2017年1月。
いつもの様に年末年始は娘達と過ごした。
海外からは「年末年始に自分達の依頼した仕事をしないのなら、どうなっても知らない」と言って来た者もいた様だが、当然断った。
その際、相手に「何かするつもりなら、どうなっても知らない」という意味合いの言葉を伝えて貰ったが、どうなるだろうな。
年始も終わり、私は再び活動を再開する。
現在、私は見慣れたフラワープロダクションの会議室で、二人と話をしている。
「ゲームの仕事か」
「はい」
ある程度話もまとまった所で京介と綾子が話したのは、新しいゲームへの出演依頼だった。
「相手側は私の事を分かっているのか?」
「そこは問題ありません、スカイレゾナンスの件で業界で有名になったらしいですから」
「そうか」
「説明しますね」
綾子がそう言って説明を始める。
「ゲームの名前は「学園幻想怪奇譚」と言います」
「学園と言う事は現代か?いや、そうとも限らないか」
私が口を挟むと綾子が答えてくれる。
「現代では無い学園物もありますが、この作品は現代日本が舞台ですね。異世界へと繋がった世界から怪物が現れ、主人公は戦いに身を投じます」
「素直に警察に助けを求めれば良いと思う」
私がそう言うと、二人は苦笑いする。
「その部分に関しては理由があるんです。設定では素質がある人間にしか怪物は見えず、怪物が関わった事件は怪死事件として扱われ、警察も良く分かっていないんです」
「そういう事か」
綾子の説明で私はある程度納得した。
見えていれば問題無かったのだろうが、見えないのなら話は別だ。
人類の常識の外の存在を、見て確認出来ない相手に認めさせるのは難しいだろうな。
「こういったゲームを見ると、時々不安になる事がありますね」
突然京介がそんな事を言う。
「何故だ?」
私がそう尋ねると、二人が私を見る。
「僕達はクレリアさんの事を知っていますからね。いつか突然、創作が現実になるのではないか……そう考えてしまいますよ」
なるほど。
私のような存在を知ってしまえば、他の物が絶対に存在しない、などと言える訳が無いか。
実際、私が様々な事を頭から否定しない理由の一つは「私が存在している事」なのだから。
「そうだな。私がこうして存在している以上、そのような事も絶対に無いとは言えないだろう」
「私もスマートフォン等でゲームをしている時に、ふと思いますよ。こんな世界も何処かにあるのかも知れないって、ただ……」
綾子は微笑みながら話をしていたが言葉を切り、少し不安そうな表情になる。
「何も知らなければ絶対に無い事だと思い、ただ夢を見ていられたと思いますけど……今では重さが違うといいますか……」
辛いという訳では無さそうだな。
「私の正体を知っている事が問題なら忘れさせる事も出来るが、どうする?」
「いえ、それは必要ありません。確かに不安ではあるんですが……どこか、ワクワクもしているんです」
私の言葉を真っ先に否定する綾子。
不安だが期待もしている、という事だろうか?
「それは分かる気がします。僕も不安に感じる一方で、今まで創作でしかなかった事が本当にどこかにあるのではないかと……気持ちが高揚するのを感じますからね」
京介はそう言って笑う。
創作の様な世界か……。
「あるかも知れないな」
私は二人を見て言う。
「え……?」
すると、二人は私を見て声を漏らす。
「人類が考えている神の様な存在がいる世界や、地球とは全く違う法則で成り立っている世界の存在は数多く確認しているからな。時間をかけて探せば二人が思い描いたような世界も見つかるかも知れない。少し探して見るか?」
私の話を聞くと、二人は引きつった表情を浮かべた。
あの後、二人はかなり動揺し「本当に他の世界があるとは思わなかった」と、少し震えた声で言っていた。
二人は他の世界がある事を予想していた。
その予想が見事に当たったというのに、何故あれ程に動揺するのだろうか?
