少女(仮)の生活   作:YUKIもと

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 複数の他者視点があります。



085-01

 

 アイドルを引退してからの私の日々は、アイドルになる前と特に変わらない。

 

 私は気まぐれに世界各地を訪れたり、娘達や友人達と過ごしたり、訓練をしたり研究をしたりして気の向くままに過ごしている。

 

 人類の世界では、私が引退してからそれほど経っていない事もあり、ランキングなどでまだ私の曲がトップを独走している様だ。

 

 しかし、やがてそれも消えて行くだろう。

 

 私は一般的なアイドルが行っているグッズの販売をほとんど認めなかった。

 

 当初、この事でプロダクション内で色々とあった。

 

 だが最終的に京介が同意した為、私のアイドルグッズと言える物はサイン位しか無い。

 

 京介は上層部に「グッズなど必要ありません」と言い切っていたな。

 

 私がサインした色紙は誰も売ろうとしないらしく、現在ではそれなりにプレミアがついていると聞いた。

 

 更に、私の引退後に色々と動き始めた者達も居たらしい、フィギュアといわれる人形を作っている者達だ。

 

 「ライブでの姿を再現した物を作り、販売する許可が欲しい」と話が来た事を京介から伝えられた。

 

 これに反応したのが、カミラを始めとした娘達だった。

 

 娘達曰く「お母様に似た人形が人類に弄ばれるのは嫌」らしく、どちらでも良かった私は娘達の気持ちを汲み、許可を出さなかった。

 

 他にも、同人誌という物について綾子から話された事がある。

 

 綾子は公式には禁止にしていても、間違いなく私の性的な同人誌が発売されると考えていたらしい。

 

 しかし蓋を開けてみれば、全くそのような事は無かったという。

 

 彼女は「クレリアさんの人気を考えれば無い方がおかしいのですが……」と言って首をかしげていたな。

 

 その後、カミラにもその話をしたのだが、彼女は「そうなのね」と言って意味ありげに微笑んでいた。

 

 彼女が何かした事は分かったが、咎める気も無いので私はそれ以上何も聞かなかった。

 

 

 

 

 

 

 ある日、商店街を散歩していた私は、目に付いた定食屋に入った。

 

 「いらっしゃいませー」

 

 店員の声を聞きながら空いている席に座る。

 

 認識阻害をしているため、周囲に騒がれる事は無い。

 

 私は街を見て歩いている時にこうして時々目に付いた店に入る事がある。

 

 珍しい料理があったり、予想以上に良い味をしている事があるからだ。

 

 何を頼もうかと考えながらメニューを見ていると「欲張り色々セット」という物が目に入る。

 

 「聞きたい事があるのだが、良いか?」

 

 私は店員を呼び止めた。

 

 「はい、何でしょうか?」

 

 「この『欲張り色々セット』というのはどの様な物だ?」

 

 「これは当店のお勧めを盛り合わせにしたセットですね。ご家族連れや大人数のお客様を対象とした、皆様で色々な物を食べられるようにと用意した物です」

 

 なるほど。

 

 「これを一つ頼む。後、牛乳はあるか?」

 

 「えっ?あ、はい。牛乳はございますが……このセットはご説明した通り、複数のお客様で召し上がる事を想定していますので……お一人で注文するのはやめておいた方が良いかと思いますが」

 

 店員は控えめに忠告してくれる。

 

 「忠告してくれた事には感謝するが、これを頼む」

 

 私は問題無いからな。

 

 「……かしこまりました。残されてもお持ち帰りは出来ませんのでご了承ください」

 

 「分かった」

 

 微笑んでいるが、内心では多少呆れているようだ。

 

 その後、私はその料理を全て食べきった。

 

 途中から他の客と店員の視線と驚いた気配を感じていたが、そのまま料金を払って店を出た。

 

 味はそこそこだったな。

 

 

 

 

 

 

 私がこの児童養護施設にやって来て約三年……。

 

 明日、私は本当の両親のもとに帰る事になる。

 

 すっかり慣れたベッドの中で、私は三年前の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 私の家はとても貧しかった、幼かった私の病気を治すために多額の借金をしたからだ。

 

 しかし、当時13歳だった私はそんな事は知ら無かった。

 

 いつも「何で家は貧乏なの?」、「私もみんなと同じ物が欲しい!」と我が儘を言っていた。

 

 すると両親は悲しそうな、申し訳なさそうな顔をして謝るのだ。

 

 そんなある日、一人の女性が私達の家へやって来た。

 

 女性は私を児童養護施設へ引き取るために話をしに来た様だった。

 

 その話を聞いた両親は大反対した。

 

 あの時、幼いながらに嬉しかった事と、両親と離れたくないという気持ちを強く感じた事を覚えている。

 

 そして、女性と両親の会話を部屋の外で聞いていた私は、両親が隠していた真実を知る事になる。

 

 

 

 

 

 

 「現状を見る限り、あなた方が娘さんを十分に養育出来るとは思えません」

 

 「大丈夫です、節約をすれば何も問題は……」

 

 「この状況で、これ以上何処を節約するのです?」

 

 「ぐ……」

 

 お父さんのうめき声が聞こえる。

 

 「何か勘違いしていらっしゃる様ですが、彼女を引き取る事は決定事項です。この事に関してあなた方が出来る事はありません」

 

 「そんな勝手な!」

 

 お母さんが叫ぶ。

 

 「あなた方夫婦の事は調べています。幼い娘の病気を治すために少々怪しい所から多額の借金をした事も、その返済に追われて限界が近づいている事も」

 

 え……?

