少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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076-03

 友人達に私の正体を伝えてから三年程が経ち、西暦は2010年となった。

 

 2008年には児童養護施設と各学校が稼働を開始している。

 

 色々と行っている様で、運営は中々上手く行っているらしい。

 

 千穂と良平、美琴と太一は去年結婚し、千穂は葛城千穂に、美琴は鈴原美琴となった。

 

 結婚し日々を忙しく過ごす四人だが、一年に一度は必ず全員で私に会いに来てくれる。

 

 この様に私と友人達の関係は今も良好だが、最近美琴から叱られた。

 

 美琴が私に会いに来た時、彼女が少し前に初めて酒を飲んだらしいのだが全く酔わなかったという話をした。

 

 あまりにも酔わないので不安になり医者に行ったが、原因不明と診断され不安になっていると。

 

 その時、私は以前に彼女の酔いをまとめて無効化していた事を思い出し、それを話した。

 

 話を聞いた彼女は「乗り物酔が無くなった原因がクレリアちゃんだったなんて……」と、脱力した。

 

 私が「当時は話す気が無く、正体を明かした後は伝えるのを忘れていた」と言うと、やや怒った彼女に叱られた。

 

 「今考えればクレリアちゃんが怪しかった」と眉間を押さえ、「意識しなければ気がつかない物ね」と言い思い至らなかった自分を恥じ……最終的には「役に立っているので感謝してる」と笑っていた。

 

 他の三人も美琴からこの話を聞いた時は苦笑いしたようだ。

 

 そして現在。

 

 私は月下グループの作った大学の一つに来ていた。

 

 月下グループ運営の学校が出来てから、時々私は大学の公開講義を聞きに来ている。

 

 人類ならではの考え方など、現在の人類の様々な部分を垣間見る事が出来て思っていたよりも面白かったからだ。 

 

 今日もヒトハから特別公開講義が開かれると聞いてやって来た。

 

 今回、大学側は興味を引きやすい世界の謎についての講義をするらしい。

 

 大学の広い講堂にやって来たが、まだ人はまばらだ。

 

 一番前に座る為に早めに来たからだろうな。

 

 私が見やすい席に座ると、スマートフォンが震え始めた。

 

 私はポケットからスマートフォンを取り出す。

 

 最近、急速にスマートフォンの売れ行きが伸びている様だ。

 

 私も友人の連絡用にこうして所有している。

 

 確認すると千穂からのメールだった、今度の休みに私と会いたいらしい。

 

 私は問題無い事を入力して送信する。

 

 それから講義が始まるまで、手提げバッグから取り出した本を読みながら待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると講堂は満員になり、講義が始まる時間がやって来た。

 

 現れた教授は自己紹介などを手早く終え、本題に入り始める。

 

 「今回の特別公開講義は、壁画の少女についてです……現在までに分かっている事を説明と考察を交えてお話します」

 

 壁画の少女か。

 

 正面の壁に、プロジェクターで大きく「壁画の謎」と表示される。

 

 「この謎は、現在世界各地に残されている文明の壁画に関する事で、各地の壁画に同一の存在だと考えられる存在が描かれている……という物ですね」

 

 彼は一拍空けて続ける。

 

 「テレビなどで特集が組まれる事もあるので皆さん知っておられるかも知れませんが……この当時、世界中の文明は他の文明を知らず、交流は無かった事が分かっています。しかし……発見されたそれぞれの文明の壁画に、同一と思われる存在の姿が描かれているのです」

 

 画像が切り替わり、複数の壁画が比較された画像になる。

 

 その画像には、それぞれの文明の名が表記されていた。

 

 「これは同年代の各文明の壁画を比較した物です。ご覧の様に、この黒い少女の姿が全ての文明の壁画に描かれています。そしてこれらは……王や他の神を超えた存在として描かれているのです」

 

 教授は映像に現れたポインタで、各所を指し示しながら説明をする。

 

 「2001年に公開され高い人気を得た「緋色の神隠し」のメインキャラの一人である、放浪の神のモデルになったのがこの壁画に描かれている少女である事は有名な話ですね。……後程改めて説明しますが、これより後の各時代の神話にもこの神は登場しています」

 

 あのキャラクターか、覚えているぞ。

 

 「この神は、現在最も古い神であると考えられていています。その他にも「当時、本当にこの少女の様な何かが存在して各文明を渡り歩いていた」という仮説などもありますが、残念ながら決定的な証拠は見つかっていません」

 

 残されている証拠が、本当なのか当時に作られた創作や捏造なのかが判断出来ないだろうからな。

 

 「そして、もう一つ彼女に関係しているだろうと言われているのが……文字です。極僅かですが……このように現代でも使われている物と全く同じ字体、同じ意味の物が当時既に存在していました」

 

 画像が切り替わり文字を比較した物が映し出される。

 

 「この文字も同じ物が様々な文明に残されています。調べた所、この文字は神や精霊の文字として特別な物だった……と考えられています。これらの現代まで残っている文字は、彼女が各文明に伝えたのではないかと言われています。この説が正しければ、現在の私達の言葉や文字の一部は、この時代に彼女が伝えた物をそのまま使っている事になる訳ですね」

