少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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078-05

 

 「クレリア、走るの早いわね……」

 

 収録を終え帰る車の中で、綾子が運転しながら口を開く。

 

 「まあな……話を変えるが綾子、頼みがある。聞いてくれるか?」

 

 これからの事も考えると、京介と綾子にはそろそろ私の事を話しておいた方が良いだろう。

 

 さて、この二人はどう出るだろうか。

 

 「いいけど……どうしたの?」

 

 「時間を作って京介と綾子の二人で私の家に来て貰いたい。話しておきたい事がある」

 

 「……分かったわ。出来るだけ早く行くから」

 

 綾子は何も聞かずに了承してくれた。

 

 「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 10日後、京介と綾子が私の家へとやって来た。

 

 「クレリアの家、凄いわね……」

 

 「住所は知っていたからここだという事は分かっていたけど、確かに凄いね」

 

 綾子が周囲を見回しながら言うと、京介は落ち着いた口調で答えた。

 

 この家は敷地が広すぎて周囲からは個人の家だと思われていないらしいな。

 

 ソファに座るとメイドが手早く飲み物を準備し始める。

 

 対面している私と二人の前に飲み物を用意した後、メイド達は退室していった。

 

 「それで……話しておきたい事とは?まさかとは思うけど……アイドルをやめたいのかな?」

 

 京介は用意された飲み物に手を付けず、真剣な表情で問いかけて来る。

 

 「いや、私はアイドルをそれなりに楽しんでいる。まだやめようとは思っていない」

 

 「じゃあなんなの?改まって話したいなんて言われたから……私もてっきりやめたいのかと……」

 

 綾子も真剣な表情をしている。

 

 わざわざこういった席を用意した事で、気軽な内容では無いと感じているのだろう。

 

 「二人がどう判断するかが分からないからな、こうして場を整えた」

 

 「……分かった。何を言われても動じずにしっかりと判断するよ」

 

 「私も心の準備はして来たわ、やめると言われると思ってたから」

 

 二人も話を受け止める準備が出来ているようだ。

 

 「そうか、では話そう。私は人では無い」

 

 途端に二人の顔が困惑に変わる。

 

 「私は人類では無いんだ。この惑星で長い時を過ごして来た『何か』だ」

 

 二人はどう反応していいか分からないようだ。

 

 無理も無いか。

 

 担当のアイドルから話をしたいと言われ、覚悟を決めて聞けば、そのアイドルが自分は人間では無い何かだと言い出したのだから。

 

 「勿論、話しただけで信じて貰えるとは思っていない。だから証拠を見せよう」

 

 私は自分の前にある牛乳をコップから持ち上げた。私の前に牛乳で出来た綺麗な球体が浮いている。

 

 「なっ!?」

 

 京介は声を上げ立ち上がり、綾子はソファの背もたれに張り付いている。

 

 「う……嘘よ……。て、手品でしょ?そう……ドッキリ番組!」

 

 綾子はそう言うが、どこからもドッキリ成功などと言葉がかけられる事は無い。

 

 やはり、やんわりと私が人では無いという事を伝えるには危険の少ない水系統が良い。

 

 火だと大抵の場合、怯えてしまうからな。

 

 「受け入れるのは難しいかも知れないが、私もこの力も存在するんだ」

 

 私は牛乳を使って「現実だ」と文字を描き、牛乳をコップへと戻した。

 

 「私を受け入れる事が出来ないのならば帰って構わない、危害は加えない事も保障する」

 

 その代わり話の内容は忘れて貰うが。

 

 二人が今の私の言葉をどう受け取るかは分からない。

 

 私の正体を知った途端に、私に対する感情が裏返る事もあるからな。

 

 話す私を京介と綾子は身を強張らせ、恐れる様な表情で見つめていた。

 

 私はその視線と、強い恐怖と混乱の入り混じった感情を受けながら牛乳を飲み、本を取り出して読み始める。

 

 どこからともなく本が出て来るのを見た二人が動揺するのを感じたが、私はそのまま本を読み続けた。

 

 

 

 

 

 

 私が本を読み始めてどれだけの時間が経っただろうか。

 

 二人はいまだに帰る事は無く私を見ていたが、その感情は落ち着きを取り戻し始めている。

 

 やがて京介と綾子は顔を見合わせ、その後京介が意を決したように口を開いた。

 

 「クレリアさんは……一体何者なのでしょうか?」

 

 気付いているのかいないのか、自然と敬語になっている京介の問いに、私は本から顔を上げて答える。

 

 「私の事を初めて知った者は大抵その質問をするが、その質問には『私にも私が分からない』と答えている」

 

 「え……?」

 

 私の答えを聞いた綾子が声を上げた。

 

 「私は私が何であるかを知らないし、今は特に知りたいとも思っていない」

 

 「そう……ですか……」

 

 京介はどう反応すれば良いか分からない、といった表情で呟く。

 

 こうして私が普通に受け答えしているせいか、二人も十分に落ち着きを取り戻した様だ。

 