その後、今後の仕事の話に移ったのだが……いつもより時間がかかったな。
仕事の話を終えて自宅に戻った私は、風呂に入りながら今日の二人の事を思い出す。
明日会う時には元に戻っていると良いが。
そう思いながら、ゆっくりと風呂を楽しんだ。
ある時、久し振りに雑誌の取材を受けた。
その際、以前バトルグラウンドのトッププレイヤーであった「くれりあ」との関係を尋ねられ、私はそれが自分である事を認めた。
質問した側も本気では無かったしく慌てていたが、そのまま使用され雑誌が発売。
かなりの数のファンとゲーム好きの間で私が「くれりあ」である事が知られ、しばらく話題となる。
そしてその話はファンの間に浸透し、世間にも私がゲーム好きであるという認識が広まった。
以前スカイレゾナンスに出演している上に、発売前の学園幻想怪奇譚にも登場するという話も広まっていた為、私のゲーム好きという印象は完全に世間に定着してしまった。
ゲームは嫌いという訳では無いが、堂々と好きと公言出来る程では無いと思う。
その事を京介と綾子に話すと「世界ランクのトップに長年君臨していた貴女が、今更そんな事を言っても誰も信じない」と言われた。
それからゲーム関係の仕事が急に増えたらしい。
ただ、今は歌に力を入れているため予定が合わず、今回は全て見送った様だ。
ある雨の日、ファーストライブブルーレイ発売の話を京介から伝えられた。
京介が言うには、私の人気が高まるにつれ、フラワープロダクションに「ファーストライブのブルーレイは出ないのか?」という問い合わせが増えて来ているという。
人気が出始めた頃から多少そういった問い合わせはあったらしいが、流石に無視出来ない状況になり発売を急遽決定したという。
既に予約を開始しているが、予約状況はかなり良いらしい。
一部のファンからは「遅すぎる」や「他のアイドルは出してるのに何でクレリア様のは作らなかったんだ」と多少の批判を受けたらしいが、ファンが待ち望んでいたファーストライブブルーレイの発売の喜びの声でかき消されたらしい。
現在、私は月の談話室でくつろいでいる。
始めは私の所に集まって話していた娘達も、今ではそれぞれに会話をしていた。
「クレリア」
呼びかけられた声に振り向くと、信長がいた。
「ここに来るとは珍しいな」
信長は大抵地球にいるし、月にいても談話室へ来る事は少ない。
「儂とて来る時は来る」
そう言いながら私の正面に座る。
「何かあったのか?」
私がそう尋ねると彼は不思議そうに言う。
「何か無ければ来てはいけない訳では無いだろう?」
「そうだな」
珍しく来たから何かあったのかと思ったが、それなら念話でも済む話だ。
本当にただ気まぐれに来ただけなのだろう。
それを咎める気はない、私も気まぐれに色々としているのだから。
「大人気だな」
彼はそう言うと、マジックボックスから日本酒らしき物を出して飲み始めた。
「アイドルの事か?」
「うむ、まさかお主があの様な事に興味を持つとは思わなかったぞ」
酒を置き、信長が私を見る。
「今の人類と文化は今だけの物だからな、色々とやってみようと思った」
「確かにそうだ!……世界は儂が人であった頃から大分変わった。これからも変わるのだろうな」
彼はしばらく笑い、それから遠くを見る様な目をした。
「あら?珍しいわね。貴方がここにいるなんて」
そう言いながらカミラが歩いて来る。
「カミラか……クレリアにも言われたぞ」
「言われて当然よ。貴方滅多に談話室に……いえ、それどころか月にも殆ど居ないじゃない」
カミラは私の隣に座り、侍女に飲み物を頼む。
「儂がどこに居ようと大して変わらんだろう。転移も出来るし念話もある、事によってはこ奴に強制的に呼ばれるのだ」
そう言って私に目を向ける信長。
「その通りだ」
私はこちらに視線を向けた彼に言う。
「そろそろ念話で言おうと思っていたのだけれど、居るなら丁度いいわ。信長に聞きたい事があるの」
「何だ?」
信長は視線をカミラに移す。
「貴方、ずっと地球を旅して回っているけど……しっかり誤魔化しているわよね?」
「……余計な真似はしておらんぞ?」
「そう……姿の変わらない東洋風の男は貴方では無いのね?」
信長は少し考える仕草を見せると、カミラに言う。
「儂は、何か見落としていたのか?」
「どこで誰が見てるか分からない物よ?人に紛れて過ごしていれば、なおさらね。これ位はかまわないけれど、出来るだけ気をつけなさい」
「分かった、気を付けよう。儂とした事が……ぬかったな」
その言葉から、悔いる様な気配を感じる。
「何言ってるの、ここでは貴方は子供の様な物よ?多少失敗しても、私達が何とかするわ」
「……そうであったな。世話をかけた」
信長はそう言って酒を飲む。
「信長が人では無いと知られても、私達には問題無いと思うが」
私がそう言うと、カミラが私を見て話し出した。
「問題はあると思うわ。信長の存在が知られると、恐らく人類は今まである訳が無いと思い込み、全く考えていなかった事を考え始めるようになるわ。そんな中でお母様が今までの様に行動すれば、誰かがお母様も同じような存在なのでは無いか、と考える筈よ」
なるほど、そうかも知れない。
「クレリアの異常性が認知されやすくなると?」
信長がそう言うと、カミラが答える。
「そうよ。お母様が人類の中で人として過ごすには、私達のような存在がいるという事を知られ過ぎてはいけない。噂や都市伝説程度ならいいけれど『そういった者がいる』と人類に認知されたらお母様が動きにくくなってしまうわ」
「儂から見るとクレリアの活動は人間離れしていると感じる所もある。しかし、人類の間でそういった者の存在が信じられていないからこそ、誰もが考えず、気にしない……そういう事か?」
「そんな感じね。まあ……実際は人類に知られようとお母様が良いと言うならそれでいいのよ。ただ、それをお母様が望まない内は出来れば避けたいの」
カミラは色々と考えてくれている様だな。
「カミラ」
「何?お母様」
私は立ち上がると、久しぶりに彼女の頭を胸に抱き寄せ、頭を撫でた。
「ありがとう」
「……うん」
「そういえば、親愛は存在すると言っていたな。外見的には逆だが……こうしている時は仲睦まじい母娘にしか見えんな」
カミラを抱いている私に、信長の呟きが聞こえた。