少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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 書き溜めが減って来たので、次回から投稿数が減るかもしれません。





084-01

 2019年の6月以降、私の活動の中心は歌へと移った。

 

 アイドルとしてプロダクションに所属しているが、やっている事は歌手に近くなっている。

 

 嫌な訳でも、特に興味がある訳でも無かったアイドル活動だったが、やってみれば十分に楽しめたし、ダンスや歌も学ぶ事が出来た。

 

 そろそろ引退するか。

 

 そう考えた私は、アイドルを引退する事を京介と綾子に話した。

 

 二人は驚いたようだがすぐに「貴女が決めたのなら」と受け入れてくれた。

 

 プロダクション側はかなり難色を示したが、私の気が変わる事が無いと知ると渋々受け入れ、2020年の9月で引退する事が決まる。

 

 それからすぐに、娘達や友人達にも話した。

 

 元々私が好きな様に過ごす事を望んでいる娘達や、私の正体を知っている友人達は特に何も言う事は無かったのだが……彩だけは違った。

 

 「引退しないで下さい」

 

 引退する事を電話で伝えると、彼女は練習を中断し私の家へとやって来た。

 

 現在、私は彼女に引退をやめるように説得されている。

 

 「もう決めた事だ、余程の事が無い限り続ける気は無いな」 

 

 「じゃあ余程の事を起こして下さい……」

 

 「今の所、自分で起こす気は無い」

 

 「何で引退するんですか……人気の絶頂とも言える状況なのに何故……?」

 

 何故……か。

 

 「十分楽しんだから……だろうか?」

 

 そうしようと思っただけだからな、何と言えばいいのか分からない。

 

 すると、彼女は寂しそうな表情をする。

 

 「……もっと楽しい事があるかも知れないじゃないですか」

 

 「もっと楽しい事か……」

 

 そう答え、しばらく考えるが……やはり気持ちは変わらない。

 

 私が終わりだと感じている、これが全てだろう。

 

 そう簡単にこの気持ちが変わる事は無いと思う。

 

 そして、気持ちが変わる様な出来事など早々起こる訳も無い。

 

 彩が余程の事を起こす事が出来るかと言えば、それも難しい。

 

 「私の中では区切りがついてしまっている」

 

 「そう……ですか」

 

 目を伏せる彩。

 

 私は今まで飽きるという事を気にする事無く過ごして来た。

 

 一度興味を持ち関わった場合、私は何か変化するか、終わりを迎えるまで関わり続ける事が多い。

 

 ただ、まだ何も変化が無いにもかわらず、関わりをやめてしまった事も確かにあった。

 

 興味を持っていた対象から、突然興味が消失する感覚。

 

 これが「飽きる」という事なのだろう。

 

 現在、私は人類の世界を楽しむ時間と娘達との時間、この二つを多く取っている。

 

 その為、魔法や錬金術の実験、新たな技術などの開発は以前の様に頻繁には行っていない。

 

 今まで飽きる事無く続けて来たが、これらの事もいつか飽きる時が来るのだろうか。

 

 私は、そんな事を考えながら彩をなだめていた。

 

 

 

 

 

 

 飽きる事を自覚した所で、特に何かが変わる訳では無い。

 

 世界にはまだまだ興味深い事や、面白そうな物が溢れている筈だ。

 

 ふと「長い時の果てで全てに飽きた時、私はどうするのだろう」と考えたが、すぐに考える事をやめた。

 

 それはその時に考えればいい。

 

 あの日、説得する事を諦めた彩は「アイドルを引退しても友達でいて下さい」と涙目で訴えて来た。

 

 私が「何も問題の無い友人をその様な理由で遠ざける気は無い」と答えると、彼女は安心したように笑顔で帰って行った。

 

 「お嬢様、ご友人のお宅に向かう予定では?」

 

 思い返していると、メイドの一人から声をかけられた。

 

 そうだな、そろそろ出発しよう。

 

 「美琴の家に行く」

 

 「かしこまりました、準備は出来ております」

 

 千穂は子供を連れて行くと言っていた、恐らく既に向かっているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 マンションに到着した私は、オートロックを開けて貰い部屋に向かう。

 

 「いらっしゃいクレリアちゃん」

 

 扉を開けて美琴が顔を出す。

 

 「久し振りだな」 

 

 「電話で話はしてるけど、こうして会うのは久し振りね」

 

 会話をしながらリビングへ向かうと、千穂が飲み物の準備をしていた。

 

 テーブルの上には菓子がおいてある。

 

 「クレリアちゃん久しぶり!自分の家だと思ってゆっくりしてね!」

 

 「アンタの家じゃないでしょ」

 

 変わらぬ二人の会話を聞きながら席に着く。

 

 視線を動かすと、少し離れた所で子供が二人、遊んでいた。

 

 「子供達は元気そうだな」

 

 私がそう言うと二人は子供達の方を見る。

 

 「元気過ぎるくらい元気よ」

 

 「元気が無いより良いでしょ?」

 

 「ふふっ、そうなんだけどね」

 

 千穂の言葉に、美琴は柔らかく微笑んで答える。

 

 「初めての子育てで色々と大変だけど……幸せだよ」

 

 「私達は夫が結構気を遣ってくれているから楽な方らしいわよ?」

 

 それから二人は私に色々と話をし始める。

 

 私が見て来た過去の母親達と似た様な事を話す二人の姿を見て、母親の話題は今もあまり変わっていないのだと感じた。

 

 「ねえ、クレリアちゃん」

 

 千穂が私を見て言う。

 

 「何だ?」

 

 「アイドルをやめた後はどうするつもりなの?」

 

 「アイドルになる前の生活に戻る」

 

 「それだけ?」

 

