綾子は話し始める。
少し前、フラワープロダクション所属のアイドルグループであるシーレーンはある番組に出演した。
それは勝ち抜きのアイドルトーナメントの様な物で、優勝者はスポンサーから仕事を貰える、という物だったらしい。
問題が起きたのは決勝戦の優勝判定。
明らかにシーレーンが優勢にであったにもかかわらず、優勝は相手のアイドルグループだったという。
もしも僅差であったのなら、審査員の考え方次第で負ける事はあり得るだろう。
ただ、その時は圧倒的とは言えないが、誰が見てもシーレーンが優勢であったらしい。
判定がおかしいのではないかと感じたシーレーンのマネージャーやプロデューサーも抗議したそうだが、結果は覆らなかった。
更に放送された番組の内容は編集されており、相手のアイドルが優勢に見えるようにされていたと言う。
スポンサーは大企業で、あまり騒ぐとフラワープロダクションに仕事が無くなる可能性もある。
その為、泣き寝入りするしかなくなった……という事らしい。
京介は直接関係した訳では無いが、シーレーンのメンバーと担当プロデューサー、マネージャーの頑張りは知っていて、どうにも出来ない現状に苦悩していると言う。
そして、こういった事は特に珍しい事では無いという。
綾子から話された内容はこのような物だった。
仕事を貰う立場ではどうにもならないかも知れないな。
「それで?その企業の名前は?」
私は取り敢えず問題の企業の名を聞いた。
その言葉を聞いて、綾子は固まってしまった。
「どうした?」
「……えっと……」
急に言葉に詰まり、言おうとしない。
その様子を見た私は、ある可能性に思い至る。
「綾子、正直に答えろ。問題の企業は、月下グループ傘下の企業か?」
しばらく沈黙が降りた。
「ええ……そうよ」
綾子は小さい声で肯定する。
いきなり綾子が話さなくなったのは私が月下グループの者であり、問題の企業が月下グループの傘下だったからか。
「なるほど。その企業の名前を教えろ」
「え……?ええ……分かったわ」
私は綾子から問題の企業の名前を聞き出し、その後は別の話をした。
帰りの車内で私はカミラに念話をする。
『カミラ、話がある』
『どうしたの?』
私は綾子から聞いた話を簡単にカミラに伝えた。
『……確かにその企業はうちの傘下に入っているわね。出来るだけ問題を起こすような人間は省いているけれど……全員良い人材で揃えるのは流石に難しいのよね』
確かに月下グループに所属する全ての人員を選別して選ぶのは難しそうだ。
グループ関係者の総数は知らないが、相当な人数である事は予想出来る。
『侍女隊が動き始めたから後は任せて。でも……シーレーンだったかしら?友人では無いのによく助ける気になったわね』
『私を担当しているプロデューサーとマネージャーに悪影響を与えている上に、問題の企業が月下グループの傘下だったからな』
『ああ……そういう事ね。でも、企業についてはお母様が気にする事無いわよ?』
『企業はついでだ。問題は京介と綾子の方だな、この二人に影響が無ければ何もする気は無かった』
『自分の担当でなくても、同じフラワープロダクションの仲間って事ね』
『だとしても、他のアイドルの問題にあれ程反応するとは思っていなかったな』
『お母様はそんな人間も嫌いじゃないわよね?』
確かに私は相手が誰であろうと純粋な好意を向けられて嫌な気分はしないし、仲間や家族を大事にする者も嫌いでは無い。
関係無い事に気を取られて本来の役割をおろそかにするのは問題だと思うが、今まで過ごした時間であの二人の事はそれなりに気に入っている。
『これからプロダクション内で何かある度にあの二人にまで悪影響が出るのは避けたいな』
『お母様の事だから、もうあの二人も友人に入っているんでしょう?』
『そうだな』
カミラにはバレているな。
いや、既に近しい者達にはバレているか。
ジャンヌには「慈悲深い」と言われ、信長にも「存外人間らしい」などと言われていたのを思い出した。
