「へー、ヒトハさんが最初の侍女だったんですか」
「最初は主様とカミラ様、私の三人で生活していたのです」
「途中からフタバさんや他の皆さんも雇われたんですね」
「そうです、時期に差はありますけどね」
談話室で千穂、ヒトハ、美琴、フタバの四人が集まって雑談をしている。
あれからすぐに千穂と美琴は談話室にやって来た。
そして四人はすぐに打ち解け、こうして話に花を咲かせている。
ヒトハの話している内容は大体間違っていない。
私とカミラとヒトハだけだった時期もあるし、途中からフタバ達が増えたのも間違っていない。
違うのは雇われたのではなく、私が作ったという所だな。
私は彼女達の会話を聞きながら牛乳を飲んでいる。
娘達と友人達の仲が深まるのは良い事だ。
そうだ、今の内にこれからの予定を伝えておくか。
「千穂、美琴。今日は一日のんびりと過ごし、明日は海に行こうと思っているが……どうだ?」
「クレリアちゃんに任せるよ!」
「我が儘を言って手を煩わせるのは嫌だしね」
二人は私を見て答えた。
「ではこのまま予定通りにしよう」
「あ……ごめんね?クレリアちゃんの事を放って置いて、侍女さん達とばかり……」
突然、申し訳なさそうに千穂が表情を変える。
「謝る事は無い、私は侍女達と二人の仲が良い事に安心している。東京にある自宅では彼女達に滅多に会う事は出来ない、今の内に好きなだけ話しておくと良い」
「クレリアちゃんの言葉に甘えておくわね」
私の言葉に美琴が返事を返す。
今でこそこうして素直に聞いてくれるが、最初は二人に「本当にそう思ってる?」や「正直に言って?」などと散々確認された。
しばらくすると私が本当に平気なのが分かって来たのか、徐々に私の言葉を信じるようになった。
「昼食が終わったら自由に家の中を歩き回っても構わない、迷ったら通りかかった侍女に聞け」
「クレリアちゃんは一緒に行けないの?」
美琴がそう尋ねて来るが、特に問題は無い。
「構わないぞ、私と行きたいのなら一緒に行こう」
「やった!じゃあご飯食べたら行こう!ほら、クレリアちゃんも一緒にお話しよ?」
千穂は私に微笑んで言う。
昼食まで彼女達の会話している姿を見て過ごそうと思っていたが、私も会話に混ざる事にした。
「千穂……結構食べてたけど……お腹平気なの?」
「大丈夫!」
昼食を終えた私は、二人と共に家を回っていた。
「ここは音楽室だ、今はピアノがあるな」
しばらく歩き回り、音楽室前にやって来た。
「こっちの家にも音楽室があるのね……あっ……」
美琴が話している途中で声を上げた。
「どうした?」
「クレリアちゃん。もし良かったらピアノ聞かせて欲しいんだけど……駄目かしら?」
美琴がそう言うと、千穂も思い出したのか声を上げた。
「あっ!そう言えば前に機会があれば、みたいなこと話してたよね!?私も聞きたいな……お願い!クレリアちゃん!」
確かにそんな事も言ったような気がする。
ピアノを弾いて聞かせるくらい何の問題も無いな。
「良いぞ、中に入ろう」
それなりに広い音楽室の一角に、グランドピアノが置いてある。
このピアノは高価な物では無いが、音質が気に入ったので使っている。
「おー!グランドピアノだ!」
千穂がピアノを見て声を上げた。
「何でそんなに驚いてるのよ、学校の音楽室にもあるじゃない」
「それはそうなんだけど……普通、家には無いよね?」
「確かにそうね」
話をする二人を置いて私はピアノを弾く準備をする。
「二人とも好きな所で聞くといい」
私が声をかけると二人は私の両隣に立った。
「何を弾いてくれるの?」
千穂が私に問いかけて来る。
「以前言ったと思うが、私は一曲しか弾けない。「無貌の少女」と言う幻想曲だ」
「聞いた事無いわね、あまり有名じゃないの?」
美琴が私に尋ねる。
「この曲は私の友人の作曲家が、私をイメージして作ってくれた曲だ。だから私と身近な者達以外は知らない」
「なるほど……クレリアちゃんだけの曲なのね」
「そうなる」
「自分の曲があるなんて凄いね……早く聞いてみたい」
「分かった」
千穂に頼まれた私は弾く姿勢となり、そっとピアノを弾き始めた。
曲を弾き終わると千穂と美琴が涙を一筋流したまま放心していた。
「二人とも、大丈夫か?」
感情が高まった時に人間が涙を流す事は知っている。
しかし、私の曲に何か感じる物があったのだろうか?
