「彩ー?どうしたの?そんな思いつめた顔して」
とあるマンションの一室で数人の少女達が集まっている。
彼女達は全員声優の卵で、時間を作ってはこうして仲の良い同期で集まって騒ぐ事はよくある事だった。
「う、うん。デビューの事で……」
彩と呼ばれた少女は長い黒髪を弄りながらそう答える。
「緊張するのは分かるけどさ、私達の中で最初にデビュー出来るんだから悪い事じゃないでしょ?」
声をかけた少女がそう言うと、彩と呼ばれた少女は俯いた。
「なんかおかしいわね。彩は普段は弱気だけど、仕事の事でこんなに弱気になる事なんてなかったのに……」
「確かに」
「いざとなったら私達の誰より度胸あると思うんだけどね」
「むしろテンション上げて喜びそうなもんだけど」
別の少女がそう言うと周囲に座っている少女達が口々に言う。
「……何かあったの?」
一人が心配そうに尋ねると、彩が顔を上げる。
「あの……聞いてくれる?」
「当然よ、仲間のデビューだもん。ね?みんな?」
「勿論」
「話してすっきりしちゃいなー」
皆のその言葉を聞いた彩は話し出す。
「ありがとう……皆は私がゲームのヒロイン役になったのは知ってるよね?」
「そりゃ知ってるわよ、いきなり有名なゲームのヒロインだもんね。あのクレリアさんだって出るじゃん、上手く行けば会えるかもしれないよね?それに……」
「はいはい、黙って聞きましょうねー」
クレリアの話をし始める少女を別の少女が止める。
「その、歌の事で……」
「歌の事?」
一人がそう聞き返す。
「あのね、ゲームの中で二人で歌うシーンが追加されるっていう話があってね?」
「良かったじゃん、何か問題でもあるの?」
「相手の了承があるまでは正式に決まらないからって、相手も教えて貰えなかったんだけど……昨日連絡があって」
「……駄目だったの?」
気遣うような声で聞かれた彩は首を横に振る。
「違う……相手が受けてくれたって連絡で……その……あ、相手が……」
「相手が?」
「く、クレリアさんだったの……」
彩がそう言った後、部屋が一瞬静寂に包まれ、それから全員の驚く声が部屋に響き渡る。
「嘘!?」
「デビュー作でクレリアさんとデュオって事!?」
「何でそうなったのよ!?クレリアさんはソロしかやらないんじゃないの!?」
騒めく少女達。
「わ、私だって分からないよ……!」
半泣きになりながら言う少女。
その日は一日中その話題で持ちきりになった。
最終的に「決まってしまった物は仕方が無い」と開き直り、出来る限り歌のトレーニングをしよう、という事になったのは彼女の強さの現れだろう。
2019年4月に私が登場するゲーム、「アイドルストーリー」が発売された。
通称アイストと呼ばれるようになったこのゲームは、主人公がプロデューサーとなり担当するアイドルをトップアイドルに導くというゲームだ。
プレイヤーとなるプロデューサーの性別も選べるらしい。
私が出るので娘達も買ったらしいが、ゲームに文句をつけていたな。
全員が私をプロデュース出来る物を期待していたらしく、それが出来ない事が気に入らないらしい。
娘達には散々な評価を受けたアイドルストーリーだが、他のユーザーには好評の様で売り上げは上々の様だ。
ある日、私は会議室で京介と綾子を待っていた。
呼び出されプロダクションに来た私だが、いつも私が来る前に来て待っている二人が今日はいなかった。
すぐに別の者から待っていて欲しいという伝言を受け、待っているのだが……いまだに現れない。
同じプロダクション内に居るのは分かっているが、何やら集まって話し合っている様だ。
何かあったか?