 

 私の病気……?

 

 「病気が完治しても、今の状況がこれ以上続けば彼女は碌な事にはならないでしょう……傍に居る事に固執して彼女を不幸にするのですか?」

 

 「う、うう……」

 

 「こちらに引き渡していただければ、十分に整った生活環境で教育を受ける事が出来ます」

 

 何か話しているけど耳に入らない……。

 

 貧乏なのは私を助けたから……?

 

 そう考えた途端、今まで両親に言って来た言葉が自分に重くのしかかる。

 

 何で貧乏かって?

 

 ……私を救ったからだ。

 

 みんなと同じ物が欲しい?

 

 ……命を救われ、愛されていてそれ以上何を望む。

 

 私は部屋の外で涙を流しながら、しばらく呆然としていた。

 

 そして……私は心を決め、扉を開き部屋に入った。

 

 「恵!?」

 

 「き、聞いていたの?」

 

 両親は驚くが、私は決意を口にする。

 

 「お父さん、お母さん……私行くよ」

 

 その言葉を聞いた女性が微笑んで言う。

 

 「良く決心してくれました、強引に連れて行くのは心が痛みますからね」

 

 そう言って女性は微笑んでいる。

 

 「恵……ごめんな……辛かっただろう」

 

 「私達はあなたと離れたくなかった……でも……それは間違いだった……」

 

 「そんな事無い!」

 

 私は我慢出来ずに叫んだ。

 

 身を削りながら見捨てる事無く私を育て、愛してくれた二人に……そんな事を言われたくない。

 

 「私は幸せだ!愛されてるってわかるから!」

 

 お父さんとお母さんは泣きながら私を抱きしめてくれた。

 

 「では、今後の話をしましょうか」

 

 しばらく泣いていると、女性の言葉が聞こえた。

 

 「今後……?」

 

 お父さんがそう呟き、私達は彼女を見る。

 

 「娘さんは預かりますが、あなた方の経済状況が改善し審査に通れば、彼女を引き取る事が出来ます」

 

 「しかし私達は……」

 

 「あなた方にはこちらで適性のある仕事を斡旋いたします。生活が安定したその時は、娘さんを迎えに行くと良いでしょう……ああそれと、あなた方が借金をした消費者金融はもう存在しません。今後は我々に適正な金額を返済して頂きます」

 

 「え……?」

 

 「本当ですか……?」

 

 両親は呆然とそう呟いていた。

 

 彼女の言っている事の意味は分からなかった。

 

 だけど、幼い私にも分かった事がある……彼女は私達を救いに来たんだ。

 

 私は涙を流しながら、号泣する両親に抱きしめられていた。

 

 

 

 

 

 

 その後、すぐに児童養護施設に移った私は、徐々に健康的な体つきになって行った。

 

 私がどれ程痩せていたのか、初めて知った時は驚いたな……。

 

 あっという間に皆と打ち解け、ここでの生活が好きなり……私には目標が出来た。

 

 それから私は猛勉強した。

 

 力をつけてお金を稼ぎ、両親に恩を返すために。

 

 幸い、私が入ったこの児童養護施設は教育にも力を入れていて、やる気と能力があればいくらでも学習出来た。

 

 私が勉強に励んでいた三年の間、両親は頻繁に私の様子を見に来てくれた。

 

 自分達も大変な筈なのに会う度にまず私の心配をして、その後に自分達の現状を話し……最後にはいつも「必ず迎えに行く」と言ってくれた。

 

 そして……その言葉を裏付ける様に、会う度に両親の状況は少しずつ改善して行った。

 

 私との生活を取り戻すため、両親も一生懸命努力してくれている……私はそれがとても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 そして……現在。

 

 私は能力が認められ、成人後は月下系列の会社に就職する事が内定している。

 

 内定が決まっているからと、油断するつもりは無い。

 

 能力が要求に届かなければ、取り消される可能性もあるから。

 

 だけど張りつめ過ぎた糸はいつか切れる……程よく力を抜かないとね。

 

 少し前、あの時やって来た彼女と一度だけ話す機会があった。

 

 お礼を言った私に、彼女は「貴女が優秀そうだったから助けただけ、そうで無ければ助けていない」と言った。

 

 私は、それを聞いても特に嫌な気分にはならなかった。

 

 使えなければ見捨てていたと言われた様な物だったが、そんな事はどうでも良かった。

 

 たとえ彼女にどんな打算があろうと、私達は救われたのだから。

 

 

 

 

 

 

 俺は親父に捨てられた。

 

 児童養護施設に入ったのは2010年、当時の俺は12歳だった。

 

 あの頃の俺は荒れていて、将来はヤクザにでもなるんだろうと思ってたな……。

 

