2013年の夏。
千穂と美琴と共に昼食を終えた私は現在、二人と都内を歩いていた。
「そうだ。少し前に弟が婚約したって連絡して来たんだよね」
話しながら歩いている時、千穂がそんな事を言う。
千穂の弟……そういえば居たな。
元々あまり関わりが無かった上に、千穂が大学に入った時に一人暮らしをするようになった事で家に行かなくなり、会っていなかった事を思い出した。
「へえ、春斗君結婚するんだ。確か警察官なんだっけ?」
「うん、神奈川で警察官してる。今度実家に婚約者と挨拶に来るって言ってた」
美琴の言葉に答える千穂。
結婚するのなら私も祝儀を出すか。
「結婚式に出る気は無いが、祝儀くらいは出そう」
「クレリアちゃん私達の結婚式にも出てくれなかったよね……出て欲しかったのに」
「見てはいたぞ」
出席はしていないが、遠視で式は見ていた。
「もう……ご祝儀は良いけど、金額には気を付けてよ?」
溜息を吐いた千穂が祝儀について注意をしてくる。
「そうね、千穂から聞いたわよ?昔、千穂の実家に泊まりに行った時に億の値段が付くワインを持って行ったんでしょ?」
私は美琴に言われて思い出す、千穂の両親に返されたワインの事か。
「泊りの土産に持って行く物では無かったかも知れないな」
今思えば、値段の上限を決めておくべきだった。
反省しよう。
「両親からその事を聞いた時はもう色々とクレリアちゃんの事を知った後だったから驚かなかったけど……普通はあり得ないからね?」
千穂が呆れたように私を見る。
「今は大丈夫だ、祝儀は五十万程にしておく」
「多いから」
千穂と美琴の言葉が被る。
「二人がそう言うのならもう少し減らそう」
私は笑う二人と共に街を歩いていく。
「ふぅ……」
僕は息を吐き、顔を流れる汗をタオルで拭く。
夏用とは言えスーツで真夏に外に居るのは辛い。
こうして時間を見つけては街へ出てアイドルの卵を探しているけど、早々逸材など見つかる物じゃない。
近くにあった自販機でペットボトルのスポーツドリンクを買い、半分ほど一気に飲む。
僕もこの業界でそれなりにアイドルを成功させてきた。
何というかこう……見た時に何となく感じるんだ、この子は行けると。
多少でもそう感じた子はそれなりに良い結果を出すけど、そう感じる子はとても少ない。
そのせいか僕は担当する人数はあまり多くないが、担当した子はある程度は必ず成功する、と評価されている。
……僕は常に担当のアイドルには出来るだけの事はすると決めている。
感覚が行けると感じているのに上手く行かなかった時は大抵の場合、僕がやり方を間違っている。
その場合はやり方を変えて一番合う物を探すんだ。
上手く行った時も、もっと魅力を引き出せる方法があったんじゃないか……と考えるけどね。
ふぅ……今日は後一時間くらいしたら帰ろう。
そう決めて残りのスポーツドリンクを飲み干し、ゴミ箱に捨てる。
そして再び、街を行き交う人々を眺めた。
可愛い子、綺麗な子、スタイルが良い子……。
見た目も重要だが、それだけじゃアイドルとして成功しない。
目で見える以外の何かを感じる子を探すんだ。
駄目だな……。
色々な子が居るがどの子も今ひとつピンとこない。
もう無理かな。
まあ、そんな資質を持つ子がそこら中に居たら苦労はしないけどね。
今日はここまでにしようかな……一度事務所に帰らないといけないし。
腕時計を見て視線を戻した瞬間、大人の女性二人に挟まれたワンピース姿の少女が目に入った。
それは麦わら帽子を被り、長い黒髪をなびかせた少女だった。
白く美しい肌……そしてその感情の無い美しい横顔を見た時、理解不能な凄まじい感覚が体中を駆け巡り……見惚れてしまった。
彼女はそのまま固まる僕の目の前を通り過ぎ、離れて行く。
「……っは!?ふー!はー!」
息苦しさを感じた僕は大きく息を吸う、知らない内に呼吸を止めていたみたいだ……。
彼女の歩いて行った方を振り向くと、彼女が人混みに消えて行きそうになっていた。
逃しては駄目だ……!
僕は離れて行く彼女達を追いかけた。
「すいません。お話を聞いて頂きたいのですが……少しだけお時間をいただけませんか?」
私達の前に突然スーツの男が走って来て行く手を阻み、声をかけて来た。
「何ですか?」
「ちょっと……相手にしない方がいいわよ」
普通に返事をする千穂と、相手にしない様に言って通り過ぎようとする美琴。
この男はさっき私に意識を向けていた男だな、悪意は感じないから話くらいは聞いても良いか。
「話くらいは聞いてやろう、この男に悪意は無さそうだ」
「……クレリアちゃんがそう言うなら私は構わないわ」
私がそう言うと、美琴が立ち止まった。
「ありがとうございます」
男は礼を言って懐から名刺を取り出し、私達にそれぞれ手渡した。
そこにはフラワープロダクションのプロデューサーと言う役職と、篠原 京介(しのざき きょうすけ)という名前が書いてあった。
「フラワープロダクションって確か女性がメインの芸能事務所よね?」
美琴が名刺を見ながら言う。
声をかけて来たという事は私達の誰かをスカウトしようとしている訳か。
「はい。芸能界に興味はありませんか?お子様は素晴らしい才能を秘めていると感じました……いかがでしょうか?」
お子様?
