暗い部屋で、一人の少女がうずくまっている。
その表情は生気を失っていた。
数日食事を取っていないが、それ以上の時が過ぎたように衰弱して見えた。
暗い部屋で自分を責めながら過ごし、限界を迎えて眠れば血まみれの美琴が現れ飛び起きている。
「千穂……?」
扉の外から声が聞こえる、だが少女は何の反応も示さない。
「お願い……せめて何か食べて……貴女が死んでしまうわ……」
「死」という言葉を聞いた時、全く動かない少女の瞳から涙が溢れ出す。
扉の外にいる彼女の母親は、声を殺して泣き崩れていた。
私は美琴が入院している病院の部屋へとやって来た。
中に入ると千穂の交際相手の葛城良平と、美琴の交際相手の鈴原太一が眠り続ける美琴の傍に座っていた。
「良平、太一」
私が呼び掛けると二人が振り向いた。
「クレリアちゃん……」
太一が呟く。
中々酷い顔をしているな。
「千穂はどうした?」
二人の隣に移動しながら問いかける。
「……部屋に閉じこもってる。食事も取らず……誰にも会おうとしないんだ……」
良平が俯き、暗い表情で答える。
太一程ではないが、彼も中々に顔色が悪い。
千穂は引きこもっているのか。
私は彼らから、機材につながれた美琴に目を移す。
カミラの報告通り片腕と両足が無く、脳にも障害が発生しているようで意識も無い。
この先はまだ分からないが、少なくとも今の人類ではこの状態から回復させる事は不可能に近いだろう。
「俺は美琴と結婚するつもりだったんだ……」
そう考えていると、突然太一が呟く。
「美琴も冗談だと思ったかもしれない。普段が普段だからな……でも……本気だったんだっ……!」
美琴を見つめたまま歯を食いしばり、拳を握り締める太一。
良平はそんな太一に何も言えないまま俯いていた。
「私は千穂の所に行く」
すると、太一が涙を流したまま私に言う。
「クレリアちゃん、彼女を助けてくれ。美琴が命懸けで助けた……俺達の親友なんだ……」
俯いたまま太一の言葉を聞いていた良平が顔を上げる。
「僕じゃ駄目だった……家族の呼びかけにも反応してくれなかった。でも、クレリアちゃんなら……話をしてくれるかもしれない」
「分かった」
私は二人に答えて、千穂の家に向かった。
どれだけの時間が過ぎただろう……。
お父さんお母さん、春斗……良平。
皆こんな私を心配してくれているけど……もういい……。
ごめんね、美琴。
ごめんなさい……みんな。
私は引き出しからカッターナイフを取り出し、首に当てる。
その時、クレリアちゃんの姿が脳裏に浮かんだ。
クレリアちゃんは海外かな……きっと彼女も私に会いに来るだろう。
私が死んだら彼女にショックを与えてしまうかもしれない。
でも……ごめんねクレリアちゃん……私を許して。
意を決して、私は首に当てたカッターナイフを思いっきり引……く?
……?あれ?カッターナイフが動かない……?
私がいくら手を動かしてもカッターナイフは空中に固定されたように動かない。
「どうなってるの……?」
思わず手を離すと、カッターナイフは空中に浮いたままだった。
「どうなってるの!?」
勢いよく立ち上がった私の目に、部屋の時計が映る。
……時計の秒針が止まってる?
その瞬間、私の脳裏に「時間停止」という言葉が浮かんだ。
「何が……起きてるの……?」
私は家族の事が気になった。
何かが起きている……そう思った私は部屋を飛び出しリビングへと向かった。
「そんな……」
両親と弟は生活の途中で止まっていた。
ただ……全員暗い表情をしている。
私はその表情を見て胸が痛くなり、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
しばらく動かない家族を見ていた私は、何とか立ち上がり自分の部屋に向かう。
電話……は……駄目だ。
きっとみんな止まってる。
じゃあどうする?
ぐちゃぐちゃになった思考のまま自分の部屋に入った私は、彼女の姿を見た。
「クレ、リア……ちゃん?」
私が人間では無い事を分からせるには人類の常識ではありえない事を見せるのが一番手っ取り早い。
千穂が自殺しようとしているのを確認した私は、家の中だけに限定して彼女以外の時間を止めた。
これで私が解除しない限り止まったままだ。
やがて混乱し部屋から出ようとしたので扉を動くようにする。
すると、彼女はそのまま部屋を出て行った。
当然、家族も止まっている。
美琴の現状に潰されそうになっていた千穂も、あり得ない体験に僅かだが持ちなおした様だ。
どうやら千穂は自分の部屋に戻るようだ、出迎えてやらないとな。
「クレ、リア……ちゃん?」
千穂のベッドに座っていた私を見て彼女は呆然とした表情で私の名を呼んだ。
「大丈夫!?おかしな事が起きてるの……無事でよかった!」
千穂は私に抱き着いて来た。
この期に及んで私の心配か。
私は彼女の頭を撫でてからゆっくりと引き離す。
「落ち着け、何も問題は無い」
「え……?どういう事?そういえば……クレリアちゃんは何で動けるの?それに……どうやって私の部屋に来たの?」
戸惑う千穂。
「今起きている事は私がした事だ」
「……クレリアちゃん?」
千穂は何を言っているのか分からないと言いたげな表情で私を見る。
「カッターナイフやお前の家族が止まっているのは私が時間を止めたからだ」
私の言葉に、千穂はゆっくりと私から離れる。
「何を……言っているの?」
「異常な身体能力、無尽蔵とも言えるスタミナ……他にも色々と疑問に感じる所はあったのではないか?」
彼女は更に後ずさる。
「お前は薄々感じていたはずだ……私が人間では無いと」
私が座った姿勢のまま宙に浮かぶと、彼女の体が震え始める。
「あ……クレリア……ちゃん?」
大丈夫だろうか?