 二人から私を拒絶する様な気配も感じない。

 

 このままならば私の正体を知る友人が増えるかも知れないな。

 

 

 

 

 

 

 「僕がクレリアさんに感じた強烈な感覚は、何だったんでしょうか……?」

 

 京介が私に尋ねる。

 

 「何に反応したのかは知らないが、恐らく京介は人類の中でも特殊な方なのだろうな」

 

 「……人外の魅力だったのでは?」

 

 京介の言葉を聞いた綾子がポツリと言った。

 

 

 

 

 

 

 時間をかけて会話を続けた結果、二人は私を受け入れてくれた。

 

 私に対する敬語はやめてくれなかったが。

 

 「……そういえば、クレリアさんの家族も……やはり?」

 

 思い出したように京介が問う。

 

 「全員人間ではない。表向きの月下グループの人員はすべて人間だが、支配しているのは私の娘達だ」

 

 「お子さんが居るんですか!?」

 

 綾子が声を上げる。

 

 「人類のような関係の娘ではない、義理の娘のような者達だ」

 

 「なるほど……義理ですか」

 

 納得したのか、彼女はそれ以上その事について触れる事は無かった。

 

 それから私達は以前の様に会話をしていたが、途中からいつの間にか仕事の話に変わった。

 

 仕事の話が終わった時にはかなり時間が経っており、二人は「仕事が残っているから」と言って帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 「プロデューサー」

 

 「何です?」

 

 帰りの車の中、綾子が京介に話しかける。

 

 「私、自分の人生にこんな事が起こるなんて思ってませんでした……」

 

 「……僕もです」

 

 それからフラワープロダクションに着くまで、二人は一言も話す事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 私が二人に正体を教えてからも、アイドルとしての私の活動は変わらない。

 

 表向きは人間である為、人間に可能な範囲でスケジュール調整をして貰っている。

 

 様々な仕事をこなしながら、裏で私に手を出そうとする関係者を社会的に葬ったり、他のアイドルの嫌がらせや勝負を正面から叩き潰したりして過ごした。

 

 新曲もかなり短い間隔で発表した。

 

 最初はあまりにも早い間隔のリリースに「歌やダンスの出来に問題は無いのか」と危惧されたが、京介が完成度を見せつけ関係者を納得させた。

 

 前例が無い新曲のリリース速度が話題になり、私の知名度と人気は更に上がって行く。

 

 一方、業界内部では「私の逆鱗に触れると相手が誰であっても潰される」という話が広まっていた。

 

 現在では芸歴の長い……いわゆる「大御所」と言われる者達や大手事務所、大企業からも相応の対応をされるようになっている。

 

 そのせいか、同じフラワープロダクションのアイドルや他のプロデューサー達から壁を感じるようになった。

 

 私は相手が手を出して来なければ何もしないが、私の気分を害せば自分達もどうなるか分からない、とでも思っているのかも知れない。

 

 出演している番組を見た友人達や視聴者からは「扱いが新人アイドルじゃない」とよく言われている。

 

 カミラから聞いた話だが、各国のトップは私がアイドルとして表に出ている事に気が付いていた様だ。

 

 日本の月の庭園関係者はすぐに気が付いていたが、他国もかなり早い段階で気が付いていたらしい。

 

 各国は私関係の事を最重要機密と考え出来る限り動きを把握しようとしている、とミツハが言っていたな。

 

 何もしない様に伝えているので、現在に至るまで各国はアイドルクレリアに対して動きを見せていない。

 

 

 

 

 

 

 アイドルとして日々活動し、2014年の7月に入った。

 

 私は京介に大事な話があると呼び出され、綾子が迎えに来た。

 

 どこか浮かれている綾子と共にフラワープロダクションの会議室に入ると、待っていた京介に早速話をされる。

 

 「ライブが決定しました」

 

 綾子が浮かれていたのはこれが原因か。

 

 「いつだ?」

 

 「2014年12月24日です」

 

 「確か……クリスマス・イヴの日だったか?」

 

 「そうです、ライブ前までにリリースされた曲を全て入れる予定ですが……大丈夫でしょうか?」

 

 「大丈夫だ」

 

 「初ライブでドームですよ!しかもソロライブ!」

 

 「そうか」

 

 「凄さが分かって無いですね!?」

 

 珍しく騒ぐ綾子をよそに、私は京介と話を進めた。

 

 

 

 

 

 

 ライブの告知は大々的に行われた。前売り券はあっという間に売り切れ、中には高値で転売する者もいるという。

 

 最近私の評価を見た事があるが。

 

 飛び抜けた美貌。

 

 変化する七色の声質。

 

 歌とダンスの圧倒的な完成度。

 

 魅了される独特の雰囲気。

 

 今後超える者は居ないであろう最高のアイドル。

 

 大体はこのような評価だった。

 

 正反対の意見もあるが、全ての者に好かれるのは何かしらの力を使わなければ難しいだろうな。

 

 

 


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