初ライブは数行で終わります。
ライブの決定を伝えられた日から時は過ぎ、2014年12月24日。
ライブが始まった。
「よく来てくれた、楽しんでいくと良い」
私の言葉に盛り上がるファン達。
大観衆の前で歌い、踊る私に、ドームに集まったファンの感情が押し寄せる。
この数の人間の感情が私に集まる感覚は初めての経験かも知れない。
今の私はアイドルだ、ここにいるファン達の好意に答えよう。
私の初ライブは大成功を収め、その後年末ギリギリまでぎっしりと詰まったスケジュールをこなした。
年末年始を家族と過ごしていた時、人気があるにも関わらず私が年末の歌番組に出ない事が話題となる。
そしてこの際、私が契約時に年末年始の時間は家族に使うとフラワープロダクション側に認めさせていた事が漏洩し、プロダクション側はそれを事実だと認めた。
プロダクションの上層部は勿論、京介と綾子もかなり焦ったようだが、予想以上に世間の反応は穏やかだった。
ファンや世間がどう受け取ったのかは知らないが、あまり荒れる様な事は無く鎮静化する事になる。
しかし、この事でプロダクション側はかなり肝が冷えたらしく、一段と情報漏洩に気を配る様になった様だ。
2015年になり、年始の気配も消えた1月中旬のある日、私は新作ゲームの仕事を依頼された。
タイトルは「スカイレゾナンス」と言う。
ゲームステーション4やミィーなどの家庭用ゲーム機用に開発が進んでいるゲームで、地球に似た架空の世界で起きている戦争のゲームらしい。
現在、私はその仕事をするにあたって綾子と話を聞く所だ。
「では、ご説明します」
ゲームのプロデューサー達が色々と説明を始める。
なるほど。
戦争をしている各国にはそれぞれ歌姫が存在し、その歌の力を使って戦争を助けている……という設定か。
歌で広範囲に補助魔法をかけている様な物だろう。
私の仕事は、オープニング曲と私が歌姫を務める勢力の曲、この二曲の新曲を歌う事。
その他には、今まで出して来た曲のいくつかをアレンジして収録するようだ。
別の国の歌姫は全員ゲームオリジナルキャラクターで、声優が担当している。
そしてプレイヤーはその中から国を一つを選び、その国の歌姫と絆を深めながら物語を進めて行く事になるという。
恋愛はかなり難しいな、全く恋愛感情が分からないままでいいのなら出来なくは無いが。
私が恋愛関係は難しいかも知れないと言うと「話は聞いています。クレリアさんの国のルートは他の国のルートとは違い、そういった要素はありません。いつものクレリアさんのままで出演して頂ければ問題無いと思います」と言われた。
それから私のルートの話の流れを伝えられ、私は納得する。
その後、説明を全て聞き終えた私達は開発元を後にした。
プロダクションに帰ってからすぐに自宅に帰らず、休憩室で綾子と雑談していた私達だが、突然彼女が苦笑いしながら私に言う。
「クレリアさんの事知ってから番組で超常現象とか霊能力とかを見た時に、もしかしたら……っていう気持ちで見るようになっちゃいましたよ」
「私もテレビで見た事はあるが、恐らく偽物だぞ。今の所、特に違和感のある現象を感じた事は無い。何かあった場合は魔力関連を疑った方がいいと思う」
「そうなんですか……。あの、言い伝えられたりしている昔の不思議な出来事の中には、本当の事もあったんでしょうか?」
「今の地球では自然に魔力が何らかの現象を引き起こす事は難しい。ただ、過去の人間達の中には僅かに魔法を使えた者達も居る」
「やっぱりそういう人間もいたんですね?問題無いのなら教えて欲しいです、歴史上の人物だったりしますか?」
彼女は表面上落ち着いて見えるが、内心は興奮気味だな。
「そうだな、多くの人が知っているとなると……ジャンヌか」
「ジャンヌ……ジャンヌダルクですか!?オルレアンの乙女の!?」
隠しきれなくなった興奮で綾子が大声を出した。
「落ち着け。ジャンヌは地球に残っている僅かな魔力を使い、無意識に魔法を使っていた」