……私の事か。
確かにそう見えるだろうな。
千穂と美琴はお子様という言葉に苦笑いした。
「彼女は子供ではありませんよ?26歳の大人です」
「……は?」
千穂の言葉に、京介は間抜けな声を上げた。
「申し訳ありませんでした」
彼は免許証を私に返して謝った。
あの後、私達は近場のカフェの隅へと座り、それぞれ自己紹介をして少し話をする事にした。
そして、間違いなく26歳であるという証拠を見せた。
「気にしていない。今までも言葉だけで信じてくれた者は少ないし、免許も年齢を証明するために持っている」
私は免許証をしまいながら答える。
「昔から一緒に歩いてると姉妹か母娘だと思われたもんね」
「親戚の子供の世話をしてると思われたりね」
「……僕も免許証を見なければとても信じられませんでしたね」
千穂と美琴がそう言うと、京介も私を見ながら呟く。
「残念だが私は子供では無い。これは返しておく、もう用はないだろう?」
私はそう言って名刺を返し、席を立つ。
「待ってください」
京介は静かに、だがはっきりと言葉を発した。
「確かに子供だと思い、声をかけました。ですが貴女をスカウトしたい気持ちは変わりません」
私は彼を見る。
嘘は言っていない……本当に私をスカウトしようとしているようだ。
「どうかお話だけでも聞いていただけませんか……?」
「今は友人と過ごしている途中だ、別の日になら話くらいは聞いても良い」
「ありがとうございます」
私の言葉に彼は嬉しそうに礼を言った。
それからスマホの番号を交換し、後日改めて会って話す事になった。
数日後。
京介から都合のいい日に来て欲しいと頼まれた私は、連絡を入れてからフラワープロダクションへとやって来た。
私がスカウトされた事に対して美琴はそれほど反応を示さなかったが、千穂は私が芸能界に入るかもしれないと嬉しそうだったな。
プロダクションに着いた私は受付に京介の名刺を出し、今日約束がある事を話した。
するとすぐに応接室のような所に案内され、そこにはすでに京介が居た。
「本日はわざわざお越しくださってありがとうございます」
「了承したのは私だ、問題は無い」
「……では早速ですが、お話をさせていただきます」
それから色々と熱心に話す彼、どうしても京介は私をデビューさせたいらしい。
「そういった世界は若い方が良いのではないか?」
話の合間に私は質問を挟む。
「確かに若いという事は大きいですが、クレリアさんはどう見ても子供にしか見えませんし……何より別格の美しさをお持ちです。貴女であればデビューしても問題は無いでしょう」
私の問いに真剣に答える京介。
「年齢はこのまま公開するという事か?」
二十六歳が既に偽装だが。
「事務所の方針として年齢を変更する事はあります、流石に明らかに無理な年齢にはしませんけどね。しかし貴女なら逆にその実年齢と見た目のギャップが売りになるでしょう」
「そういう物なのか」
全く分からないな。
「はい。もしデビューして頂けるなら後にクレリアさんと相談させていただいて、正式に方針を決定したいと思います」
芸能界に入る事自体は特に嫌では無い、やって見なければ分からない事もある筈だからな。
「芸能界に入る事自体は構わないが、私は敬語を使わないし誰に対しても態度を変えるつもりは無い。それに嫌な仕事はやらないし年末年始に仕事はしない、家族との時間を優先するからな。……これらを認められるのか?」
「それは……」
京介は難しい表情を浮かべて考え込む。
芸能界がどんな所かは知らないが礼儀が必要無いという事は無いだろうし、予想だが仕事を選ぶ事なども難しいと考えている。
私は我が儘だからな、無理なら私の事は諦めろ。
「この条件を認めて貰えるのなら、やってみても良い。もし無理だと言うなら諦めて欲しい」
「……社内で検討します。しばらくお時間をいただけますか?それと簡単な履歴書を書いて頂きたいのですが……」
「分かった」
その日はそれで解散となった。
帰宅後、私はカミラに履歴書の書き方を教わって作成し、フラワープロダクションへ送付した。
さて、どうなるだろうか。
主人公にはぱっと思いついたアイドルをやってもらいます。
元々設定では別次元の美人なので、見た目はアイドルとして最高の筈……。
感覚の鋭いプロデューサー、彼が主人公を見て感じたのは才能か命の危機のどちらかです。