私はそう考え、二人がいる会議室の会話を聞いた。
「……クレリアさんが月下グループの御令嬢だという話が拡散している」
「これはどういう事かね?事実なのか?」
「君達は知っていたのか?」
……なるほど。
私が月下グループの令嬢である事が何処かから漏れたのか。
あの二人はこの事で話を聞かれている様だ。
プロダクション側にとっては大事だったのだろうな。
話を聞くのをやめた私は、大人しく二人を待つ事にした。
「お待たせしました、クレリアさん」
「長く待たせてしまってごめんなさい」
一時間程経った頃、京介と綾子がやって来た。
「気にするな、この程度は待った内に入らない」
今は時間をじっくりと感じているが、本来ならば人類とは時間の感覚が大きく違うからな。
「大した事ではありませんが、少し問題が起きてしまいまして」
京介がそう話ながら書類を取り出す。
「私の表の立場が拡散しているようだな」
「なぜ……?いえ、クレリアさんにとっては簡単に分かる事でしょうね」
京介は驚いた表情をしたが、すぐに納得した様に言う。
「どこから漏れたんでしょうか?」
綾子がそう言いながら考えこむ。
特に隠している訳では無いが、人類に対する私の設定を知っている者はそれほど多くない。
漏れるとすればその辺りからだろうな。
「確認しておくが……以前ならともかく、今なら問題無いのだろう?」
私が尋ねると、京介は落ち着いた様子で話す。
「時期を見てこちらから広めたかったのですが……広まる事自体はもう問題ありません」
「多くは無いですが、芸能人の中には有名人や権力者の関係者もいますしね」
京介の言葉の後に、綾子がそう付け足した。
「そうか、ならば放って置こう」
「こちらでも何か考えます」
私の言葉に京介はそう返し話を変え、それから特にこの事について話し合う事は無かった。
その後、今回の事について娘達が調べてくれた。
どうやら千穂の弟が、周囲の者達に話してしまった事で広まったらしいな。
本人達は広めてしまった事を自覚して落ち込んでいるらしい。
彼らへの対応をどうするか聞かれたが、特に口止めしていた覚えも無いため特に何もしなかった。
やった事といえば、千穂から弟に「何も問題無い」と伝えて貰った事くらいだな。
私が月下グループの令嬢だという事に対する世間の反応はそれなりに大きかったが、騒ぎ自体は既に治まっている。
娘達から聞いた話では、この影響で芸能界の裏が今までに類を見ない程に大人しくなったらしい。
私が手を出して来た者達を次々に処分していたので元々そこまで問題は無くなっていたのだが、私の裏に月下グループがいる事が明らかになった事で更に余計な事をする者がいなくなった様だ。
実際は私とその周囲に手を出さなければ何をしていようと気にしないのだが。
5月に入り、そろそろ春も終わりを迎えようとしているある日。
私は自宅でスマートフォンを操作していた。
つい先日、ドゥーム・ナイトワールドのイベントと私のキャラクターが実装されたからだ。
「主様、私がアドバイスを致します」
隣に座っているジャンヌがそう言って来る。
「このイベントを進めれば良いのだろう?」
私はジャンヌに尋ねた。
「はい。高難易度の方が早く手に入れられますが、低難易度でも時間がかかるだけで主様のキャラは手に入ります」
「そうか」
私はそう答え、イベントを進める。
このゲームはフレンドのキャラクターを援軍として使用出来る事と簡単なチャット程度しかフレンドと出来る事が無く、基本的には一人でプレイする物だ。
一緒にプレイをしたいといったジャンヌだったが、私がプレイしているのを隣で見ているだけで良かったらしい。
彼女から「どうか私をお使い下さい」と頼み込まれたため、手に入ったら使うと約束したのだがいまだに手に入っておらず、ジャンヌは残念そうにしていた。
そんな彼女は実装直後に一気にイベントを終わらせて私のキャラを手に入れ、お気に入りにしているようだ。
娘達も順調に私のキャラを手に入れているという。
「何故主様がこの程度の実力になっているのでしょうか……」
しばらくプレイしていると、突然ジャンヌが言う。
「気になるか?」
「正直に申し上げると……主様がこのような雑魚共と同等に扱われているのが気に入りません」
不機嫌そうな表情を浮かべて話すジャンヌ、その言い方では自分も雑魚という事になるが。
「これはゲームだ、バランスが悪くなれば色々と問題が起きる。それにこれはアイドルの、人類が見ている私の姿だ」
私の正体を製作側は知らない、例え知っていてもゲームなのだからこうなる事は何となく予想出来る。
「主様の力そのままで実装してしまったら、全て一瞬で終わってしまいます」
そう言いながら現れたのはヒトハだ。
「ヒトハ様」
「様はいらないと言いましたよ?」
「そうでした……ヒトハ、何か問題でもありましたか?」
ヒトハの指摘を受けて言い方を変えるジャンヌ。
「何も問題はありません。主様と過ごそうと思っただけです」
そう言いながら私の隣に座るヒトハ。
「ヒトハは気にならないのですか?」
「何がです?」
「主様の扱いの事です」
「好きな様にさせておきなさい、他者が何を言おうと力の差が変わる訳では無いのですから」
「そうですが……」
何となく不満そうな表情を浮かべるジャンヌ。
「場合によっては容赦しませんが、主様も言ったようにこれはゲームで、バランスを取らなくてはならない物です。その辺りは貴女も理解しているのでしょう?」
「……勿論です」
「主様は実害が無ければ何を言われようと、どう思われていようと気にしない事が多いですからね」
「主様のお心の広さには感服いたします」
ジャンヌはゲームバランスを取る必要がある事を理解しているが、私がここまで弱体化されている事が気にいらないのだろう。
私は頭上から聞こえる二人の会話を聞きながら、黙々とクエストを進めた。