「歴史には天使を見て言葉を聞いたとか、軍を勝利に導いたとかありますけど……それは本当ですか?」
「本当だ。天使はジャンヌが無意識に魔法で作り出した物で、軍の方は広範囲に簡単な強化魔法を使っていた」
「えっ……天使を自分で出してたんですか?」
「信仰心のあまり無意識に行っていた様だ。彼女は今の人類にしてはかなり魔法を使いこなしていたと思う」
広範囲への強化魔法も使っていたからな。
「貴重な才能の持ち主だったんですね……」
「今では私を神と崇めて侍女隊の一員として過ごしているが、人を辞めても信仰心は変わっていないな」
「え?……どういう事です?」
「ん?」
私と綾子は顔をあわせて見つめ合う、すると綾子が恐る恐る口を開く。
「クレリアさんの言い方だと今も生きているように聞こえるんですけど……」
「生きているぞ。ある場所で私の侍女として暮らしている」
「生きてるんですかぁ!?」
興奮し大声で叫びながら立ち上がる綾子。
「体は既に人では無いが、精神は間違いなく人であった彼女のままだ」
「ジャンヌダルクが生きてる……クレリアさんならそういった事も……」
俯きブツブツと呟く綾子、しばらくそっとしておいてやろう。
しばらく待っていると、彼女が顔を上げた。
回復が早かったな。
こういった事はもう初めてでは無いし、慣れたのだろう。
「あのー……ジャンヌさんに会えたりしませんか?」
「歴史上の人物に会いたいのか?」
そう言うと、綾子は少し恥ずかしそうにする。
「それもあるんですが……実はドゥーム・ナイトワールドと言うゲームにジャンヌが出てまして。一番好きなキャラなんです……」
「本人とそのゲームのキャラは別物だと分かっているか?」
「分かってますよ?ただ……本人が生きていると知ったらやっぱり会いたいじゃないですか」
「そういう物か」
「はい……ちなみに……他にも誰かいたりします?」
彼女は探るように私を見て来る。
「後は信長だけだな」
「織田信長ですか!?本能寺の変で死んだんじゃなかったんですね!そういえば死体が出なかったって……!こういう事ですか……!」
再び興奮する彼女。
「ふう……その……」
突然落ち着いた彼女が、すがるような視線を向けて来る。
「分かった。その内二人に合わせてやる」
「本当ですか!?やったー!」
私の為に色々としてくれているからな、この程度の願いは叶えてやろう。
それから綾子はより一層やる気を見せた。
私はスケジュール通りに仕事をこなしながら、ジャンヌと信長を綾子に合わせる準備を整える。
そして、綾子と二人を私の家で会わせる日がやって来た。
「わ、私おかしくないですかね?」
私の隣に座り、いつもよりも更に身だしなみを整えたように見える綾子が不安そうに言う。
「大丈夫だ」
「そ、そうですか」
するとメイドに連れられた男女が部屋に入ってくる、ジャンヌと信長だ。
「は、初めまして!高野綾子と申します!今日は会っていただけて嬉しいです!」
目の前に来た二人に挨拶する綾子。
「始めまして綾子さん。私はジャンヌダルクと言います」
「綾子か、いい名だな。儂は織田信長と言う」
「三人ともまずは座れ」
挨拶を終えた所で私は座るように促した。
「は、はい……」
「かしこまりました。主様」
「うむ」
三人は返事を返すと、私の横に綾子、その反対側にジャンヌと信長が座る。
すると控えていたメイド達が素早く飲み物と菓子の用意をしていく。
準備を終えたメイド達は私に頭を下げ、部屋を出て行った。
「綾子さんは主様のアイドル活動を支えてくれているそうですね」
「は、はい」
ジャンヌの言葉に緊張しながら答える綾子。
「綾子、そう緊張するな。儂らはクレリアの友人であるお主に危害は加えん」
「は、はい」
同じ事しか言わない綾子。
駄目だなこれは。
「二人とも、彼女が慣れるまで待ってやってくれ」
「構いませんよ」
「分かった」
ジャンヌは微笑み、信長は炭酸飲料を飲む。
信長は普段世界を回っているせいか、随分と現代に馴染んでいるな。