他にも信長は私の事を「人間性の皮を被った神秘」や「穏やかさを纏った破滅」など、色々と好き放題に言っている。
その度にジャンヌと強制的に模擬戦になっているが。
信長はどんなに軽口を言っていても、私達を侮る事が無い。
彼はこれまで過ごした時間で、私達が敵対しなければ穏やかである事を知った、と言っていた。
その後、私達がどんなに大人しく優しく見えても、決して相容れない種としての違いと、隔絶した力の差が存在している事も知っている、と言っていたな。
『取り敢えずこの問題はこちらで解決しておくから、もう平気よ』
『ありがとう、任せる』
『任されたわ』
私はカミラの言葉を聞いた後、念話を切った。
綾子からシーレーンの話を聞いてから約一か月が経った。
私は新曲の練習やテレビ出演などをしながら過ごしていたが、今日は自宅でテレビを見ている。
そこにはシーレーンが勝ち取ったコマーシャルが流れていた。
どうやらシリーズ構成されているようで、この後も引き続きこのコマーシャルの仕事が決定しているらしい。
あの後、娘達があっという間に事実関係を調べ上げ、関係者を処分し問題は解決した。
処分と言っても殺した訳では無く、罰を受けさせ「次は無い」と釘を刺したらしい。
それに合わせて番組側は判定にミスがあったと謝罪し、シーレーンが優勝である事を報告。
報告からしばらくは色々と荒れたようだが一か月も経たない内にそれらも収まり、裏では話されていても公に話題に上がる事は無くなった。
シーレーンと競った相手のアイドル達はこの件に関わっていない事が分かっているので、現在も活動を続けている。
聞いた話だが、彼女達は優勝した時にかなり驚いていて、その驚きは演技には見えなかったらしい。
実際、彼女達は一度「優勝は間違いでないか」と確認していた様だ。
カミラ達はテレビ局などの関係者にも責任を取らせた。
この内、公になった物は番組の判定ミスだけで、他の関係者は内部で処分されている。
関係各所では突然の人事が多数行われているかも知れない。
ある日、私は京介から呼び出され仕事の話をしていたのだが、最後に話したい事があると言われた。
「クレリアさん、シーレーンの事で何かしたかな?」
私は隣に座っている綾子を見た。
「……ごめんなさい。クレリアにシーレーンの話をしたのか問い詰められてしまって」
申し訳なさそうに謝ってくる綾子だが、口止めをした覚えもされた覚えも無い。
「気にするな。お互いに口止めなどしていないし、京介なら問題無いだろう」
その言葉を聞いた京介が私に問いかける。
「という事は……何かしたのかな?」
「何となく分かっているのだろう?問題を起こしたスポンサーの企業が月下グループの傘下だったからな、改善させただけだ」
私の表向きの立場とあの企業の所属を知っていれば、私が何かしたという考えに行きついてもおかしくはないからな。
京介はしばらく黙り込んだ後、口を開く。
「ありがとう、僕ではどうにも出来なかった」
「月下グループ傘下の企業が原因だ、感謝される事では無い」
「それでもだよ」
「分かった。その感謝は受け取ろう」
京介はその言葉を聞いて、肩の力を抜いた。
「あっ!私もお礼を言わないと……ありがとう、クレリア」
突然綾子が姿勢を正し、私に礼を言う。
「実際に動いたのは私の家族だ、二人の感謝は伝えておこう」
「クレリアの頼みとはいえ、よくここまで動いてくれたわね……」
「私はグループの事に関わっていないが、家族からは信頼されている様だからな」
「それだけ信頼されているのにクレリアがグループの事に関わっていないのはなんでなの?」
「私がグループの事に関わっていないのは、家族全員が私に対して好きな事して過ごして貰いたい、と考えているからだ」
「……それって溺愛されているって事なんじゃない?」
「嬉しく思っている」
私がそう答えると、二人は笑っていた。
その後、私は帰宅し正月休みへと入る事になる。