75の話数だけ妙に多くなっています。
季節は本格的に夏になり、千穂と美琴の学校はもうすぐ夏季休暇に入る。
休日に話し合い、島へは夏休みの後半に行く事にした。
前半の内にやるべき事をやり、憂い無く島を楽しむという事らしい。
しかし、夏休みの前半は勉強しかしないという訳では無く、高校最後の夏と言う事もあって色々と行うつもりでいるようだ。
キャンプ、海水浴、肝試し、夏祭り、盆踊り、花火、プール。
三人で話した時にこれらの事はやりたいと千穂は言った。
その中でキャンプと海水浴、プールは島でも似たような事が出来るので前半の予定から省き、肝試し、夏祭り、盆踊り、花火大会。
この四つを前半の内にしようという事になった。
高校生の夏休み事情は知らないが、隣で聞いていた美琴の様子を見る限り簡単では無さそうだったな。
ここの所、私は常に東京の自宅で過ごしている。
夏休みに向けて、千穂や美琴と色々と話し合っていたからだ。
そんなある日、美琴から電話が来た。
「どうした?」
「クレリアちゃん。前に決めた夏休みの前半の予定だけど、出来そうよ」
電話に出ると美琴がそんな事を言う。
「何かあったのか?」
「私達の学校って特に進学校って訳でも無いのにそれなりに課題があったんだけど、今年から大幅に減るんだって」
「生徒の自主性に任せるようにしたのか?」
「詳しい事は説明されなかったけど、減る事は今日学校で言われたわ……みんな喜んでた」
「そうか」
「今までと比べたらかなり減ったわ。正直、前までの量だと大変だったから私も嬉しいわ」
「千穂も喜んでいるだろうな」
「あの子は「あと数年早くして欲しかった!」って言ってた」
「そうすれば遊ぶ時間が増えていた、という事か」
「その通りよ。まあ気持ちはわかるけど……」
メイドが飲み物を用意してくれた。
私は一口、飲み物を飲んでから聞く。
「お前もそう思うか」
「そりゃあね……ほとんどの生徒は多かれ少なかれ思ってるんじゃない?」
そういう物か、自分の能力を伸ばす事は悪くないと思うのだが。
「用意された物では無く、本人が伸ばしたい部分を伸ばせるように、という事かも知れないな」
「本当にクレリアちゃんは考え方が子供らしくないわね……もう慣れたけど」
「それは良い事だ」
「……それで、夏休みが始まったら千穂の家で泊まりこんで、課題を終わらせてしまおうって話になったのよ」
「そうか」
「それで……もしよかったらクレリアちゃんも来ない?」
「課題をするのだろう?私が行ってどうする」
「それだけじゃ息が詰まるし、せっかくの泊まりだからクレリアちゃんも呼ぼうって、千穂がね?」
「お前達が良いのなら私は構わない」
「じゃあ来て欲しいな」
「分かった、行こう」
千穂と美琴が夏休みに入ってすぐに、二人が課題を終えるための泊まりの日がやって来た。
何時来ても良い、と言っていたので私は午後から行く事にする。
「いらっしゃーい!美琴はもう来てるよ!」
「世話になる。これは土産だ、家族で食べてくれ」
私は程よい値段の手土産を千穂に渡した。
「いつもありがとね。部屋に行っててー」
「分かった」
千穂の言葉に返事をして、私は二階へと上がり千穂の部屋へ入った。
「あ、クレリアちゃん来たね。こっちこっち」
「約束したからな」
部屋の中央付近に用意された小さめの丸い机に、教科書やノートが並んでいる。
私は美琴に誘導され、クッションに座った。
「進み具合はどうだ?」
「それがね……大幅に減った代わりに難しくなってるのよ。まあ、それでも多い頃より楽だけど、予定よりはかかっちゃいそうね」
「ただいまー。クレリアちゃん来たし一旦休憩にしよっか?」
美琴と話していると千穂が戻って来て美琴の正面へと座った。
「ちょっと前に休憩したでしょ?もう少しやるわよ」
「はーい……まあ終わっちゃえば後は自由だしね、頑張りますか!」
「クレリアちゃん、もうちょっと待っててね」
千穂がやる気になって課題を始め、美琴も私に一言いうと課題を始めた。
私は二人の教科書とノートを見ていた。
数学か。
美琴が難しいと言っていたからどんな物かと思っていたが……妙に簡単だな。
「確かに量は減ったけどさ……難しすぎない?」
「ぼやいても終わらないわよ」
「分かってるよ……ねえ美琴、ここ分からないんだけど」
「どれ?……えっとこれは……」
ただこうして見ているだけでも良いが、少し手を貸すか。
「千穂、それは二つの公式を使えばいい。この例題と同じようにやってみろ」
「え?……ほんとだ……出来た……」
「嘘でしょ……?クレリアちゃんこの問題分かるの?」
美琴が驚いた表情で言って来る。
「むしろお前達がなぜそんなに悩んでいるのかが分からないのだが」
「えー……」
私の言葉に静かに驚く千穂。
「そう言えば自宅で教育を受けてるって言ってたし……もうやっていた所だったのね」
「いや、初めて見た。だがすぐに分かったぞ?」