「何と言えばいいかな……。誰にも理解されない悲しみ……みたいな?」
「あまりこういうのは分からないんだけど、孤独……の様な物を感じたわね」
尋ねてみると、千穂と美琴はそう言いながら手で涙を拭う。
「私は良い曲としか感じないが、感じ方は人それぞれだ。二人はそう感じたのだろう?」
「うん……凄かったよ」
「まさか泣くなんて……恥ずかしいわね……」
この曲は作曲した友人が抱いた、私へのイメージだ。
友人は私に、誰にも理解される事の無い永遠の孤独を感じたのかもしれない。
しかし、私は今までそのような物を感じた事は無い。
娘や友人が居なくても、この世界が無くても、恐らく孤独や悲しみを感じる事は無いだろう。
だが、楽しいと感じる事は出来る。
私は今の生活を楽しんでいる、と言えると思う。
「気に入ってくれたようで何よりだ、友人も喜ぶだろう」
「曲も凄かったけど、クレリアちゃんの演奏も凄かった!手がガーって動いてて凄かったよ!」
「……この曲、物凄く難しいんじゃないかしら?」
興奮した様に凄いを連発する千穂と考え込む美琴、この二人は反応が全く違うな。
「演奏も終わったし他に行こうか」
「……あの、クレリアちゃん……?」
席を立った私に美琴が声をかけて来る。
「どうした?」
「……もう一回いい?」
「私ももう一回聞きたい!」
どうやら聞き足りないらしい。
「分かった。こういった機会が無ければ弾く事もあまり無いからな、お前達が満足するまで弾こう」
「やった!」
「ありがとう、クレリアちゃん」
それから私は5回演奏し、二人が満足した後に音楽室を出た。
ある程度家の中を回り再び談話室に戻って来た私達は、夕食までのんびりと過ごす事にした。
明日になればこの二人は海ではしゃぐだろう、今日は体を休めた方が良い。
「ねえねえ、夕食が終わったら皆でカードゲームでもしない?出来れば侍女さん達も一緒に……クレリアちゃん、大丈夫かな?」
千穂が私に確認する。
「構わない。夕食後、時間が空いている者達の中で私達とカードゲームをやりたい者が居たら談話室に集めてくれ」
私は千穂の提案を受け入れ、侍女に指示を出した。
「かしこまりました、主様」
侍女は部屋にある内線で内容を伝えているが、これは人間である二人へ見せているだけだろう。
地球の屋敷に居るのは人間のメイドなので当然内線を使うが、人間が居ないこの島では基本的に連絡は全て念話だ。
私がわざわざ侍女に頼むのは彼女達にそうして欲しいと頼まれた事があるからだ。
当然だが緊急時はそのような事はしない。
「主様、あの二人が来てるんだって?」
「主様の友達を見に来たよー!」
部屋に入って来たのはヨツバとミツハだ。
二人はそのままこちらにやって来て、空いている場所に座った。
「ヨツバさんお久しぶりです!」
「お花見の時以来ですね」
二人はヨツバに挨拶する。
「こちらの子は?」
千穂がミツハの方を見て言う。
すると、ミツハが自己紹介を始めた。
「二人とも初めまして。ヨツバの姉!のミツハだよ!」
姉を強調するミツハに二人は驚いた表情をする。
「え!?ヨツバさんのお姉さん!?」
「嘘でしょ!?あっ……失礼しました」
千穂と美琴は思わずといった様子で声を上げた。
二人が驚くのは無理も無い。
ヨツバは身長が175㎝程あり、見た目も完全に成人女性だが、ミツハは身長が142㎝で見た目は中学生程にしか見えない。
「残念ながら、本当に姉なんだよ……はぁ……」
溜息を吐くヨツバ。
ミツハはニヤニヤしてそんなヨツバを見ている。
「事実は変えられないから……ねー?ヨ、ツ、バ?」
「ミツハてめぇ!」
「きゃー!逃げろー!」
二人はろくに会話もせず、そのまま部屋の外に行ってしまった。
「……今のでなんとなく関係が分かったわ」
美琴が呆然としながらも口を開く。
「二人には言っていなかったかもしれないが、ヒトハ、フタバ、ミツハ、ヨツバは姉妹だ」
「姉妹かなー?とは思ってたんだけど……名前からすると、もしかしてヨツバさんが一番下なのかな?」
千穂が微妙な表情のまま聞いてくる。
「そうだ、ヒトハが長女で後は名前の順番だな」
「こんな姉妹もいるのね……。クレリアちゃんも色々と凄いし……不思議よね、人間って」
美琴がそう呟く。
このまま共に居ればいつか二人にも私達の事を話す時が来るだろう。
それまではそう思っていてくれ。