僕はクレリアさんに関する報告をデスクで読んでいた。
麗香さんと桜さんにお願いして、それぞれ彼女のダンスと歌が現時点でどれほどの物なのか確かめて貰ったんだけど……予想を遥かに超えた結果になった。
ダンスは僅かな時間で麗香さんを超えてしまい、歌の方も恐らく人類初の声域保持者だと言う。
特に麗香さんの報告書には「真の天才とは彼女の事だ」と記載されている。
凄まじい才能に体が震え、気持ちが高まっているのを感じる。
彼女が歴史に名を残すアイドルになる事は疑いようが無い。
だが、それは僕が足を引っ張る事が無ければの話だ、さて……彼女の足を引っ張らない様に僕も色々とやらないとね。
報告を読み終わると、僕はこれからの事を考え始めた。
ダンスと歌のテストの様な事をしてから三日後、私はフラワープロダクションへと呼び出された。
今後の方針と予定を決める話し合いをしたいと言う。
言われた時間より少し前に来たが、プロダクション前には京介が待っていた。
私は車から降り、夏の気温を感じながら京介の所へ向かう。
「おはようございます。クレリアさん」
「おはよう」
仕事などの場合は時間に関係なく「おはよう」と言う事は聞いているので、彼に合わせて挨拶をする。
「早速ですが会議室を取っているので向かいますね」
私達はフラワープロダクションに入って行った。
私達はフラワープロダクションの一室で座っている。
「今日はクレリアさんのこれからについて話し合いますが、その前に……クレリアさんがこちらに時間を合わせてくれるのは助かりますが、無理はしていませんか?」
京介は私の事を気遣っている様だ。
ふむ……これは私の表の立場をある程度話してしまった方が良いかも知れないな。
彼もこういった世界に居るのだから口は堅いだろう、もし言いふらすようならこちらも相応の対応をすればいい。
「京介には話しておくが、私は金に困る事は無く、時間に追われる必要も無い立場にいる」
「それは……お金持ちと言う事でしょうか……?」
私の言葉に彼は困惑した表情で聞いて来る。
「月下グループの一族と言えば分かるか?」
そう言った瞬間、京介の顔が驚きに染まる。
「それは……問題は無いのでしょうか?」
ただでさえ丁寧だった彼の口調が、より堅苦しくなるのを感じる。
「敬語は必要無い。家族には既に芸能界に入る事は話してあるし、応援されているから問題無い」
「そうですか。わかりま……分かった。それなら問題は無さそうだね」
私の視線を受けた彼は言葉を崩し、私にばれない様に溜息を吐く。
その後、彼は口元に手を当ててやや俯き、話し始める。
「だけど……この事は誰にも知らせない方が良いかな。月下グループの力で優遇されていると思われるかもしれない」
「そうかもな。その辺りの判断はお前に任せるよ」
「デビューして十分に人気を得た後になら問題無いと思う。この事実を使うかはまだ分からないけど……今は上層部にも秘密にしておいた方が良いかな……」
彼は顔を上げて私を見た。
「これを知れば上層部はきっと利用すると思うし……あ、悪い意味じゃないからね?……それに、僕はクレリアさんの実力だけで全く問題無いと考えているから、使いたくないんだ」
「そうか」
「取り敢えずその事は誰にも話さないで欲しい、聞かれたら誤魔化してくれないかな?」
「宝くじに当たった事にしておく」
「大丈夫かな……」
私の返事に不安そうな顔をした京介だが、すぐに真剣な表情に戻る。
「さて……予定外な事があったけど、ここからは最初に話した通りこれからの事を話しておくよ」
京介から伝えられたのは既にデビューは決定していて、2013年中にシングルを出す予定である事。
曲のイメージは出来るだけ私の性格や雰囲気に合った物を用意するつもりでいる事。
歌でファンを獲得して行き、ライブが出来る様になったら、ダンスで更に上を狙っていく事。
時間がある時は出来るだけプロダクションに来てダンスや歌の自主練習をして欲しい事、など聞いた。
私は時間的には何もなければ毎日来られるのだが、やりすぎると違和感があるだろうか?
