもしれませんが、今からやったとしてもどれだけかかるか分かりませんよ?」
ヒトハはそう言うが、出来ない訳でも無い。
「ヒトハ、お母様と一緒に作った掌の世界を忘れてないかしら?」
「……失念しておりました」
カミラに指摘され、ヒトハは少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「主様……その……掌の世界……とは、何ですか?」
「聞いた事ねぇな……主様、教えてくれよ」
フタバとヨツバがそう言い始め、知らない他の者達も期待したように私達を見る。
「分かった。教えよう……掌の世界とは私とカミラ、ヒトハの三人で作り出した広い空間を持ち歩く事が出来る魔道具だ。更に内部の時間の流れを自由に変更する事も出来る」
「空間を持ち歩く……だと?」
「時間の流れを変える?」
信長とジャンヌが呟き、他の者はどこか諦めた様な顔をしている。
「うん、知ってたよ私!主様達が滅茶苦茶だって!」
「おいミツハ!失礼な事言うな!……まあ、私もちょっとそう考えちまったけどよ……」
ミツハの言葉を注意するヨツバだが、彼女も似たような物だったようだ。
「一応、現時点で地球程度なら入れる事が出来る空間がある。更に広げようと思えば……恐らくどこまででも広げる事が可能だろう」
「お母様、その辺で。それはお母様でなければ出来ないわ」
カミラが私に声をかける。
「お前が儂の想像を超えている事など、とうに知っている。それで……現物は何処にあるのだ?」
しばらく考え込んでいた信長が聞いてくる。
「この屋敷の傍に小さな家があるのは知っているな?そこのリビングに飾ってある」
「え!?あれがそうだったんですか?綺麗な置物だとは思ってましたけど……」
フタバが声を上げる。
以前の家のリビングにはそれしか飾っていないからな、覚えていればすぐに分かるだろう。
「ああ!あの透明な球の中に黒い球が浮いてる奴か!そうだろ?ヒトハ姉さん」
「そうです。……貴女も見た事があるはずですよ、ミツハ」
ヨツバが思い出したように声を上げてヒトハに確認すると、ヒトハはヨツバに返事を返し、ミツハにも声をかけた。
「そんなのあったっけ……?」
全く覚えがないようなミツハ、出入りしているのなら目には入っていると思うが。
「話が進まないから元に戻すぞ。掌の世界の内部を高魔力にして灰白鋼を入れた後、外部から時間設定を変更すればいいだけだ」
私は無理矢理話を戻す、確かにそれなら出来ると全員納得してくれたようだ。
そこで私はある事に気が付く。
「そういえば、作った後に実際に使った事があったか?」
「……そう言えば……使って無かったかも知れないわね」
「……恐らく使っていないかと」
私の問いにカミラとヒトハが答えた。
「一度使っておこう」
私は掌の世界を使用するついでに、灰白鋼の実験を行う事にした。
その後、すぐに私達は場所を月へと移し実験を開始する。
とはいっても掌の世界に小さな障壁を張り、魔力を満たした後に灰白鋼を入れて時間の設定を変えるだけだが。
侍女に灰白鋼を取って来て貰い、準備はすぐに終わった。
「これだけ?」
準備を終えた私にミツハが聞いてくる。
「そうだ。後は内部の時間の設定を変更するだけだ」
テーブルに置かれた掌の世界を皆が取り囲んで見ている中で私は魔法で操作を始める。
「設定はどうするか……少しずつ様子を見ながら行うか」
「人類の調べた結果が正しければ、魔法金属が出来てから数十億年程は経っている事になるのよね……」
そう話すカミラの言葉に私は答える。
「地球の歴史という物だな。魔法人類が居た頃の事は全く触れられていないが、私達も過ぎた時間を把握していた訳では無いから何も言えない」
この歴史が正しければ私に作られた娘達はともかく、私とカミラの寿命に終わりが無い可能性が更に濃厚になるだろう。
それでも「終わりが無い」と断言出来る時は恐らく来ないだろう。
私達にそれ以上の寿命があるだけ、という可能性は永遠について回る。
いつかその日が来た時、私は自身の寿命を知る事になる。
いつまで経っても来ない可能性も十分にありそうだが。
「では、一日で十億年経つようにしよう」
「ちょっと待ってお母様……そこまで出来るの?」
「……私は一日が千年や一万年程を想像していたのですが……」
カミラとヒトハが驚いたような表情でそんな事を言う、説明はしていた筈だが……忘れていたのだろうか。
「操作出来る事を話し忘れていたか?」
「いえ、話は聞いていたわ。ただ、そこまで出来るとは聞いて無いわよ?」
説明を忘れていた訳ではない様だ。
「説明が足りなかったか。完全な停止からかなりの範囲で設定出来るぞ」
「まあ……範囲が大きいのは悪い事じゃないわよね?」
「……そうですね」
カミラの言葉に、ヒトハは返事を返した。
「クレリア」
カミラ達と話していると、信長が私に声をかけて来た。
「何だ?」
「儂はお主と共に生きる事を選び、色々な事を知った。元人間として、数十億年という時がどれほどの物であるかよく分かる」
彼はそう言ってから、にやりと笑う。
「それほどの時を過ごして今も平然としているお主達は、実に驚くべき存在よ。改めて度肝を抜かれたわ!」
そう言って笑いながら去って行く、結果は見て行かないのか。
結局、時間の設定は一日で一億年にした。
翌日に灰白鋼を取り出すと、形状は変わってはいないが魔法金属へと戻っていた。
「これで灰白鋼は高濃度の魔力に長時間置いておく事で、元の魔法金属に戻る事が判明した訳だけど……」
カミラがそう話しているが、私としては掌の世界が問題無く使えた事の方が重要だ。
今まで使用試験をしていなかったのは失敗だったな。
「この先、何か大きな変化があれば分かりませんが、今のままでは自然に灰白鋼が元の魔法金属に戻る事は無さそうですね」
ヒトハは取り出された魔法金属を見ながら言う。
「どれ程の濃度と時間で戻るかは正確に分かっていないが、恐らくヒトハの言う通りだと思う。もっと薄い魔力と短い時間で元に戻るかも知れないが、これ以上調べる気にはならないな」
「もしも自然に元に戻った場合、魔法金属を巡って人類が争う姿が見えます」
ヒトハが突然そんな事を言う。
「どうだろうな」
私はヒトハにそう答えるが、確かにそうなりそうな気はする。
「地球に眠る灰白鋼が魔法金属に戻る可能性がある事が分かったし、お母様もこれ以上は興味が無いみたいだから……この事はこれでお終いかしらね」
「そうだな。これから私は地球へ行く、何かあったら連絡してくれ」
「分かったわ、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ」
月の皆に見送られて私は東京の自宅へと転移した。