美琴の言葉に答えると二人は黙ってしまった。そして千穂が私の手を握って言う。
「分からない所を教えてください」
「クレリアちゃん……出来たら私もお願い」
「私が分かる所なら教えよう」
私は二人の勉強を見る事になった。
それから二人は確実に課題を進めて行く。
分からない所は私が教えながら、ある程度の量を終わらせた。
現在は休憩中で、千穂と美琴がパズルゲームで対戦している。
プレイしているのは「むにょむにょ」と言うゲームで、複数の色のついた「むにょ」と言う何ともいえない表情をしたスライムの様な物体を、一定数以上つなげて消すゲームだ。
「このゲーム、結構面白いわね」
「良かった!美琴に合いそうなの探したんだ」
普段ゲームをしない美琴も中々気に入ったようだ。
「あ……負けちゃった」
「初めての割りに中々上手かったね、驚いたよー」
「これ気に入ったわ、買ってみようかな?」
「ほんと!?もし買ったらネット対戦しようね!」
「まだ買うって決めた訳じゃないから……はい、クレリアちゃん」
美琴はそう言いながら私にコントローラを渡して来た。
「私はFPS以外はあまりやらないぞ?」
「という事はこれでなら……。クレリアちゃん!勝負だよ!」
急に勝負を挑んでくる千穂。
「うわ……勝てそうだからって……千穂、恥ずかしくないの?」
「だってFPSだとほとんど勝てないんだもん!」
たまにバトルグラウンドで対戦もしているが、千穂の勝率はとても低い。
彼女は勘違いしている。
FPSだから勝てないのでは無く、FPSだからこそ僅かでも勝てていたんだぞ。
「手加減はしないが、良いんだな?」
「かかってこーい!」
「すっご……なにこれ……」
私達の対戦を見ながら美琴が呟く。
「クレリアちゃんおかしいよ!?何それ!?」
このゲームは十時キーの下を押すとむにょを高速で落とす事が出来るのだが、私はずっと下を押し続けたまま次々とむにょを組み上げて行く。
私にはこのゲームの速さなど速い内に入らない。
考える時間など大量にあるし、様々な魔法を構築している私にはこの程度はパズルと言えない。
私は次々とむにょを組み上げて全消しを繰り返す。
その結果、一分程で千穂は敗北した。
「う……嘘だ……」
千穂は仰向けに倒れて呟いた。
「勝てそうだからと挑んだ結果がこれだなんて……無様よね」
「うわぁーん!?」
美琴に言われ、うつ伏せになり叫ぶ千穂。
「私がFPS以外をあまりやらないのはこうなるからだ。だが、運に大きく結果が左右されるゲームなら勝負が出来るぞ?」
そう言いながら千穂の頭を撫でる。
「……じゃあ今度はこの野郎伝説やる……」
月で娘達がやっていたゲームだな。
「分かった、今度やろう」
「うん……」
その後すぐに復活した千穂は、休憩を終えて美琴と共に課題を始めた。
夜になり、私達は風呂に入り夕食を食べた。
課題の続きは明日やる事にして、寝るまでの時間は自由に過ごす事にした。
ベッドの横に客用の布団を二組敷いて、寝る用意はしてある。
私達は全員、寝間着を着ている。
今はパジャマと言う事が多い様だな。
「クレリアちゃーん」
私は布団の上で千穂の足の間に座り、後ろから抱きしめられたまま漫画を読んでいた。
娘達もそうだが、どうして私を抱きしめるのだろう。
特に嫌という訳では無いので構わないが。
「あー……落ち着く……」
「私から見ると変態みたいよ?」
「この抱き心地と、仄かな良い香りが癖になる……」
「そんなにいいの?」
「美琴はクレリアちゃん抱っこした事無いの?」
「普通あまりしないわよ……。彼女大人っぽいから気が引けるし」
「じゃあ、はい」
千穂は私を持ち上げると美琴の足の間に置く。
「ちょっ!?千穂!?」
私を渡され、慌てる美琴。
見知らぬ他人ならともかく、美琴ならば気にしない。
私はそのまま美琴に寄りかかり漫画を読む。
恋愛漫画という物を読んでいるのだが、全く意味が分からない。
「千穂。この漫画の主人公はこの男と夫婦になりたいのだろう?何でわざわざ嫌われるような事を言っているんだ?」
「え……?うーん……好きだけど素直になれない……みたいな?」
千穂はそう言うが、人間である千穂にもあまり分かっているようには見えないな。
「自分で嫌われる事を言って、後悔しているのかこの女は。何がしたいんだ?」
「ほら、幼馴染として家族みたいに過ごしてきたから……今更男女の恋愛に踏み出せないんだよきっと」
全く理解出来ない。
そんな事を内心で思っていると美琴が抱きしめて来た。
「その内クレリアちゃんにも恋愛が分かる日が来るよ。……その漫画みたいな気持ちではないかも知れないけどね」
億を超える時を経ても分からないままだが……そのいつかは来るか分からないぞ。
「……千穂」
「ん?何?」
私を抱きしめた美琴が、私の頭に頬を乗せながら言う。
「……この子凄く抱き心地良いわ」
「でしょー?」
私達は寝るまでの時間、他愛のない話をして過ごした。