私は自宅でソファに座っている。
私の隣では、長い黒髪の大人しそうな少女が荷物を取りだしていた。
彼女の名は、水瀬 彩(みずせ あや)。
彩はスカイレゾナンスインフィニットブルーのメインヒロインを演じている新人の声優だ。
初めて顔を合わせたのは二か月ほど前の事。
彼女は緊張していたのかミスを繰り返し、その結果予定の時間を大幅に超えた。
念の為に丸一日時間を取っていたので問題は無かったが、その日の仕事が終わった後に彼女は目を潤ませ、歯を食いしばりながら私に謝り、関係者にも謝って回っていた。
謝るだけなら大抵の者が出来るだろう、人類では本心なのか表向きだけなのか判断する事は難しいと思う。
しかし、私は彼女が本気である事が分かる。
予定の時間を大きく超えてしまった事に対する申し訳なさ、上手く出来なかった自分への嫌悪、もっと練習をするべきだったという後悔、私への好意。
色々と混じっていたが、全て偽りの無い本心だった。
落ち込んでいた彼女に周囲の者達は「新人にはよくある事だ」と声をかけて励ました。
その励ましを受けてすぐに彼女は明るさを取り戻したが、それは表面上だけで内心は何も変わっていなかった。
彼女の調子が悪いままではこちらにも影響を与えると考えた私は、彼女を夕食に誘い精神状態を回復させたのだが……それから仕事の度に彼女は私に話しかけてくるようになり、やがて仕事以外でも連絡を取り合うようになる。
初めて顔を合わせてから僅か一か月程で彼女は私にかなりの信頼と親愛を向けて来る様になり、懐いた。
私は特別な理由が無い限り好意を向けて来る相手を無下にする気は無いので、そのまま付き合いを続けていた。
そして更に一か月程が過ぎた現在、私の彼女への認識は友人へと変わっている。
「クレリアさん、クッキー作って来たんです。一緒に食べませんか?」
彼女が穏やかな微笑みを浮かべる。
「貰おう。飲み物は何にする?」
「紅茶をお願いします」
控えめな声で言う彼女。
普段はかなり大人しい少女だが、役に入れば別人のように演じる事が出来る。
これは才能と重ねた努力の成果だろうな。
現時点で、彼女の声優としての評価は悪くない。
そして、これから更に成長する事だろう。
メイドが紅茶を用意した後、彩が作ってくれたクッキーを齧りながら私達は雑談を始める。
彼女は声優、私はアイドル……とは言っても最近ではアイドルよりも歌手寄りだが。
立場は違うが、彼女は私を目標にしていると明言している。
ゲーム内で二人で歌う事になった為、彼女は歌のレッスンを以前より更に積極的に行っているらしい。
私の歌を隣で聞いた後から、私に対してより一層の憧れを持った様だ。
歌に力を入れるのは悪くないと思う、声優も歌う事は多いらしいからな。
予定では歌を収録するのは可能な限り後に回されるという。
これは彩が出来るだけ実力をつけてから収録し、より良い出来にする、という意図があるのだろう。
確かに今の段階では私が彼女に合わせなければならず、歌の完成度はかなり低くなる。
出来るだけ後に回す事には賛成だ。
今日彼女が私の家に来た理由の一つは、ボイストレーニングの自主練習の為でもあるからな。
好きなだけ練習すると良い。
クレリアさんの自宅でレッスンをしている私は休憩を挟む事にした。
飲み物を一口飲み、今までの事を思い返す。
初めて会った時は緊張のあまり皆さんに迷惑をかけてしまった。
皆さんは励ましの言葉をかけてくれたけど、心の中は重く暗いまま……。
私は場の空気を悪くしない様に、重い心を隠し必死に笑顔を浮かべて明るく振る舞ったけど……クレリアさんには通じなかった。
その日の夜に食事に誘われ心の内を見抜かれた、あれは驚いたなぁ。
我慢出来ず不安を全て吐き出した私を、クレリアさんは何も言わず受け止めてくれた。
私はこの日以降、クレリアさんをますます尊敬し好きになり、仲良くなりたくて全力でアプローチをかけたんだ。
その行動が実を結び、一か月が過ぎた頃にはプライベートで連絡を取り合い、時々外で会うようになれた。
そして今ではクレリアさんの自宅に招かれるようになり、私の事をハッキリと「友人」と言ってくれるようになったの!
……クレリアさんはとても綺麗だ「年齢など関係無い」と言わんばかりの容姿、男らしいとも言える言動、女性でも本気で好きになる人が居るのも分かる気がする。
そして驚くべきはその歌声。
高音から低音まで全ての音域を自由自在に操り、歌によって声の質まで変わる。
初めて間近で聞いた時は聞き惚れた。
それと同時に「自分がこの人と共に歌う」という今までに無い重圧がのしかかったのを覚えている。
今の自分では足を引っ張る事しか出来ない。
そう思い、私は今までよりも更に歌のレッスンに力を入れた。
せめて足を引っ張らないようになりたい。
今の私に出来るのは収録までに出来る限り力を付ける事だけ。
「もっとやりたいけど……今日はここまでにした方がいいかな……」
私はそう呟く。
やりすぎても喉を傷めるだけ……無理しない様にしないと……焦ったら駄目。
私は立ち上がると、クレリアさんの所へ向かった。
【クレリア】アイドルストーリー会議【伝説は強い】
1:名無しのゲーム好き
クレリアさん強すぎぃ!
2:名無しのゲーム好き
「伝説に挑め」っていうやつだろ?
3:名無しのゲーム好き
ネタばれか
4:名無しのゲーム好き
もう攻略サイトには載ってるぞ
5:名無しのゲーム好き
どれだけ自分の担当アイドルを育ててもクレリアさんに勝てないんだけど……
6:名無しのゲーム好き
絶対勝てないようになってるんじゃ?
7:名無しのゲーム好き
スコアアタック感はある
8:名無しのゲーム好き
本人の実力を再現したらああなったって公式に書いてある
9:名無しのゲーム好き
流石に盛り過ぎだろ
10:名無しのゲーム好き
ライブ中、ずっとダンスしながらCD音源みたいに完璧に歌い続ける彼女を見てる俺は納得出来た
11:名無しのゲーム好き
分かる、五周年記念ライブツアーの時に思い知った。
12:名無しのゲーム好き
制作者インタビュー見た奴いないの?最初は隠しライバルで強いけど勝てるようにしようとしたらしいけど、彼女の実力を反映したらゲーム中のキャラじゃ勝てなくなって、力試しみたいな位置になったって言ってたぞ。
13:名無しのゲーム好き
調整すればいいだけじゃん、他のアイドルの能力上げたり
14:名無しのゲーム好き
確か、実力の差をかなり忠実に再現してるって言ってたな
15:名無しのゲーム好き
一般的なアイドルとクレリアさんの実力差が無理ゲーにつながったと……?でもゲームの他のキャラは架空のアイドルだし調整しても良かったような気がする。
16:名無しのゲーム好き
そうかもね
17:名無しのゲーム好き
いくら何でも差があり過ぎるだろ
18:名無しのゲーム好き
剛拳の特典映像見るとそんなに間違ってないように感じる
19:名無しのゲーム好き
確かに
20:名無しのゲーム好き
あの体のどこにあんな力があるんだ?
21:名無しのゲーム好き
女子力は見た目では分からないからな
22:名無しのゲーム好き
女子力ってそういう物だっけ……?