 

 ……恐らくこれは私だな、当時この言葉を使っていたのは私達だけだったはずだ。

 

 教えたのも何となくだが覚えがある。

 

 「過去には「現代から過去にタイムスリップした人間が居たのでは無いか」などという仮説も出ましたが、今では完全に否定されています」

 

 彼は聞いている私達の方を向いて言う。

 

 「現実にこうして証拠が残っている以上、何かがあったのは間違いありません。世界各国で行われた検査の結果、これらの作られた年代は間違いなく、捏造はまずあり得ないと考えられています。こうして、今も少女の謎を始めとした世界の様々な謎の解明に向けて、研究が続いているのです」

 

 

 

 

 

 

 それからも次々に各地に残されている私の様な姿が残された証拠の映像と、それに関連していそうな物の話が続く。

 

 教授の話ではこれでも時間内に収めるために減らしているらしい。

 

 「……そして、これほどに各地で崇められていたこの名も分からない少女の姿をした神は、ある時期を境に全く人類の歴史にその姿を見せなくなります。それは現在まで続いてますが、今は新しい可能性が見つかっています」

 

 そう言って教授は画像を切り替える。

 

 「これは1500年代後半、織田信長が力を持ったいた頃の信長を描いた物ですが……ここに描かれているこの少女が、様々な壁画や神話に出て来た少女なのではないかと見られ始めているのです」

 

 流石にこれはまだはっきりと覚えている。

 

 しかし、私はおかしな事をした覚えが無い。

 

 「新しく見つかった文献を調べた所、この少女の事が書かれていました。恐ろしいほどの美貌を持ち、時が過ぎても姿が変わらず、重い武器を軽々と振り回し、常人には理解出来ない事を言っていた。……おおよそこのような事が書かれていました」

 

 ……周りからはそう見られていたのか。

 

 「これは五百年程前の事です。もしこの少女がかつて崇められていた少女の姿をした神であるなら、五百年など僅かな時間でしょう。……もしかすると彼女は今もこの世界に存在し、どこかで暮らして居るのかもしれません……。と言う事で!本日の講義を終了したいと思います……本日はありがとうございました!」

 

 彼がそう言うと拍手が起こる、私も一緒に拍手をした。

 

 言われればうっすらと思い出す事が多すぎる。

 

 私が今までして来た事は世界中に残されていて、それらの謎を解明しようとする者達がいるのか。

 

 本気で正体を隠そうとすれば、正体を知られる事はほぼ無いと思う。

 

 だが、その為に我慢したり楽しみを減らす気は無い。

 

 正体を突き止める者が現れるならそれはそれで構わない、むしろ話をしてみたいと思う。

 

 状況と相手の出方によってはその後に消えて貰うが。

 

 

 

 

 

 

 講堂を出て先程の講義の事を考えながら歩いていると、声をかけられる。

 

 「お嬢さん、一人なのかい?」

 

 振り向くと一人の男が私を見ていた、三十代前半程だろうか?

 

 ここの学生なのか、職員なのか、また別な立場なのかは分からない。

 

 「お父さんかお母さんはいないのかな?」

 

 彼は私に近づくとしゃがんで目を合わせて来る。

 

 どうやら本気で心配しているようだ。

 

 「問題無い、私はこう見えても23歳だ」

 

 「えっ……?」

 

 彼は驚いた表情を見せた。

 

 私は成人した人間の中にも私ほどの身長の者が居る事を知ってからは、仮の年齢を名乗る事にしている。

 

 2000年の時点で十三歳という事にしていたので、現在は二十三歳だ。

 

 「お嬢さん……それは流石に無理があるよ?」

 

 笑いながら言う彼に、私は運転免許証を取り出した。

 

 これは年齢を聞いた人間が答えた年齢をまず信じる事は無いから、とカミラから持っておくように助言された物だ。

 

 このために実際に車の運転も覚えた。

 

 車の運転は随分簡単だったな、少なくとも昔乗った魔道飛行船よりは簡単だ。

 

 「……本当に23歳?」

 

 彼は私の見せた免許証と私の顔を交互に見ながら呟く。

 

 「この免許証が偽物に見えるのか?」

 

 間違いなく本物の運転免許証だ、偽造ではない。

 

 私の情報はしっかりと人間として国に記録させた。

 

 これは必要無くなれば消すし、変える必要があれば変える。

 

 「いや……失礼した。成人女性でも背が低い方がいるという事は知っていたが……実際に見たのは初めてだ」

 

 「気にするな、その反応はもう慣れている」

 

 魔法人類の頃からだからな。

 

 「では私は行く。心配してくれた事には礼を言う、ありがとう」

 

 「あ、その……一枚撮影しても良いですか?」

 

 いきなり撮影を申し込まれた。

 

 今まで隠し撮りしようとする者は多くいたが、こうして確認を取る者は珍しい。

 

 私は丁寧に撮影許可を求められた場合は、相手次第で許可している。

 

 「良いぞ」

 

 彼は問題無いと判断した私は、許可を出した。

 

 言った通り一枚だけ撮影した彼は、私に丁寧に礼を言ってから離れて行く。

 

