カフェを出てダンスの練習をするためにスタジオに行くと、数人が分かれて練習をしていた。
全員、動きを確認しながら汗を流している。
私は更衣室でトレーニングウェアに着替えた。
そして鏡の前へ立つと、以前映像で見たダンサーのダンスをコピーして踊り始める。
フラワープロダクションに所属してから私は家で様々な映像を見た。
今までやった事は無かったが、ダンスや歌の技術を覚えるのは簡単だったな。
元々、人類と能力が大きく違う私はダンスは簡単だろうと予想していた。
問題があったのは歌の方だ。
声自体は出したい様に出るので問題は無かったのだが、トレーナーが言うには私の歌には感情が入っていないらしい。
私に喜怒哀楽の内、哀の感情が存在しない事は気がついていたが、それ以外の感情はある。
しかし、それらも全く入っていないらしい。
原因は分からないが……私は歌に感情が入りにくいらしいな。
トレーナーは「感情の無い歌声も武器になる」と言っていた。
だが、出来るなら出来た方が良いのは間違い無いだろう。
そんな訳で、今は東京の自宅にダンスと歌を練習するスタジオをそれぞれ作らせている。
完成したら歌に感情を入れる訓練をする予定だ。
そんな事を考えながら、私は途中からアクロバットを混ぜて行く。
初めて見せた時は麗香も京介も驚いていたが、行っているのは人類が出来る範囲の動きだ。
人類の限界を超えている訳では無いのだから問題無いだろう。
ただし、京介から「歌いながら踊る場合はそこまでしないよ」と言われたので、この先も行う事は無いかも知れない。
私や娘達からするとこれでも児戯に等しいが、人類は違うという事も理解している。
実際、先程からかなり注目されているようだからな。
この辺りでやめておこうか。
私が練習中に突然凄い美少女が入って来た!
思わず二度見しちゃったよ……。
幼い子供の筈なのに、美しさのせいなのか人を寄せ付けない雰囲気を感じる……。
気が付けば、他の練習していた子達も彼女を見て固まってる。
あれだけの美貌だもん……分かるよ、その気持ち。
トレーニングウェアに着替えた彼女は鏡の前に立つとダンスを踊り始めた。
私は見とれてしまった……。
技術、キレ、動きの正確さ……何もかも完璧としか思えなかった。
いつもダンスを見てくれている先生よりも……ううん……今まで見た誰よりも凄いと感じた。
しばらく踊っていた彼女だが、やがてダンスに様々なアクロバットが追加されて行く。
何その動き!?
結局……私は彼女が踊り終え、服を着替えて出て行くまで……練習もせずただその姿を見ていた。
私はその後、彼女が最近スカウトされた新人のクレリア・アーティアさんだと知った。
更に彼女が26歳だという事を知る。
……今まで生きて来て最大の衝撃だった。
自宅に帰り、月へと移動した私は娘達と浜辺で夕食を取っていた。
カミラと四姉妹は私の前で串焼きを食べながら語り合い、他の娘達やジャンヌも交代で会話に入り楽しんでいる。
信長は今も地球にいるようだ。
「お母様、聞きたい事があるの」
娘達を見ている私に、カミラが話しかけてくる。
「何だ?」
「アイドルになったという事は、場合によっては顔と名前が世界中に知られる事になる訳よね?それでも構わないの?」
以前の私であればまずしなかった事だ、カミラが尋ねて来るのも当然か。
「確かに以前までそういった事は避けて来たが、それでは出来ない事もあるからな。人類だと思われたままであれば、顔と名が売れる程度は気にしない事にした。いざとなれば姿を消して数百年も経てば人類は忘れるだろうし、例え誰かが覚えていたとしても同一の個体とは思わないだろう。何か気になる事でもあるのか?」
「いいえ、念の為に聞いておきたかっただけ。……デビューして有名になった時は、お母様の正体を知っている一部の人間が驚きそうね……ふふっ」
カミラは楽しそうに笑っている。
そう言えば、一部の人間は私の事を知っているのだったな。
カミラの言う通り、もし人気が出る様な事があればかなり広く私の事が知られる筈だ。
そして、それがその人間達に届いた場合、恐らく私だと気付くだろう。
「まあ……私達の正体を知っている人間達も余計な事はしないと思うから、お母様はアイドルを楽しんで頂戴」
私が考えていると、カミラが微笑んで言う。
「ありがとう、お前達もやりたい事は出来ているか?」
「結構みんな好きなように過ごしてるわよ?問題は起きそうになってもしっかり処理しているし」
「そうか。改めて言うまでもないかもしれないが、手に負えない時はすぐに私に知らせるようにな」
「ええ、その時はすぐに連絡するわ」
「主様!カミラ様!一緒にゲームしようよー!」
ミツハの声が聞こえ顔を向けると、娘達が私とカミラを見ている。
「行くか」
「そうね」
私とカミラは顔を見合わせて言葉を交わし、彼女達の輪の中に入って行った。
