2019年3月。
現在、私は東京の自宅でパソコンを操作している。
見ているのは私の公式ホームページだ。
アイドルのクレリアはプロダクション側の意向でファンレターを受け付けない事になっている。
膨大な量になり関係各所が混乱するかららしい。
その事に対してファンからの声もあり、公式にメッセージを書き込めるホームページが開設される事になった。
会員のみが書き込める、1日に一度しか書き込めない、などの制限はあるが、時々私が読むという事になっている。
プロダクション側が管理し、怪しげな書き込みや会員はすぐに削除されているため荒れてはいない様だ。
私がメッセージを素早く読んでいくと、応援から歌の方針のリクエスト、体の心配など、様々な書き込みが溢れている。
開設されて間もない筈だが、すでにかなりの量の書き込みがあるな。
こうして読んでいる間にも次々と書き込まれているため、全て読み終わるという事は無さそうだ。
プロダクション側からは時々書き込んだり、返答をして欲しいと言われているが、あくまでも私の気が向いた時だけで構わないという。
私は「読みはするが、書き込むかどうかは分からない」と言ったが、答えは「自由にして構わない」という物だった。
どうやらプロダクション側は読むだけでも構わないと考えていて、私が書き込む事は初めからあまり期待していなかった様だな。
ここに書き込んでいる者達は、私が読むというプロダクション側の言葉を信じて書き込んでいるだろう。
実際にこうして読んでいるのだから嘘では無いが、書き込んでいる者達にそれを知る手段は無い筈だ。
私が何も反応しなければ、私が読む事無く放置していても気が付かないのではないだろうか?
そう思いながらしばらく書き込みを見ていたが、特に興味を引く物は無かった。
私はしばらく読み続けた後、パソコンの電源を落として談話室へと向かった。
神奈川の自宅で、俺は後輩達と軽い飲み会をしている。
「春斗さん、今度一緒にキャンプ行きましょうよ」
高校の後輩である池端 潤(いけはた じゅん)が俺に言う。
「良いわねー。結婚してからそういう機会が減ったから、たまには行きたいわね」
その言葉を聞いて、俺の隣で妻である奈美(なみ)が嬉しそうに話す。
「あの……私、キャンプは子供の頃に数回行った程度で良く分からないです……」
申し訳なさそうにそう言ったのは潤の妻である涼子(りょうこ)だ。
「潤に教えて貰って無いの?じゃあ私に任せなさい!涼子ちゃんにしっかり教えてあげる!」
そう言ってビールを飲んでいるのは俺の後輩で、潤の同級生でもある茂木 美代子(もぎ みよこ)だ。
男の様に気楽に付き合える彼女は、独身だ。
性格も顔も悪くないと思うが、どうにも上手く行かないみたいだな。
「美代子、飲みすぎるなよ?飲み会と言ってもメインは酒じゃないぞ」
「分かってますよ先輩。ちょっと飲みたい気分なだけです」
俺の言葉にこう答える美代子、これは……。
「美代子、もしかしてまた振られたのか?」
潤がそう言うと、飲んでいた美代子の動きが止まる。
「うん」
平坦な声でそう答える美代子。
「美代子ちゃん可愛いし、性格も悪くないのに何で上手く行かないのかしら……?」
奈美が不思議そうに言う。
確かにその通りだけど、男受けするか、と言われれば首をかしげるしかない。
俺の勘では、男から友人扱いされているんだと思う。
「あの、美代子さん……きっといい男性が見つかりますよ」
「涼子ちゃんありがとー!私負けないよー!」
涼子の言葉に美代子は明るくそう答えた。
なんだかんだいって、今のままでも幸せそうなんだよな……。
そんな事を思っていると、つけっぱなしのテレビから声が聞こえる。
《クレリア、ニューシングル発売……》
「あ、ニューシングル買わないと」
「当然よね」
CMに気が付いた潤と美代子がそんな事を言っている。
クレリアさんがこんなに有名になるなんてな……。
いや、彼女なら当然か……姉貴が言った通りだった訳だ。
ここにいる四人は、全員彼女のファンだ。
……勿論、俺もだ。
「いつ見ても30超えてるように見えないわよねー」
美代子がビール片手に言う。
「女性の理想ですよね……いつまでも変わらない美しさって」
テレビを見ながら、涼子が話す。
「彼女には彼女の苦労がきっとあるはずよ。彼女のあの姿は病のせいだもの」
奈美がそう言いながら、俺に料理を取り分けてくれた。
「苦労か……想像出来ないな」
俺はビールを口にしながら当時を思い出す。
「子供の頃に一緒に遊んだけど……。当時から苦労なんて全部吹きばしてしまうような性格だったから、何とも思って無いかも知れないよ?」
そう言って顔を上げると、四人が俺を見て口を開けていた。
そして俺は口にした事を思い返す。
……あっ!?
やってしまった……!
今まで誰にも言ってなかったのに……彼女と面識がある事を言ってしまった!