出来るだけ穏やかにしておこう。
「千穂、私はお前に借りがあるんだ」
私は出来るだけ優しく話しかける。
「借り……?」
「そうだ、何も分からない私にゲームを選んでくれただろう?」
「あ……」
「怖がるなと言っても難しいかも知れないが……人間でなくても、私はお前達と過ごした私だよ」
彼女の体が再び震える、先程の震えとは何かが違うように感じる。
「私は様々な力を持っているが、その中には治癒の力もある」
千穂が目を見開く。
「千穂……私はお前に借りがある、望むのなら借りを返そう。お前は私に何を望む?もし本当に死にたいのなら今すぐ楽に殺してやるが……お前はどうしたい?」
本当に死が望みなら止める気は無いからな、楽に殺してやろう。
すると彼女は突然私に抱きつき、大声で泣き始めた。
しばらく彼女は泣き続け、そのまま酷い涙声で私に呟いた。
「お願い……クレリアちゃん……美琴を……美琴を助けて……」
「分かった」
私は千穂の頭を優しく撫で、彼女の心からの願いに答えた。
「検査入院だって、参ったわね」
美琴が苦笑いして言う。
私と千穂、太一、良平の四人は美琴の見舞いに来ていた。
千穂を庇った美琴は軽傷を負い、念の為検査入院をさせられている……と言う事になった。
彼女が植物状態であった事を覚えているのは、人間の中では千穂だけだ。
「軽傷で良かったよ。交通事故に遭ったって聞いた時は怖くて仕方なかった……」
「心配した?」
「当たり前だろ!俺はお前と結婚する気でいるんだぞ!?」
「え……?」
「あっ!?いや……これは違う!いや違わない……!」
太一は美琴と話しながらプロポーズの様な事を言った。
顔を赤く染め必死に言い訳を繰り返す太一に美琴も顔を赤くして俯くが、一言「私も」と答えた。
二人が恋愛漫画の様な事をしているのを見て、千穂は涙を零している。
無理も無いか、本来なら美琴は意識を取り戻す事無く死んでいたはずなのだからな。
「千穂!?どうして泣いてるの!?大丈夫!?」
良平が泣いている千穂をみて驚く。
「美琴が生きて話してる……」
泣きながらそう言った千穂に、美琴が言う。
「え……?大げさよ……そこまで大きな怪我じゃないわよ?」
「美琴は運が良かったんだよ……もしかしたらもっと酷い事になっていたかもしれないんだよ?」
「それは……まあ、そうね」
そう答える千穂の表情に何かを感じたのか、美琴は困ったような顔をして答える。
「良平」
「なに?千穂」
「ありがとう……」
「ん……?どういたしまして?」
千穂の感謝に良平はよく分からない顔をして答えた。
彼も色々と頑張っていた様だからな、千穂は彼が覚えてなくても礼を言いたかったのだろう。
その後、千穂は美琴に抱き着いてしばらく離れなかった。
三人はいつもと千穂の雰囲気が違う事に気が付いたようだが、不思議そうにするだけでそれ以上気にする事はなかった。
病院から月に帰り、くつろいでいるとカミラがやって来て私に声をかけて来た。
「お母様、あの二人はどうなったの?」
私は事の顛末をカミラに話す。
「なるほど、美琴さんは助かって……千穂ちゃんは私達の事を知ったのね」
「以前から千穂ならば問題は無いと考えていたが、間違っていなかったな」
「まだ出会ってからあまり時間は経っていないわよね?二年も経ってないんじゃないかしら」
「出会ったのは千穂が高校二年生になった頃だったと記憶している。改めて言われると、千穂はよく私達を受け入れたな」
「時間だけが全てじゃないって事ね」
「そうかも知れないな」
「……お母様は、借りが無かったら美琴さんを助けなかった?」
カミラがいきなりそんな事を聞く。
「助けただろうな」
私は即答した。
多少知っているだけ、という程度なら何か理由が無い限り助ける事は無いだろうが、美琴はそれなりに付き合いの長い友人だ。
「やっぱりね……お母様、自分で気づいてる?」
「何にだ?」
「友人に危機が訪れた時は、必ず何かしらの理由をつけて助けている事よ」
「そうだったか?」
「そうよ?更に言っておくと一人二人じゃなくて、今まで友人だった者全員。どうにもならない事があった時は何か理由をつけては助けているわ」
カミラがこう言っているという事は事実なのだろう。
「私は元々、友人に対しては多少は手を貸す気でいるから問題は無いな」
「お母様の多少は人類から見ると奇跡に見えるでしょうけどね」
カミラは微笑みながら言う。
また私を神だと言う者が出てきたりしないだろうな。
「私にとっては簡単な事だからな。簡単な手助けで友人が大いに幸せになるのなら、悪い事では無いだろう?」
「そうね。今までもお母様の友人は私達も気に入る子達が多かったし……幸せになってくれるならその方が良いわね」
私はふと、ジャンヌの事を思い出す。
彼女は人類の判断基準で不幸と言える者達は世界中に無数に存在する、と言っていた。
恐らくその者達を少しでも助けるために彼女は児童養護施設の計画を進めているのだろう。
彼女は狂信者だが、今も聖女として名を残しているだけの事はある。
私ではいつまで経っても思いつく事は無かったかもしれない。
そんな事を考えながら、私はしばらくカミラとの会話を楽しんだ。
鬱展開が書きたかったのですが、作者には難しそうです。