 歩き始める私に、彼の呟きが届く。

 

 「……あの美しさは忘れられないかもしれないな」

 

 彼と別れた私は大学を出て帰る事にした。

 

 

 

 

 

 

 家に帰った私は談話室で今日の講義の事を思い返していた。

 

 講義の影響で過去の事をうっすらと思い出したからな。

 

 千年程前まで人類は私の事を精霊や神だと思っていた事は覚えている。

 

 各地の壁画や文字で私の事が残されている事は、何となくそんな事をされていたような覚えはある。

 

 しかし世界各地であれだけの数が残っているとは思っていなかった。

 

 確かに、あれだけ様々な時代に似たような姿と文献が残されていれば誰でも関係を疑う。

 

 私は程度の差はあれ、確かに様々な文明に関わっていた。

 

 それ以降も新しい文明が出来たり、国が出来たり……興味を引く事にはその度訪れて関わっていたと思う。

 

 様々な年代の王などに妻になって欲しいと言われた事も、数え切れない程あった。

 

 相手が友人であった場合は大抵断っただけで問題無く終わったが、時には強引な手を使おうとした者もいる。

 

 噂で興味を持った者達が、町で楽しむ私を兵を使い捕らえようとした事もある、当然返り討ちにして終わりだったが。

 

 しつこい者には死ぬ事になる事を伝え、それを無視した者を全て処分した事もあった。

 

 その時は多少国が荒れたが、人類の歴史にはよくある事だろう。

 

 こうして話を聞いた時に思い出すだけ良い方だと思う、この分だと完全に忘れている事もかなりありそうだ。

 

 「主様。本日はご友人のドラマが放送される日ですが、ご覧になりますか?」

 

 侍女隊の一人が私に報告してくれた。

 

 今日だったか。

 

 美琴の夫である太一は現在では主演を任されるほどになっている。

 

 友人達や妻である美琴も大抵見ているらしい。

 

 太一は妻に見られる事は少し恥ずかしいらしいが、見られる事自体は嬉しいと言っていた。

 

 「見る。時間が近くなったら教えてくれ」

 

 「かしこまりました」

 

 私は返事を返すと良平が編集をしている雑誌を読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 人混みで幼い僕は泣いている、リズリーランドで親とはぐれ不安だったんだ。

 

 そんな僕を助けてくれたのは二人のお姉さんと……もう一人……。

 

 仮装をした狐面の少女。

 

 彼女が泣く僕に好きな動物を聞いて来る……僕はゾウと答える。

 

 すると彼女は自分が妖怪だと言い、何も無い所からゾウを作り出して見せた。

 

 喜び泣き止んだ僕は、その後両親と再会する事が出来た。

 

 両親に抱かれ去って行く僕は……ずっとその少女を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 「……久し振りに見た」

 

 目を覚ました僕はそう呟いて枕元のスマホを見る。

 

 7時12分……普段なら不味い時間だけど今日は日曜日だ。

 

 「まあ……忘れられるわけないよね……」

 

 十年前、リズリーランドで迷子になった僕は一人の少女に出会った……その少女が今も忘れられない。

 

 別に好きだったと言う訳じゃない……いや、少しはあったかもしれないけど。

 

 今の僕には交際している女性が居るし……あの子もきっと恋人を見つけているだろう。

 

 彼女を忘れられないのは初恋だからとか、そういった理由じゃない。

 

 僕はあの時彼女が見せてくれたゾウの事が気になっているんだ。

 

 あの事は、はっきりと覚えている。

 

 子供だったあの時は何の疑問も抱かなかった……でも今思い出すと……。

 

 ……本当に何もなかった。

 

 何も彼女は持っていなかったんだ。

 

 そうだとしたら、あのゾウは一体どうやって出したのだろう?

 

 彼女は自分を妖怪だと言った。

 

 もしかしたら本当だったんじゃないか……と今でも思ってしまうんだ。

 

 両親、友人、彼女にも話したが誰も本気にせず「小さかったから記憶が何かと混ざってるんだ」と言われた。

 

 そんなはずはない……と思うんだけど。

 

 「もし会えたら、聞いてみたい……僕の記憶が正しいかどうか」

 

 でも、彼女は仮装して仮面まで被っていたから、手掛かりと言えるような物は無い。

 

 あるのは当時の彼女の仮装の画像だけだ。

 

 当時、かなりの来場者が異常なほど完成度の高い彼女の仮装に驚いたらしく、画質は悪いが無断で撮影したであろう画像がネット上で簡単に手に入った。

 

 今でもその素晴らしい完成度はコスプレイヤー達の話題に上がっているらしい。

 

 まあ……何が何でも会いたい訳じゃないし、本気で探したりもしていない。

 

 ……流石にそんな時間は無いからね。

 

 彼女は僕と同じ位の年齢に見えた、今の僕が二十歳なのだから大体同じくらいのはず。

 

 大学に居るのか働いているのか……もしかしたら主婦になっているかも知れないけど。

 

 ただ、いつか……何処かでまた会えたらいいなと思う。

 

 

 




 最後の彼の出番が今後あるかは不明です。



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