 「それだけだ」

 

 私がそう言うと、美琴が口を開く。

 

 「これだけ知られたら、かなり長い間人類の中に残ると思うけど……大丈夫なの?」

 

 「これは今までの経験からの予測だが、数百年以内にそういった物は消えると考えている。多少長く残っていたとしても、一万年ほど経てば恐らく誰も覚えていないだろう」

 

 「ああ……そうだった。時間の感覚が全く違うの忘れてたわ」

 

 「あの時以来見てないから忘れそうになるけどね」

 

 そう呟いて飲み物を飲む二人。

 

 千穂の言う「あの時」とは私が皆を集めて正体を話した時の事だろう。

 

 「あーーー!」

 

 突然、泣き声が聞こえた。

 

 私が子供達の方を見ると、葉子が健太の玩具を持っている。

 

 健太の持っていた玩具を葉子が横取りしたのだろう。

 

 「あらら」

 

 千穂と美琴は席を立ち、子供達のもとに向かう。

 

 「二人共」

 

 私が声をかけると二人は頷く。

 

 分かっているなら良い。

 

 子供はああいった事を繰り返して学んで行く様だからな。

 

 その後、反発したり駄々をこねたりしていた子供達だったが、最終的に葉子は謝り、健太は玩具を葉子に貸した。

 

 

 

 

 

 

 二人がそれぞれの母親の上に座って絵を描いている。

 

 私達はそのまま会話をしていたが、千穂が葉子の絵の中に真っ黒な人型が描かれている事に気が付く。

 

 「葉子、これはだーれ?」

 

 千穂が黒い塊を指さして尋ねると、葉子は「おねーちゃ!」と答えた。

 

 「そう、上手ね」

 

 千穂が微笑んで葉子の頭を撫でた。

 

 撫でられている葉子は笑顔で千穂を見ている。

 

 「おねーちゃ、くろ!」

 

 葉子はそう言って私に手を伸ばす。

 

 この子達はある時期から私を姉と呼ぶようになっていた。

 

 絵の中の私が黒いのは、二人の家に来る時はいつもの黒いワンピースで居る事が多いからだと思う。

 

 髪も黒いし服も黒い、幼い子供が黒い塊として描いてもおかしくは無い。

 

 そう思いながら葉子の手を取る。

 

 「健太、これは何?」

 

 美琴も息子に何を書いたか聞いている。

 

 「……ねーちゃ……」

 

 全く同じ答えが返って来た。

 

 「じゃあ、お姉ちゃんに見せてあげて?」

 

 そう言われると、母親の言う通りに健太は私に絵を見せて来る。

 

 「二人共、良く描けている」

 

 葉子は真っ白な紙に千穂、美琴、葉子、健太、私の五人が子供らしく書かれているのだが、健太の絵は少し違う。

 

 絵自体は、葉子とそれほど変わらないカラフルな子供らしい絵だが、健太は白い余白も私達の姿も、まとめて灰色で上書きしている。

 

 そのせいか多少絵が崩れているな。

 

 幼い子供にはよくある事だ。

 

 雲を青く塗ったり、人を緑に塗ったり、自由に描く子も居た。

 

 「健太、おしっこ行く?」

 

 私が絵を見ながら考えていると、美琴が健太に問いかける。

 

 健太は頷き、膝から降ろして貰うとおまるへ向かった。

 

 「葉子のトイレトレーニングもそろそろ始めようかな」

 

 その様子を見ていた千穂が膝の上に居る娘を見て言う。

 

 「千穂がそう思うのならそれで良いだろう。一応言っておくが……他の子供に引っ張られて見誤るなよ?色々とな」

 

 「うん、気を付けてるよ。私達子育てでもクレリアちゃんに助けられてるなぁ……」

 

 そう言いながら、千穂は葉子の頭を撫でる。

 

 「私は友人に助言しているだけだ」

 

 しばらくすると、トイレを終えた健太を抱いて美琴が戻って来た。

 

 「死にかけてた私を助けてくれたしね……私がここに居れるのはクレリアちゃんのおかげよ」

 

 椅子に座った美琴は、私を見て言う。

 

 「千穂には借りがあったからな」

 

 「カミラさんに聞いたわよ。そんな理由が無くても助けるつもりだったって」

 

 「自覚は無かったが、私は過去の友人達も全員助けているらしいな」

 

 「そうなんだ……ありがとう、クレリアちゃん」

 

 そう言って美琴は笑う。

 

 それは分からない者が聞けば、ただの感謝の言葉でしかない。

 

 だが、私は千穂や美琴の言葉にどれだけの感情が乗せられているのかが分かる。

 

 真っ直ぐに向けられる深い感謝と親愛を感じる事が出来た。

 

 私にとって、言葉自体はそれほど重要では無い。

 

 乱暴でも、言葉になっていなくても、向けられている感情で分かるからだ。

 

 「友人に少し手を貸す事は、おかしな事では無いだろう?私が簡単な手助けだと感じているのだから気にするな」

 

 私はそう答え、考える。

 

 あの時の千穂から感じたのは「美琴を救いたい」という想いだけだった。

 

 最後の魔法人類となった彼の母親には及ばない物の、かなり強い感情の発露だったと言える。

 

 恐らく、私がこの二人の友人でなかったとしても助けていただろう。

 

 友人である美琴をあれ程に思えるのなら、娘である葉子が目の前で危機に陥った時はどうなるのだろうか?

 

 見てみたいという気持ちはあるが、その様な事はしないし、無い方が良い。

 

 「クレリアちゃんには少しの手助けでも……私達にとっては奇跡なのよ」

 

 美琴は目を細め、微笑み……小さな声でそう言うと、息子を優しく抱きしめた。

 

 

 


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