 だけど、児童養護施設の奴らは優しかった。

 

 俺は最初は受け入れなかった。

 

 いつか裏切られると思っていたからだ。

 

 だけどここの奴らは違った……どんなに邪険にしても優しい言葉をかけ、心配し、叱って来た。

 

 そんな日々を過ごしている内に、いつの間にか俺は皆に心を開いていたんだ。

 

 それからは皆とも仲良くなったが、その中でも特に仲が良かったのが目の前にいる同い年の忍(しのぶ)だ。

 

 「秋広(あきひろ)ー。せっかく飲みに来てんのに何で難しい顔してんの?」

 

 児童養護施設に居た皆とは今でも付き合いがある。

 

 もう一人来る予定だったんだが都合が悪くなってしまったらしく、今日は彼女と二人で飲みに来ていた。

 

 「ああ、悪い……昔の事考えてた」

 

 「アンタ荒れてたもんね。暴力を振るったりはしなかったけど、口が悪いし、サボるし……お母さん達が『久しぶりに手がかかる子が来た』って笑って言ってたの覚えてる」

 

 そう言って彼女は明るく笑う。

 

 「自覚してるよ……」

 

 忍の本当の両親は死んでいて、俺より前にあの児童養護施設に入っていた。

 

 彼女の言うお母さん達とは、俺達を育ててくれた施設の職員の事だ。

 

 俺にとっても本当の母さんと同じ位に大事な人達だ。

 

 あの施設の職員達は夫と子供に先立たれ一度希望を無くしていたり、子供が欲しくても様々な事情で子を授かれなかった……など、色々とあった女性が多いという事を施設を出てから知った。

 

 その時、母さん達が俺達を本当の子供の様に大切にしてくれていた理由が分かって泣いちまった。

 

 俺達が親の温もりを求めていたように……彼女達も子の温もりを求めていたんだ。

 

 「今の施設の様子はどうだ?」

 

 忍は施設を出た後、すぐに俺達が居た児童養護施設に就職している。

 

 「んー。特に変わらないよ?新しくやって来る家族をみんなで癒して幸せにしてる」  

 

 「そっか」

 

 俺はそれを聞いて安心する、あの施設を巣立った仲間の中には、大企業のお偉いさんになっている者もいる。

 

 そういった仲間達が援助しているから、あの施設に居る子供達は下手な家よりずっと良い生活が出来てるんだ。

 

 俺も少しだけど援助してるしな。

 

 「そっちはどう?上手く行ってる?」

 

 「そうだな……大変だけどやりがいはあるよ」

 

 俺はあまり優秀じゃなかった、だけど母さん達が俺に向いている事を一生懸命探して見つけてくれた。

 

 今、俺は建設会社の現場で働いている。

 

 社長が同じ施設の出身だった事もあり良くしてくれるし、なにより大きな男だ……俺は一生ついて行く。

 

 「上手く行ってるみたいで良かった……しかし、随分良い体格になったわねー」

 

 忍は俺の体をぺしぺし叩く。

 

 俺の体格は巣立つ前より更に逞しくなっていた。

 

 「まあ、鍛えてるし……俺の仕事は体が資本だからな」

 

 

 

 

 

 

 酔いすぎないように抑えて飲み、忍を送ってから少し体を冷まそうと外をぶらつく。

 

 ふと道端の浮浪者を見て、俺は動きが止まる。

 

 「親父……?」

 

 自然と言葉が口から零れた。

 

 ボロボロの服を着た痩せこけた男。

 

 記憶とあまりにも違う……でも分かる。

 

 間違いない、俺を捨てた親父だ。

 

 「誰だ兄ちゃん……ん?……んー?」

 

 親父は俺をじっと見つめていたが突然声を上げた。

 

 「おまえ……秋広か!」

 

 「違う」

 

 俺は咄嗟に嘘をついた。

 

 「いや!間違いねぇ!秋広!金出せ!」

 

 そう言ってニヤつきながら睨んでくる親父だったが……俺の心は静かだった。

 

 親父はこんなに小さかったか?

 

 俺を殴っていた親父、あの時は勝てる訳ないと思った……でも今は……。

 

 「俺を哀れんだ目で見るなぁ!」

 

 表情に出てたかな……いきなり親父が激昂して襲い掛かって来たが、相手にならない。

 

 「ぐあっ……」

 

 軽く避けると、親父は転んで呻く。

 

 母さんが事故で死ななければ……違ったんだろうか……?

 

 あの施設に来た時点で、親父と俺は無関係になっていると説明を受けている。

 

 俺は親父……いや……ただ血がつながっているだけの男を見下ろすと、何も言わず背を向けた。

 

 「おい!?放っておく気か!?俺はお前の親だぞ!」

 

 その言葉に顔だけを向けて、かつて父親だった男に言う。

 

 「俺の親は……家族はお前じゃない」

 

 俺の家族は……死んだ母さん、そして施設の母さん達と施設の仲間達だ。

 

 言う事を言った俺は振り返る事無くその場を去ったが、男が追って来る事は無かった。

 

 

 





 稼働している児童養護施設にいた人間達の話を入れました。

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