「ど、どういう事!?」
「クレリアさんとお知り合いなんですか!?」
「奈美さん!知ってたんですか!?」
「し、知らないわ!今までそんな事は一言も……!」
美代子、涼子、潤、奈美が次々に俺に詰め寄り騒ぎ出す。
「詳しく聞かせて!」
「あの……お話し聞かせて下さい」
「春斗さんお願いします」
「あなた、私も興味があります」
俺は四人から迫られ、降参して話す事にした。
「……特に面白い話じゃないよ?」
それ程ある訳じゃないが、俺は彼女との思い出を語った。
「へぇ、お姉さんの友達だったんですか」
潤がそう言ってビールを一口飲んだ。
「ああ」
「お姉さんはクレリアさんとどうやって出会ったんですか?」
「秋葉原のゲームショップにいた彼女に姉貴が心配になって声をかけたらしい」
俺は潤の質問に答える。
「クレリアさんがアキバのゲームショップにいたの……?」
美代子が微妙な顔で言う。
「彼女がバトルグラウンドの世界ランク一位だったのは知ってるだろ?その時にバトルグラウンドを買ったらしいよ」
「春斗さん質問!」
美代子が手を挙げて声を上げた。
「何だ?」
俺はそう言って酒を口に運ぶ。
「春斗さんの初恋ってクレリアさん?」
「ぶふっ!?」
「うわっ!?」
むせた拍子に潤に酒が飛ぶ。
「ごほっ!悪い、潤」
「いえ、大丈夫です」
奈美が飛んだ酒を拭いてくれるが、こちらをチラチラと見ている。
……どうするか。
初恋かと聞かれれば……初恋だ。
出会った当時はかなり年下だと思っていたが……あんな美人を見て惚れない方が難しいだろうが。
「春斗先輩、誰にだって初恋はありますって。それに、今は奈美さん一筋なんでしょ?」
「当然だ」
そう言うと、酒を拭き終わった奈美が嬉しそうに微笑み、隣に座った。
「思い出ですよ、思い出ー。聞かせて下さいよー」
仕方ない。
「……確かに俺の初恋は彼女だった。考えてもみろ、男女を意識し始めた一番多感な時期に、彼女が来たらどう思う?」
「ああ……」
俺の言葉に男である潤が声を漏らす。
彼なら分かるはずだ。
「彼女は今でも美しいですし……同じ女性から見ても魅力的ですからね……」
涼子が控えめな声で話す。
俺を援護しようとしてくれているのかもしれない。
奈美は黙って俺の話を聞いている。
「アプローチしなかったんですか?」
美代子がさらに突っ込んでくる。
アプローチか……。
「若かった当時の俺にそんな事出来る訳ないだろ……。それに、今思い返すと彼女は本当にそういった事に興味を持ってなかったと思う」
誰に対しても全く態度が変わらなかったんだよな……単に好みの男がいなかっただけかも知れないけど。
「今でも同性愛者とか、裏では誰かと付き合ってるとか言われてますよね」
「言われてるな。ただ……」
「ただ?」
「いつ頃だったかな……姉貴の雰囲気が変わった事があったんだ。それからの姉貴は……度胸が付いたというか……何かあってもあまり驚かなくなった」
「やっぱりクレリアさんが同性愛者で、何かされたんじゃ……!?」
美代子が身を乗り出して言うが、きっと違う。
「違うと思う。なんて言うか……そんな感じじゃなかったんだ。上手く説明出来ないけど、そういった物じゃなかったと思ってる」
「あの……お姉さんはそれからどうしてるんですか……?」
話を聞いていた涼子が尋ねて来る。
「ん?姉貴は結婚して子供もいる、今では仕事を辞めて専業主婦をやってるよ」
「普通ですね……?」
「クレリアさんとは友達なだけで、こっちは一般家庭だぞ?驚くような事になる訳無いだろ……」
「春斗さん。『こっちは』っていう事はクレリアさんは違うんですか?」
俺の言い方が引っかかったのか潤が疑問を口にする。
ん……まあいいか。
「彼女は月下グループの御令嬢だよ」
俺の言葉の後、四人の驚く声が部屋に響いた。
ある日、私はフラワープロダクションで仕事の説明を受けていた。
「歌って欲しいと?」
私は京介に確認する。
「はい」
内容は、私が出演するスカイレゾナンスインフィニットブルーについての話だ。
現在制作中の作品だが「未熟な歌姫の力を目覚めさせるため、共に歌うシーンを追加したい」と話が来ているらしい。
「一人で活動していたのはデビュー時に余計な問題を引き起こさないようにする為でしたが、現在はクレリアさんの事を知らない人は殆ど居ませんからね。かなり以前から問題無いと思っていましたので解禁です」
「私は誰かと歌うのが嫌な訳では無いからな、お前達が問題無いと言うのならそれでいい」
「では引き受けるという事で……綾子さん、後でスケジュールの調整を行いましょう」
「はい、とりあえず今日の予定を消化しなければいけませんからね。クレリアさん、行きましょう」
「分かった」
私達は部屋を出て、今日の予定の消化へと向かった。