「毎日来ても問題無いのか?」
そう尋ねると、京介は少し考えてから答える。
「うーん……こちらが組んでいるレッスンの日以外に自主練習している子も結構居るから、他のアイドル達と共同でスタジオを使う事になるけど、それでもいいなら自由に自主練習用のスタジオを使って構わないよ。ただし、絶対に無理はしない事。インストラクターや僕が止めたら素直に聞く事、これは守って欲しい」
アイドル候補達が潰れては困るだろうからな、その辺りは当然気を遣うか。
「分かった」
「もちろん練習以外でも来て構わないからね」
「そうか」
私がそう答えると、京介が次の話を始めた。
「クレリアさんの話し方はこちらで指定した事にしておいたから」
「どういう事だ?」
「クレリアさんは誰に対しても態度を変えないでしょう?それに対する対策かな。クレリアさんの意思では無く、プロダクションの方針として常にキャラを作るようにしている……という事にしたんだ」
「無理がありそうだが」
「アイドルがキャラ付けをする事は珍しくは無いよ。ただ、オフでも常にキャラを維持するのは珍しいかも知れないね。でも、これでクレリアさんはそのままできっと大丈夫なはず」
私の態度で私が不利益を被らない様に考えてくれた訳か。
「手をまわしてくれたのか、ありがとう」
感謝するなら態度を変えて欲しいと思っているかも知れないが、私は態度を変える気は無い。
上手く行くと良いな。
「どういたしまして」
私の言葉に京介は笑った。
正式にフラワープロダクションに所属した私の担当プロデューサーは京介になった。
所属してから私は頻繁にフラワープロダクションに来ているが、京介は私が訪れる度に会話の時間を取り色々と話をしていた。
「京介は私とよく話しているが、何か目的があるのか?」
プロダクション内のカフェで話している私は、正面に居る京介に問う。
「勿論、クレリアさんがどういった人なのか知る為だよ。曲やダンスも出来るだけクレリアさんのイメージに合った物にしたいからね」
なるほどな。
「それで?今までで何となく分かったか?」
「んー……自分にとって大事な事は決して譲らず、邪魔したりする相手には容赦しない感じかな?でも、気を許した相手にはかなり甘い。まだあまり付き合いは長くないけど……どうだろう?思い当たる事はあるかな?」
「あるな」
私は分かりやすいのだろうか。
大体合っていると思う。
そういえば、千穂達が言っていたな。
私は不愛想で近寄りがたい雰囲気を持っているが、一度分かるようになれば色々と分かりやすい……と。
誰もがそう感じるとは限らないが、少なくとも現在の友人達がそう感じている事は確かなようだ。
それでもこの短期間でここまで言い当てられるとは、素晴らしい観察眼……と言えば良いのだろうか?
「あと、僕から見るとクレリアさんは……キャラ的に言えば、何があっても冷静な無表情系かな」
色々と考えていると、京介が再び話し出した。
表情の変化が乏しいのは自覚しているが、無表情では無い筈だ。
「何があっても冷静という部分は合っているかも知れない。だが、私は笑ったりもするぞ?実際に家族と居る時は笑っている、表情があまり大きく変化しないだけだ」
「クレリアさん、そういう人を一般的には無表情と言うんだと思う」
私は無表情では無いと思うのだが、人類的にはそうなってしまう様だ。
「そうなのか、ではその冷静な無表情系で売り出すのか?」
「今の所そのつもりだけど……クレリアさんは今の状態が素だよね?」
京介はそう言って手元のコーヒーを一口飲む。
「今更何を確認しているんだ?」
「うん、そうだよね……全くブレないし本当にそれがクレリアさんの素なんだね」
突然、今更な事を確認してくる京介に答えた私は、コーヒーミルクを口にする。
仄かな甘さと程よい苦みが口に広がる。
「……さて、僕はそろそろ行くよ。他の子の様子も見ないといけないから」
「分かった、私はダンスの練習をしてから帰る」
「何か予定が変わる時は連絡するからね」
そう言って京介はカフェを出て行く。
飲み物を飲み終わったらスタジオに行くか。
そう思いながら残っているコーヒーミルクを飲んだ。