フラワープロダクションに所属してから約二か月が過ぎ、九月に入った。
自宅のスタジオが完成してからは、そこで主に歌の練習を行っている。
現在は宣伝材料用写真などの撮影も終わり、フラワープロダクションのホームページに私のプロフィールが作られている。
八月に入ってデビュー曲が完成すると、周囲が本格的に動き始めた。
練習で初めてデビュー曲を歌った時、私の歌声に文句のつけ所は殆ど無かったらしく、細かい調整のみですぐに収録へと移った。
それからジャケットの撮影やミュージックビデオの撮影などを行い、その映像の一部はnyutube(ニュウチューブ)にも投稿された。
デビュー前の宣伝活動の一環らしい。
私のデビュー曲は「ヴァイオレンス」と言う。
イメージとしては、立ちふさがる敵を楽しみながら力で薙ぎ払い進む少女の姿を歌っている曲……だろうか。
どうやら私は周囲から大分攻撃的に見られているらしい。
そんな事は無いと思うのだが。
この様に最近は色々と忙しく、暇があったのは最初の一月程だけだったな。
この二か月の間に大きく準備が進み、デビューシングルが発売される2013年9月19日が近づいていた。
現在、私は久しぶりに自宅で友人達とくつろいでいる。
「本当にアイドルになるなんてね……昔、千穂が話していた事が本当になるなんて思わなかったわ」
コーヒーを飲みながら言う美琴。
「クレリアちゃんが芸能界入りかー。俺と共演する事もあるかもな」
美琴の隣で私を見ながら太一が言う。
「ニュウチューブにあったミュージックビデオ見たよ!凄かった!」
「千穂、興奮しすぎ……まあ僕も凄いと思ったけどね」
興奮している千穂をなだめながら話す良平。
「ありがとう」
私は牛乳を飲みながら答える。
「凄く話題になってるよ?並ぶ者が居ない世界最高の美貌と、驚異の歌声を持つ新人がデビューするって」
千穂がそう言うと、三人は頷いている。
「そうか、それならばある程度は人気を得る事になりそうだな」
「ある程度……って、クレリアちゃん自分のミュージックビデオは見てないのか?」
太一が私に聞いて来る。
「自分の姿に興味は無いからな」
「普通は気になって仕方ない筈だけど……クレリアちゃんだからなぁ……」
私の言葉を聞いた太一が苦笑いしながら言う。
「クレリアちゃんは今まで歌を歌った事が無かったのよね?歌ってみた感じはどう?大変だった?」
美琴の質問に、私は感じたままを話した。
「大変だと感じる事は無かった、やって見れば特に苦労無く声は出たからな」
「クレリアちゃんは歌も簡単かー」
千穂が何処か納得した様に言う。
「ただ、何も問題が無かった訳でも無い」
「そうなの?」
「苦労したと言えるのは、歌に感情を入れる事だな」
「なるほど、感情ねぇ……」
歌に感情が入っていないと言われてから私は自宅のスタジオで訓練を繰り返し、歌に感情をある程度入れる事が出来るようになった。
それでも薄いらしいが「それが良い」と喜ばれたな。
だが、今でも恋愛感情や悲しみ、苦しみなどを表現する歌には感情を入れる事が出来ない。
男女間の恋愛感情や、悲しんだり苦しんだりする感覚を他者から感じる事は出来る。
しかし、感じる事で何となくは分かっても、元々それらは自分の中に存在していない物だ。
恐らくだが、私が本当の意味でそれらを理解していない事が原因では無いかと思っている。
特に恋愛感情は今まで多くの恋人達や夫婦と関わっているにも拘らず、未だに分かっていないからな。
私が特に分かりたいと思っていないからかも知れないが。
その様な状況の為、私は基本的に感情を入れる事が出来る歌を歌う事になった。
感情が入っていなくても良いのなら、今後恋愛などを題材にした歌を歌う事もあるかもしれない。
そういった感じの事を簡単に話すと、良平が穏やかな声で言う。
「クレリアちゃんも苦手な事があるんだね」
「私は完全無欠という訳では無い、苦手な事もあれば苦労する事もある」
「例えばどんな事?」
「恋愛相談だな」
私がそう答えると、良平は不思議そうな顔をする。
「クレリアちゃんは僕と千穂の仲を助けてくれたよね?」
「人との生活の中で数多くの恋愛を見て来たからな、それを参考にしているだけだ」
「そう言えば、前にクレリアちゃん言ってたね『人間に近い感情を持っていても同じでは無い』って」
「そうだ。私達がどんなに人の様に見えたとしても、実際は人では無いという事を忘れるなよ?こうして穏やかに過ごしている内は分からないかもしれないが、決定的に違う部分が存在する筈だからな」
私がそう言うと、黙って聞いていた千穂が割り込んでくる。
「そんな事どうでもいいよ……私はクレリアちゃんの事が大好きだからね」
彼女は微笑みながらそう話した。
「私だってそうよ?」
美琴もそう言って微笑む。
微笑む彼女達から感じる気配は、とても穏やかな物だった。